1575年6月 東国征伐<関東side> 第二次国府台の戦い<三>
文禄三年(1575年)六月 下総国国府台
千葉胤富・結城晴朝の軍勢が大高義秀・高浦秀吉指揮する幕府軍の前に武将・雑兵共々壊滅した事を、千葉勢の後を追って市川から太日川を渡って小岩へと向かっている里見義弘勢五千は徐々に敗走してくる千葉の敗残兵によって知ることになった。その中でも大将の義弘は闘志を燃やし続けていた。名門・新田源氏の流れを汲む里見が、どこの馬の骨とも知れない奴らに膝を屈する事を良しとしなかったからである。
「おのれ…千葉殿もなんと情けない!伏兵如きに討ち取られるなど鎌倉以来の名門が聞いて呆れるわ!」
「殿、最早大勢は決しました!このまま渡河しては自滅するも同然にございまする!」
千葉勢の壊滅を聞いて憤る義弘に対して家臣の正木信茂が渡河を諫める言葉を発した。するとこの諫言を耳にした義弘は更に怒り狂って諫言してきた信茂に対して罵倒する言葉を投げかけた。
「この臆病者め!すでに戦は進んでおるわ!ここで引き返すなどどうして出来ると思うか!?」
「千葉勢が壊滅した今、敵と当方の兵力差はより広がり申した!このまま戦えば無駄死にする将兵を増やすだけにございますぞ!」
「黙れぃ!」
信茂の言葉に遂に堪忍袋の緒が切れた義弘は、一喝して刀の柄に手を掛けた。するとその時一騎の早馬が駆け込んできて義弘に急報を伝えた。
「申し上げますっ!!矢切の渡しを渡河中の結城勢、敵騎馬隊の奇襲を受けて壊滅!結城晴朝殿、お討死!!」
「何じゃと!?」
早馬の言葉を聞いてこの戦に従軍していた正木弘季が声を上げて反応すると、その報告を耳にした義弘は手にしていた采配を馬上から地面に投げ捨てた。
「千葉も結城も…役立たず共が!!」
「殿!最早ここは逃げる他道はありませぬ!!」
怒っている義弘に向けて重臣の安西実元が撤退を進言した。既にこの時、里見勢は千葉勢の敗残兵を吸収し六千にまでその数を増やしており、尚且つ義弘の本陣も太日川を渡河し終えて対岸に渡って後続に続く味方将兵の渡河を待っていた。しかし千葉勢に続いて結城勢が壊滅した今、里見勢の劣勢は間違いのない事実となっており、この事実を受けてもなお義弘はその場で抗戦を主張した。
「何を申すか!我らは太日川を背に背水の陣を敷き、我らが武勇にて敵を打ち破るべきであろう!」
「それこそ蛮勇と申す物!背水の陣は敵が必死に戦わなかった故に成り立ったものにて、今の状況では兵も多く戦う意志が衰えていない敵に分があり申す!」
義弘が持ち出した「背水の陣」の故事に重臣の信茂が諫言して反対の意を示すと、その言葉の後に実元が義弘に向けて発言した。
「左様!今となってはこの死地を脱する他ありませぬ!御免!!」
「あっ、何をするか無礼者!!」
実元は義弘に近づいて兜の緒を解き、自らの兜を脱ぎ捨てて義弘の兜を被った。この振る舞いに義弘が憤慨すると実元は義弘の兜を被ったまま自身の覚悟を語った。
「今よりここでは某が殿になり申す!誰か、殿を川の向こうへお渡しせよ!!」
「ははっ!」
「何をするか!放せ無礼者!!」
実元は義弘を川の向こうへと渡す様近習に命令すると、近習は義弘の腰から打刀を抜き取った上で手綱を引いて太日川へと向かって行った。その場から連れ去られていく義弘がなおも戦う姿勢を示す様に勇ましい言葉を発し、その声が遠ざかっていくことを確認した実元は義弘の影武者として命令を発した。
「良いか!殿がここから逃げおおせる間、我らはここに踏み止まる!新田源氏の名門・里見家の力を敵に見せつけるのだ!!」
「おぉーっ!!」
義弘の影武者である実元が発した号令に、その場に残った里見家の雑兵足軽や信茂、弘季などの里見家重臣たちは喊声を上げて戦う意志を示した。そして本物の義弘が近習によって太日川の向こうへ渡されていった頃、対岸に踏み止まった里見勢に小岩の方角から秀吉指揮する高浦軍一万が大挙して攻め掛かった。
「掛かれ!死地に入った里見勢を討ち取るのじゃ!」
秀吉は高浦軍の中央から前線の味方に向けて号令を発した。その号令が前線の味方に聞こえたのか高浦軍は青木一矩・小出秀政ら秀吉配下の武将たちを先頭にして刀・槍などを持つ歩兵隊が川岸に佇む里見勢に斬り込んでいった。この高浦軍の切り込みは背水の陣を取る里見勢に打撃を与えるほどすさまじい物であり、事実、小出秀政は里見勢の足軽を斬り伏せている中で目の前に立った里見家重臣・秋元義久を一刀のもとに斬り捨てた。
「ぐわぁっ!!」
「どけっ!大将の義弘はどこだ!!」
秀政は斬り捨てた義久には目もくれず、ただ大将首である義弘の事を狙い定めて目の前に立った敵兵を一人、また一人と斬り伏せた。これに一矩や後続に続く高浦軍の将兵も負けじと激戦を繰り広げ、里見勢はその兵数をさらに減らしていった。
「いたぞ!あれが里見本陣だ!突っ込め!!」
しかもこの時、里見勢の北方、矢切の渡しがある方角から義秀率いる騎馬鉄砲隊四千が太日川西岸を南下して里見勢の側面を突くように突撃。この突撃を受けて里見勢はさらに混乱状態をきたす事となった。その突撃を敢行した義秀は里見勢の雑兵どもを馬上から次々と打ち倒していくと、その中で見覚えのある敵将を見かけた。
「ん、お前は…三浦義季か!?」
「大高殿…今は里見家臣、正木弘季にござり申す。」
かつて相模三浦郡の領主であった義季こと弘季と交渉の席についた事のある義秀は、槍を構えながら三浦義季という名前で弘季を呼んだ。これに弘季が今の名前を名乗ると、義秀は槍を構えて弘季にこう言った。
「弘季!てめぇを里見家に戻したのはな、義弘に膝を屈させる目的もあった!それがどうしてこうなったんだ!?」
「…全ては我が主・義弘が決めた事。家臣が口を挟むわけには行かぬ。大高殿、戦場なれば、お命頂戴!!」
「そうかよ!」
弘季が刀を構えて義秀に馬を駆けさせてくると、義秀は一言吐き捨てるや槍を構えて襲い掛かってくる弘季の胴体に槍を突き刺した。その突きを受けた弘季は手から刀を落とすや、突き刺してきた義秀に向けてこう言った。
「よ、義秀殿…死に場所を…」
「…くそっ、胸糞悪いぜ。」
弘季の言葉を耳にした義秀が槍を引き抜き、馬上から転げ落ちた弘季の遺体を見た義秀はその言葉に引っ掛かる様に言葉を吐き捨てた。そして遠景で父の最期を見ていた子の正木憲時は、父を討ち取った義秀に襲い掛かろうとしたが、その背後に一払いを受けた。これこそ義秀の正室・華が薙刀を払って物であり、それを背中に受けた憲時は背後にいる華の方を振り向いた。
「くっ…おのれ…」
「悪く思わないで欲しいわ。憲時殿。」
華は憲時に向けてそう言うと、薙刀を振るって憲時の首を刎ね飛ばした。この正木父子の討死は里見勢の劣勢をより強くし、やがて高浦・大高両軍の包囲は狭まっていた。その中でも正木信茂はただ単騎、馬上から槍を振るって奮戦した。この正木信茂の父は「槍大膳」と渾名された正木時茂であり、信茂はその父にも劣らぬ槍使いで攻め寄せてくる高浦軍の足軽や侍大将を討ち取っていた。しかしその信茂の奮戦を見た秀吉は、弟の高浦秀長に命じて奮戦する信茂に向けて鉄砲を打ち掛けさせた。
「ぐあっ!!ひ、卑怯者が…。」
秀吉の命を受けた秀長によって、鉄砲足軽たちは遠方から信茂に向けて鉛弾を浴びせた。この銃弾を受けた信茂は恨み言を一言吐き捨てると、そのまま馬上から転げ落ちて絶命したのであった。信茂に義久、正木弘季・憲時父子の討死によって里見勢の敗北は明らかとなり、義弘の影武者を務める実元は名前を偽って名乗りを上げた。
「我こそは里見家当主、里見義弘なり!!新田源氏の名に負けぬ我が力を見よ!!」
そう言って名乗りを上げた実元であったが、やがて自身の近くにいた味方は次々と討ち取られて残るは実元一人となった。そしてその実元の四方八方から槍が突き出され、無数の槍が刺さった実元は即座に絶命した。無論、槍を突き刺した足軽たちはそれが影武者ではなく本物の義弘であると疑わなかったため、その場で里見家の当主・義弘は討死した事になったのである。一方、本物の義弘は近習たちに守られて戦場からの離脱を果し、一路本国の上総へと逃げ帰っていった。そして里見・千葉・結城の連合軍を撃破した総大将の義秀は、馬上からその場にいる味方に向けて言葉を発した。
「勝鬨を上げろ!!俺たちの勝利だ!!」
「おぉーっ!!」
この義秀の呼びかけにその場にいた華や子の大高義広、それに秀吉や秀長ら武将たちを含めて天にも届かんばかりに凄まじい鬨の声を上げた。ここに「第二次国府台合戦」は大高・高浦ら幕府軍の勝利に終わり、関東地方の情勢は幕府の方にまた一つ傾く結果と相成ったのである…。




