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1559年1月 因縁の勝幡城



永禄二年(1559年)一月 尾張国(おわりのくに)勝幡城(しょばたじょう)




 清洲城(きよすじょう)高秀高(こうのひでたか)率いる軍勢に攻め落とされた翌日、ここ勝幡城に清洲から落ち延びてきた織田信隆(おだのぶたか)の姿があった。清洲落城の寸前、前田利家(まえだとしいえ)と共に抜け道から脱出した信隆は、その足で禅師・高山幻道(たかやまげんどう)が守るこの城へと来ていたのだった。


「信隆様…良くぞご無事で。」


 勝幡城の本丸館にて、館の中に入って来た信隆を、幻道はこう声をかけて出迎えた。


「禅師、お迎え感謝します。」


「いえいえ、それよりも、随分と難儀をなさいましたな。」


 幻道は信隆が抱えて連れてきた奇妙丸(きみょうまる)、それに利家が抱えていた奇妙丸の弟・茶筅丸(ちゃせんまる)に利家の家臣・村井長頼(むらいながより)が抱える三七丸(さんしちまる)の三つの赤子の姿を見た上で、信隆に対してこう語りかけた。


「申し訳ありません。私が禅師を傍に置いていたら、きっと織田家は滅亡などせずに…」


 すると、幻道は後悔するように言葉を言った信隆に近づき、肩に手を置くと優しく語りかけた。


「信隆様、事ここに至っては仕方がありませぬ。今は今後の事を考えねばなりますまい。」


 幻道はそう言うと懐に忍ばせてあった書状を取り出し、信隆に対して差し出した。


「信隆様、東濃(とうのう)遠山景任(とおやまかげとお)に嫁いでおられるおつやの方から、遠山家が信隆様を匿う旨の書状を送ってまいりました。」


「東濃…ですか。」


 その書状の内容を聞いて、信隆は考え込んだ。東濃に向かうには、城の近くを流れる日光川(にっこうがわ)から木曽川(きそがわ)を遡上する必要があり、そのまま向かえば犬山城(いぬやまじょう)付近で敵に捕らえられる危険があったのだ。


「しかし、敵によって犬山は抑えられてしまいました。このまま川を渡っての避難は難しいでしょう。」


 すると、その懸念を聞いた幻道は信隆に対してこう意見した。


「いえ、その必要はありません。犬山の対岸の鵜沼(うぬま)にて遠山家の手の者が迎えに参ると申し出ております。この城は拙僧に任せ、利家殿と共に落ち延びなさいませ。」


「禅師…」


 幻道の言葉を聞いて信隆が一言、惜しむように呟くと、幻道は信隆の言葉を聞いた上で首を横に振ってこう言った。


「信隆様、これも全ては織田家の血脈を繋ぐためです。秀高が擁立した於菊丸(おきくまる)を織田家の当主にしては、その後見に秀高が収まり、尾張の支配を正当化するのを黙認することになりまする。ここで信隆様と奇妙丸殿が生き延びることで、奴らに立ち向かうことが出来るというものです。」


 その幻道の言葉を聞いた信隆は、その言葉を聞き首を縦に振って頷いた。


「…分かりました。禅師、今まで私を補佐してくださり、(かたじけな)く思います。必ずや織田家を再興させ、秀高を討ち取って見せます。」


「…さぁ、信隆様。時は一刻を争います。早くこの城を出なされ。利家殿、後はお頼み申しますぞ。」


「はっ。信隆様、参りましょうぞ。」


 信隆は利家に促されるように、後ろ髪を引かれるようにその一室を後にした。その後、城に残った幻道は城兵の一人を呼び寄せた。


「これ、この城の守兵はどれほど居るか?」


「はっ。ざっと二百余りかと思われます。」


「…そうか二百か。良いか、あくまでこの城で信隆様が逃げられる時間を稼ぐのが目的じゃ。何としても戦い抜き、秀高に我ら織田家の誇りを示してやる。防衛の準備をせよ。」


「ははっ!」


 その命令を受けて城兵は一礼し、その場を後にして城を守るための準備に取り掛かった。それを見送った幻道は城の本丸館に細工を施すと、自身は奥にある寺院へと姿を消したのだった…


「禅師…」


 同じころ、勝幡城を去って近くの川に用意されていた、一艘の小舟に乗ろうとした際、信隆は城を振り返ってこう呟いた。


「信隆様、禅師が繋いでくれたお命、それにこの赤子の為にも、今は生き延びなければなりませぬ。」


「…利家、そなたは良いのですか?あなたの兄は、秀高に降ったと聞いていますよ?」


 と、信隆は利家に対してこう言うと、利家は抱えていた茶筅丸を長頼に託すと、乗っていた小舟を降りて信隆に近づいた。


「いえ、それがしは前田家の跡取りではありませぬ。それに兄や父が領民の事を思って降伏を決めたのであれば、それがしも言う事はありませぬ。ただ、それがしは信長(のぶなが)様の遺されたお子達と信隆様のために、兄たちとは(たもと)を分かって行動するのみです。」


「…そうですか。きっとこれから進む道は、茨の道になりますよ?」


 と、信隆が利家に言うと、利家は首を横に振って否定してこう告げた。


「いえ、例えどのような道になろうとも、この槍の又左(またざ)が切り開き、織田家の未来のために戦いまする!」


「その言葉、ありがたく思います。さぁ、行きましょう。」


 利家の言葉を受け取った信隆は、利家と共に小舟に乗り、川を遡上し始めた。信隆の行方を追う秀高の軍勢が到着したのは、信隆が城を去ってからわずか一刻後のことであった。




————————————————————————




「まさか、ここに戻ってくるとはね。」


 その勝幡城に攻め掛かってきたのは、秀高率いる旗本に大高義秀(だいこうよしひで)の軍勢を合わせた三千もの軍勢であった。秀高に話しかけてきた小高信頼(しょうこうのぶより)の言葉を聞きながら、秀高は馬上から本丸の周囲に張り巡らされている二重の水堀の風景を見て、再びこの場所に戻ってきた実感がわき始めていた。


「あぁ。前は身一つでここを出たが、こうして兵を率いてここに戻ってくるなんてな。」


「それにここには…みんな一緒に来たかったからね。」


 と、秀高の言葉に応えるように信頼が発言した。




 この時、この陣中には秀高や信頼、それに義秀夫妻や(れい)(まい)の六人が勢ぞろいで参陣していた。その際、秀高は於菊丸を静姫(しずひめ)に託して清洲(きよす)に残し、また斯波義銀(しばよしかね)鳴海(なるみ)に帰還したと偽情報を流した上で(まい)の扮装を解かせた。正に最初の六人の身のままになってこの戦に臨んでいたのである。


 それはまるで、この世界に飛ばされてきた因縁との、あるいは諸悪の根源との決着を付けようとする、六人の固い決意の表れでもあったのだ。




「…そのために、ここには義秀たち以外は連れてきていない。この戦だけは、俺たち自身で決着を付けなきゃならないんだ。」


「殿!一大事にございます!」


 と、そこに信隆の動向を探っていた伊助(いすけ)が、信隆の消息を報せに現れた。


「織田信隆、数刻前に城を後にし、川を遡上していったとの事!」


「なんだと、また逃げ出したというのか!!」


 秀高は伊助の報告に対して怒り、伊助はそれに驚きながらも言葉を続けて報告した。


「はっ…信隆は東濃の遠山家を頼って落ち延びたようにて既に一行は美濃国内に入ったと思われます…。」


「秀高くん…それが本当なら信隆さんは…」


 その伊助の報告を、秀高の隣にて一緒に聞いていた玲が、秀高に対して話しかけると、秀高はため息をついてこう呟いた。


「…そう簡単に、全てに決着はつかないか。」


「なに、そんなに落ち込むことじゃねぇ。」


 と、同じく秀高の隣にいた義秀が、気落ちする秀高に対して声をかけた。


「目の前にいるのが信隆じゃなくなっても、もう一人の決着を付けるべき相手の幻道が残ってる。あいつを倒せば、俺たちの溜飲も少しは下がるってもんだぜ。」


「ヨシくんの言う通りよ。」


 その義秀の隣にて馬に乗っていた華も秀高に対して発言した。


「私たちをこの世界に呼んだ直接の原因である幻道が残っているのなら、皆で乗り込んでその因縁に対して一つの区切りをつけるのも、決して悪い事じゃないと思うわ。」


「…そうだな。とりあえずは、まずは勝幡城の制圧にかからなきゃな。」


 と、秀高は気を取り直すと軍配を手にし、全軍に向けてこう言った。


「皆聞け!信隆には逃げられてしまったが、あの城には幻道が籠っている!幻道を討ち、尾張侵攻の総決算とする!!皆、かかれ!!」


 そう叫ぶと秀高は勢い良く、城の方向に向けて軍配を振り下ろした。子の指図を受けた秀高の軍勢は、その命令通りに城へと攻め掛かっていった。


「来たぞ!撃て、撃て!」


 と、城方の兵たちは弓や鉄砲を手にし、攻め寄せてくる秀高の軍勢めがけて射掛けたが、その攻撃は焼け石に水ともいうべき程、あまり効果はなかった。そもそも、二重の水堀に囲まれているとはいえ、勝幡城の縄張りは本丸のみしかない簡素な城であったため、二重の水堀を越えられては、もはや多勢に無勢というほど無力に等しかった。


「よっしゃ!大高義秀が一番乗りだ!!お前ら、幻道の首を取りに行くぞ!!」


 と、攻め掛かられて数分後には城門は突破され、義秀を先頭に秀高勢がなだれ込んできた。そうなっては最早城方に勝ち目はなく、次々と討ち取られていった。


「幻道!幻道はどこだ!!」


 と、義秀が城内で叫び始めたその時、義秀のいた場所の板塀を挟んだ向こうにあった本丸館から、大きな爆風が起こった後にバチバチと大炎上を起こした。義秀がその爆風と同時にその炎が起きた方向を振り向いた時にはすでに、そこにあった本丸館は炎に包まれていた。


「義秀!どうなってるんだ!!」


 と、そこに信頼に守られた秀高と玲たちが、義秀たちの後を追うようにやってきていた。


「秀高!あいつどうやら火を放ったみてぇだぜ!!」


「そうか…よし、俺たちが一番最初に呼び出された時に来たここの寺院に行こう。」


 と、秀高は配下の将兵にここにて戦後処理や残党の掃討を命令すると、自身は義秀らを引き連れ、呼び出された場所の寺院へと向かった。その寺院はまだ火は燃え移ってはいなかったが、風の影響でその寺院の伽藍全てにも飛び火しそうな状況であった。


「よし、お前たちはこの寺院を包囲しておいてくれ。俺たちが中に入る。」


「ははっ!」


 と、秀高は付いて来ていた足軽たちに本堂を包囲してその場に待機するよう命令すると、いよいよ自身を含めた義秀ら六人だけで寺院の本堂の中へと入っていったのである。





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