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1558年6月 鳴海城外迎撃戦



永禄元年(1558年)六月 尾張国(おわりのくに)鳴海城なるみじょう




秀高(ひでたか)、敵が見えてきたようだぜ。」


 永禄(えいろく)元年六月十三日早朝。朝日が地面を照らし出したその頃、鳴海城の城外に出て待機していた高秀高(こうのひでたか)率いる約三千の軍勢は、城の南側にある手越川(てごえがわ)を渡河し、その川を背に大高(おおだか)方面の平野から来る今川(いまがわ)の軍勢を目視で確認していた。


伊助(いすけ)、敵は誰だかわかるか?」


 目視で確認した大高義秀(だいこうよしひで)の報告を聞いた上で、馬上に乗る秀高は忍びの伊助を呼び寄せ、敵の陣容について尋ねた。


「はっ。敵は庵原元政(いはらもとまさ)朝比奈元長(あさひなもとなが)にて、兵はそれぞれ二千五百を率いているとの事。」


「そうか…これを破ることが出来れば、鳴海城の士気は高まるだろうな。」


 秀高が伊助の報告を聞いた上でこう言うと、側で同じく馬に跨っていた小高信頼(しょうこうのぶより)も秀高に賛同した。


「うん。こちらは城で十分な休息を取って英気は養われている。合戦をするには申し分はないね。」


「…よし。義秀!お前が先陣だ。鬼大高の名、今川に再び刻み込んで来い!」


「任せとけ!俺らの武勇で、ものの一刻で壊滅させてやるぜ!」


 秀高は義秀に先陣として戦うように指示すると、義秀は愛用の槍を振るい、秀高に意気込みを語った後、自身の部隊へと戻っていった。そして両軍が目視で確認した時、朝日がまだ地平線近くにいる頃から合戦が始まったのである。




————————————————————————




「むぅ、やはり敵は打って出てきたか…」


 一方、大高から来た今川勢の大将である元政は、対面の城から打って出てきた秀高勢を見ると、馬の歩みを止めてその動きに苦慮するように言った。


「ただでさえ、兵たちの士気は低いというに、更に野戦ともなれば、苦戦は必至であろうな…」


 その隣で同じく兵を率いて出陣していた元長も、元政の言葉に同意するように苦しい言葉を返した。



 この頃になると、今川勢の士気は秀高たちが考えていた予想以上に低かった。ただでさえ農繫期のさなかに徴兵された農兵たちは元より士気が低く、更には伊助ら忍び衆の工作によって偽情報が巻かれた結果、今川勢の士気はさらに低下していたのだった。


 それに歯車をかけるように、各戦線での味方の劣勢は農兵たちにも聞こえてきて、従軍する農兵たちの中には、隠れて戦場から離脱する者も出始めていたのだ。これによって、秀高たちが軍議の席上で想定していた軍勢の数よりも、実際に今川勢で従軍している兵は想定より2割減の状態であったのだ。




「已むをえまい…ここで負けてしまえば、兵たちの更なる逃亡は(まぬが)れないであろう。本隊を率いる太守の為にも、ここは何としても勝たねばなるまい。」


 元長が元政にこう言葉をかけると、元政はそれに頷いて手にしていた軍配を振るって軍勢に攻撃を指示した。しかし向かってくる秀高勢を目の当たりにした兵たちの動きはどこか遅く、接敵した際にその遅さは更に露呈した。


「どうしたぁ!これが東海一の弓取りの軍勢かぁ!!」


 その今川勢に対して先陣を切って斬り込んだのは、槍を振るって馬上から敵を倒していた義秀であった。その傍らにいる(はな)も、義秀の後に続いて薙刀を振るっていた。


「ふふっ、ヨシくんも張り切ってるようね。なら私も、それに負けてはいられないわね。」


 華は先陣で獅子奮迅の働きを見せている義秀の姿を見て、自身の闘志にさらに火が付き、薙刀を突き出して騎馬武者を打ち倒した。すると、その武勇を目の当たりにした今川勢の農兵たちは、それにたじろいで動きが鈍り始めていた。


「ははっ、この鬼大高を止められる奴はいるかぁ!」


 この様子を見た義秀は馬上から、農兵たちに対して一声、大喝を叫んだ。すると農兵たちはその場に武器を捨て、どこへなりと逃散(ちょうさん)を始めてしまった。


「ええいっ、逃げるな!戦え!」


 その農兵たちに対し、混乱する今川勢の中で元政が督戦していると、それを見つけた義秀が元政の前に馬を進めてきた。そして義秀は元政に向かって槍の切っ先を向けて名乗りを挙げた。


「てめぇが大将か!俺は高秀高が家臣、大高義秀だ!」


「き、貴様が大高義秀か!我は今川家家臣、庵原元政である!貴様を討ち、体勢を立て直してやる!」


 元政はそう言うと腰から刀を抜き、馬を駆けさせて義秀に向かって斬り込んだ。しかし義秀は斬りかかってくる元政の隙を一瞬にして見つけると、元政の胸めがけて槍を一突きに突き出した。その攻撃は命中し、元政はその攻撃を受けて悲鳴を漏らすと、手から刀を落とし、貫かれていた槍を抜かれた反動で、馬上から地面に落ちてしまった。


「敵は浮足立ってやがる!一気に攻め掛かれぇ!」


 義秀は元政の絶命を確認すると、味方に対してこう鼓舞して、その勢いのまま攻め掛かるように促した。これを聞いた義秀の兵たちは更に意気が上がり、総勢五千はいると目されたこの部隊は、義秀の言った通り一刻で壊滅状態に陥った。


「ええい、もはやこれまでか…退却だ!大高まで撤退せよ!」


 敗勢を悟った元長は味方にこう指示すると、残った兵たちを連れて岡部元信(おかべもとのぶ)がいる大高まで撤退していった。この時、五千いた兵士は敗走する際に、僅か二百名余りとなっていたのである。


「ヨシくん、まずは一勝できたわね。」


「あぁ。だがまだまだ敵は攻め掛かってくるぜ。更に気を引き締めねぇとな。」


 戦いの後、馬を寄せて話しかけてきた華に対し、義秀はこう言って更に自身の気を引き締めた。すると、そこに大将の秀高がやって来た。


「…さすが義秀だな。本当に一刻で壊滅させるとは…」


「はっ、ざっとこんなもんよ。それにしても、今川の奴ら、思ったよりやる気が感じられなかったが…」


 義秀が戦った時に思ったことを秀高に言うと、そこに秀高に続いてやって来た信頼が現れて義秀にこう言った。


「それはたぶん、伊助たちが事前に仕掛けた工作が功を奏してるからじゃないかな?籠城だと思った敵が打って出てきて、各地で味方を破っているって聞いたら、士気は低くなるのも当然だよ。」


「…だが、義元本隊の士気は低くないだろうな。だからこそ、こっちの士気を高め、義元本体との決戦に備えておかないとな。」


 信頼の言葉に続いて秀高がこう言うと、そこに早馬が現れて秀高にこう報告した。


「申し上げます!沓掛(くつかけ)より今川勢四千五百、朝日山(あさひやま)方面に現れました!」


「そうか、やはり連中、鎌倉街道(かまくらかいどう)を辿って来たか。分かった。善照寺砦(ぜんしょうじとりで)盛政(もりまさ)に、俺たちが来るまで絶対に相手するなと伝えてくれ。」


「ははっ!」


 早馬は秀高の命令を聞くと、善照寺砦にそのことを伝えに直ちにその場を去っていった。それを見た秀高は義秀にこう言った。


「義秀、お前は華さんと共に騎馬武者八百を率い、丹下(たんげ)方面から朝日山へと向かってほしい。恐らくこのままいけば、俺たちと今川勢が先に接敵しているだろう。そこに側面から斬り込んで欲しいんだ。」


「分かったぜ。丹下から回りゃあいいんだな?よし、騎馬武者!俺に続け!!」


 その命令を聞いた義秀は華と共に、騎馬武者を率いていち早くその場を去っていった。そして秀高はそれを見届けると、全軍に朝日山方面への転進を指示したのである。




————————————————————————




「…あれが沓掛から来た今川勢か。」


 それから一刻後、善照寺砦付近に到着した秀高勢は、朝日山を背に鳴海方面に向けて前を向いている今川勢を発見した。


「はっ。敵の旗印を見るに、あれは松井(まつい)蒲原(かんばら)、それに三浦(みうら)ですな。」


「三浦?継意(つぐおき)と関わりがあるのか?」


 善照寺砦から僅かな兵を率い、秀高勢に加勢していた山口盛政(やまぐちもりまさ)が旗印を見て敵の名前を上げた中に、三浦の名を聞いた秀高が盛政に尋ねた。


「いえ。敵の三浦氏は駿河(するが)に土着した三浦氏で、継意殿とは直接的な関りはありません。ただ大元は一緒ですので、混乱してもしょうがないかと。」


「そうか…美作(みまさか)の方にも三浦って豪族がいるくらいだからな…まあいい。準備は終わっているな?」


 そう言って話を切り替えた秀高は、軍目付(いくさめつけ)滝川一益(たきがわかずます)に味方の準備状況を問うた。


「はっ。既に弓・鉄砲などの矢玉は揃えてあります。いつでも攻撃できまするぞ。」


「よし!ここで本隊の兵を叩き、義元の兵を少しでも減らす!皆、かかれ!」


 秀高はそう言って軍配を振るい、全軍に攻撃を指示した。そして攻め掛かってくる秀高勢を確認した今川勢も交戦を開始し、双方とも熾烈な戦いが開始された。


「殿!やはりさすがは今川本隊、士気が違いまするな!」


 馬上から槍を振るって秀高を守っていた山内高豊(やまうちたかとよ)が敵を倒しながらこう話しかけると、秀高も刀を振るって敵を一人倒すとこう言った。


「あぁ。さすがは義元配下だけはある。さすがに少し苦戦を強いられるかもな。」


 この秀高の予測は正しかった。この今川勢はそれまでの敗勢を覆そうと躍起になっており、尚且つ敵大将の秀高が打って出てきたことに好機を見出し、他の部隊とは比較にならないほど力戦していた。そのため秀高配下の三千の将兵は、徐々にではあるが損耗し始めていたのだ。


「よし、いったん少し下がる!敵を一益の鉄砲隊の眼前に誘引するぞ!」


 秀高の指示を聞いた秀高勢の足軽たちは、敵と戦いながらも、徐々に引き始めて今川勢を誘引した。


「おぉ、さすがは殿じゃ!鉄砲隊構え!放てぇ!」


 一益は目の前に今川勢を確認すると、鉄砲隊に打ちかけるように指示した。その弾は見事に今川勢に吸い込まれ、この攻撃を受けた今川勢の攻撃は少し鈍った。


「よし、敵は慌てふためいている!この隙に、もう一度攻め掛かれ!」


 秀高は鉄砲たちの攻撃を見てから軍配を振るい、再度今川勢に攻め掛かるように促した。それを聞いた足軽たちは再度奮い立ち、再び今川勢に斬り込んだ。すると今度は徐々に今川勢を押し始め、戦況は秀高に有利になってき始めていた。


「殿、あれを!義秀さまの部隊です!」


「そうか、やっと来たか義秀!」


 高豊に促されてその方角を秀高が見ると、別方向から騎馬武者八百が今川勢の側面めがけて斬り込んできた。これこそ、丹下方面から来た義秀勢であった。


「秀高、待たせたな!一気に勝負を決めようぜ!」


「分かってる!全員、このまま押し切れ!」


 こうなると、もはや今川勢に勝ち目はなかった。最初は士気の高さで秀高勢を押していた今川勢も、二方向からの挟撃を受けて劣勢になっていた。そしてしばらくして、今川勢は潰走し始めたのだった。


「…殿、何とか勝ちましたな。」


 合戦後、秀高の元に盛政が来て、秀高に勝ちを祝うように言葉をかけた。


「あぁ。だが…さすがは今川本隊だな。こっちの被害は七百を越えてしまった。」


「仕方がありますまい。士気が高ければ、それなりの損害は出るものでござる。」


 秀高の言葉に盛政が心配しないように言葉をかけると、そこに早馬が今回の戦について報告をしに来た。


「申し上げます。此度の合戦で我が勢は勝利。敵将・松井宗信(まついむねのぶ)三浦義就(みうらよしなり)を討ち取り、飯尾乗連(いのおのりつら)に深手を負わせました。」


「そうか。報せご苦労だった。」


 その早馬の報告を聞いた秀高は、馬首を返して盛政にこう言った。


「盛政、こっちの被害は大きいが、敵の義元の方も被害はより大きいな。」


「はっ。これで明日以降の戦いに弾みがつきましょうぞ。」


「そうだな…よし、今日はこのまま善照寺に入る。高豊!俺の馬印と兵八百余りを引き連れ、鳴海城に入ってくれ。」


「ははっ!承りました!」


 秀高は高豊にこう指示し、自身は予てからの計画のままに今日は善照寺砦に入っていった。こうして一日中の戦いの結果、秀高勢は少なからず損害を負ったが、義元本隊の兵を削り、大高の今川勢を壊滅させるという戦果を挙げたのだった。





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