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1559年1月 清洲落城



永禄二年(1559年)一月 尾張国(おわりのくに)清洲城(きよすじょう)




 清洲城を包囲してから二日経った永禄(えいろく)二年一月二十三日、既に高秀高(こうのひでたか)率いる軍勢には、昨日夕方に葉栗(はぐり)中島(なかじま)両郡を掌握し、地侍たちを味方に加えた佐治為景(さじためかげ)率いる六千の軍勢と、そして今朝早くに大高義秀(だいこうよしひで)率いる七千余りの軍勢が、秀高勢五千に合流し、ここに総勢一万八千余りの大軍勢が、この清洲城付近に集結したのである。


「おう、秀高!待たせたな!」


 ここ、小高い丘の上にある秀高本陣には、軍勢を率いてきた義秀と為景の二人が、本陣の帳をくぐって中に入った。すると、中にいた秀高が床几(しょうぎ)から立ち上がり、そのまま義秀の前に進むと義秀の手を取って話しかけた。


「義秀。よく長島(ながしま)との交渉を纏めてくれた。」


「なに、坊さんを少し脅してやったら、奴ら簡単に不戦の契りを交わしてきたぜ。」


 義秀が笑うように秀高にそう言うと、秀高は義秀に向かってこう言った。


「そうか。お前たちが来てくれれば、いよいよ清洲城に攻撃を仕掛けることが出来る。」


「殿、それで攻め口はどうなさるので?」


 と、秀高の言葉を聞いた為景が、秀高に城攻めの手立てを尋ねた。


「あぁ、それについてだが、これを見てくれ。」


 秀高はそう言うと二人を本陣の中に招き入れ、机の上に広がっていた清洲城周辺の絵図を示しながら、城攻めの手立てを伝えた。


「清洲城は北門・南門・東門・西門の四つの大手門がある。北門には森可成(もりよしなり)坂井政尚(さかいまさひさ)の部隊。西門に織田信包(おだのぶかね)殿と義秀の部隊、それに東門へ為景と安西高景(あんざいたかかげ)の部隊。そして残りの主力は本丸に近い南門を突破し、一気に本丸を攻め落とす。」


「…詰まるところ、総攻めを行うってわけだな?」


 義秀が秀高から城攻めの手立てを聞くと、秀高に向けてこう尋ねた。


「そうだ。伊助(いすけ)の調べでは城兵は二千五百余りだというが、敵もかなりの抵抗をしてくるだろう。二人も油断することなく、抜かりないように城攻めを行ってくれ。」


「ははっ。さればすぐにでも準備を整えて参ります。」


 秀高の言葉を聞くと、為景は秀高にそう言い、一礼をして会釈をした後に帳の外へ出ていった。それと入れ替わるように、今度は(はな)が本陣の中に入ってきた。


「あぁ、華さん。部隊の準備は大丈夫ですか?」


「えぇ。こっちはいつでも戦えるわ。ヨシくん、私たちはどこに攻め掛かるの?」


 と、華は義秀に対して、自分たちがどこに攻め掛かるのかを尋ねた。


「俺たちは西門から攻め掛かる。西を守っているのは…太田牛一(おおたぎゅういち)か。」


「義秀、牛一を甘く見るなよ。信頼(のぶより)(まい)からの情報だと、牛一は弓の扱いに長けた人物だという。」


 すると、その秀高の言葉を聞き、傍にいた小高信頼(しょうこうのぶより)と、変装している舞が、義秀に向かって言葉を発した。


「義秀、牛一は元の世界だと、「信長公記(しんちょうこうき)」を記した著者として有名だけど、武士としても優れていたんだ。」


「その一つの武勇伝として、攻め掛かった城の門の近くの建物の屋根から矢を放ち、それによって敵を射抜いた名手だと言い伝えられています。」


「そうか…それほどの腕を持つんなら、会って戦うのが楽しみだぜ。」


 義秀は二人の言葉を聞いてこう言うと、秀高に対してこう言い放った。


「秀高、今日の城攻めの先陣、この俺が貰うがそれで良いか?」


「…構わない。お前のタイミングで戦を始めてくれ。」


 秀高のこの一言を聞いた義秀は、手をポンと叩くと喜び、秀高に向かってこう言い放った。


「よっしゃ、ならばさっさと城に攻め掛かるぜ。じゃあな!」


「…ヒデくん、ヨシくんの事は私に任せて。暴走しないように見張っておくわ。」


 勇んで出ていった義秀の背中を見つめ、ため息をついた華は、秀高にこう言うと、出ていった義秀の後を付いていくように本陣を後にした。すると、その様子を見ていた静姫(しずひめ)が、秀高に向かってこう言った。


「…まったく、あいつは変わらないわね。」


「あぁ、だがあれくらい威勢がよくないと、あいつらしくないからな。」


 静姫にこう言うと、秀高は腕組みをして本陣から戦の成り行きを見守るように仁王立ちした。しばらくして、秀高は信頼に向かってこう言った。


「信頼、旗本のみんなに、城攻めは大高勢が攻め掛かってから行うと伝えてくれ。その際、鉄砲隊・弓隊は援護するように矢玉を城に放ち、味方の接近を援護するようにしてやれ。」


「分かった。直ぐにでも触れ回るよ。」


 信頼は秀高の指示を聞くと、近くに待機していた早馬に秀高の指示を伝達させ、それを早馬に伝えさせた。すると、城の方角を見ていた(れい)が、西門の方角を見てこう呟いた。


「あ、秀高くん。西門の方角から声が上がったよ。」


「そうか…いよいよ始まったか。」


 秀高は玲からその言葉を聞くと、軍配を振るって旗本や味方に対し、清洲城への総攻めを行うように指示した。こうしてここに、清洲城への総攻撃が開始され、各方面にいた味方が清洲城に向けて殺到していったのであった。




————————————————————————




「大高義秀、清洲城に一番乗りぃ!!俺の後に続け!!」


 城攻めが始まって数刻後、清洲城の城門が最初に破られたのは西門の方角。義秀指揮する軍勢の攻撃によってであった。義秀は門をくぐると得物の槍を高く上げ、後続の味方に自分に続くように呼び掛けた。


「ええい、これ以上進ませるな!!」


 と、この突破を見て城方の兵たちも応戦するように義秀勢に立ち向かい、声を上げて義秀勢に斬り込んだ。しかしそれを下馬していた義秀が槍を振るってなぎ倒していき、それに続いて西門から攻め込んだ味方も次々と突破していった。


「!!ヨシくん!」


 と、近くで戦っていた華の突然の呼び掛けに、義秀は危険を察知してその場から一歩下がると、その義秀の真後ろに付いて来ていた足軽を一本の矢が射抜いた。義秀がその攻撃を見て驚き、その飛んできた方向を見ると、まさに石垣の段に足をかけ、そこから弓の弦を引き絞っていた一人の武将がいた。


「あれが牛一か!!おらぁぁっ!!」


 その武将が牛一であることを悟った義秀は、立ちはだかる城方の兵を次々となぎ倒し、その武将、太田牛一に近づいた。すると牛一は弓を捨て、刀を抜くと義秀と鍔迫り合いをした。


「我こそは太田牛一!信長様が得られたこの清洲城…お前たちに渡してなるものか!!」


「はっ!よく言うぜ!今日からここは秀高の城になるんだ!」


 義秀は牛一にそう言い放つと、鍔迫り合いを解いて一歩前に踏み込み、その力で牛一の胸元を槍で貫いた。牛一はそれを受けて苦悶の表情を浮かべると、そのまま力が抜けるようにその場に倒れ込んだ。


「太田牛一、この大高義秀が討ち取った!このまま一気に攻め掛かれ!!」


 義秀はこう言うと牛一の亡骸を放置し、そのまま味方に呼びかけて前へと進んでいった。この大高勢の勇戦の影響で城方はさらに混乱し、この頃になると北・東・南の山門も突破されていたのだった。




————————————————————————




「申し上げます!お味方、大高義秀さま、太田牛一を討ち取りました!」


 その南門を攻める秀高本隊。馬上から戦況を見守る秀高のもとに、早馬が義秀の戦功を報告した。


「そうか!よし、大高勢はこのまま本丸に攻め掛かるように伝えてくれ。」


「ははっ!!」


 早馬は秀高の指示を聞くと馬首を返し、そのまま義秀に報告するべく去っていった。すると今度は別の早馬が、秀高に対して報告した。


「申し上げます、東門にて佐治為興(さじためおき)様が、福富秀勝(ふくとみひでかつ)を討ち取りました。」


「おぉ、あの秀勝を討ち取ったか。こっちも高政(たかまさ)猪子高就(いのこたかなり)を討ち取った。これで城の陥落も時間の問題だろうな。」


「…それにしても、こんな簡単に城が落ちるなんて…」


 と、同じく馬上からこの戦況を見守っていた玲が、秀高に向かってこう話しかけた。


「…元より城の兵たちは徴兵されてきた者達ばかりだ。それに一連の流れを聞いて士気も下がっていたらしい。その状況じゃ、とてもじゃないが大軍を迎え撃つなんて出来ないだろうな。」


「まぁ、これは当然の結果というものね。」


 と、秀高の言葉を聞いて静姫が、清洲城を見つめながら一言でこう言った。するとその時、清洲城の本丸、三層の天守閣から火が上がり、徐々に炎に包まれ始めた。


「秀高殿!一大事にございます!!」


 と、その燃え盛り始めた清洲城から、信包が馬を走らせて駆け寄ってきた。


「どうかしましたか!信包殿!」


「先ほど某の部隊と義秀殿の部隊が本丸を攻め落としましたが、御殿の中で織田家一門が自害を遂げておりましたぞ!」


 その報告を聞いた秀高らは驚いた。その報告が真なら、信包ら秀高についた者以外の織田家一門全てが、城内で自害したという事になるのだ。


「それで、あの天守閣の中に誰がいる!!」


「それが、あそこには長秀一人が籠り、天守閣に自身で火をつけたと!!」




————————————————————————




「…ふっ、もう織田家も終いか…」


 その清洲城の三層の天守閣、方々に火を付け終えた長秀は最上階の部屋の四方の扉を開け、やがて部屋の中央に座ると直垂の襟元を降ろし、下腹部を露わにさせた。


「…織田家のために死ねるのだ…悔いはない。」


 やがて火が付き始め、黒煙が部屋に漂い始めた時、長秀は目の前の短刀を抜き、その切っ先を腹に当てた。


「信隆殿…後のこと全て、頼みましたぞ…」


 長秀はそう言うと、燃え盛る炎の中で自刃して果て、その亡骸は炎によってこの世に一つも残らなかった。この自害を以って清洲城は落城し、残っていた城兵は秀高に降伏した。やがて天守閣が炎によって燃え落ちた後、秀高らは清洲城の本丸に入城したのだった。


「これは…」


 やがて秀高と信頼、それに義秀夫妻や玲たちは信包の先導の下、織田家一門が自害した御殿内の一室に案内された。そこには数十人の男女が、老若男女問わずに折り重なるように倒れ込んでいた。


「秀高殿、これが亡くなりし織田家一門の面々にござる。」


 信包はそう言うと、その場で亡くなっていた者達の名前が書かれた巻物を、秀高に手渡しした。



 その巻物に書かれていた人物の名の中には、後に絶世の美女として有名なお市の方(おいちのかた)奇妙丸(きみょうまる)の実母の生駒吉乃(いこまきつの)、元の世界では為興こと佐治信方(さじのぶかた)と結ばれる筈だったお犬の方(おいぬのかた)信長(のぶなが)乳母うば養徳院(ようとくいん)らの名前や、後の織田有楽斎(おだうらくさい)として有名な織田長益(おだながます)の名前もあった。


 この名前の全てを見た秀高は、一つの大名家の終焉というよりは、この目の前の人たちの人生を自分が追い詰めてしまったのかという負い目を感じてしまった。これはまだ、秀高が戦国武将になりきれていない心情を持っている証であった。




「…秀高、織田家はここにあえない最期を遂げたけど、まだ信隆が生きている。彼女をどうにかしなきゃ…」


 と、その信頼の言葉を聞いてようやく我に返った秀高は、気を取り直して伊助を呼び寄せた。


「伊助!」


「ははっ!信隆は隠し通路から城外へ脱出し、前田利家(まえだとしいえ)に誘われて勝幡(しょばた)方面に逃げていったとの事!」


「勝幡…」


 その伊助が告げた地名を聞いて、秀高はその名を復唱するように言った。この勝幡という地名こそ、秀高たちがこの世界に来る遠因となった忌まわしい地名であり、全てが始まった場所でもあった。


「…よし、戦後処理は可成や為景たちに任せる。俺と義秀の部隊は翌日に勝幡へ向かう。皆、準備を進めてくれ。」


「ははっ。」


 その言葉を受けて義秀らがその場所を去っていくと、秀高と玲はその場に残っていた。そしてその場で散った織田家一門の人々に向かって、目を閉じて静かに手を合わせて弔った。これに合わせて玲も秀高同様に手を合わせたのだった。





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