1555年11月 ささやかな婚礼
弘治元年(1555年)11月 尾張国末森城内
「殿、唐突ではございますが…実はこの度、私の友人の玲と結納することとなりました。」
翌日、改めて登城した高秀高より、玲との結納の報告を受けた織田信勝は驚き、すぐに下座に降りて秀高の前に来た。
「何、まことか?それはめでたい!して、祝言はいつか?」
「ははっ、然らば善は急げと、明日にも執り行う積もりにございます。」
「そうか…よし、折角だ。この私もその席に媒酌人として立とう。」
その申し出を受けた秀高は驚いた。そもそも媒酌人とは、いわゆる仲人のことであり、現代の結婚式とは違い、媒酌人の無い結婚は非常識であるという考えが当たり前であった。
その媒酌人を信勝がするというのは、秀高にとっては誉であり、それと同時にその祝言の正しさを示すものでもあった。
「信勝様に媒酌人をしていただけるとは…かたじけなく思います。」
「うむ。明日を楽しみにしておるぞ。秀高、すぐにでも屋敷を下がり、祝言の支度を済ませてくると良い。」
「ははっ!」
秀高はそう言うと直ちにその場を下がり、城から出て一目散に屋敷へと帰っていった。
「あ、お帰りなさい。あなた。」
屋敷へと帰ってきた秀高を、屋敷の玄関で出迎えたのは、花嫁衣裳である白の打掛に小袖を身に纏った玲であった。
「や、やめてくれ玲。なんか恥ずかしい…」
最初はその言葉に恥ずかしがった秀高であったが、やがて玲が身に纏うその白無垢の美しさを見て、思わず言葉を失って見入ってしまった。
「…綺麗だな。玲。」
「…ありがとう、秀高くん。」
その二人の微笑ましい雰囲気と様子は、柱の陰から大高義秀と小高信頼が箒を持ちながら、こっそりと覗いて見ても伝わるほどであった。
「あの二人、いつの間に恋人同士になってたんだ…」
「そりゃあ義秀が知らなかっただけでしょ?華さんや舞、それにこの僕も二人の恋仲は感じ取れてたよ?」
義秀と信頼が二人の関係を除きながら話していると、その背後に前掛けを掛けて拭き掃除をしていた華が立った。
「あら二人とも、掃除をサボって覗き見なんて…随分と余裕があるのね?」
「あ、華さん!?こ、これは…」
義秀がそう反論しようとすると、華は義秀の耳を引っ張り、引きずるように居間の方へと去っていった。
「明日は祝言なんだから、ヨシくんにも精一杯働いてもらうわ。覚悟しなさい?」
「ご、ごめんなさい華さん!痛い、痛いから耳を引っ張らないでくださいよ!?」
義秀はそう悲鳴を上げてその場を去っていくと、信頼も掃除に戻るためにその場を去っていった。その後、秀高も掃除などを手伝い、力を合わせて祝言の支度を済ませ、あとは祝言の明日を迎えるだけになった。
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その翌日、秀高邸にて秀高と玲の祝言が始まった。秋風が吹く中で行われたこの祝言は、媒酌人は予定通り信勝が勤め、更には林秀貞や柴田勝家も参加して、ささやかな祝言を挙げることになった。
祝言の始め、まずは秀高から御神酒に口を付けて三三九度の儀式を行い、玲も三三九度の儀式を行った。二人は未成年であったこともあり、この場合は酒に口を付けただけで済ませており、それは媒酌人でもある信勝も了承していた。
その後は居間にてささやかな宴が催され、新郎新婦である秀高らを上座に据え、媒酌人の信勝がすぐ右隣りに座り、同じ列に秀貞や勝家も座った。そして義秀らはその真向かいに一列で着座したのである。
「この度は、我らの祝言に参列していただき、ありがとうございます。」
秀高はその席上、参列してくれた信勝らに御礼を述べた。
「いや、実にめでたき二人の祝言だ。こうしてそれを祝うことが出来、嬉しい限りだ。」
「秀高よ、わしも信勝様と同じじゃ。今後は同じ家臣として、信勝様を支えようぞ。」
信勝に続いて秀貞もそう述べると、勝家も盃を飲み干して秀高に言った。
「左様。そなたらの腕前とその結束力があらば、信長殿の軍勢にも引けは取るまいぞ。」
「勝家さま、お言葉、ありがとうございます。」
そう言って秀高が頭を下げ、感謝の意を示すと、向かいに座っていた信頼も改めて二人の祝言を祝った。
「改めて秀高、それに玲。今日の結婚、本当におめでとう。」
「…ありがとう、信頼くん。」
その言葉に玲が返すと、秀高も信頼らの方を向いて感謝を述べた。
「俺からも、ありがとう。いきなりの発表に応えてくれて、こんな立派な祝言まで…」
「へっ、そんな水くせぇ挨拶はいらねぇぜ。秀高。」
義秀はそう言うと、目の前のお膳をどけて、秀高の手を取ってこう言った。
「たとえ結婚しようが、俺とお前は仲間であるのは変わらねぇ。これからも、よろしく頼むぜ。」
「ありがとう。義秀。これからも、頼りにするぞ。」
それらの思いを全て受け止めた秀高は、その想いを無碍にする事が無いように誓い、玲と一蓮托生の人生を歩むことを決断したのである。
その後、祝言は信頼らの余興を交え、宴もたけなわとなってお開きとなり、秀高らは信勝や秀貞らを見送ったのであった。
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その日の夜。義秀たちは秀高と玲の初夜を邪魔しないように、いつも寝ている寝間から離れた場所にて就寝し、真ん中の寝間に秀高と玲が二人で寝ることになった。
「…まさか、本当にこんなことになるとはな。」
薄暗い部屋を照らすように蝋台に灯された灯りが部屋を照らし、その中に敷かれた一枚の布団の上に、秀高と玲は向き合って正座で座っていた。
「…うん、なんだか、緊張するね。」
「…なぁ、本当に俺なんかでいいのか?その…初めてが…」
秀高が恥ずかしがるようにそう言うと、玲は秀高の胸元に飛び込み、ぎゅっと抱き着くと秀高の耳元で囁くように言った。
「そんなこと、女の子に言わせないでよ…」
そう言いながら少し照れた表情を見た秀高は玲の肩を離すように持つと、そのまま自然に口づけを交わした。
「じゃあ…行くぞ?」
「…うん。」
玲の返事を聞いた秀高は、玲を布団に押し倒すようにして寝転んだのであった。そして、二人はその後、夫婦の契りを夜が深くなるまで交わしたのであった…
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「あら、昨日はお楽しみ、だったかしら?」
次の日の朝、二人隣で座りながら朝食をとる秀高と玲に対し、華がからかう様に聞いた。すると秀高と玲は思わず口に含んだ味噌汁を吹き出しそうになったが、次第に恥ずかしく思い、互いに目をそらしながら、静かに朝食を食べ続けるのであった。
「…ホントにやったんだよな?多分…」
「そんな事、邪推する事じゃないよ、義秀。」
その様子を見ていた義秀の言葉に、信頼はツッコミを入れて考えないように諭した。
「まぁ、子供が出来れば、この時代では紛れもない嫡男の権利が得られるのは、間違いないけどね。」
信頼がそう言うと、その言葉を聞いた秀高は、箸を置くと改めて義秀たちに言った。
「皆、もし、俺と玲の間に子供が出来たら、その時は皆可愛がってくれるか?」
「あったりまえだぜ。お前と玲の子なら、俺が運動なら手ほどきしてやるぜ。」
「じゃあ僕は勉強になるのか…大丈夫だよ秀高。僕らみんな、誰の子であろうとしっかり面倒を見るよ。」
義秀と信頼の言葉を聞いた華と舞も、それに賛同するように頷いた。それを見た秀高は喜び、改めて六人の結束を感じたのであった。
こうして秀高と玲は結婚し、晴れて夫婦となった。やがてこの夫婦から生まれた子供たちが、父である秀高の天下統一という願いを支えていくことになるのである…