1555年11月 恋愛の狭間に
弘治元年(1555年)十一月 尾張国千種付近
その次の日、二人乗りの一騎が末森城より東にある千草村辺りを遠乗りするように駆けていた。
「ふぅ、着いたぞ。」
その馬に騎乗していたのは、他でもない高秀高であった。そして、その秀高の後ろに乗っていたのは、玲である。玲から遠乗りの誘いを受けた秀高は、その要望に応え、屋敷を義秀らに任せると、二人きりでこの近辺まで遠乗りに出かけた。やがて秀高は、自身の馬を近くの草地の辺りで脚を止めさせ、馬から降りて後ろに乗せていた玲を馬から降ろすと、その近くにあった寺院の山門を潜って境内に足を踏み入れた。
「しかし、こうして玲と二人きりで出かけたのは、小学校の頃だったっけか?」
「うん…あの頃は、楽しかったね。」
その寺院へと続く参道の階段をのぼりながら、秀高と玲はお互いの記憶を思い出しながら歩いていた。
「覚えてる?夏休みの時に近くの河川敷に行ったとき、秀高くん、魚を捕まえるって言って浅瀬の所に入ったときの事。」
「あ、あぁ…そんなこともあったなぁ。イワナがそこにいて、捕まえて喜ばせようとしたら、浅瀬に足を取られて全身ずぶ濡れになっちゃったんだよな。」
秀高の言葉を聞いた玲は微笑み、そうそう、と頷いて話をつづけた。
「あの後、お父さんたちからすごく怒られたけど、あの時はまるで、二人きりで冒険したみたいで、とっても楽しかったなぁ…。」
「ははっ、そうだな…。」
その話が終わり、互いに何とも言えない沈黙が続いた後、参道の階段が終わって頂上の本堂の前に付いた。二人は本堂の前で手を合わせて参拝し、その本堂の石段に座り、周りに生い茂る緑の木々を見ていた。
「なぁ玲、俺らさ、小学校の頃からずっと一緒で、いろんな楽しいことも、悲しいこともあったよな。」
「うん…」
そう喋りだした秀高の内容を、玲はどこか感じ取るように聞いていた。
「なぁ、いきなりで悪いけど、これから先も、俺は玲と一緒にいたい。玲は、俺と一緒じゃ、ダメか?」
秀高は口下手ながらも、自身の本心を玲に語った。すると玲はふふっ、と徐々に微笑み始め、すぐにこう言った。
「…なんだ、秀高くんも同じ考えだったんだ。」
「玲、まさか…」
すると、玲は秀高の口に指をあて、それ以上喋ることを止めさせた。
「ううん、秀高くん。私も、同じことを願おうとしてたんだ。私の方こそ、秀高くんのそばにいさせてくれるかな?」
「あぁ…あぁ!こっちこそだ!宜しくな玲!」
そう言うと秀高は喜び、玲の両手を包むように取り、二人の意思が通じ合うことを確認するように手をつないだ。それを受けた玲も、ようやく秘めた想いが叶ったことを喜ぶように微笑んだ。そうしてお互いの思いを通わせ、許婚となった二人は寺院を後にし、馬に跨って末森城へと帰ろうとした。しかし、その帰る道中で、その先の道に広がる不審な点に秀高が気付いた。
「ん?なんだ?」
秀高の視線の先には、路上に数名の武士が倒れこんでいて、その先には数名の虚無僧が集まり、手には布で包んだ何かを持っていた。
「あ、あれって、人?」
玲も、しがみついている秀高の背中からその様子を見て異様さを悟った。
「…?」
するとその虚無僧たちは、その場にやってきた秀高らを見ると、いきなり錫杖に仕込んだ刀を抜き、その切っ先を秀高らに向けてじりじりと近づいてきた。
「…どうやら、ただの虚無僧じゃないみたいだな。」
秀高はそう言うと、馬を玲に託すと馬を降り、刀を抜いて虚無僧たちと対峙した。すると虚無僧は静かにこう言った。
「…我らは清洲織田の残党…織田信光に誅殺を下した…」
「…信光殿、だと?」
そう言うと、虚無僧の一人は包みを取って中身を秀高の前に出した。
それは一瞬、球体のように見えたが、やがてそれが人の首であり、その首が織田信光のものであることは、顔を見たことがある秀高にはすぐ感じ取れた。
「きゃあっ!?」
その首を馬上から見た玲は驚き、それにつられて馬も、上に乗る玲を振り落とそうとばかりに暴れた。
「玲!取り乱すな!すぐに片付ける!」
秀高の言葉を聞いた虚無僧たちは、一斉に秀高に襲い掛かった。秀高は一歩下がり、間合いを取って一人の虚無僧を斬り捨て、同じような包みを持っていた虚無僧もまた斬り伏せた。
「お前ら…どこの刺客だ?名を名乗れ!」
そう言われた虚無僧は怯まず、またもや秀高に切りかかったが、またもや包みを持つ虚無僧が斬り捨てられると、その不利を悟ったのか、残りの虚無僧らは戦わずにすぐに得物を収め、疾風のようにその場を去っていった。
「い、今のは何…?」
玲がそう言いながら馬を落ち着かせると、馬を降りて秀高に近づいた。秀高は死んだ虚無僧が持っていた包みの中を見ると、その包みを集め、その前で手を合わせた。それを見た玲も中を見て驚いた。
「ひ、秀高くん、まさかこれって…」
「…あぁ、これは大変なことになったな…」
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「信光叔父が…死んだ?」
その数刻後、遠乗りより帰って来た秀高は玲を一足先に屋敷へと帰し、単身、末森城へ登城した秀高はその包みを持っていき、評定の間にて主君・織田信勝に事の次第を報告した。
「はい。まずは右から信光殿。それに昨日この城を信光殿と共に訪れた織田信次殿と織田信時殿にございます。皆、一刀のもとに斬り捨てられ、首を取られたあとでございましたが、曲者から首だけは取り返しました。」
秀高が事の次第を報告すると、信勝はそれまで瞑っていた目を開き、秀高の働きを褒め称えた。
「そうか…でかしたぞ秀高。そなたの功績、天晴である。」
「ははっ。それと…虚無僧の一人の懐より、このようなものが…」
秀高がそう言って信勝に差し出したのは、一通の書状であった。それを拝見した信勝は驚いた。
「こ、これは…!?」
その内容に驚き、信勝の手から書状が落ちた。それを下座に控える林秀貞が拾い受け、それに目を通すとその内容に驚いた。
「こ、これは…坂井孫八郎の書状ではないか!?では、信光殿らは坂井孫八郎に斬られたというのか!?」
この、坂井孫八郎という人物。信長によって滅ぼされた織田信友の家臣・坂井大膳の一族であるとされ、小高信頼こと信吾が元の世界で得た歴史によれば、信光の正室と通じ、信光の殺害をした人物であったとされる。
「その可能性は低いかと。」
しかし秀高は、秀貞の言葉を直ぐに否定し、自身の考えを信勝に述べた。
「私が思いますに恨みを抱きそうな人物を名乗り、その名前を元に書状で信光殿らを呼び寄せ、殺害したという事は、信光殿の存在を煙たがり、他殺を装って消したい者の犯行。それは信長殿の犯行か、あるいは…」
「…織田信隆か。」
秀高の考察を受けて、柴田勝家がその名前を言った。
「はい。それに襲撃してきたものは、虚無僧の恰好をしており、到底怨恨を抱く者の犯行とは思えません。」
秀高が自身の考えを述べると、信勝はその前に並べられてある首を見た後、勝家の方を向いてこう告げた。
「…勝家、信光叔父らの首、丁重に弔うが良い。」
「しかと、承りました。」
勝家は信勝よりそう言われると、首を持ってその場を去っていった。その後、信光らの首級と亡骸は丁重に葬られ、末森城内に三つの墓が立つことになった。
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「そう、首級は奪えなかったのね。」
信光らを襲撃した虚無僧らが帰還した先。勝幡城では、虚無僧の元締めでもある幻道より、信隆が報告を受けていた。
「…申し訳ありません。虚無僧らの報告によれば、殺害には成功したものの、途中邪魔が入り首級を奪えなかったとのこと。」
「…そう、まさか禅師の虚無僧供を討ち取るとは、なかなか相手は腕が立つようね。」
「信隆様、何やら変なにおいを感じます。虚無僧に命じ、信勝領内を探らせまする。」
その言葉を受けた信隆は頷き、その行動を許可した。
かくして織田信光は他の親族共々、無残に討たれ、この事件をきっかけに信勝・信長間の不和は更に広がり、やがて起こる骨肉の争いの序曲となったのである…