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1559年1月 一つの区切り



永禄二年(1559年)一月 尾張国(おわりのくに)勝幡城(しょばたじょう)




「…来たな。お前たち。」


 燃え盛る勝幡城の中にある寺院の本堂の中、かつて高秀高(こうのひでたか)たちが呼び出された広間の中に、高山幻道(たかやまげんどう)が一人立ち尽くしていた。


「へっ、こうして会えるとは思わなかったぜ、幻道!」


 秀高たち六人は幻道の目の前に立つと、大高義秀(だいこうよしひで)小高信頼(しょうこうのぶより)、それに(はな)は獲物を構え、義秀は幻道に邂逅して早々に幻道に呼びかけた。その後、続くように秀高も幻道に声をかけた。


「高山幻道…また会ったな。」


「まさか、呼び出しておいてこのようなことになろうとは…運命とは何ともわからぬものよ…。」


 幻道は相対する秀高や義秀らを睨みつけるように見つめながらそう言うと、(おもむろ)蝋台(ろうだい)の火を薪につけ、それを本堂の奥へ向けて投げた。するとその投げられた一角から火が上がり、それが音を立てるように徐々に燃え広がり始めた。


「てめぇ、そうやすやすと死なせるかよ!!」


「そうよ。私たちは貴方に幾つか聞きたいことがあるの。」


 義秀と華が薪を本堂の奥へと放り込んだ幻道に対してこう叫ぶと、幻道は自身に向けて話しかけてきた二人の方を振り返ってこう言った。


「ふっ、この拙僧に今更何を尋ねるというのだ?呼び寄せた理由など、とうの昔に信隆様が告げたではないか。」


「そう言う事じゃない。」


 と、秀高は幻道に対して一言告げると、義秀たちの一歩前に出て問いかけた。


「お前は…そもそもお前は何者なんだ。それにこの世界は…いったい何なんだ?」


「…ふっ、さすがに気が付いたか。このわしが呼び寄せただけはある。」


 と、幻道はそう言うと、その秀高の問いかけに対して、一言でこう告げた。



「わしはな、元々はお前たちと同じ世界にいたのだ。」



「…なんだと?同じ世界だと?」


 と、秀高が幻道の言葉を聞いて驚くと、幻道はその秀高たちの周りを歩きながら、自身のことについて語りだした。


「精密にいえば、お前たちがいた時代より少し古い時代から来た。わしも同じ日本に生まれ、日本で育った生粋の日本人だ。わしがなぜこの世界に呼ばれたか分からん。だが、わしは元の世界で死ぬ時、ある一つの事を思っておった。「あの時にこうしておれば、日本の歴史は変わっていた」とな。」


「…」


 歩き回りながら話し続けている幻道を、秀高は幻道の姿を目で追いながらその言葉の一つ一つを聞いていた。


「…そう思っていたわしは、元の世界で死んだ後、この世界に来ていたのだ。呼ばれたのはわしが十八歳の時。今から約六十年前の事だ。それと同時にわしは一つの不思議な力を得た。それが、お主らのようなものを呼び寄せる「行者召喚(ぎょうじゃしょうかん)」というものだ。」


「行者…召喚?」


 と、秀高が幻道の発した単語を復唱するように言うと、幻道はそれに頷いた。


「そうだ。行者召喚とは言わば霊界を通じ、この世界での死者を生贄に、呼びたい世界の人物の姿・性格・記憶全てを呼び寄せる術だ。わしはこの力を駆使し、数多もの大名家を渡り歩いたが、どこも見向きはしてくれなかった。」


 幻道がそう言うのも無理はない。渡り歩いた先の大名家の大名も、この幻道の術を見て不気味に思うのも無理はなく、どこも真剣に取り合ってくれるものなどいない。(むし)ろ不気味がられてどこからも相手にされなくなったのだと、秀高は聞いて思っていた。


「だが、一家だけ真剣に取り合ってくれた大名がいた。それが、織田信秀(おだのぶひで)信長(のぶなが)の父だった。そうやって信秀に召し抱えられてからしばらく経った頃、ある時信秀はこう頼み込んできた。「わしの子の信広(のぶひろ)と信長の間に、将来織田家を支えられるような娘が欲しい」とな。」


「…娘?」


 幻道の会話を聞いて、秀高は呟くように喋った。


「そうだ。わしの行者召喚はある程度の記憶改変も出来る。それを見越して織田家の長女として優秀な娘を欲してきた。」


「まさか…それって…」


 と、その幻道の言葉を聞いた上で信頼がある事に気が付き、それを確かめるように幻道に話しかけた。すると、その信頼の言葉を察知した幻道は、それに首を縦に振って頷いた。


「そう、それが信隆(のぶたか)様だ。呼んだのは赤子の頃。元の世界で同じく亡くなった赤子の記憶以外を呼び寄せた。だから信隆様も、言うなれば同じ世界の人間だったのだ。もちろん、織田家一門や家臣の記憶も操作し、その娘が織田家の一門であることを刷り込ませておいた。その娘の真実を知るのは、このわしと信秀様のみだ。」


 すると幻道の言葉に対し、信頼がある事を尋ね返した。


「じゃあ、僕たちの家臣の中にいる、継意(つぐおき)様や静姫(しずひめ)様も…」


「それはこのわしの預かり知るところではない。恐らくその者たちは、わしが招いた世界の(ひずみ)を治すために、世界が生んだ者達であろう。このわしは一切関知などしてはおらん。」


 幻道から発せられる内容を聞いて、秀高たちは信じられない気持ちでいっぱいだった。もし、それが本当だとすれば、幻道の目的もまた、一つの確証を秀高たちは得ていた。


「…そこまでして歴史に介入する理由って、お前がさっき言った、日本の歴史を変える為か?」


「もちろんだ。信隆様が言った理由も、元をたどればわしの受け売りに過ぎない。その為にわしは虚無僧(こむそう)を駆使して織田家の世界制覇の一翼を担おうと暗躍した。だがわしも年には勝てない。そのわし自身の後継者を得るために、こうしてお前たちを招き寄せたのだ。」


 話しかけてきた秀高の目の前に立ち止まり、こう言った幻道の背後には、既に炎が壁一面に燃え広がり、柱にも燃え広がり始めていた。それに気を取られずに、秀高はさらに幻道を問い詰めた。


「…だったらどうして、俺たちを記憶込みで呼び寄せた?こうして反抗すると思っていなかったのか?」


「言ったはずだ。わしは後継者が欲しいとな。わしが求めた役割は、その知識を活かし、決して織田家を見捨てずに世界制覇に向けて邁進できる役割だ。記憶を刷り込んでしまっては、折角の元の世界の知識の意味がなくなるだろう?」


 というと、幻道は背後の仏間を振り返ってこう言った。


「わしはお前たちの能力や性格を加味し、きっとお前たちなら信長様や信隆様のお役に立ってくれると思って呼び寄せた。その結果がどうなろうと、このわしに悔いはない。」


 そう言った時、秀高たちと幻道の間に、一本の材木が天井から落ちてきた。その材木に火がついていたことを見た秀高たちは一歩下がり、幻道に呼びかけた。


「幻道!お前にはまだ聞きたいことがある!」


「ふん、もうこのわしに話すことは何もない!お前たちが決めた人生だ。もう誰にも干渉は出来ん!」


 そう言うと幻道は振り返り、秀高たちにこう告げた。


「よく聞け!わしは元の世界の日本の歴史を変えたいがためにお前たちを呼び寄せた!お前たちがわしを否定するのであれば、お前たちのやり方で、この日本国を長き太平の世に導いて見せよ!」


 そう言った時幻道の辺りに無数の材木が落ちてきて、その一本が幻道に命中した。それを見た秀高たちは、その場から立ち去った後に、その寺院の本堂は崩れ去る様に燃え落ちたのだった。




————————————————————————




「…結局、あいつも逃げやがったな。」


 その燃え落ちた勝幡城跡を見つめながら、城外に出た秀高たち六人の中で、義秀が口を最初に開いた。


「…そうね。でも、私は一区切りつけることが出来たわ。結果は気に入らないけど、これで因縁の一つが終わったわ。」


「私もお姉ちゃんの言う通りだと思う。結果はどうあれ、一つの区切りが出来たんだもん。」


 華と(れい)がそれぞれに意見を言うと、その言葉の後に(まい)がこう言った。


「…あとは、信隆さんの事ですね。」


「聞けば、もう美濃(みの)に入っているらしいよ。伊助(いすけ)に命じて状況を探らせる?」


「…いや、いい。」


 その信頼の提案を、秀高は手短な言葉で拒否した。


「信隆を追って美濃に行けば、きっと斎藤義龍(さいとうよしたつ)を刺激することになる。それだけは何としても避けなきゃならない。それに尾張を得た今、これ以上の戦は無用だろう。」


「…そうだね。じゃあこのまま鳴海(なるみ)に帰ろうか。」


 と、秀高に信頼がこう言うと、秀高は頷いて信頼の方を見てこう告げた。


「あぁ。この戦も終わりだ。全軍を鳴海城に帰還させてくれ。」


「うん。分かった。」


 秀高の言葉を聞いた信頼は、近くにいた早馬に全軍を鳴海城へ帰還させるように命令させた。そして秀高は振り返ると、ひとりで焼け落ち勝幡城を見つめていた。


「義秀、この城は取り壊そう。取り壊して俺たちの因縁が終わったことを、ここに宣言しよう。」


「分かったぜ。なら一日かけりゃこの規模の城は取り壊せる。さっさと行うぜ。」


 そう言うと義秀は配下の将兵に、城を取り壊すように命令した。こうして秀高軍は、その日のうちに焼け落ちた勝幡城を取り壊すと、野営をその場所で取り、翌日にはそのまま残った軍勢が待つ清州城へと帰還していった。





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