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1574年1月 将軍としての新年慶賀



文禄二年(1574年)一月 尾張国(おわりのくに)名古屋城(なごやじょう)




 文禄(ぶんろく)二年の正月。将軍・高秀高(こうのひでたか)が居城である名古屋城には幕府に従属する諸大名達が年賀拝礼に訪れ、活気に満ち満ちていた。この頃になると名古屋城下にも諸大名達の屋敷が整備され、諸大名の中には領地を家臣たちに任せながら自身は名古屋に在府するようになっていた。


「大手門の向こうにある大通りに面した土地に諸大名の屋敷を割り振り、中でも徳川(とくがわ)浅井(あざい)阿波細川(あわほそかわ)といった上様に縁故ある諸大名には二万坪におよぶ土地を与えそこに屋敷を構えさせておりまする。」


 年賀拝礼が行われる前、秀高は名古屋城の天守閣の最上階に備え付けられている高欄(こうらん)に出てから眼下に広がる城下町の遠景を視界に収めつつ、脇に控えていた側衆筆頭でもある三浦継意(みうらつぐおき)から大名屋敷の説明を受けていた。継意の説明に耳を傾けながらも、秀高が遠巻きから見ても分かる一通り大きい三つの大名屋敷を見つめながら、継意に向けて言葉を返した。


「継意、今後行われるだろう名古屋城の天下普請に備えて、それぞれ大名屋敷を割り振っているんだろう?」


「はっ。今現在諸大名に割り振っている大名屋敷は、当家譜代の大名屋敷も含めて今後構築される三の丸の中に納まるようになっており、そこから外堀となる総構えの中には、旗本屋敷や商人町、更には寺院が均等に収まるよう土地の割り振りを勘定奉行(かんじょうぶぎょう)である村井貞勝(むらいさだかつ)らと話し合って取り決めておりまする。」


 幕府草創以降、継意は幕府の勘定奉行である貞勝や新たに大工頭(だいくかしら)となった中井正吉(なかいまさよし)、普請奉行の岡部又右衛門以言おかべまたえもんもちときと共に名古屋城やその城下の大改修計画を幕府家老を含めて協議しており、目下の大名屋敷整備も幕府家老の命で行われている整備事業であった。秀高はその責任者でもある継意から話を聞くと今後の名古屋の役割を踏まえ、言葉を後方の継意へ返した。


「そうか…名古屋は今後、日ノ本の中枢となる地になる。それに見合った町並みの策定を進めてくれ。」


「ははっ。」


「申し上げます。本丸表御殿に徳川家康(とくがわいえやす)様をはじめ、年賀拝礼に訪れた諸侯が参集しております。」


 と、そこに側衆を務める伊勢虎福丸(いせとらふくまる)が現れて秀高に諸大名が大広間に参集したとの旨を告げた。(ちな)みに余談ではあるがこの虎福丸はこの年に元服し、名を伊勢貞為(いせさだため)と改めた。そんな虎福丸…貞為からの報告を受けた秀高は(きびす)を返し、高欄から天守閣最上階の中に入って貞為に返事を返した。


「分かった。直ぐに行く。」


 秀高の返事を受けた貞為は黙したまま首を縦に振って頷き、側衆筆頭である継意と共に秀高を連れて天守閣最上階の階段を降りて本丸御殿へと向かって行った。その頃、秀高が向かう本丸表御殿の大広間には徳川家康(とくがわいえやす)浅井高政(あざいたかまさ)をはじめとする幕府従属の諸大名達が譜代・外様の隔てなく参集しており、一同は大広間の上段に秀高が登壇するのを今か今かと待ち構えていた。やがてその大広間の中に太鼓の音が鳴り響き、秀高が登壇する事を察した諸大名達は一斉に頭を下げて秀高を迎え入れ、太鼓の音が鳴り終わったと同時に上段の上座に秀高が腰を下ろすと、家康は頭を下げたまま諸大名を代表して秀高に新年を賀す言葉を送った。


「上様。新年あけまして、おめでとうございまする。」


「おめでとうございまする!!」


「…面を上げてくれ。」


 この秀高の言葉によってようやく諸大名達は一斉に頭を上げて上段の秀高を視界に収めると、秀高は大広間の下段に勢揃いする諸大名達の顔を一通り見まわした後に、諸大名に向けて新年の言葉を送った。


「昨年畏れ多くも朝廷より将軍職を拝し、そしてまた新たな一年をこうして諸大名と迎えることが出来る事を、この秀高心よりうれしく思う。昨年は畠山(はたけやま)家改易という幕府にとっては難局を迎えた年であったが、天下の為を思えばそう易々と手を抜くわけにもいかない。今年もより気を引き締めて天下の差配を行って行くつもりだ。」


 秀高のこの言葉を、特に外様の大名である荒木村重(あらきむらしげ)別所安治(べっしょやすはる)、それに内藤宗勝(ないとうむねかつ)松永久秀(まつながひさひで)らは険しい表情で聞いていた。何しろ前年の畠山輝長(はたけやまてるなが)改易は外様の諸大名達に大きな衝撃を与えており、それが目の前の秀高から発せられる言葉に妙な説得力を持たせていたのも事実であった。そんな秀高は諸大名達を真っ向から見据えながら強い語気を込めて言葉を続けた。


「ついては諸大名も昨年より引き続き、領内の統治に専念し民心を安んじつつ、いずれ来たる東国や西国との戦いを行えるよう手はずを整えてもらいたい。良いか?」


「ははーっ!!」


 その言葉を受けてから家康をはじめとする外様・譜代の諸大名達は一斉に頭を下げ、秀高の意向に従うことを表明した。これを見た秀高は首を縦に一回振った後、諸大名達が頭を下げたままの姿勢を確認してから一言、言葉を発した。


「役目大儀。」


 そう秀高が発した後に秀高はスッと上座から立ち上がり、そのまま鳴り響く太鼓の音の中を颯爽と進んで上段から降りて大広間を後にしていった。やがて秀高が退出した後に諸大名達は頭を上げて、各々ぞろぞろと大広間から控えの間へと歩を進めて下がって行く中、村重は歩きながら背後の大広間の方を振り返りながらポツリと呟いた。


「やれやれ、秀高殿もお人が変わったように思えるわい。」


「如何なされた村重殿。」


 これに反応したのは、播磨御着(はりまごちゃく)城主にして西播磨(にしはりま)二十七万三千石を領する小寺政職(こでらまさもと)の名代として年賀拝礼に赴いた姫路城(ひめじじょう)の城代家老・小寺官兵衛孝高こでらかんべえよしたかである。官兵衛と村重は互いに知己であったために官兵衛が村重の言葉に反応すると、村重は隣に立つ官兵衛の方を振り向いてから先程の言葉の続きを発した。


「同じ大名であった時には互いの利益を尊重し、義侠心も備わっているように見受けたが、ああして天下人の座に就いたとたんにどこか素っ気なくなりおった。」


「致し方あるまい。天下人になったからには今まで通り振る舞う訳にも行くまい。」


 と、村重の前を進んで歩いている東播磨(ひがしはりま)二十六万九千石を治める播磨三木(はりまみき)城主の別所安治(べっしょやすはる)が村重に背を向けながら諭すような言葉を送ると、この安治の言葉を聞いた官兵衛が同じく村重を諭すような言葉をかけた。


「如何にも。私情を差し挟まずに見れば今の天下を治めうるは上様を置いて他にはござりませぬ。」


「分かっておるわ孝高!じゃがのう…。」


 安治と官兵衛からの諭しを受けた村重は声を上げて返答すると、その後に歩きながらやや下を俯いた後に前年起こった畠山家改易の事を踏まえて自身の中の不安を吐露した。


「あれほど友誼のあった輝長殿の畠山をあっさり改易した所にどこか恐ろしさを感じるのじゃ。いずれその刃がこちらに向かねば良いのだがな…。」


 この村重の不安を、それぞれ耳を傾けて聞いていた官兵衛と安治は言葉も発さずにただ前を見つめて控えの間へと歩いていった。こうした村重をはじめとする諸大名達の中には先の畠山家改易によって幕府が友誼などを考慮せずに改易を実行する事に怖れを抱いているものの、強大な国力を持つ幕府の前には従うしかないという現実を前にしてそれぞれの胸にある野心を押さえつけている様子が、村重たちの後を歩いている家康にも目に見えて分かっていた。するとそんな家康に対し後方から幕臣の堀尾泰晴(ほりおやすはる)が近づいて家康に耳打ちで用件を伝えた。


「徳川殿、諸大名がほぼほぼ退出した後に書斎へお越しあれとの命にございます。」


「…承知した。」


 泰晴の耳打ちを受けた家康は言葉を抑えて返答を返した。家康は諸大名達の退出を確認した後に秀高の命で書斎へと足を運ぶ手はずとなっており、同時にそれは大広間から退出した秀高にも側衆筆頭の継意が伝えていた。


「…上様、既に徳川殿、浅井殿、細川殿にはこの後、上様の書斎へお越しになるよう伝えておりまする。」


「うん。義秀(よしひで)信頼(のぶより)、それに在府の重臣たちも書斎に足を運ぶよう伝えてくれ。」


「ははっ。」


 秀高が家康や高政、それに細川真之(ほそかわさねゆき)などの諸大名の中でも親藩(しんぱん)格の待遇を与えている諸大名を呼んだのには訳がある。それは幕府草創をした秀高にとって、目下の課題でもある難敵の討伐の為であったのだ。秀高は継意から言葉を聞いた後にそのまま奥の裏御殿へと下がって昼の休息を取った後、再び表御殿に赴いて家康らが待つ書斎へと向かったのである。





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