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1558年6月 桶狭間奇襲<三>



永禄元年(1558年)六月 尾張国(おわりのくに)桶狭間おけはざま




「殿!前面の今川(いまがわ)勢に反転の気配がありますぞ!」


 高秀高(こうのひでたか)率いる軍勢が今川義元(いまがわよしもと)の本陣めがけて突入してから僅か一刻余り。既に秀高の軍勢は義元本陣のある、旧秀高の領主館に近い距離まで接近していた。そこに安西高景(あんざいたかかげ)が、幕山(まくやま)方面に展開している今川勢が転進してくることを秀高に報告した。


「何…もう来たか!」


「はっ!蒲原(かんばら)由比(ゆい)の軍勢、総勢三千余りが押し寄せて参りまする!」


 その報告を馬上で受けた秀高は、敵を刀で切り倒しながらも思案した。そして秀高は馬首を高景の方に向けると、こう指示を飛ばした。


「高景、お前は一益(かずます)と共に半数の千を連れ、これらの迎撃にあたってくれ!」


「いえ、もうここまで接近したのです。我らは千五百で蒲原勢を食い止めましょう。殿は残りの五百を率いて義元を討ちなされ!」


 この時、三千いた義元勢の旗本は僅か一刻余りで半数が戦線を離脱し、混乱のさなかでさらに多くの将兵が討ち取られていた。領主館を包囲するように三方向から攻めていた秀高勢の前に、残る義元勢は千を切っていた。


「…そうか。高景、ならばそれで頼む!」


「お任せを!必ず今川勢を通しはしませんぞ!」


 高景は秀高にそう言うと、二手に分かれるように軍勢を引き連れて別方向へと向かって行った。そして残る五百を率いる秀高勢は、いよいよ領主館に迫っていったのである。




————————————————————————




「た、太守!一宮宗是(いちのみやむねこれ)殿、飯尾乗連(いのおのりつら)殿討死!敵勢、この館に迫りつつあります!」


 その頃、領主館内は騒然と化していた。僅か一刻あまりで敵に懐深くまで入り込まれた義元本隊は、混乱しており統率が聞かない状況に陥っていた。それに加え、次々と味方の武将たちが討たれたという報告が、領主館の居間内に響き渡っていた。


「ええい、敵はたかだか二千余りではないか!この体たらくは何だ!」


「そ、それが折からの豪雨によって足軽たちは方々に散ったままで、手元に残る足軽たちだけでは、とても対処しきれませぬ!」


「愚か者!それでも今川家の武士か!そのような泣き言を言う前に、一刻も早く前に出て奴らを食い止めよ!」


 居間の中で一人、中央で床几(しょうぎ)に座る義元は、弱音交じりの意見を述べた朝比奈親徳(あさひなちかのり)を叱咤するようにこう言うと、その時そこに早馬が入ってきた。


「太守!敵が中に入ってまいりましたぞ!」


 その早馬の言葉を聞いた義元の側近たちは驚き、義元を逃がそうと、この本陣の避難を義元に向かって進言した。


「太守!もはやここまでにございます!ここは一刻もこの館を落ち延び、向かってきてる蒲原勢との合流を!」


「何を言うか!戦の真っ最中に逃げ出すことなどできると思っておるのか!」


 義元が意見してきた側近に、叱るように言い返すと、それを見ていた親徳が義元の肩に手を置いて、背中を押すように動かした。


「そのような事を申されておる場合でありませぬ!さぁ、太守を輿に乗せよ!」


「ええい、放せ!放さぬか!」


 義元は親徳に背中を押されるように輿に押し込められ、親徳はそれを見ると輿を持つ従者に持ち上げ、歩くように指示したが、おり悪くその時、目の前に秀高の軍勢が現れたのである。




————————————————————————




「おおっ!今川治部大輔(いまがわじぶだいふ)はあれにある!者ども、あの首討って手柄とせよ!」


 義元の本陣のあった領主館に、一番乗りで乗り込んできた三浦継高(みうらつぐたか)は馬上から輿を見つけると、これこそ義元の輿と確信して足軽たちに輿を襲うように指示をした。それを受けた足軽たちは、我先にと輿へと襲い掛かった。


「ええい、太守をお守り致せ!」


 輿の傍に控え、方向を従者たちに指示していた親徳は、敵が接近してきたのを見ると輿を守るために前に出て、刀を抜いて立ち向かった。


「おらおらぁ!邪魔すんじゃねぇ!」


 と、その時に継高の後方から騎馬で駆け寄ってきた義秀が、前に出てきた親徳を見ると、一瞬のうちに槍を突き出して親徳の胸を貫いた。それを受けた親徳は声にもならない悲鳴を上げると、義元の腰に駆け寄ってくる足軽たちの雑踏の中に、後ろにもたれかかる様に消えていった。


「ひ、ひぃぃ、お助けを!」


 従者たちは護衛する今川の武者たちを切り伏せ、続々と輿に殺到してくる秀高勢を見て恐れおののくと、その場に輿を置き捨てて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「こ、これ!逃げるでない!」


 その輿の中で、義元が従者に声をかけるのを聞いた秀高勢の足軽たちは、その輿に義元が乗っている確信を得ると、じりじりと輿に近づいた。


「お、尾張の雑種共が!!」


 義元は秀高勢を見て気押されしながらも、声を振り絞って叫んで輿の外に出た。そして腰の太刀を抜くと切っ先を足軽たちに向けた。


「きえぇぇい!」


 義元は意を決してこう叫び、太刀を振るって秀高勢の足軽たちをなぎ倒す。しかしその時、義元はわき腹に一本の槍を受けた。それを受けた義元は槍の柄を切るとその場にふら付きつつも襲い掛かる足軽を倒していたが、そこに下馬した秀高が近づいてきた。


「き、貴様!よくもこのわしの天下取りを邪魔してくれたな!」


「…今川義元、もうお前の負けだ。観念するがいい。」


 秀高が義元を見つめながらそう言うと、義元はその言葉に怒り、秀高に斬りかかった。


「…ほざくな!この今川義元、決して貴様にだけは負けん!貴様の首、この義元が取ってくれるわ!」


 そう言って義元が秀高に襲い掛かろうとしていたその時、同じく下馬していた継高と義秀、それに(はな)の三人が義元の周囲に回り込み、三方向から義元めがけて得物を突き出した。


「秀高には…指一本触れさせねぇ!」


「お、おのれ…雑魚が…!邪魔をしおって!」


 義元がそう言ったその時、秀高は義元を刀で一刀のもとに斬り捨てた。それを受けた義元は血を吐き、義秀らが得物を抜いた後もその場でよろよろと動いた後、秀高の前に膝を付き、秀高を睨みつけて吐き捨てるように言い放った。



「わしは…天下を…今川の…家名を…!!」



 義元はそう言うとその場に後ろのめりで倒れ込んだ。その周囲を秀高たちが囲んで様子をうかがうと、既に義元の息は絶えていた。


「義元を…討ち取ったの?」


 それを見つめていた小高信頼(しょうこうのぶより)が秀高に尋ねるように言うと、秀高はそれに頷いた。そしてそれと同時に、義秀は感極まってこう言った。


「…っしゃあっ!!義元を、あの今川義元を仕留めたぜ!これでこの戦は勝ちだ!」


「…そうね。でもこの首を得るのに、多くの犠牲を出してしまったわ…」


 華がこの一連の戦で死んでしまった者たちに思いをはせるようにこう言うと、秀高は華を気遣うようにこう言った。


「華さん、この首を見れば、きっとみんなは喜んでくれますよ。」


「ヒデくん…えぇ、そうね。」


 秀高の言葉を受けて華が返事をすると、秀高は皆の方に顔を向けると、刀を天に向けて高く上げ、こう宣言した。


「皆!ここに今川義元を討ち取った!勝鬨を上げよ!今川の残党に、そして天下に俺たちの武勇をを示してやれ!!」


 その言葉を受けた秀高勢は、勢いよくそして天に届くように喊声を上げた。その声は桶狭間一帯に響き渡り、自身の総大将たる義元討死の報を聞いた義元本隊の残兵は、完全に戦意を喪失してその場から方々へ逃げ散るように去っていったのだった。




————————————————————————




「…殿様!!」


 合戦後、高景や一益、更に義秀に義元本隊残党の掃討を託すと、秀高は五百余りで戦後処理を行っていた。とそこに桶狭間の農民たちが駆け寄ってきた。


「お前たち!無事だったか!」


「へぇ!今川が来てから、遠くの山に避難してただ。でも、義元を討ち取ったって聞いて、いてもたっていられず来てしまっただ!」


「そうか…みんな。ありがとう。」


 秀高は農民たちに駆け寄って農民たちの手を取ると、手を取ってくれた初老の農民は感極まって涙を流した。


「殿様…ありがてぇ…ありがてぇ…!!」


 その様子を見ていた周囲の農民たちも、勝利することが出来た喜びから涙を流し始めた。そして秀高は農民たちに向かってこう言葉をかけた。


「…お前たち、すまない。不本意とはいえ、お前たちの村を戦場にしてしまった…」


「いえ、謝らねぇで下せぇ。今川なんかに支配されるくらいなら、おらたちは村を捨てるつもりだっただ!」


「そうですだ!たとえ村が荒れ果てても、殿さまが勝ってくれたらと思って我慢してただ!殿さま、本当に勝ってくれてありがてぇ限りだ!」


 その言葉を受けた秀高は、苦労を強いた農民たちを慮るようにこう提案した。


「お前たち、戦のすべてが終わったら、人をやって桶狭間一帯の復興をさせるつもりだ。その時は…一緒に働いてくれるか?」


「もちろんですだ!殿さまの為なら、精一杯頑張りますだ!」


 農民たちが秀高にこう声をかけると、秀高はともにもう一度手を取り合い、共に復興に尽力することを誓い合ったのであった。


「…終わったな、全て。」


 その後、戻ってきた義秀夫妻と信頼と共に、桶狭間の中に立つ秀高に義秀が声をかけると、秀高は義秀の方を振り返ってこう言った。


「いや、ここからが本当の始まりだ。」


「そうだね。これで僕たちはようやく、スタートできたわけだからね。」


 信頼が秀高の意見に賛同するように発言すると、華は顔に付いていた血を拭うと微笑んでこう言った。


「ヒデくん、まだまだ戦いは始まったばかりよ?まさかもう弱音かしら?」


「まさか、そんなわけないでしょう。これで一層、俺の気持ちは固まりましたよ。」


 秀高がそう言うと、義秀たちは互いに頷きあって手を取り合い、固い握手を交わしたのだった。




 こうしてここに、後の世に「桶狭間の戦い」とよばれた合戦は、秀高の奇襲勝ちという大勝利によって幕を閉じた。そしてこの勝利が、これからの歴史を大きく揺り動かすことになろうとは、この時誰も予想していなかったのである…





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