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1559年1月 尾張統一へ



永禄二年(1559年)一月 尾張国(おわりのくに)稲生原いのうはら




 永禄(えいろく)二年一月十八日夕刻。すっかり稲生原一帯を夕日が照らし始めた時、その場に留まっていた高秀高(こうのひでたか)勢は、先刻まで続いていた戦の戦後処理を行っていた。


「…氏勝(うじかつ)氏識(うじさと)の件は残念に思う…」


 と、その秀高勢の本陣の帳の中にて、先刻の戦で討死した丹羽氏識(にわうじさと)の嫡子・丹羽氏勝(にわうじかつ)に秀高が慰めるように声をかけていた。


「いえ、父も武士の端くれ。どこかで討死することは考えていたでしょう。どうか落胆しないでくだされ。」


 氏勝が秀高に言葉を返すと、秀高は氏勝にこう話しかけた。


「…氏勝。実はもし、このまま尾張を制圧出来た証には、父に末森城(すえもりじょう)を再建の上で与え、末森城主に据えようとしていた。」


「…なんと、末森城主に…?」


 その、秀高の想いもかけない提案を聞いた氏勝は面食らい、秀高に聞き返した。すると、秀高はそれに頷くとその胸の内にある思案を氏勝に伝えた。


「…実は、もし尾張統一が成った暁には、従ってくれた佐治(さじ)安西(あんざい)・そして丹羽(にわ)の在地勢力を、加増の上で移封しようと考えている。その候補の中に上がったのが、丹羽領を末森城一帯に加増移封させることなんだ。」


「移封…ですか…」


 氏勝が秀高から告げられた内容を、静かに受け止めていると、そこに脇に控えていた小高信頼(しょうこうのぶより)が、補足事項を付けて申し述べた。


「氏勝殿、丹羽家に関して言えば、なにも旧領をそのまま召し上げるわけじゃない。知っての通り、丹羽家の所領は尾張と三河(みかわ)(またが)って分布している。もし、今川(いまがわ)との間に再び戦火が起これば、真っ先に狙われるのは丹羽家の岩崎城(いわさきじょう)だと思うんだ。」


「…そこで丹羽家の所領を末森城一帯に移し、旧領一帯は岩崎城を砦に改築して前線基地として整備したい。そうすれば、福谷(うきがい)方面からの敵を容易に迎撃できる。こう考えた上での加増移封だ。」


 すると、信頼と秀高の考えをすべて聞いていた氏勝は、その考えを受け止めて感心すると、秀高にこう言った。


「…やはり、父の仰せられた通り、秀高殿は先の先を見据えておられる。このわしには思いもつかぬ事だ…」


 氏勝はそう言うと、立ち上がって秀高の前に来ると、秀高にこう言った。


「秀高殿…いえ、我が殿。加増移封の申し出、しかと引き受けましょう。」


「…氏勝、その言葉を待っていた!これからもよろしく頼む!」


 秀高は受け止めてくれた氏勝に感謝すると、氏勝の手を取って固い握手を交わした。こうして、氏識の死後に家督を継いだ氏勝は、秀高の加増移封案を受け入れたことによって、秀高の正式な家臣として組み込まれることになったのである。




————————————————————————




 その後、秀高本陣に戦に出ていた諸将たちが戻ってきて、今後の方針を話し合うための簡易な軍議を開いた。その席上、開口一番に秀高が諸将たちの働きを労うように口を開いた。


「…まずは皆、日中の戦においてよく働いてくれた。皆の奮戦のお陰で、信隆(のぶたか)の軍勢を跳ね除けることが出来た。この秀高、改めて礼を言う。」


 そう言って秀高が諸将に向けて頭を下げると、諸将たちはその礼に応えるように頭を下げ返して、秀高に一礼したのだった。そして、秀高は頭を上げると言葉を続けた。


「この戦でこちらの被害も少なくなく、氏識殿や織田家から寝返ってくれた将たちの一部を失ってしまった。だが、敵にも大きな損害を与えたのは事実だ。この勝利を見てくれれば、死んでいった者たちも喜んでくれるだろう。」


「…如何にも。」


 と、秀高の言葉に森可成(もりよしなり)が簡素に一言こう言うと、秀高はそれを聞いた上でさらに話した。


「今、こちらの士気は天を突くような勢いだ。この余勢を駆って明日から庄内川(しょうないがわ)を渡り、一気に尾張北部を攻め落としたいと思うが、諸将の存念を聞きたい。どうか、意見のある者は言ってきてくれ。」


「殿、しからば一つ申し上げる。」


 と、秀高に一番最初に意見してきたのは、筆頭家老の三浦継意(みうらつぐおき)であった。


「確かに我らの狙いはこの尾張北部にございますが、そちらばかりに目を向けるわけにはいきませぬ。伊助(いすけ)の報告によれば、荷之上(にのうえ)の土豪・服部友貞(はっとりともさだ)が信隆の檄に呼応し、こちらに攻め掛かる構えとか。」


服部党(はっとりとう)だけではござらぬ。このまま尾張北部に攻め込めば美濃(みの)斎藤義龍(さいとうよしたつ)も黙ってはおりますまい。またここから南西の荒子城(あらこじょう)では前田利家(まえだとしいえ)の兄・前田利久(まえだとしひさ)が、蟹江城(かにえじょう)金森可近(かなもりありちか)が籠城し、徹底抗戦の構えを取っておりまする。」


 と、継意に続いて山口盛政(やまぐちもりまさ)が、秀高に対してこう意見すると、可成が秀高に対してこう言った。


「…秀高殿、これはかなりの数を割かねばなりますまいぞ。」


「分かっている。丁度いい機会だ。皆に一つずつ説明しながら、ここで諸将の明日からの陣立てを伝える。」


 秀高は諸将に対してこう宣言すると、絵図を開かせて指し棒で指しながら作戦を伝えた。


「明日からだが、部隊を三手に分ける。まず、大高義秀(だいこうよしひで)を大将とし、副将に滝川一益(たきがわかずます)を付け、これに森可成と安西高景(あんざいたかかげ)の部隊、総勢五千を与える。この庄内川を下流に向かって進み、荒子城を包囲。前田勢の処遇は信頼に任せる。その後は川を渡って蟹江城(かにえじょう)を落とし、服部友貞の所領・荷之上を攻めてくれ。」


「おう、分かったぜ。攻め落とした後は清洲(きよす)に向かえばいいんだな?」


 義秀のこの言葉に、秀高は頷いて応えた後に、一つ注意事項を義秀に伝えた。


「だが一つ気を付けてくれ。服部党は長島(ながしま)願証寺(がんしょうじ)とつながりが深い。願証寺は本願寺(ほんがんじ)派の寺院。敵に回せば一向一揆(いっこういっき)(けしか)けられる恐れがある。あくまでも服部党の討伐だけに目標を置き、決して長島まで踏み入ろうとするなよ。」


「分かってる。こっちも尾張統一を控えてるんだ。余計な手出しはしないさ。」


 義秀は秀高の忠告を聞き入れてこう言葉を返すと、秀高はそのまま次の作戦を指示した。


「よし、次は継意を大将とし、副将に山内高豊(やまうちたかとよ)を付け、佐治為景(さじためかげ)坂井政尚(さかいまさひさ)ら総勢四千五百を一隊とする。この隊は明日、庄内川を渡河して北上。そのまま岩倉(いわくら)を経て小牧山(こまきやま)方面に向かい、池田恒興(いけだつねおき)が拠る犬山城(いぬやまじょう)を攻め落としてもらいたい。」


「はっ、しかと承りました。」


 継意がその内容を聞いた上で承諾すると、継意に秀高は一言伝えた。


「継意、お前の部隊は犬山城を落とした後、斎藤の動きに備えるため、お前の部隊二千を犬山に留め、残りを清洲へと向けてくれ。」


「ははっ。斎藤勢が国境を越えてきた時には、犬山城にて耐えきってみせましょう。」


 継意の言葉を秀高は聞き入れると、それに対して頷き、その後に言葉を続けた。


「そして残りは俺が率いる。明日から庄内川対岸の松葉(まつば)深田(ふかだ)の両城を攻め落とし、萱津(かやつ)を経由して清洲城(きよすじょう)を包囲。時期を見計らって総攻撃をかける。氏勝、それに信包(のぶかね)殿の部隊は俺の指揮下に入ってくれ。」


「はっ!承りました。」


 秀高の作戦を聞いて信包がこう言うと、秀高はそれぞれに作戦を伝達し終え、徐に立ち上がって諸将に言い放った。


「よし、皆いいか。先の戦いで負けたとは言え、ここから先は敵の領地。抵抗も激しいものが予想されるだろう。決して油断せず、着実に攻めていくぞ!」


「ははっ!!」


 秀高の言葉を聞いて諸将は一斉に声を返し、それに返事をした。こうして秀高軍は翌日の出陣に備え、それぞれの部隊が戦支度を整えたのだった。




————————————————————————




 その頃、稲生原の戦いで敗れた信隆は、命からがら清洲城へと落ち延び、そこで家臣の丹羽長秀(にわながひで)と合流していた。


「…信隆殿、良くぞ戻られ申した。」


 と、大手門をくぐって本丸にたどり着いた信隆の目の前に、清洲城の留守居を務めていた内藤勝介(ないとうかつすけ)が現れた。勝介は信長(のぶなが)の養育係の一人で、一貫して織田家に仕えていた老将であった。


「勝介殿…戦に負けてしまいました。」


「左様でござるか…。」


 と、信隆は勝介に語り掛けながら馬を降りると、勝介は語られた内容に落胆し、信隆にこう返した。


「殿、事態は急を要します。この老骨はすぐさま松葉城に入り、敵の進軍を食い止めてみせましょう。」


「勝介殿、しかし松葉城は敵の侵攻をいの一番に…」


 すると、勝介は信隆の言葉を遮り、その次に自身の意見を伝えた。


「…宜しいのです。この老骨が織田家の危機に、物陰で隠れて見ているわけにはいきませぬ。それに深田には柴田勝家(しばたかついえ)もおり申す。これだけあれば、敵の進行を食い止められましょうぞ。」


「…分かりました。その意気を買いましょう。勝介殿、後は任せましたよ。」


「ははっ。(しか)らば早速にも発ちましょう。」


 勝介は信隆の承諾を得ると、直ぐにもその場を発って松葉城へと向かって行った。それを見届けた後、信隆は同行していた長秀の方を振り向いてこう言った。


「長秀、城内の兵はどれほど集められますか?」


「はっ、急な呼び出しに応えられるのを含めると、約千余りはかき集められるかと。」


 長秀の見通しを聞いた信隆は、その見通しを聞いた上で長秀にこう伝えた。


「おそらく勝介殿や勝家の働きがあれば、あと二~三日の猶予はあるでしょう。その間にも兵たちを集め続けなさい。」


「ははっ!!」


 そう言うと長秀はその場を去り、徴兵を行うために行動を起こし始めた。その長秀が去ったその場に、信隆の後方から近付いてきた人物がいた。


「…信隆殿。」


「あなた、藤吉郎(とうきちろう)ではないですか。」


 そう、この近づいてきた人物こそ木下藤吉郎(きのしたとうきちろう)であった。この一連の動きの間、藤吉郎は信長の棺近くにずっとおり、この戦いの間は表舞台から遠ざかっていたのだ。


「信隆殿、先の戦の顛末は耳に致しました。このまま戦えば、織田家は滅亡の道をたどることに相成りましょう。」


「…何が言いたいの?」


 藤吉郎の言葉を聞いて、眉を吊り上げた信隆が静かに、藤吉郎に聞き返すとその場に藤吉郎は跪いて信隆にこう頼み込んだ。


「願わくばどうか、秀高殿に降伏してくだされ!そうすれば秀高殿の事、必ずや信隆殿の御身をお守りしてくださるかと!」


「黙りなさい。」


 と、信隆は藤吉郎の言葉を一言で止めると、藤吉郎にこう言い放った。


「…今更降伏など出来るとでも?それに秀高やその仲間たちは、本来信長の為に呼び寄せた者達ですよ?その者達に今更、どのような顔をして会えると思うのですか?」


「…しかし!!」


 その信隆の反論を受けても尚、食い下がろうとする藤吉郎に、信隆は一言でこう命令した。


「…藤吉郎、お前は信長の棺と濃姫(のうひめ)を連れてこの城を下がりなさい。今までの忠節、この信隆決して忘れないわ。」


「信隆殿…」


 藤吉郎はその命令を受けてもなお話しかけようとしたが、その信隆の表情を見て話すのを止め、信隆に頭を下げて一礼し、立ち上がってその場を去っていった。その後、藤吉郎は城内にあった信長の棺と、信長の正室として美濃から嫁いできた濃姫こと帰蝶(きちょう)を伴い、その夜のうちに城内を去っていったのだった…





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