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1558年6月 両雄相対す



永禄元年(1558年)六月 尾張国(おわりのくに)鳴海城なるみじょう




 永禄(えいろく)元年六月十五日正午、昨日の間に鳴海城を包囲した織田信長(おだのぶなが)は、城主の高秀高(こうのひでたか)との突然の対談を申し込んだ。これを受けた秀高は、護衛に三浦継高(みうらつぐたか)一人を連れ、徒歩で大手門の外に出たのであった。




————————————————————————




「殿、何故話し合いなどを!たかが鳴海の小城、揉みつぶせばよいではないですか!」


 鳴海城を包囲する織田軍の陣中、秀高との話し合いに向かおうとする織田信長を、馬廻の一人である佐々成政(さっさなりまさ)が制止するように諫言した。


「成政、俺はただあいつの本心聞きたいだけだ。それに義元(よしもと)を討ち取ったあの才知、殺すには惜しいとは思わないか?」


 信長はそう言うと、馬を進めて陣中から出ようとする。するとそれをみた木下藤吉郎(きのしたとうきちろう)が駆け寄ってきた。


「御大将!秀高殿とお話を為されるなら、是非ともこのサルをお連れ下さませ!」


「サル!うぬごときがでしゃばるな!」


 藤吉郎の言葉を聞いた成政がそれに怒り、藤吉郎に向かって怒鳴ると信長はそれを止めさせ、藤吉郎にこう言った。


「…よかろう。サル、お前は俺の太刀を持て。一人ぐらいは必要だからな。」


「ははっ!ありがたき幸せにございまする!」


 藤吉郎は信長に感謝するようにその場で頭を下げると、信長より腰に差していた太刀を貰い受け、そのまま馬を進ませた信長の後を付いて行ったのだった。




————————————————————————




「…お前が高秀高か。こうして会うのは初めてだな。」


 そして、鳴海城の大手門前にて、秀高と信長は初めて顔を合わせた。この時、大高義秀(だいこうよしひで)は大手門近くの板塀の裏で、小高信頼(しょうこうのぶより)は近くの櫓から、そして(れい)たち一門と重臣一同は天守二階の高欄(こうらん)からその様子を見つめていた。


「…お初にお目にかかります。信長殿。高秀高にございます。」


初対面で開口一番、対面の信長から名乗りを受けた秀高は、馬を降りて信長に挨拶を返した。


「ふん、わざわざ丁重な挨拶をするとは、畏れ入ったぞ。」


 信長はそう言うと秀高と同じく下馬し、馬の手綱を藤吉郎に預けると、秀高の目の前に進んで一言、軽い挨拶をした。


「まずは、桶狭間(おけはざま)におけるご戦勝、祝着至極と言っておこうか。」


 この信長の見え透いた社交辞令を、目の前で聞いた秀高は少し嫌悪感を示し、信長の顔を見つめて一言こう言い放った。


「…それだけを言いに、わざわざ軍勢まで引き連れてこの城を包囲するとは思えませんが?」


 すると信長はその言葉に笑みがこぼれ、やがて高らかに笑いだした。


「はっはっは、そこまでわかっているのなら世辞は言うまい。ならば単刀直入に申そう。」


 信長はそう言うと秀高の目の前に手を差し出し、秀高に向かってこう告げた。



「高秀高よ、この信長の家臣にならんか?」



 その言葉を聞いた秀高にとっては、既に予測できていた言葉と内容であった。秀高は信長のその誘いを行くと、少し首をそむけながらも信長に向かって反論した。


「…それは余りにも、虫が良すぎる言葉ではないですか?あなたは高山幻道(たかやまげんどう)に命じて先代の城主・山口教継(やまぐちのりつぐ)父子を殺害したじゃないですか。その恨みを忘れていないとでも?」


 すると信長は手を引くと、決然と言い放った秀高に対して、不敵な笑みを浮かべながらも言葉を返した。


「命を取って取られるのは戦国の世の常。そのような事を気にしていてはこの世は生きてはいけない。時には割り切らねばならないこともあるのだ。」


 信長はそう言うと今まで浮かべていた笑みを引き締め、きりっとした表情を見せると秀高に向かい、言葉の節々に嫌悪感を(にじ)ませて言い放った。


「…それにあの親子は、随分とこの俺をコケにして、あまつさえ身分不相応な野心を抱いていたからな。」


「身分不相応な…野心?」


 秀高が信長の言葉の単語に引っ掛かり、その単語を復唱する様に聞き返すと、信長はそれに頷いて言葉を続けた。


「そうだ。あやつらはたかだが一豪族に過ぎないのを今川に抵抗し、あまつさえ大名でもないのに挙兵して天下に名乗りを挙げようとした。そのような客観的な判断が出来ずにどうして天下など取れようか?」


 その回答を聞いた秀高は、信長が家督相続から今までの間、数々の辛酸を受けてきたことをその回答の中に感じ取り、同時に信長が、織田家を裏切って今川家に付いた教継の事を心の底まで蔑視していたことを感じ取った。その上で秀高は、信長に対して皮肉を込めつつも反論した。


「…それを言うなら、あなたのお家も元は守護代家の一家臣。それを力によってのし上がり、今では守護を追放して尾張一国を得たじゃないですか。豪族も一家臣も変わらないのでは?」


 その皮肉混じりの言葉を聞いた信長は、それに対してほくそ笑むと、秀高をにらんで言い返した。


「…言うではないか。では言わせてもらうが、此度の戦とて本当に自分たちの力で義元を討ち取ったと思っているのか?」


「なんだと…?」


 その信長の言葉に、秀高は面を喰らった。それと同時に、その場に居合わせた継高と藤吉郎も、信長の言葉の内容の突飛さに呆気に取られるばかりであった。


「お前たちは禅師が未来より召喚し、この俺の力になるように呼び寄せた者たちだろう?そういう者達ならば、どこでどの者が、誰によって討ち取られるなど知っているはず。お前たちの元の世界で、今川義元を討ち取ったのはどこの誰だ?」


 信長の言った内容を、秀高は耳が痛くなりつつも聞いていた。その答えは言うまでもなく、この目の前にいる信長が義元を討った事実を知っていたからである。


「…その答えを知っておいて、さも自分自身が討ち取ったような顔と自信、それはまるで野盗ではないか?人の成果を奪って、己たちの野望の為に利用しようというのか?それは随分と都合のいい話だな?」



 信長が秀高に言ったこの言葉には、信長の秀高への怒りが込められていた。


 それは未来から呼び寄せて自分への協力を断った不義理、あまつさえ弟の信勝のもとに逃げ込み、稲生原(いのうはら)の戦いで敵味方双方の織田家家臣に与えた損失、そして今度は教継のもとに逃れ、その知識を利用して今川・織田双方を攪乱し、そしてその果てには義元を討ち取った事実。これらが込められたのが、信長の言葉の中にあった「野盗」という単語や言葉の節々に込められていたのだ。

 



「…黙れ。」


 と、信長の言葉によって空気が重くなっていた中を、秀高のこの一言が断ち切る様に響いた。


「たとえその話がそうだとしても、結果的に義元を討ったのはこの俺たちだ。お前が手柄を横取りしようと思っても、そうはいかない。」


 秀高は信長に向かって否定するように反論すると、隣にいた継高に持たせていた一本の刀を継高から貰い受け、その刃を鞘から半分抜くと信長にそれを見せつけた。これこそ、義元がその身に所持していた天下の名刀「宗三左文字(そうさんさもんじ)」であった。


「この左文字は、まさしく義元が所有していた名刀だ。この刀が俺の手の内にあるという事は、俺が義元を討ち取った何よりの証拠になる。」


 秀高は信長に左文字を見せつけた後、再び刃を鞘に納めると、信長を指さして強い語気で言い放った。


「…お前は教継さまの大望を不相応だと言ったが、俺はそうは思わない。教継さまの願いは俺の願いでもある。それをお前が、身分不相応だと決めつける道理はない!」


「ほう、お前はこの軍勢を目の前にしてもそう言い続けるのか?」


 信長は自身の背後に控える大軍勢を見せつけるように言い放ち、秀高を威圧するように言葉をかけたが、秀高はそれを跳ね除けるように言い返した。


「悪いが、俺はお前のことを信用できない。お前がやろうとしている事、お前の内面、そしてお前の言動全てが気に入らない!あまつさえ…お前は信勝(のぶかつ)様を死に追いやった。そんな非情な奴をどう信じろと!?」


 秀高から弟・織田信勝(おだのぶかつ)の事を引き合いに出された信長は不機嫌になり、口角を吊り上げつつも怒りをこらえるように秀高に言った。


「言ってくれるではないか。信勝の事を何もわかっていないくせにその物言いをするとはな…」


「まだ言いたいことがある。お前は俺と休戦を結んでおきながら、義元が死んだと見たらすぐに手のひらを返し、この俺を攻めてきた。そのような身勝手なふるまいを見て、どうしてお前の家臣になれると思ったんだ!」


 秀高の反論を聞いた信長は、徐々に秀高に近づき、やがて手が届く距離の所に立つと秀高を顔を見つめるとその意思を確かめるように言った。


「その言動、そして未熟な意志から来る決意が、何を招くか分かっておらんのか?」


 信長の言葉を聞いた秀高はいったん目を閉じ、何かを決意して再び目を見開き、今度は秀高が信長の顔を見つめ、決然とした表情を見せて信長に言った。


「…俺や家臣たちは覚悟はできている。俺たちはお前の家臣になるつもりはない。」


 その言葉を受け取ると、信長は後ろを振り返り、信長の馬の近くまで来ると、秀高に背中を見せつつも一言、秀高に向かって告げた。


「…良かろう。そこまでの決意ならばもはや何も言うまい。」


 信長はそう言うと馬に跨り、今度は秀高の顔を見ながら秀高を指さした。


「秀高、お前のその愚かな意志と今日のこの会話に免じ、城への総攻撃は明日にしてやる。その間に最後の醜い足掻きの準備、整えておくことだな。」


 そう言い放った信長は藤吉郎と共に、しっかりとした足取りでその場を去っていった。この時信長の中には、既に秀高を除名する選択肢は消え失せ、秀高一党を討ち滅ぼす決意で固められたのだった。


「…成政、全軍に告げよ。」


 そして織田軍の陣中に戻ってきた信長は、帰りを待っていた成政に向かってこう指示した。


「明日、全軍を鳴海城へ総攻撃をかけさせる。それを伝えて回れ。」


「ははっ!」


 成政は信長からその言葉を受けると、その命令を伝えにその場から去っていった。そして信長は馬首を鳴海城の方に向けると、鳴海城の天守をただ黙って見つめていたのだった。





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