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1558年6月 論功行賞



永禄元年(1558年)六月 尾張国(おわりのくに)鳴海城なるみじょう




 今川義元(いまがわよしもと)を討ち、織田信長(おだのぶなが)の侵攻を奇跡的に跳ね除けてからしばらく経った六月下旬。高秀高(こうのひでたか)は一連の合戦における論功行賞を行うため、重臣一同を鳴海城へと呼び寄せていた。


「皆、面を上げてくれ。」


 鳴海城本丸館内の評定の間において、評定衆ら重臣一同が勢ぞろいした中で、秀高は上座に座って一同に声をかけた。その言葉を聞いた重臣たちは、皆一様に頭を上げて秀高の姿を仰ぎ見た。


「…まずは、この一か月に及ぶ一連の合戦において、俺たちは奇跡的な勝利をつかむことが出来た。これも、全てはお前たち家臣一同の働きのお陰だ。改めて、ありがとう。」


 秀高は開口一番にそう言うと、一同に向かって頭を下げた。そして再び頭を上げると、言葉の続きを話し始めた。


「今日皆を呼んだのは他でもない。この一連の戦いにおける戦功を吟味し、論功行賞を行ってみんなの働きに報いたいと思ったからだ。」


 秀高が重臣たちに向かってそう言うと、その言葉を聞いた筆頭家老の三浦継意(みうらつぐおき)が秀高に進言した。


「しかし殿、論功を行うとは申せ、我らは敵を撃退しましたが敵の領地を奪ったわけではありませぬ。あまつさえ、坂部城(さかべじょう)今川(いまがわ)の支配下にありまする…」


「継意、その事は既に承知している。そこで、皆には今回、感状(かんじょう)と共にこの証文を発給したい。」


 秀高は家臣にそう言うと、側に控えていた小高信頼(しょうこうのぶより)に目を配った。すると信頼はそれを受け入れると、近くに置いてあった証文を広げて皆に見せた。そしてその広げられた証文を見ながら、秀高が家臣たちに説明をした。


「これは、今回皆に発給される「領地宛行手形」だ。これより先、我らが領地を獲得した際には、この証文を下した者に優先的に領地を発給する。それだけじゃない。この手形を受け取った者は、これより一年の年貢納付を免除する。」


 その説明を受けた重臣一同の表情には、どこか不安が見え隠れしていた。それも無理はない。




 戦国時代の武士たちは自費で戦に参加し、その負担も同様である。特に戦においては、敵の領地を奪って戦功があった者に配るのが慣例であったために、領地の宛行がないときには不満が募りやすく、それによって滅亡の遠因になったこともあったのだ。


 その武士たちの心情を秀高も十分承知していた。そのため、この証文だけではここにいる家臣たちを納得させられないと思っていたのだ。




「…みんなの言いたいことも分かる。この一連の戦で、皆の出費は尋常じゃない程大きかっただろう。だが、こちらももう配れる領地もない…知多半島(ちたはんとう)南部を完全に抑えたといったって、その領地は従ってきた安西高景(あんざいたかかげ)や、久松定俊(ひさまつさだとし)のものだ。こちらの直轄地になったわけじゃない。」


 どよめきが起こる中で秀高が、家の台所事情の悪さをつぶさに語りだすと、やがて重臣たちはそれに耳を貸し、聞き入っていた。


「そこでどうか、今回は感状と、この手形の発給によって皆に働きに報い、そして領地が増えた時には、必ず皆に配る。これでどうか、皆の留飲を下げてほしい。」


「何を仰せになられますか。」


 と、その話を聞いていた佐治為景(さじためかげ)が秀高に向かってこう意見した。


「我らはもとより、命を懸けて今川・織田双方と戦いました。それこそ一心不乱に働き申した。その結果として我らは奇跡に等しい大勝利を手にしました。その栄誉さえあれば、此度の恩賞に多くは望みませぬ。」


「…皆、為景と同じ意見なのか?」


 為景の意見を聞いた上で秀高が、その場に居並ぶ重臣一同に諮ると、重臣たちはそろって頭を下げ、代表して継意が秀高にこう言った。


「一同、為景殿と同じ意見にございまする!」


 継意の言葉と同じくして、重臣たちは秀高の方を向いて、その意見に賛同を示すように頭を深く下げた。それを見た秀高は感激し、頭を下げた重臣たちに向かって言葉をかけた。


「ありがとう。その言葉と意思、ありがたく思うぞ。」


 秀高はそう言うと、信頼に目配せして感状と手形をそれぞれ、重臣たちに一人ずつ手渡しさせた。その証文を受けた重臣たちは皆、それを受け取ると秀高に一礼し、証文を受け取って懐にしまった。その後、山口盛政(やまぐちもりまさ)が秀高に向かって一言申し上げた。


「殿、畏れながら殿にお目合わせしたき者がござります。」


「目合わせしたい者?いったい誰だ?」


 秀高の言葉を聞いた盛政は、手を叩いて合図を送った。すると、その評定の間の中に一人の男の子が入ってきた。


「盛政、これは誰だ?」


「はっ。今は亡き山口重俊(やまぐちしげとし)の一子、熊丸(くままる)にございます。熊丸、挨拶をせよ。」


「ははっ。」


 盛政から紹介された若武者、重勝は盛政に促され、改めて秀高に自身の名を名乗った。


「お初にお目にかかります。山口重俊が子、熊丸にございます。」


「そうか、お前が重俊の…」


 秀高は目の前の熊丸の姿を見ると、その容姿に重俊の姿が重なったように感じた。すると秀高は熊丸に語り掛けた。


「熊丸、お前は今年でいくつになった?」


「十一にございます。」


「そうか…熊丸、お前の父親は先の戦で敵と戦い、勇猛果敢に戦って死んだ。その忠義と勇姿を、決して忘れるんじゃないぞ。」


「ははっ。」


 秀高は熊丸と会話を交わすと、盛政に向かってこう言った。


「盛政、熊丸の元服まで、お前が後見人としてついてやってくれ。元服の際には、熊丸に父の職務を継がせる。それで良いか?」


「ははっ。ありがたきお言葉。必ずやご期待に沿えて見せましょう。」


 盛政の言葉を聞いた秀高はそれに頷くと、重臣たちの方を向いてこう宣言した。


「それと今回、評定衆の欠員を補うため、新たに加わった高景、それに政綱と定俊を評定衆に加え、重臣の席に列させる。」


「なんと…ありがたきお言葉!これよりは誠心誠意、殿にお仕えいたします!」


 高景の言葉と同時に、政綱と定俊も同様に秀高の方を向き、三人そろって頭を下げた。秀高はそれに頷いて応えると、そのまま言葉を続けた。


「あと今回の戦いで功が大きかった、継高(つぐたか)為興(ためおき)の二人を馬廻として召し抱える。二人とも、これで一人前の武将となる。これからもよろしく頼むぞ。」


「ははっ!お任せくだされ!この佐治為興(さじためおき)、謹んで殿の為に働きまする!」


「如何にも!殿、殿の前に立ちはだかる敵、この三浦継高(みうらつぐたか)がなぎ倒してみせましょう!」


 秀高から馬廻の職に任ぜられ、為興と継高はそれぞれ秀高に向かい、抱負を言葉に出して秀高に宣言した。その後、継意が秀高に向かって進言した。


「殿、畏れながら殿にもう一人、推挙したき者がおります。」


「推挙したい者?」


 秀高が継意にそう言うと、継意はその場に一人の足軽を呼び寄せた。


「殿、この者は先の桶狭間での戦の折、義元に一番槍を付けた者にて、また一連の戦いでは数々の雑兵・武将を討ち取った猛者にございます。その腕は確かな物にて、どうか家臣の一席にお加えいただきたく思いまする。」


「あぁ、こいつ覚えてるぜ。確かにあの時、義元に最初に傷を与えた奴だ。」


 継意の推挙の言葉の後、その現場にいた大高義秀(だいこうよしひで)が思い出したようにその足軽を指さし、あの時義元に一番槍を付けた足軽本人であると証明した。


「…お前、名前は?」


「はっ、尾張笠寺(かさでら)の足軽武士、神余甚四郎(かなまりじんしろう)にございます。」


 秀高から名前を尋ねられた足軽、甚四郎は神妙に名乗ると、秀高はその面持ちを見て気に入り、甚四郎に向かってこう言う。


「うん、その顔立ちに風格、それに継意の推挙と義秀の見立て通り、足軽にしておくには惜しい。よし、お前も俺の馬廻に加える。それで良いか?」


 すると、甚四郎は感慨のあまりその場ですぐに頭を下げ、秀高に向かって謝意を述べた。


「ははっ!ありがたきお言葉。これよりはこの神余甚四郎、殿のおそばに仕えましょう!」


「うん。いい覚悟だ。そうだ甚四郎、甚四郎というのは通称だろう?お前の下の名前はあるのか?」


 すると、甚四郎はその言葉に恐縮しながら答えた。


「畏れながら…我らは代々足軽の家にて、(いみな)は付いておりません。」


「そうか…よし、折角の機会だ。俺の一字の高を付けて名前を与えよう。今後は神余高政(かなまりたかまさ)と名乗ってくれ。今後の働き、期待しているぞ。」


 秀高から新たに名前を拝領した甚四郎改め高政は、その褒美に感じ入って秀高に言上した。


「ははっ!度重なるご配慮、ありがたく存じまする。殿より頂いた名前、一生大事にいたします!」


 高政はそう言うと、もう一度深々と頭を下げて、秀高への忠誠を誓った。こうして秀高は、一連の戦いの恩賞を発すると同時に、新たに家臣の人事配置を取り決めて御家の土台を固めなおしたのだった。





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