表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
551/556

1573年9月 諸宗寺院法度



文禄元年(1573年)九月 尾張国(おわりのくに)名古屋城(なごやじょう)




 文禄(ぶんろく)元年九月八日。先月に起こった「高屋騒動(たかやそうどう)」による畠山(はたけやま)家の改易によって畿内(きない)の勢力図は大きく変動した。河内(かわち)越中(えっちゅう)紀伊(きい)の三ヶ国の守護として室町幕府(むろまちばくふ)の中で重きをなしていた畠山家がこの一件で改易された事により、それまで畿内では山城(やましろ)和泉(いずみ)の二ヶ国のみが高秀高(こうのひでたか)を将軍とする名古屋幕府(なごやばくふ)の勢力圏であったが、この一件によって河内・紀伊が名古屋幕府の影響下に収まり、畿内における幕府の権勢はより強まる結果となった。




 そして畠山家の所領二ヶ国の収容を確認した秀高は直ちに重臣たちを二ヶ国に配置した。即ち美濃烏峰(みのうほう)城主・森可成(もりよしなり)は紀伊和歌山(わかやま)に新規築城の上で紀伊一国三十九万八千石を領する家中最大の大身譜代の一人となった。その空いた旧可成の所領九万八千石には美濃勝山(みのかつやま)城主である仙石久盛(せんごくひさもり)が入り譜代大名の一人に取り立てられた。一方、河内は北部の七郡十四万四千石は幕府の直轄領として収まり、そして南部にある高屋城(たかやじょう)を中心とする十郡十二万一千石は本来、秀高が(みやこ)にて活動していた際に本国・尾張の統治に当たっていた山口盛政(やまぐちもりまさ)に与えられる予定であった。しかし盛政はここ数ヶ月前より病に伏せるようになって取り立てを辞退。その代わりに盛政はかつて自身が養育した亡き山口重俊(やまぐちしげとし)の子である山口重勝(やまぐちしげかつ)に高屋十二万一千石を与えるよう進言し、尚且つ幼い子の竹丸(たけまる)を重勝の養子として入れさせここに秀高家老の山口家は、重勝のもとに統合されて河内高屋を領する譜代大名に列することとなったのである。




————————————————————————




 そしてそれらの事後処理が終わった後のこの日、名古屋城の本丸表御殿にある秀高の書斎には、側衆(そばしゅう)筆頭として仕える三浦継意(みうらつぐおき)が一室の中に控える中で幕府重臣である家老の山口重勝と森可成、そして寺社政策の顧問として幕政に加わっている玄以(げんい)こと徳善院玄以(とくぜんいんげんい)も列して一つの議題について話し合っていた。旧室町幕府(むろまちばくふ)の頃より個別に同盟を結んでいた本願寺(ほんがんじ)派をはじめとする各寺社への統制政策である。


石山本願寺(いしやまほんがんじ)をはじめとする各地の寺社には、今でも少なからず僧兵が寺社の警備を名目に養われており、特に本願寺派に関して言えば僧兵が信者と一揆衆を組んで大名権力に匹敵するほどの権力を有しておりまする。」


「それに古来より続く古刹の中には僧兵を抱えたことによって、現地の大名や豪族に民の要望という形で口出しできるほどの寺院も存在しており、それが大名による領国統治の妨げとなっております。」

 書斎の間の上段に置かれた机に両腕をつく秀高に対して、下段に控える可成と重勝が順々に言葉を発すると、その二人の言葉の後に継意が上段の秀高の方を振り返って秀高の寺社に対する思想を踏まえて発言した。


「上様はかつての室町幕府の頃より寺社が僧兵を擁し、それを笠に着て横暴に振る舞うのを嫌っておられました。先の興福寺(こうふくじ)延暦寺(えんりゃくじ)といった古刹との戦いを経験された上様にとって、寺社の統制は欠かせぬ政策でもありましょう。」


「…そうだな。」


 そう言うと秀高は机の上に積まれてあった書物に視線を向けながら、数百年前から続く僧兵と寺社勢力との歴史を踏まえながら今回の法度制定の理由を可成たちに向けて語った。


応仁(おうにん)の乱から始まった戦国乱世において、寺社勢力は僧兵を擁して大名や将軍家と度々対立を重ねてきた。しかしこれから先の時代は、僧侶は仏法に従い粛々と仏の道を精進するべきであると考えている。世俗に関わり余計な混乱を招くのは仏法の教えに背くものじゃないか?」


「如何にも。」


 秀高の意見に力強く賛同する様に玄以が首を縦に振って頷くと、秀高は玄以を一目見てニヤリとほくそ笑んだ後に、再び視線を下段に控える一同へ向けなおしてから改めて宣言するように言葉を続けた。


「そこで幕府としては先の武家諸法度(ぶけしょはっと)に続いて、寺社に対する法度である「諸宗寺院法度しょしゅうじいんはっと」を制定し、これら寺院勢力に制限をかけようと思う。これに関して何か意見のある者があったら容赦なく言ってくれ。」


「然らば、言上仕りまする。」


 と、秀高から発言を促されて即座に名乗りを上げたのは、他でも無い玄以であった。玄以は一歩前に出て下段に控える一同の視線を集めると、上段の秀高に向けてこの諸宗寺院法度の施行における一つの懸念事項を口に出して語った。


「寺院諸法度の制定において、(もっぱ)ら気掛かりとするは何と言っても一向一揆(いっこういっき)の主導的な位置にある本願寺派への配慮にございましょう。本願寺派の門主である顕如(けんにょ)殿は九条家(くじょうけ)の猶子でもあり、それらを背後にして一向一揆の正統性を保持しておりまする。もし幕府が本願寺派に法度への順守を促す際に対応を間違えれば、畿内一帯に一向一揆の火が燃え上がるのは必定にございまする。」


「うん。その言葉は至極(もっと)もだ。」


 数年前の室町幕府が実施した畿内(きない)五ヶ国に対する刀狩令(かたながりれい)によって、石山本願寺がある摂津(せっつ)をはじめとする農村部や寺院から刀をはじめとする武具は全て没収されており、その地方での一揆発生は低くはなったものの、依然石山本願寺そのものには数千に上る僧兵が養われており、それだけでも一向一揆を起こせばそれに信者が付随し、双方に大きな損失が産まれる事は予想できる自体であったのだ。


「そこでこの際、幕府は一向宗…即ち本願寺派の事を公認して寺領の不可侵並びに一定の布教を認め、幕府や諸大名相手に一向一揆を容易に起こせぬ状況にするのです。」


「なるほど…本願寺派に()を与えるわけだな?」


 玄以が提案したのは、それまで他の仏教の宗派からやや煙たがられていた本願寺派を幕府が公認し、他の寺院と同様に庇護する事を認めるという「飴」の政策であった。この言葉を聞いて可成が相槌を打つように言葉を発すると、それを聞いた玄以は首を縦に振って頷いた。


「如何にも。それと並行するように我らが「()」として諸宗寺院法度を制定すれば、本願寺派は一揆を扇動できる力と背景を失い、その権力は他の寺院と変わらぬまでに大きく削減されることでしょう。」


「飴と鞭、か。」


 玄以の考えを上段の机に両肘を置いて聞いていた秀高は、呟くようにこう言葉を発した後に暫くその場で考え込んだ後、顔を上げて下段の一同に視線を向けながら首を縦に振って頷いた。


「良いだろう。ならば本願寺派には幕府から一定の布教や不可侵を公認し、奴らが幕府や諸大名に一揆を引き起こす大義名分を無くす。玄以、お前は相談役として中老(ちゅうろう)や家老と話し合い、諸宗寺院法度の原案を作成してくれ。」


「ははっ。しかと承りました。」


 玄以は秀高からの命を受けると頭を下げて承諾の意を示した。ここに玄以はこれから始まる寺院諸法度の制定に相談役として関わり、幕府家老や中老との話し合いに参加して寺院に対する統制策を煮詰める作業に加わることになった。


「殿、それともう一つ宜しゅうございますか?」


「あぁ。存分に言ってくれ。」


 と、頭を下げていた玄以が頭を上げた後に重勝が言葉を挟んで秀高に意見を具申し、秀高がこれを受け入れると重勝は寺院諸法度制定に関する一つの事項を秀高に向けて進言した。


「この寺院諸法度の制定に関連し、幕府の直轄領や各国の領内にある各寺院の寺領を検地帳に基づき、朱印状を発行して知行を安堵させるのは如何で?」


「そうだな…寺院にも知行を書き記した朱印状を発行すれば、いくら古刹の寺院と言えど出費がかさむ僧兵を抱えておけなくなるだろう。よし重勝、その事を家老とよく話し合い実行に移してくれ。」


「ははっ!」


 こうして幕府は次なる一手として寺院に対する統制政策の制定を開始。この日より名古屋に在府する幕府家老や中老が合議を重ねて法度の内容を吟味。やがて吟味を終えた家老たちは将軍・秀高に法案を奏上して秀高の決裁を得たことによって正式に法度発令の運びとなったのである。それは法度の制定開始から僅か二ヵ月後の十一月に入ってからの事であった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ