1575年6月 東国征伐<関東side> 第二次国府台の戦い<二>
文禄三年(1575年)六月 下総国国府台
国府台城から急ぎ出陣した里見義弘率いる軍勢五千に尻を押されるようにして、国府台南側の市川砦に布陣していた千葉胤富勢四千人は砦から出陣。目の前を流れる太日川を渡河して対岸の小岩へと渡り始めた。その千葉勢の先陣を切って進むは大将の胤富、その背後には胤富の子で双子の千葉良胤、千葉邦胤の二人が続き、これに千葉家重臣の原胤栄(数年前に病死した原胤貞の子)・臼井久胤が両脇を固めるように帯同していた。
「急げ!敵はこの先の小岩におるぞ!」
千葉家当主の胤富は先に太日川を渡河し終えると、川岸で馬上から続々と渡河する味方の将兵に声をかけていた。赤旗に千葉家の家紋である「月星」を施した軍旗が人波と共に川を対岸から対岸に渡っている様子を胤富は馬上から視界に収めつつ、渡った先にある小岩の方角を振り向いた。
「父上。此度の事、余り気乗りが致しませぬ。里見殿に尻を叩かれた故に出陣しましたが、これがもし敵の計略であったのなら何となさいますか?」
「兄上、ならば兄上は敵に膝を屈すると申すのか?」
父・胤富の背後で双子の兄である良胤の懸念に、弟の邦胤が言葉を発して反論した。この言葉を背中で聞きながら父の胤富はなおも視線を西…これから進む小岩の方角をじっと見つめていた。千葉勢が渡河した地点は小岩の方面に向かう一本の小道が走っていたが、その両脇には人の胴体程まで葦の草がたくさん生い茂っていた。その小道に渡河した足軽たちが続々と進んでいくのを見た胤富は、背後にいる二人の息子に声をかけた。
「良胤、邦胤。今は戦の時ぞ。そのような口論は止めよ。」
「しかし…!」
胤富の言葉に良胤がなおも言葉を挟もうとしたが、胤富はその言葉を気にかけぬように手で合図を発し、邦胤や近くにいた胤栄・久胤を伴って味方と共に小道の中に入って行った。それを見た良胤は心中穏やかではなかったが、止むを得ず父の後を追うように小道の中に入った。この時、千葉勢は知る由も無かった。この子道の両脇に生える葦の草原に、鉄砲を構えて時を待つ伏兵が忍んでいる事を。
「…構え。」
その葦の草原の中、うつ伏せになっているのは高浦秀吉が家臣・青木一矩である。一矩は葦の草原の中に忍ぶようにして声を密かに発すると、一矩と共にうつ伏せになって忍んでいた鉄砲足軽たちが一斉に銃口を草原から小道を進む千葉勢に向けた。そして草の中から小道を進んでいく千葉勢をある程度やり過ごした後、頃合いを見計らって合図を発した。
「…放て!」
この一矩の号令によって鉄砲足軽たちは一斉に引き金を引き、草の中から千葉勢めがけて銃弾が放たれた。草の中から聞こえてきた銃声を合図にして、一矩らが潜んでいた草の中より小道を挟んだ反対側に待機していた鉄砲足軽たちも一斉射撃を敢行。左右から飛んできた銃弾を受けて小道を進む千葉勢は防ぐ間もなく、多くの将兵が撃ち抜かれた。
「ぐわぁっ!!」
「何事か!?」
小道を進んでいた千葉勢の大将・胤富がその場で馬を止め、声を上げて仔細を尋ねたその時、一発の銃弾が馬上の胤富目掛けて放たれた。銃弾は真っ直ぐ胤富の来ていた鎧を貫通し右脇腹に命中するや、その銃弾を受けた胤富は苦悶の表情を浮かべた後にもんどり返って落馬した。
「と、殿!!」
「父上!!」
目の前で落馬した胤富を呼ぶように重臣の胤栄や子の邦胤が声を上げたその時、葦の草原から鬨の声が上がり、草の中から刀や槍を構えた足軽たちが姿を現した。これこそ秀吉が事前に配置していた伏兵であり、一矩と共に指揮を執るのは秀吉の弟である高浦秀長であった。
「今が好機じゃ!一気に敵を討ち取れ!」
「おぉーっ!!」
秀長の号令に応えた将兵は草の中から小道に躍り出るや、銃弾を喰らって混乱していた千葉勢の将兵たちを次々となぎ倒していった。高浦軍の足軽たちは複数人で一人を討ち取る事を徹底して戦っており、その戦術によって千葉勢の雑兵は言うに及ばず、臼井久胤も三人の足軽から突き出された槍を見に受けて即死した。
「ぐふっ!!」
「久胤っ!!しっかり致せ!」
久胤の絶命を目の当たりにした胤栄が声を上げたが、その胤栄が乗る馬を一人の足軽が槍の柄で馬の尻を叩き、強引に胤栄を馬上から落馬させて仰向けになっている胤栄に群がって刀や槍を突き刺した。こうなっては最早戦というよりは殲滅に等しく、久胤や胤栄、そして銃弾を受けた胤富もまた一人の雑兵によってその首を取られたのであった。
「くっ、やはり敵の伏兵がいたか!!」
遅れて小道の中に入った良胤は遥か先で銃声と喚声を耳にして嵌められた事を即座に悟った。そんな良胤や側近くで異変を感じ取った後続の味方の前に、馬に乗った邦胤たが向こうからこちらに向けて馬を駆けさせてきた。
「あ、兄上!!父上が!」
「父上が如何致した!?」
父の異変を告げた邦胤に対して良胤が聞き返したその時、両脇の茂みの中から喊声が上がると同時に、一発の銃弾が馬上にいた邦胤の胴体を打ち抜いた。邦胤はその銃弾を受けるや馬上でよろめき、次の瞬間にはもんどり返って地面へと落下した。弟・邦胤の最期を目視した良胤は身の危険を感じ、馬首を返して来た道を引き返そうとするが良胤の左腿に一発の銃弾が命中した。
「ぐうっ!」
銃弾を受けた良胤はその苦痛に声を漏らしたが、気をしっかりと持って手綱を握り締めて離脱。その際に良胤は被っていた兜を脱ぎ捨てて右往左往する味方の中をかき分けていったという。こうして良胤は辛くも戦場からの離脱に成功したが左腿に受けた銃創が悪化し、これより数日後に落ち延びた本佐倉城で敢無くその命を落としたという。しかし、総大将である胤富を始め重臣たちが悉く討死した事によって千葉勢は崩壊。一定の戦果を上げる事に成功した秀長は主だった者の首を取るや、その場からすぐに去って兄・秀吉と合流を果して里見勢との戦いに備えたのである。
————————————————————————
同じころ、小岩から数里北にある葛西城の城外には、大高義秀指揮する軍勢一万二千が三段構えの布陣を整えていた。総大将・義秀が前段に展開する騎馬鉄砲隊の中で敵の到来を今か今かと待っていると、そこに重臣・桑山重晴の嫡子である桑山九郎五郎一重が物見から戻って来て義秀に報告した。
「申し上げます!敵、結城晴朝が軍勢四千、続々と矢切の渡しを渡河し始めております!」
「おう九郎五郎!ご苦労だった!」
一重の報告を受けた義秀は返事を返すと、得物の槍を掲げてから背後にいる騎馬鉄砲隊に向けて号令を発した。
「良いか!俺たちが狙うは敵将、結城晴朝の首だ!奴の馬印は手杵だ!その馬印の側にいる奴のみ狙うんだ!!良いな!?」
「おぉーっ!!」
義秀の号令を受けた騎馬鉄砲隊の将兵が喊声を上げて答えると、首を縦に振った義秀は中段に展開する歩兵隊の指揮を執る重晴に向けてこう指示した。
「重晴、お前の任務は晴朝の死後に浮足立った結城勢の掃討だ。騎馬鉄砲隊の後を追いかけ、一人残らず討ち取ってやれ!」
「承知致した!!」
重晴が義秀の下知に即答すると、これを聞いた義秀は手綱を引いて馬首を前方に向けると、槍を前にかざして味方に突撃を命令した。
「掛かれぇ!!」
この号令と共に馬を駆けさせた義秀の背後を、正室である華や子の大高義広、並びに騎馬鉄砲隊の将兵四千人が追いかける様に前進を開始した。目指すはおよそ二十町(約2km)先の矢切の渡しを渡河している結城勢である。その騎馬鉄砲隊が猛進する先の矢切の渡しでは、結城勢が渡河の途中であり丁度総大将の晴朝が渡河し終えた頃であった。
「急げ。敵は僅か二十町先にいる。速やかに全軍渡河するのだ。」
川を渡り終えた晴朝は側に自分の馬と馬印が用意される中、家臣の玉岡政広や武井勝伝に向けて味方の渡河を急ぐよう下知した。その命を受けて二人の重臣が渡河を進めていた時、遥か遠くからドドドという地鳴りのような音が聞こえて来た。
「…この音は何だ?」
馬に跨った晴朝が徐々に大きくなっていく地鳴りの音を訝しんだその時、晴朝ら結城勢の前方から騎馬隊が怒涛の如き猛進をしてこちらに突っ込んで来ていた。これこそ義秀指揮する騎馬鉄砲隊であり、義秀は馬上から同じく進んでいる味方の将兵に向けて号令を発した。
「鉄砲構え!放てぇ!!」
義秀の号令一下、前面を進む騎馬から鉄砲が放たれた。その銃弾は矢切の渡し付近にいる結城兵を打ち抜いて屍に変え、猛進する騎馬隊から放たれた鉄砲の銃声を耳にした晴朝は馬上でたじろいだ。
「もしや…あれが音に聞く騎馬鉄砲か!?」
晴朝は噂で聞いていた騎馬鉄砲隊の実態を目の当たりにして驚いたが、既にその間にも義秀率いる騎馬鉄砲隊は武器を火縄銃から馬上槍に持ち替え、矢切の渡し付近にいた結城勢に素早く斬り込んだ。華は馬上から薙刀を振るって恐慌状態となった結城勢の足軽と次々と切り伏せ、義秀もそれに負けじと馬上から槍を振るって敵を薙ぎ倒した。この斬り込みに結城家臣の政広や勝伝は主君・晴朝を守らんと前を塞いだが、既に晴朝の馬印である手杵を見つけた義秀は戦いながら味方に告げた。
「おい、手杵の馬印はあれだ!あそこに晴朝がいるぜ!」
「おぉーっ!!」
義秀は味方に向けて標的・晴朝の所在を告げると自らも槍を振るって晴朝へと迫っていった。渡河の最中を襲われた事によって結城勢は初めから浮足立っており、その中でも政広や勝伝ら結城家臣たちはよく奮戦したが所詮は多勢に無勢。勝伝は迫ってきた華の薙刀に斬り伏せられ、政広もまた義秀の槍に貫かれて双方とも敢無く討死した。
「敵将!結城晴朝、御首頂戴!!」
「くぬぅっ!?」
政広や勝伝が討死して姿を消した隙間を縫って、義秀の子である義広が大将首である晴朝に狙いを定めて迫って来た。これを受けて晴朝は声を漏らしつつも槍を手に取り、襲ってきた義広と数合打ち合ったが、若武者である義広に力負けして自身の槍を払われた後に胴体へ義広の槍を受けてしまった。
「ぐはっ…このわしが…。」
「敵将、結城晴朝討ち取ったり!!」
晴朝が槍を抜かれたと同時に呟き、馬上から転げ落ちたことを確認した義広はその場で名乗りを上げた。この言葉を聞いた結城勢は総大将討ち取りの報を聞くや全軍総崩れとなり、四方八方へと散り散りに逃げ去って行った。これを受けて義秀は敗走している結城勢の掃討を後続の重晴ら歩兵・砲兵隊に任せると、自身は華や義広と共に市川から小岩へと渡っている里見義弘の側面を突くべく騎馬鉄砲隊を南下させたのであった。




