1575年6月 東国征伐<関東side> 第二次国府台の戦い<一>
文禄三年(1575年)六月 下総国国府台
文禄三年六月二十二日。江戸城を出陣し国府台周辺に展開した里見義弘・千葉胤富・結城晴朝の連合軍一万三千人(里見の軍勢に江戸城から逃げ延びた太田虎資配下の将兵が合流したために増加。)を討つべく葛西城に布陣した大高義秀は、国府台と川を挟んだ対岸にある小岩に布陣する高浦秀吉にこの合戦での先陣を任せた。その命を受けた秀吉は弟の高浦秀長や一門の高浦吉房、家臣の小出秀政を伴って単騎太日川の川岸に立つと、下馬して吉房や秀政に木製の拡声器を持たせたまま拡声器に口を近づけ、川向こうの国府台城に聞こえるような大声で語り掛けた。
「国府台におわす里見義弘殿に物申す!!我こそは幕府中老の要職に与る高浦藤吉郎秀吉と申す!!」
この秀吉の名乗りは拡声器によって風に流れ、川向こうの国府台城にその声が届けられた。秀吉から名指しされた義弘は国府台城の本丸にある物見櫓に家臣の正木信茂や秋元義久と共に上ると、そこから川向こうの岸辺に小さく見える秀吉の姿をじっと見つめた。その義弘に向けて、川向こうに立つ秀吉は国府台城に向けて更に大きな声で語り掛けた。
「既にこの関東の長である鎌倉公方・足利藤氏殿、並びに関東管領・上杉輝虎殿この世に無く、大勢は既に我が幕府に傾き申した!!」
「…」
この秀吉の呼びかけを物見櫓の中の義弘はこめかみをピクピクと痙攣させながら黙して聞いていた。その脇に立っていた信茂ら里見家の重臣が義弘の怒気を肌で感じ取っている中、川向こうから呼び掛けられる秀吉の呼びかけは風に乗ってその鋭さを増していた。
「聞けば里見殿は領内に従わぬ豪族が出始めているにも拘らず、我ら幕府との戦に踏み切っておられるが、果たしてそれで勝ったとて状況が好転するとは到底思えませぬ!貴殿の独りよがりの意地のために付き従わされる将兵が哀れとは思いませぬか!!」
「おのれ…。」
この秀吉の言葉を耳にした義弘は物見櫓の中でぼそっと呟いた。同じ物見櫓の中にいる信茂や義久ら里見家の重臣達が義弘の様子を固唾を飲んで見守る中でも、川向こうから聞こえてくる秀吉の言葉は続いた。
「貴殿の意地で新田源氏の名門である里見、並びに鎌倉以来の名家である千葉、結城が断絶するのは忍びなく思いまする!貴殿も一人の大名ならば、意地を捨てて幕府の軍門に降られませ!!」
「…あの百姓上りが!!」
遂にその怒りが決壊する様に義弘は声を上げて怒鳴った。その声を聞いて重臣たちが驚いていると、声を上げた義弘は物見櫓の中から川向こうにいる秀吉の方角を指差しながら言葉を続けた。
「好き放題言わせておけば、我ら武士の誇りを何と心得るか!!聞けばあの高浦秀吉、元は尾張の百姓であったというでないか!あのような奴を召し抱えておる秀高に膝を屈せば新田源氏の名に泥を付けることになる!そのような事断じて出来るか!!」
そう言うと義弘は怒りに支配されたかのように血走った眼を見せ、その場にいた信茂ら里見家重臣に向けて命令を発した。
「出陣だ!法螺貝を鳴らせ!!あの百姓上りに我ら坂東武者の武勇を知らしめてやるのだ!!」
「は、ははっ!!」
総大将である義弘の命令に、物見櫓の中にいた信茂ら里見家重臣たちは、ただ了承の意を返事にして返す他なかった。事実、この後すぐに国府台城から出陣を告げる法螺貝の音が無数に鳴り響くと、それを太日川の対岸で耳にしていた秀長が馬上にいる兄の秀吉に向けて指を指しながら語り掛けた。
「兄者!国府台城から法螺貝の音が!」
「…やはり出てくるか。よいか、手筈通り市川から小岩へと渡河してくる地点の茂みに伏兵を配置せよ。ある程度敵をやり過ごしてから敵の中陣に攻め掛かるのじゃ!」
「ははっ!!」
秀吉が国府台城の方角から鳴らされる法螺貝の音を聞き、敵の出陣を察して配下の吉房や秀政に向けて伏兵の配置を下知し、これに吉房ら高浦家臣団が返事を発して返すと、秀吉はその場にいた秀政に向けて別の命令を伝えた。
「秀政、急ぎ葛西城におられる義秀殿の元に参り、我らが先陣を切って敵と交戦する故、義秀殿の軍勢もその後に敵勢に攻め掛かるべしと伝えるのじゃ。良いな?」
「はっ!!」
秀政に向けて義秀への伝言を授けた秀吉は、すぐさま弟の秀長や吉房と共にその場から去って行った。その一方で秀政は単騎で葛西城へと向かい、間もなくして葛西城に入城した秀政はその足で義秀と対面。秀吉からの伝言を伝えた。
「そうか…秀吉が手筈通り先陣を切るんだな?」
「ははっ。我が主・秀吉は国府台城から敵の誘引に成功し、渡河した敵を伏兵で叩く腹積もりにございまする。」
葛西城内の本丸に置かれた本陣。中庭に張られた陣幕の中で義秀は秀政から秀吉の策を耳にした。するとこの策を隣で聞いた正室の華が、嫡子である大高義広と共に義秀に対して言葉を発した。
「ヒデくん、敵が城から打って出てくるのならこの葛西城の報にも敵がやってくるでしょうね。」
「母上の言う通りにございまする!ここはすぐさま城外に出て布陣を整えねば!」
「分かってるぜ。」
華や義広からの問いかけに義秀が即答するや、脇にいた家臣の桑山重晴の方を振り向いて、今朝がた物見が知らせてきた事を改めて尋ねた。
「重晴、確かこの先の栗山に築かれた砦に布陣してるのは、結城晴朝の軍勢だって物見は言ってたよな?」
「如何にも。結城家の家紋である「右三つ巴」の旗指物を見たと申しておりました。」
義秀が重晴と会話を交わし、ここに攻めてくる敵の目星を付けるや座っていた床几からスッと立ち上がってすぐさま命令を発した。
「良いか!すぐさま軍勢を城外に出して布陣を整える!前面から騎馬鉄砲隊、歩兵隊、そして鉄砲隊の順番に布陣し、敵が渡河し終えたと同時に騎馬鉄砲隊は突撃を敢行しろ!!」
「ははっ!!」
ここに義秀率いる軍勢一万二千は、敵陣の攻勢に備えるため素早く陣を敷いていた葛西城から出陣、目と鼻の先の城外に布陣を整えた。先頭に立つのは義秀が秘蔵っ子であると自負する騎馬鉄砲隊四千。その背後に歩兵隊、鉄砲隊と続く万全の装備が整った軍勢は、その視線を遥か前方…太日川を渡河してくるであろう敵に向けた。そして太日川の対岸から矢切の渡しを伝って敵…結城晴朝勢が姿を現したのは、僅か半刻(約1時間)後の事であった。




