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1559年2月 統治に向けて



永禄二年(1559年)二月 尾張国(おわりのくに)鳴海城(なるみじょう)




 永禄(えいろく)二年の二月。尾張侵攻から一月経ったこの日、尾張鳴海城では館内で人々が行き交っていた。というのも、先月の尾張侵攻における家臣たちの論功行賞を取り決めるため、参陣した諸将たちが戦功を記した戦功状を高秀高(こうのひでたか)が政務を行う書斎に家臣たちが続々と運んできていたのである。




「…次、坂井政尚(さかいまさなお)殿の戦功、稲生原(いのうはら)合戦において二十数名を討ち取り。犬山城(いぬやまじょう)攻めにおいて先陣を請け負い、曲輪を三つ攻め取り。」


 こう言って集められた戦功状の中から、政尚から届いた戦功状の内容を淡々と読み上げていたのは、書斎の秀高の席の隣で座っていた小高信頼(しょうこうのぶより)であった。それを速記係の家臣が文面にしてまとめ上げ、そのまとめ上げた巻物を秀高に献上していた。それを元に秀高はその戦功の度合いを大・中・小に振り分け、それぞれの諸将の名前が書かれた木札を三つに分けて置いていた。


「…最後、佐治為興(さじためおき)殿の戦功、稲生原の戦いにおいて四十数名討ち取り、清洲城(きよすじょうぜめ)において敵将・福富秀勝(ふくとみひでかつ)討ち取り。以上。」


 最後に読み上げられた為興の戦功を聞いた秀高は、その名前が書かれた木札を置き終えた。その作業を一通り終え、机の上に置かれた三つのまとまりの量を見て秀高はこう言った。


「…やはり皆、死力を尽くして戦ってくれたんだな。」


「うん。特に織田家(おだけ)から寝返ってきた森可成(もりよしなり)殿を筆頭とする面々の働きは、譜代の家臣たちに劣らない働きばかりだね。」


 信頼が机に置かれた木札のまとまりを見つめながら、感嘆するようにこう言うと、秀高はその意見に頷いて言葉を発した。


「これは論功行賞と同時に、将来の城割(しろわり)の事も考えないといけないな。」


「畏れながら…」


 と、秀高が城割の事に触れるように発言した言葉を聞き、その場にいた山口盛政(やまぐちもりまさ)が秀高に向かって進言した。


「城割の件については、今は深くまで考えず、概ねの論功行賞を行うことを優先すべきかと。」


「分かっている。だが俺たちが昔、教継(のりつぐ)様の時代に行った城割で知多郡(ちたぐん)一帯の城砦は減ったとはいえ、織田家旧領に広がる城砦は百に及ぶともいう。これらの数を減らさなきゃ、効率的に領内の守備をすることは出来ないだろう。」


 秀高が盛政にこう言うと、その言葉を聞いた上で信頼が書斎の本棚から尾張一国の地図を取り出し、その場に広げた。それを見た秀高は、書斎の一段上にある上座から指示棒(さしぼう)を使って絵図を指した。


「この尾張には、城の他に領主が住まう小城に、廃城となった城跡に建てられた砦が数多くある。今後の政策の展望を考えれば、これら小城の家臣たちを城下に集め、集権的な体制を築きたいんだ。」


「…殿、確かにその考えは間違ってはおりませんが、今は戦が終わったばかり。(いたずら)に城割を持ち出し、国人たちを締め出せば国外に逃げている信隆(のぶたか)に利することになりましょう。」


 と、秀高の意見を踏まえた上で盛政が秀高に向かって諫言すると、秀高はそれに頷いて盛政にこう言う。


「だからこそ、とりあえず俺たちに恭順してきた者達には本領安堵のみを告げ、国内が落ち着いた時に城割を持ち出す。論功行賞を行うのは、これら大功を立てた家臣たちで十分だろう。」


「はい、それならば問題はありますまい。」


 盛政が秀高の意見に納得してこう言うと、秀高は戦功の大きさを踏まえて事前に考えていた論功行賞の目当てが書かれた紙を信頼と盛政に渡した。


「一応家臣たちの戦功を加味した上でこのように論功行賞を施したいと思うが、二人の意見は何かあるだろうか?」


「…ううん、僕からは特に何もないけど…盛政殿は何かあるかな?」


「いえ、某も特にはありませぬが…」


 と、信頼から話を振られた盛政はやんわりと否定した後、思いついた一つの懸念を秀高に対して告げた。


「一番の懸念は、此度の尾張侵攻で増えた家臣たちの屋敷をどうするかという事です。」


「…そうか。やはりそれが気になったか…。」


 盛政の懸念を聞いた秀高は、自身の目の前にある机に肘を置き、考え込むように頬を右手に支えるように置くと、自身の考えを二人に伝えた。


「実のところを言えば、この鳴海一帯で増えた家臣たちの屋敷に当てる用地も少ない。それこそ、山を切り崩して土地を確保しなきゃならないくらいだ。となると…打つ手は一つしかない。」



「…本拠地を移す、ですか。」


 秀高の言葉を予測するように、盛政が意見を述べて秀高に尋ねると、秀高は盛政の言葉を聞いて頷き、それに答えた。


「そうだ。この際鳴海城から本拠地を移し、しかるべき土地に新しい本拠を据えようと思う。そうすれば家臣団の屋敷の用地も確保できるし、将来的には商人や職人たちを招聘して町を造る事も出来るだろう。」


「確かに…この鳴海の辺りじゃ大きな町も作れないし、守備には向くけど政治の拠点としては不向きかもしれないね。」


「殿、それではやはり拠点を清洲(きよす)に…?」


 信頼の言葉に続いて、盛政が移転先の候補地を口に出して秀高に尋ねると、秀高は姿勢を正し、その言葉に首を横に振って否定した。


「いや、清洲は確かに今の尾張の中心地ともいえるほど繁栄しているが、俺としては別の候補地がある。それは…ここだ。」


 と、秀高は後ろの棚から尾張国の地図を取り出し、それを机の上に広げてその中の一つの場所を指さして示すと、下座の二人は立ち上がってその指さされた場所を見た。そしてその指さされた場所を見て、盛政が秀高に尋ねるように聞いた。


那古野(なごや)…ですか?」


「うん。ここは熱田台地(あつただいち)の北西端にあたり、平野が広がる庄内川(しょうないがわ)南岸より小高い上にある。この強固な台地の上にある那古野ならば、家臣団屋敷や町を切り開く観点から見ても、十分な用地を確保できるだろう。」


「しかし殿、なぜ清洲を避けられたのですか?」


 その盛政の言葉を聞くと、秀高はその地図に書かれている清洲の場所を指さし、盛政に向かって清洲を避けた理由を述べた。


「この清洲は確かに今の尾張の商業・流通・政治の中心地ともいえる場所だが、元々ここは近くに五条川(ごじょうがわ)が流れていて、その川より少し低いところに城がある。さらにこの城の周りは湿地帯で、ひとたび水害や敵の水攻めを受ければ、兵糧攻めを受けて城が落ちることになるだろう。」


「確かに…本拠を移して万が一の事が起こった時、水攻めを受けて落城になってしまったら、目も当てられないことになるだろうね。」


 秀高の言葉を聞いて同調するように、信頼も発言してそれに賛同すると、盛政は秀高にこう進言した。


「しかし、今この状況で敵が攻めてくるとは思えませぬ。それに水害とは申されましたが、五条川の辺りでここ数年の間、治水工事が行われていたようにて、那古野にするよりは清洲にした方がより楽に物事が進むと思いまするが…」


「…盛政、確かに俺が開発された清洲を否定して、未だ未開発の那古野に移るのに不安を示すのは分かる。だがな…」


 そう言うと秀高は机から白紙の紙を取り出し、筆を取ってそこに清洲の文字を書くと、それを盛政の目の前に差し出してこう説明した。


「もともとこの清洲は文字の通り、川と川に挟まれた場所にあって水害の多い土地だ。たとえ治水工事をしても、地震や水害があれば甚大な被害を被るだろう。そんな損が大きい場所に移るよりは、少しでも損が少ない場所に先手を打って移った方が問題ないだろう。盛政、どうかこの俺の考えを分かってはくれないか?」


 すると、盛政は秀高の熱のこもった意見を聞いて、未熟な自身の考えを改めると、一歩下がって床に手を付き、秀高に向かって少し頭を下げてこう言った。


「…分かりました。殿には譲れないお考えがあるご様子。ならばこの盛政、謹んで殿の考えに従いまする。」


「ありがとう。盛政。ついでといってはなんだが、今度の論功行賞の際に、皆の前で那古野移転を表明する。その前に事前に人夫を集め、那古野城周辺に家臣団屋敷をいち早くに造営してもらえないだろうか。」


「なるほど…畏まりました。然らば領内から足軽三千ほどを集め、すぐさま那古野に向かいまする。」


 盛政は秀高に向かってそう言うと、その姿勢のまま頭を下げて一礼し、その後に立ち上がってすぐさまその部屋から出て行って那古野へと向かって行った。そしてその場に残った信頼は、秀高に向かってこう言った。


「…これで、とりあえずは移転の最初の一歩が進んだね。」


「あぁ。いよいよ明日は論功行賞を発表する場だ。信頼、明日は取次として諸将に論功を発表してくれよ。」


「うん。分かった。」


 信頼はそう言うと、側近たちと共に論功行賞の際に手渡す感状の作成に取り掛かり、秀高も書き終えた感状に判を押したり花押(かおう)を書くなどして作業に取り組んだ。そして日暮れまでにその作業は終わり、いよいよ翌日、秀高たちは諸将を集めて論功行賞を発表したのである。





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