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1575年6月 東国征伐<関東side> 許されぬ裏切り



文禄三年(1575年)六月 武蔵国(むさしのくに)江戸城(えどじょう)




 六月十九日夜、江戸城の本丸にいた太田資正(おおたすけまさ)の元に太田虎資(おおたとらすけ)が部下を伴って参上した。この時、本丸館には資正の他、嫡子の太田資房(おおたすけふさ)や家臣の宮城政業(みやぎまさなり)が虎資を待ち受けており、虎資は側に侍大将に扮した風魔小太郎(ふうまこたろう)を従えて資正と対面した。


「おぉ、これは資正殿。ただ今参りました。」


「良くぞ参った虎資殿。さぁ、腰掛けられよ。」


 この江戸城の本来の城主は参上して来た虎資ではあるが、資正は扇谷上杉(おおぎがやつうえすぎ)の家宰であり尚且つ当主・上杉憲勝(うえすぎのりかつ)から太田家の惣領として定められていた。その為に立場は城主である虎資よりも上であり、本丸館の広間の上座に座った資正をじっと見つめた後に虎資は右脇の床几(しょうぎ)に腰を掛けた。虎資の着座を確認した資正は目の前にある机の上に広がる絵図を見つめながら軍議を始めた。


「さて虎資殿、物見の報告によれば敵は既に吉良頼貞(きらよりさだ)世田谷城(せたがやじょう)まで進んだという。早ければ明日にでもこの江戸城へ攻め寄せてくるは明白である。この江戸城の備えは万全であろうな?」


「はっ、既に二の丸・三の丸に合わせて三千の守兵をかき集めておりますれば、そうそう攻め落とされることはないかと。」


 既に北条氏規(ほうじょううじのり)三浦高意(みうらたかおき)両軍合わせて二万四千の軍団は幕府に帰順した吉良家の世田谷城に入城しており、その事を踏まえて尋ねて来た問いかけに、虎資は淡々とした口調で返答した。その返答を耳にした資正は寄せ手の大将でもある氏規の事を持ち出して発言した。


「それにしても、まさか関東にあの氏康(うじやす)の子供が戻ってくるとはな…聞けば頼貞は氏康から貰った名前である氏朝(うじとも)に名前を戻し、幕府に帰順したというではないか。何という不忠者よ…。」


「…。」


 この言葉を虎資はただ黙って聞いていた。既に広間の中には虎資が自らの兵士として連れて来た小太郎の風魔党十数名が待機しており、その他の足軽や侍大将は広間の外に待機して軍議を見守っていた。その周囲の様子を窺うように虎資が見回した後、資正は虎資に向けて言葉をかけた。


「それに引き換え、虎資殿は北条から離れて後、扇谷上杉に忠節を尽くして下さっている。ここは共に籠城して戦い、憎き北条の攻めを跳ね除けようぞ!」


「…如何にも。」


 資正の言葉に虎資は一言で返した。それを聞いた資正は首を縦に振って頷くや、手をパンパンと叩いて外に待機していた側近に酒や器を持ってこさせた。


「ささ虎資殿、明日の戦に備えて今日は景気づけと参ろう。」


「はっ、頂戴いたしまする…。」


 目の前に用意された盃を虎資は手に取り、徳利を持つ資正から言葉と共に酒を盃の中に注いでもらった。盃の中に並々と満たされた酒を見た虎資は、背後にいた小太郎の方を一目見た後、一口で酒を呷った次の瞬間、手にしていた盃を広間の床板に勢い良く叩きつけた。パリンと音を立てて割れた盃。これこそが決行の合図であった。


「ぐうっ!!」


 盃が割られたと同時に小太郎は腰に差していた打刀を素早く抜くや、目にも止まらぬ速さで床几に腰掛ける資正に近づくと、打刀の切っ先を資正の左脇腹から奥深く突き刺した。その行動を見て脇に控えていた資房や家臣の政業が立ち上がって驚き、脇腹を刺された資正が小太郎の方に顔を向けると、小太郎は口を隠していた面頬(めんぼお)を外してその顔を見せた。


「き、貴様は…風魔…小太郎…!」


「太田資正、御首頂戴!!」


 小太郎はそう言うと脇腹に刺していた打刀を抜き取り、その反動で机に倒れ込んだ資正の首を一太刀で飛ばした。その資正の首が机の上を転がっていったのを見た資房や政業はようやく事の重大さを感じ取ったのか床几から立ち上がるや腰に差していた刀を抜いた。しかしその瞬間、広間の中に待機していた風魔党が一斉に武器を構えて立ち上がり、半数が外にいた資正配下の足軽たちと交戦を始めた。そして半数は刀を抜いた資房や政業を虎資や小太郎と共に包囲すると、その中で虎資は資房や政業に向けて言葉を発した。


「資房、政業。悪く思うな。このわしは敵に寝返る。」


「おのれ…殿と同じ太田家の一族が、このような事をするとは!!」


 虎資の言葉に政業が声を上げて怒ると、虎資は机の上座にごろんと転がった資正の胴体を見下ろしながら、不満をぶつけるように言葉を吐き捨てた。


「わしは江戸城主かつ太田家の嫡流なるぞ!上杉に尻尾を振った程度でこやつが家宰など死んでも受け入れられんわ!()れい!!」


 この虎資の号令を受けるや、包囲していた風魔党の者達が政業に四方から刀を突き刺し、そして小太郎は目の前で刀を構えていた資房に斬りかかり、一瞬で資房から刀を弾き飛ばすと次には資房の首を器用に刎ね飛ばした。その場に首のない資房の胴体が膝をついて倒れ込み、同時に口から血を流した政業も膝を崩して倒れ込むと、外で戦っていた資正配下の者達に向けて虎資は広間の中から呼び掛けた。


「よく聞け資正配下の者共よ!既に貴様らの主はこうして討ち取った!この江戸城は戦わずに開城する!命が惜しくば、武器を捨てよ!!」


 元より江戸城防衛のために資正が自領の岩付城(いわつきじょう)から連れて来た将兵は少なく、資正配下の者たちは大将である資正の死によって戦意を喪失。次々に武器を捨てて虎資に従う意思を表明した。こうしてここに江戸城の実権は虎資の元に回復され、江戸城は戦わずして幕府軍に開城する事となったのである。




————————————————————————




 翌六月二十日、江戸城に白旗が上がって城門は全て開け放たれた。この報告を城内にいる小太郎より受けた北条・三浦の軍勢は整然と江戸城へと進軍。江戸城大手門の前にて城主・虎資の出迎えを受けた。


「北条殿、三浦殿。お初にお目にかかりまする。武蔵江戸城主、太田虎資にございまする。」


 この虎資の挨拶を氏規と高意の二将は馬上から黙して見つめていた。虎資の側には資正・資房父子と政業の首が入った首桶が横一列に並んでおり、虎資はその首桶を手で指しながら馬上の二人に向けて言葉を続けた。


「この度は我らが恭順をお受けくださり感謝申し上げまする。その証としてこの城にて防戦に当たっていた太田資正・太田資房父子、並びに資正配下の宮城政業の首を上げましたので、何卒お納めくださいませ。」


「…相分かった。」


 この虎資の言葉に氏規が返事を返した。そして手で後方に合図を出し、北条家臣の多目元忠(ためもとただ)が配下の足軽と共にそれらの首桶を持ち上げて後方へと去って行った。それを見届けた虎資はスッと立ち上がると、開け放たれた大手門の中を指しつつ二人に向けて言葉をかけた。


「ささ、どうぞ中へ。」


「待たれよ、虎資殿。」


 と、今まで黙していた高意が初めて口を開いて言葉を発し、その呼び止めを聞いた虎資が高意の方を振り返ると、高意はキリっとした表情を崩さずに淡々と虎資に向けて告げた。


「此度の内通、誠に見事であった。よってそなたに今ここで渡す物がある。」


「渡す物…?」


 虎資がその言葉の中に出てきた単語を復唱した次の瞬間、背後で待機していた小太郎が虎資の背後から袈裟切りに斬り捨てた。その一太刀を受けた虎資は苦悶の表情を浮かべてその場に倒れ込むと、僅かな力を振り絞って馬上の高意や氏規に向けて声を発した。


「こ、これはどう言う事じゃ…?」


「虎資殿…いや太田虎資。北条家の姫を貰っておきながら主家の滅亡に殉じず、尻尾を振って輝虎(てるとら)に寝返ったかと思えば、今度はその輝虎の死を受けてこちらに内通を願い出て来るとは逆賊という他あるまい?」


「虎資、北条家臣としてそなたの振る舞い、目に余るものがある。あの世で我が父をはじめ、北条一門に詫びて来るが良い。」


 馬上から虎資に向けて高意と氏規が憎しみを込めて言葉を吐き捨てると、それを聞いた虎資はようやく、自身が利用された事を悟って恨み言を吐き捨てた。


「おのれ…はなから太田家の安堵など…考えていなかったのか…!」


「そう言う事じゃ。残念であったな。」


 高意が恨み言を呟いた虎資に向けて言葉をかけると、その二人の背後から北条家臣である北条綱成(ほうじょうつなしげ)が現れて倒れ込んでいる虎資に近づき、しゃがんでから首筋に短刀を突きつけた。


「つ、綱成殿…。」


「虎資、いや康資(やすすけ)よ。さらばじゃ。」


 そう言うと綱成は虎資の首を短刀で掻き切り、首級を上げてそれを足軽が持ってきた首桶に収めた。この出来事を城内から見ていた城兵たちがどよめき始めると、そのどよめきを鎮めるべく高意が声を上げた。


「よく聞け!そなたらの主は不忠を働いた(ゆえ)、ここに成敗致した!!そなたらには何の罪もない!!速やかに武器を捨てて城を去るが良い!!」


 城主である虎資の死、そして城外に展開する二万四千という大軍を前に城兵たちの戦意は既に喪失していた。この呼び掛けに応じた城兵たちはその場に武具を捨てて次々と城外へ退去。もはや戦にならぬと感じた虎資配下の家臣たちは城内で追い腹を切った。ここに武蔵の中でも戦略的要地として知られる江戸城は大した攻城戦も行われることなく、幕府軍の手に渡ったのである…。





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