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1559年1月 尾張経略前夜



永禄二年(1559年)一月 尾張国(おわりのくに)鳴海城なるみじょう




 永禄(えいろく)二年一月十五日。ここ鳴海城では、城主・高秀高(こうのひでたか)の命令で、家臣一同が招集されていた。その目的とはすなわち、目前に控えた尾張侵攻の軍議の為であった。


「皆、よくそろってくれた。」


 鳴海城内の評定の間。そこに勢揃いした重臣一同を前に、上座から秀高が一言声掛けた。その言葉を受けた重臣たちは、そろって頭を上げて秀高の姿を見た。


「昨年の一連の戦いのお陰で、この鳴海への脅威は二つとも消え去った。それから約半年、皆には力を蓄えておくように命令していたが、年が明けて早々だが、いよいよ尾張を統一する時が来た。」


 その秀高の言葉を受けて、家臣たちは静かに耳を傾けていた。すると、秀高は傍に控えていた小高信頼(しょうこうのぶより)を見て、こう促した。


「信頼、改めてここにいる皆にこちらの状況を伝えてやってくれ。」


「うん。分かった。」


 信頼は秀高の言葉を受けてこう答えると、側に置いてあった巻物を広げ、そこに書かれてあったことを重臣たちに伝えた。


「まず…我が軍の動員人数だが、この鳴海城からは秀高が指揮する軍勢三千五百。大野城(おおのじょう)からは佐治為景(さじためかげ)殿指揮する二千。それに知多半島南部、安西高景(あんざいたかかげ)の居城である富貴城(ふきじょう)からは、高景指揮する二千の合計七千五百が本軍となる。」


 その信頼の発言に応じて、名前が呼ばれた為景と高景がそれぞれ返事をして答えた。


「ははっ。承ってござる。」


「殿、いよいよ尾張統一にございますな。」


「あぁ、だがもちろんこれだけじゃない。こっちにはさらに援軍が付く。」


 高景の発言に秀高が応じつつも、秀高は傍の桐箱にしまわれていた書状を取り出すと、一つずつ重臣たちに見せて説明をした。


「まず、森可成(もりよしなり)殿は織田信包(おだのぶかね)殿や織田信治(おだのぶはる)殿と語らい、既に清洲(きよす)を脱出して庄内川(しょうないがわ)を渡り、那古野(なごや)に落ち延び、そこで反信隆の兵を挙げた。」


「いよいよ、可成殿が動かれましたな。」


 秀高に対して筆頭家老の三浦継意(みうらつぐおき)がこう反応すると、秀高はそれに頷いて言葉を続けた。


「しかも可成殿だけじゃない。伊助(いすけ)たちや信頼の工作が功を奏し、多くの織田家臣の調略に成功した。今ここに持っているのが、それら家臣たちからの返書だ。」


 秀高はそう言うと、手に持っていた書状を継意に手渡しし、それらを重臣たちに見せさせた。まず、その書状を一読して反応したのは山口盛政(やまぐちもりまさ)であった。


「おぉ、下方貞清(しもかたさだきよ)岡田重善(おかだしげよし)、それに織田信房(おだのぶふさ)とは。かつての小豆坂七本槍あずきざかしちほんやりの面々が応じましたか。」


「あぁ。そいつらは信頼が調略した。なんでも、信隆(のぶたか)が家督代行に収まって以降は冷遇されていて、あまつさえその中の一人の中野重吉(なかのしげよし)が信広に加担したとして処刑されたという。」


 盛政の言葉に応えて秀高がこう言うと、傍に控えていた信頼が盛政に向かって発言した。


「うん。そこで僕は残っている彼らに、身の危険を説いてこちらへの内応を申し出たんだ。すると、彼らは二つ返事で乗って来たんだ。彼ら曰く、もう信隆が支配する織田に未練はないと。」


 その言葉を聞いた盛政は、信頼の手腕に感嘆したが、その一方で日増しに離反される織田信隆に僅かな同情を抱いた。それは決して(あわれ)みなどではなく、織田信長(おだのぶなが)亡き後、雪崩のように崩れ去っていく織田家に対して一種の恐怖心ともいうべきものであった。


「…ほう、坂井政尚(さかいまさひさ)も応じたか。」


 と、別の書状を見て声を上げたのは、外ならぬ為景であった。


「うん。それは伊助の工作によるものだ。他にも可成殿の働きかけで、織田一門から織田信興(おだのぶおき)殿がこちらに付いた。まだまだ伊助に工作は続けさせるが、内応は止まらないだろうな。」


 と、秀高がそう言うと、そこに馬廻の三浦継高(みうらつぐたか)が評定の間の中に入ってきて報告してきた。


「殿、朗報にござる!岩崎(いわさき)城主の丹羽氏識(にわうじさと)殿がこちらに味方する旨を申され、手勢千五百を率いて熱田(あつた)に向かうとの事!」


「そうか!丹羽が動いたか!」


 その継高の報告を聞いて秀高が突如として立ち上がり、その報告を喜ぶと、継意はその報告を聞いて驚いていた。


「まさか…半独立状態だった一色丹羽(いっしきにわ)がこちらに内応するとは…」




 ここでいう丹羽氏は、丹羽長秀(にわながひで)の丹羽氏とは別の家であり、この双方に血縁関係はない。丹羽長秀の丹羽氏は児玉丹羽氏(こだまにわし)という流派であるのに対し、この氏識の丹羽氏は一色丹羽氏(いっしきにわし)という源氏の流れをくむ流派であったのだ。




「これである程度の軍勢の目星は付いた。こちらの本軍は七千五百。それに可成殿が集めた総勢四千と氏識の軍勢千五百が合わされば、こちらの総勢は一万三千となる。」


「一万…三千!」


 秀高が口にした軍勢の総数を聞いた継意は、その総数を噛みしめるように復唱し、そして感嘆した。昨年は僅か数千しか動員できなかった味方が、一年経てば一万を越える軍勢を動員できていたのだ。


「信頼、もちろん兵糧の手配は抜かりないな?」


「ご心配なく。既に金銀をはたいて兵糧を買い集め、半年分の兵糧は用意できてるよ。」


 秀高の兵糧に関する質問に対し、信頼が万全の体制を誇示するように言うと、秀高はそれを笑ってこう言った。


「心配するな。こっちの事情を考慮して半年もかけるわけにはいかない。皆、今回の戦は、電光石火のように決めたい。これを見てくれ。」


 秀高はそう言うと、これからの進軍予定を諸将たちに説明すべく、重臣たちの前に地図を広げると、指示棒を使って説明を始めた。


「まず俺たちは出陣したら、熱田で丹羽勢と合流。その後は那古野で可成殿の軍勢と落ち合って部隊を形成する。そうなればあの信隆の事、庄内川の北岸に陣を敷くに違いない。そこで俺たちは南岸に陣を敷き、信隆を野戦に引きずり込ませる。」


「…ここは、殿にとっては苦い思い出の地ですな。」


 継意が、秀高が指し示したその地図を見て、秀高に語り掛けるようにそう言った。その合戦の予定地とは「稲生原(いのうはら)」。数年前、織田信勝(おだのぶかつ)の配下として従軍していた秀高が、信長の前に敗れ去った因縁深い地であった。


「…あぁ。数年前、俺たちはここで辛酸を舐めた。だが今度は、俺たちのために戦う!信勝様の無念と、教継(のりつぐ)様の悲願を抱いて、俺はここで信隆を叩く!」


 秀高がそう言うと、諸将たちは秀高の熱意を知って奮い立ち、それに応えるように言葉を発した。その一番手となったのは、これまでの軍議を黙って聞いていた大高義秀(だいこうよしひで)であった。


「おう!よくぞ言ったぜ秀高!ここであの女に、成長した俺たちの力を見せつけてやろうぜ!」


「義秀の言う通りにござる。尾張統一は先代の悲願であり、殿にとっては信勝殿の悲願でもあらせられる。これは昨年の戦いとは非にならず、より激しい戦いになりましょうが、我ら家臣一同、殿の恩ために戦いますぞ!」


 義秀に続いて、勇ましい覚悟を語った継意に同意するように、盛政ら家臣一同はそろって頭を下げた。それを見た秀高は盛政らの手を取ると、感謝するようにこう言った。


「皆…ありがとう。これほど、皆が頼もしく思えたことはない。出陣は明日となる。それまで諸将は、戦支度を滞りなく進めてくれ!」


「ははーっ!!」


 秀高の呼びかけに重臣たちが返事をした。その風景は尾張統一という、一つの目標に向かって一致団結した瞬間でもあった。




————————————————————————




「…お待ちしておりました。」


 その数刻後、重臣たちが下がって各々の支度をするべく去っていった後の評定の間で、秀高が継意隣席のもと、ある人物の引見を受けていた。


「…この私を呼び寄せるとは、思いもしておりませんでした。」


 この者の名は斯波義銀(しばよしかね)。前の尾張守護・斯波義統(しばよしむね)の嫡子であり、父の死後に信長に擁立されて守護となったが、斯波家復興を企んで尾張から追放されていたのだ。


「いえ、これより先の尾張侵攻では、是非とも義銀様のお力をお借りしたいと思いまして、こうして招いた次第です。」


 秀高は義銀に対し、終始敬語で接し、義銀をもてなしていた。この義銀こそ、秀高が可成達に語った大きな旗印であり、秀高にとっての切り札の一つでもあった。


「…ご謙遜を。もう私は、尾張の事に関わりたくはありませぬ。」


 だが、目の前にいる義銀の態度はどこか、冷めた態度を通り越して諦観している様にも見えていた。それでも秀高は義銀に対し、食い下がるように説得した。


「ですが、義銀殿の名前があれば、我々は尾張侵攻の大義を得ることが出来ます。」


「私はもう、大名に飽きました。日がな優雅な京文化に染まり、和歌や茶会を楽しんでいることが楽しいのです。」


 義銀の言葉を聞いて、秀高は義銀の闘志がすでになく、無常を感じて文化に逃げていることを感じ取った。


「…義銀殿、仮にも尾張守護が、その物言いでどうなされますか?」


 と、側にいた継意が義銀にこう言うと、義銀はため息をついてこう言った。


「…ですが、折角のお誘いを無下に断っては、斯波家の名に関わりましょう。秀高殿、折角のお誘いにお応えするため、私の名前は好きに使ってくだされ。」


「義銀殿…」


 秀高に対して投げやりともとれる言葉を言い放った義銀に、秀高はどこか諦めきれない気持ちを抑えつつ返事をした。すると義銀は、自身の後ろにいた二人の武将を秀高に紹介した。


「それと秀高殿、どうか私の代わりに弟たちを秀高殿の家臣に加えてやってくだされ。」


「弟…ですか?」


 秀高が義銀にそう言うと、弟と呼ばれた二人はそろって頭を上げ、秀高に自身の名を名乗った。


「お初にお目にかかります。義銀の弟、津川義冬(つがわよしふゆ)と申します。」


「同じく、末弟の毛利長秀(もうりながひで)と申しまする。」


「…秀高殿、どうか弟たちの事、大事にしてやってくだされ。」


 二人の弟の自己紹介の後、義銀が秀高の方向を振り返り、重ねてお願いをした。その願いを聞いた秀高は、義銀に向かってこう言った。


「…分かりました。そこまで言われるのであればもう言いません。二人の事はお任せください。」


「ありがたきお言葉。恐悦至極にございます。」


「…義銀殿、城下に屋敷を用意した。配下に案内させ申す。」


 義銀は継意の言葉を聞くと、それに頷いて立ち上がり、神余高政(かなまりたかまさ)の案内でその場から去っていき、用意された屋敷へと帰っていった。その後姿を見送った継意が、あきれ果てるように一息吐くと、そのまま秀高に意見した。


「…如何なさる。名前を使うとは申せ、姿がなければ士気に関わりましょうぞ。」


「…いや、良い策を思いついた。」


 すると秀高は、その思いついた策を耳打ちで継意に言った。


「…なんと、(まい)様に変装させるので!?」


「あぁ。あの後ろ姿、それに容姿を見てピンときた。義銀と舞は年齢が近い。それに参陣してくる織田家の面々や氏識は、義銀の姿をしっかりと覚えていないはず。変装させれば、まさか偽物とは思わないだろう。」


 その考えを聞いた継意は、改めて秀高の機転に恐れ入った。ここで義銀の参陣が出来なければ、味方してきた諸将の心を失うことになる。ならばイチかバチかで、変装させて参陣させて心を掴むという算段を瞬時に秀高は思いついたのである。そう思った秀高は、継意を帰宅させると、自身はそのまま居間へと向かって行ったのである。





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