1573年6月 将軍宣下
文禄元年(1573年)六月 山城国伏見城
そしてそれより数ヵ月後の六月二日。ついに伏見城において将軍宣下の式典が執り行われた。高秀高は衣冠束帯という正装に身を包んで本丸表御殿の大広間に赴き、上段の席にて下段に控える勅使・三条西実澄と副使の中御門宣教から勅状が読まれた。勅使の背後に大高義秀夫妻と小高信頼夫妻、並びに三浦継意や森可成ら譜代の重臣たちが居並ぶ中で勅使の正使である実澄が上段にてどしっと威厳たっぷりに座す秀高に向けて将軍宣下の辞令を読み上げた。
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権大納言兼右大将源朝臣秀高
右中弁藤原朝臣宣教伝へ宣り
大納言藤原朝臣実澄宣る
勅を奉るに、件人宜しく征夷大将軍に為すべし者
文禄元年六月二日 大炊頭兼左大史算博士小槻宿禰朝芳奉る
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この優雅かつ威風漂う辞令を上段の秀高、そして下段で勅使の背後で耳にした義秀ら家臣たちは緊張した面持ちで聞き入っていた。この辞令によって正式に高秀高を将軍とする新幕府が発足。およそ二十年前にこの世界に飛ばされた現代人が、巡り巡って武家の頂点に立った瞬間でもあった。後世、ここに「名古屋幕府」が正式な産声を上げて誕生した瞬間として記録されることになるのである。
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その翌日には諸大名からの祝賀御礼を伏見城の本丸表御殿で受け、それらの祝賀御礼を受けた後に秀高は将軍として諸大名らに対し宣言を行うべく大広間の下段に勢揃いさせると、直垂にそれぞれの家紋を刺繍した諸大名に向けて上段から言葉を発した。
「この度、畏れ多くも朝廷より将軍宣下を受け、これを拝命し将軍職の座に就いた。諸侯には以前と変わらぬお引き立てをお願いしたい。」
「千秋万歳!おめでとうございまする!」
「おめでとうございまする!!」
大広間の上段に将軍宣下の時と同様に衣冠束帯の姿で座している秀高の言葉を受け、下段の間に正面を向いて座している諸大名の中から先頭の位置に座っている徳川家康が諸大名に向けて音頭を取るように祝賀の挨拶を述べた後、松永久秀や畠山輝長を筆頭とする諸大名をはじめ、大高義秀や小高信頼ら高家直参の大名達も合わせて秀高に祝賀の挨拶を述べた。この皆々の挨拶を上段で受けた秀高は、首を縦に振った後に諸大名に向けて言葉を続けた。
「この秀高、将軍職に就いたからには義輝公の遺志を継ぎ、天下平定を成して日ノ本に平穏を招いてみせる!それに際して諸侯には心しておいてほしい事がある。」
秀高が諸大名に向けてこう言葉を発した後、諸大名が下げていた頭を上げて上段に座す秀高に視線を合わせた後、それを確認した秀高は諸大名に対してある宣言を発した。
「新たな幕府は当家中心による幕政を軸とする!諸大名は当方が行った検地に基づく知行安堵の朱印状を発行し、それによる一円の所領統治のみを認める。よって鎌倉の御世以降、武士の基盤の一つとなっていた全国の守護職を正式に廃止する!」
「なんと…!?」
この瞬間、秀高は鎌倉幕府の頃より武士の在地権力の証明であった守護職の正式な廃止を宣言。これは守護職として領国一円を統治していた守護大名にとっては大きな打撃と言うに他ならなかった。そしてその宣言は同時に今までの室町幕府が命じていた国持衆・御相伴衆といった役職の廃止をも意味しており、諸大名は大きな方向転換をした秀高に対し畏怖と困惑を抱き始めていた。
「同時に今、ここにいる諸侯の中には、今までの室町幕府にて要職に与っていた者もいるであろうが、これからの幕府は諸大名による合議制ではなく、当家の重臣たちによる合議制を敷く!」
「…」
秀高が久秀ら諸大名に向けて発したこの宣言により、足利義輝の康徳体制で確約されていた諸侯衆による合議制は廃止されて、高家の譜代大名を中心に据える宣言を聞いた諸大名達は一気に幕府の中心から排除された事に驚きいっていた。それらの感情を居並ぶ高家以外の諸大名達の表情で読み取っていた秀高は、上段から威風堂々と諸大名に対して選択を突きつけるかのような発言を述べた。
「もし、この体制に僅かでも不満がある者は遠慮はいらない。即刻領国に戻り戦支度を整えるが良い!この高秀高、幕府軍を率いて相手してやろう!」
「…その儀には及ばず!!」
秀高が諸大名に対しふるいにかけるような発言を述べたその直後、諸大名の中から一人の大名が立ち上がり秀高の宣言に反論した大名がいた。何を隠そう三河・遠江・駿河の三ヶ国を有する大大名の徳川家康その人であり、家康はスッと立ち上がった後に上段の秀高を背にして諸大名の方を振り向き、未だ迷いに迷っている諸大名達に向けて言葉を発した。
「秀高殿は大樹(将軍)になられて日も浅い。すぐさま強権を振るうは見苦しいという物にござる。その様な汚れ仕事はこの徳川家康が承る!」
この言葉を上段の位置で聞いていた秀高は表情を崩さずにキリっとした表情で諸大名を睨み付けるような眼光を送っていた。その様な眼光を背後で感じつつ、家康は迷いを見せた諸大名に向けて問い詰めるような発言をして威圧した。
「諸大名は秀高殿こそ次代の将軍に相応しいと判断し擁立したはずであろう!その秀高殿が為す道こそ新しき天下静謐の道である!それを理解できず、かつての利権に固執し秀高殿に歯向かうというのであれば、この家康が徳川全軍を率いて相手致そう!」
「この浅井高政も、家康殿の御考えに賛同いたす!」
家康の言葉に賛同するように、浅井高政が声を上げて発言すると同時に隣にいた小少将の叔父にあたる細川真之が黙したままこくりと頷いて答えた。この徳川・浅井・細川という秀高と親しいかつ大大名の三家が賛同する意向を見せたことにより、外様の諸大名の中にあった蟠りは釘を刺されたかのように静まっていったのであった。その静まりを確認した秀高は、諸大名の顔色を窺った後に首を縦に振って頷いた。
「…うん。皆異存は無いようだな。心意気を告げる為とはいえ、試す様な物言いをして申し訳なく思う。」
そう言うと秀高は家康が再び秀高の方を振り向いて座り直した後に、諸大名に向けて一回頭を下げた。それを見た諸大名が呆気にとられるように見つめると、秀高は頭を上げて自身の中にある意思と存念を語った。
「だが、この俺が天下平定に向けての気持ちに嘘偽りはない。これから世の中は大きく変わるであろうが、それでも諸侯はこの秀高を…いや、この産まれたばかりの幕府を見捨てず、共に天下泰平の為に尽力してほしい!良いか!」
「ははっ!!」
ここに外様と目された松永・畠山ら諸大名は秀高への従属を誓う様に深々と頭を下げ、これによって秀高は正式な武家の棟梁として諸大名から認められた形になったのであった。その後、本丸表御殿内にて将軍就任を祝う諸大名歓待の宴席が設けられ、中庭に臨時で設けられた能舞台で能役者たちが上品な能の舞を、参列する諸大名達に向けて演じてみせたのであった。
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「始まったな。お前の天下が。」
「あぁ。先ほどは嫌な役回りを引き受けてくれて感謝する。」
「何を申すか。」
その夜まで続けられている将軍就任を賀す祝宴のさなか、秀高は家康…口羽善助通朝と二人きりで大広間から離れた本丸御殿にある釣台に足を運び、その場で秀高が先ほどの家康の振る舞いを感謝する言葉を述べた。そう、先に千宗易から秀高が助言された内容こそ、家康に諸大名への釘刺しを頼み込むべしという事であり、それを今日、将軍隣席の場で行った家康は微笑みながら秀高に返答した。
「そちらから申し出を受けたわしは、元の世界で徳川家光将軍就任に際して伊達政宗が発言したやり取りを踏まえてやったのだ。これで諸大名が幕府への反抗に二の足を踏んでくれるなら、やった甲斐がある物だ。」
「そうか…。」
善助は徳川家康として宣言した内容で諸大名の抑止に効果があるとは確証を持てなかったものの、万が一の際に動くことに嘘偽りはなく、秀高は改めてその場で善助と固い握手を交わし今後の協力を誓い合った。すると、その釣台の場に祝宴の席を抜けて来た浅井高政がやってきて秀高と家康の姿を見かけて話しかけた。
「おぉ、これは家康殿に上様。」
「上様…か。何とも肩の張る呼び方だな。」
「ふっ、何を申されるか。」
善助は高政が現れたことによって「家康」の振る舞いに戻した上で秀高に言葉を返すと、その場に現れた高政と視線を合わせつつ秀高に向けて自身の存念を語った。
「これからは貴殿の一挙手一投足が幕府の行動になるのでござる。この家康、親藩格の待遇を与え下さったからには誠心誠意、幕府の為に働きますぞ。」
「この浅井高政も、家康殿と同義にござる!上様!何卒事が起こった時はこの浅井家を御頼りくだされ!!」
「お二方…そのお言葉、感謝する。」
秀高は家康・高政から協力を誓う言葉を受け取ると、家康や高政と固い握手を交わした後に外の方を振り返り、煌々と輝いている満月を見つめながら今後の展望に思いを馳せたのであった。時に文禄元年。未来からやってきた一人の現代人は今、武家の頂点たる征夷大将軍に就いて自らの思想を込めた幕政を執り行おうとしていたのであった…。




