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1558年7月 領内復興政策



永禄元年(1558年)七月 尾張国(おわりのくに)鳴海城なるみじょう




 今川義元(いまがわよしもと)を討ち、織田信長(おだのぶなが)の侵攻を奇跡的に跳ね除けてから、月が替わった七月上旬。高秀高(こうのひでたか)とその家臣たちは、一連の戦で荒れ果てた領内の立て直しに追われていた。


 特に、桶狭間(おけはざま)大高(おおだか)、それに鳴海城周辺は立て続けの戦によって田畑は荒れ、農民たちは次々に戻り始めていたがその復興は決して容易ではなかった。織田信長侵攻の際に築かれた櫓などによって、領内の木々は少なくなり、それによって台風の際の山崩れなどが懸案されていたのである。




「やはり立て直しは容易じゃないか…」


 鳴海城、本丸館内の秀高の書斎では、報告に来た三浦継意(みうらつぐおき)山口盛政(やまぐちもりまさ)、それに佐治為景(さじためかげ)が揃って、秀高と協議をしていた。


「如何にも。幸い台風などの天候不順はまだ来てはいませんが、これから先の事を考えれば、領内の収穫は、昨年より少し下がる恐れもあるかと。」


 秀高に対し、現状を鑑みて予測を立てた盛政に続き、大野(おおの)城主をも務める為景が海上交易に関することを報告した。


「殿、海上交易についてですが、戦の影響とは程遠く先月と同様の収支を得ております。しかし陸路での交易においてはそうではなく、やはり暫くは収入減となってしまうのはやむなしかと。」


「そうか…何かいい手立てはないか?」


 意見をすべて聞いた上で秀高が、重臣たちに意見を求めると、継意が秀高に向かってこう進言した。


「畏れながら、領内立て直しという面のみ着目するのであれば、城内に残っている金子を使い、人足を雇って修繕を急がせてはどうでしょうか?」


「人足か…信頼(のぶより)、城内にはどれくらい金銀が残ってる?」


 秀高から尋ねられた小高信頼(しょうこうのぶより)は、手元に控えていた金蔵の帳簿を見てこう言った。


「そうだね、この一連の戦で、多くの金銀を使ったけど、それでも前年の豊作米を売った金が残っていて、八千貫近くは残ってるね。」


「…人足を雇うのであれば一ヶ月分あればよろしいでしょう。となれば…」


 と、信頼の言葉を聞いた上で継意はそう言い、懐から算盤(そろばん)を取り出して計算し、その結果を秀高に伝えた。


「千人ほど雇えばよろしいので一人二貫を目安とすれば、二千貫あれば十分足りましょう。」


 その答えを聞いた秀高は頷くと、継意にこう指示した。


「よし、継意に任せるので、早速にも人足を雇って修繕を始めてくれ。」


「しかと承りました。」


 継意が秀高の指示を承服すると、続いて為景が先月分の海上交易の収支が書かれた紙を差し出した。


「殿、これが先ほどの交易の収支にて、この半分の金子を鳴海に納めさせていただきます。」


「…合わせて千五百貫か。為景、佐治領も大変だったはずだ。こっちに納めるのは五百貫だけでいい。残りの千貫で領内の回復に使ってくれ。」


 その秀高の配慮を受けた為景は頭を下げ、秀高に謝意を述べた。


「ははっ、ありがたきお言葉。殿のご厚意、ありがたくお受けいたしまする。」


 すると、ここで盛政がある事を提案してきた。


「殿、修繕もさることながら、同じく重要な案件として、鳴海・桶狭間、それに沓掛(くつかけ)近辺での畑作業が出来ないことで、来年以降の種籾(たねもみ)が確保できない恐れがありまする。」




 この桶狭間の戦いから、織田信長の鳴海城包囲に至るまで、全ての戦場が平原だらけだったわけではない。特に鳴海城周辺と沓掛城周辺、並びに桶狭間一帯は田園風景が広がっていた地形で、それが戦の影響で田畑は踏み荒らされ、稲が成長できない状況になっていたのだ。


 その為に盛政は、米の収穫が例年より下がる事を見越して秀高に報告していた。それは米その物の収穫の他にも、来年の為の種籾が確保できない事も含まれていたのである。




「…種籾か。農民にとっては、それが一番頭の痛い問題だろうな。」


「はっ。他の地域では戦の被害は少なく、(おおむね)ね通常の収入が見込まれますが、領内の半数を占めるこれらの地域の損害は、収穫以上に深刻にございます。」


 秀高の言葉に盛政が補足を付けるように意見すると、それを傍らで聞いていた信頼がある事を思いつき、盛政に意見した。


「それなら、新たに加わった高景(たかかげ)殿の領内から、種籾の手配を回すというのはどうかな?あの辺りは戦の被害も少なく、聞いた噂では豊作が見込まれるって話だけど。」


「信頼殿、それはあくまで狸の皮算用。その通りに収穫される保証はありませぬ。もし高景殿の領地が不作になれば、ますます種籾不足が加速しましょうぞ。」


 信頼の提案に盛政が反論すると、その時為景がある事を思いつき、秀高に言った。


「…そう言えば、某が御用にしている商人から聞いた噂で、高景が先の戦で落城した常滑(とこなめ)河和(こうわ)の両城の蔵から、種籾を含めた蔵米を回収し、すでに自身の館に貯蔵しておるとか。」


「その話、本当か?」


 秀高が為景に噂の真偽を尋ねると、為景はその問いに頷いて応えた。


「はっ。その者高景とも取引をしている者にて、まず間違いないかと。」


 為景からその話を聞いた秀高は、丁度登城していた高景を呼び寄せるため、控えていた神余高政(かなまりたかまさ)に高景を書斎まで呼び寄せるように伝えた。やがてその場に、高政に連れられて高景が現れた。


「高景、よくぞ来てくれた。さぁ座ってくれ。」


 高景は書斎の中に入り、秀高にこう案内されると、秀高を囲う輪の中に入って着座した。それを見た秀高は、単刀直入に話題を切り出した。


「高景、早速で悪いが、お前この前の戦の際、攻め落とした両城から蔵米を回収し、それを自身の蔵に納めたというのは本当か?」


「はっ。如何にも。焼き討ちにして破却せよとの仰せでしたので、蔵米まで焼くのは忍びなく、回収しておりました。」


 高景が秀高の言葉を聞いてこう答えると、秀高はその答えに頷いて本題を話した。


「そうか。実は先の戦の影響で、鳴海や沓掛、桶狭間の一帯では作物が育たなくなって、種籾不足が懸念されている。そこで頼みがあるんだが、今のうちに種籾を少し、この鳴海城に納めてくれないだろうか?」


 すると、高景はその頼みを高らかに笑い飛ばし、秀高に向かってこう言った。


「何を仰せになるかと思えば、その事でしたか。殿、ご心配には及びません。少しどころか、両城から回収した蔵米含めて、種籾全てを城に献上したしましょう。」


「何、それは本当か!」


 秀高が高景の言葉に反応してこう言うと、高景は秀高に向かって更に言葉を続けた。


「如何にも。主家が困った時には、それを支えるのが家臣の役目にござる。何も気にせず、どうか受け取ってくだされ。」


「すまない高景、では、早速にも納入を頼むぞ。」


 この秀高の言葉を聞いた高景は、頭を下げてそれを承諾し、頭を上げるとそのまま部屋から退出して手配を行うために領内へと向かって行ったのだった。


「…これで、種籾不足はどうにかなりましたな。」


 高景が去っていった後、盛政は秀高にこう意見した。


「これでひとまずは大丈夫だ。信頼、例の件はどうなっている?」


「うん、それこそ為景殿を通じて、一本入手に成功したよ。」


 その秀高と信頼の会話を聞いていた盛政が、秀高に尋ねた。


「殿、何の話にござるか?」


「あぁ、お前たちにはまだ話してなかったな。実はな、今回試したいことがあって信頼や為景に命じて入手させたんだ。」


 秀高は盛政と継意にそう言うと、信頼に先導させて庭先に出た。そして本丸館の中庭に出てきた秀高たちは、そこで一株の苗木が用意されていた。


「殿、これは?」


「あぁ、これは杉の苗木だ。遠い紀伊国(きいのくに)吉野郡(よしのぐん)川上村(かわかみむら)で行われている植林で使われているもので、今回その商人を通じ、無理を言って一株譲ってもらったんだ。」


 秀高はそう言いながらその杉の苗木に触れると、継意らに向かって言葉を続けた。


「この周りもそうだけど、この戦や復興で木材が使われるたびに、木が生えていた森山ははげ山になるだろう?そうなると台風が来た際に土砂崩れなどの原因になるんだ。それを防ぐためにも、長期的になるとは思うが植林を行って木材の確保、並びに山の保全を行いたいんだ。」


「つまりこの苗木を元に、荒れ果てた山に木を植えていくと?」


 秀高の言葉を聞いた上で盛政がそう言うと、秀高はそれに頷いてこう言った。


「そうだ。それがやがて領内の保全にもつながり、木材の恒久的な確保や将来的な環境整備にもつながる。最初の三~四年は苦戦すると思うが、やって損はないと思う。どうだろうか?」


 その秀高の問いを聞いた継意は、秀高の言葉に賛同するように言葉を発した。


「いえ、良き策かと思います。早速にもこの苗木を植えて新たな苗木を増やし、木々の育成をしていきましょう。」


「ありがとう。信頼、早速継意と図って植林を始めてくれ。」


「分かった。」


 信頼はそう言うと秀高と共に杉の苗木に触れ、その成長を楽しみに思う様に苗木を見つめていた。




 その後、高景によって蔵米を含めた種籾が鳴海城の米蔵に納められ、種籾不足は解消された。そして雇った人足によって領内の修繕作業は加速し、同時に植林の一歩となる苗木を城近くの山に植えた。その結果、それから三ヶ月後の十月には、米の収穫高は予想通り減収したが、種籾不足は解消されていたため、次の年の田植えに繋げることが出来たのである。





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