1573年4月 子供たちへの訓戒
文禄元年(1573年)四月 尾張国名古屋城
四月下旬、高秀高は名古屋城本丸裏御殿の居間にて正室の玲・静姫たちに息子の高輝高や高秀利、それに元服前の友千代ら子供たちを勢揃いさせ、脇には乳母も務めた徳や侍女の蘭たち控えさせた中で秀高は居間の上座から玲たち正室に向けて改めて報告をした。
「一昨月、大高義秀・華夫妻の三つ子姉妹と輝高、秀利、そして友千代との正式な婚姻によってこの城に三姉妹がやってきた。ここで皆には改めて紹介しておこうと思う。春香、美香、和香。詩姫たちや子供たちに挨拶してくれ。」
上座に座る秀高から居間の中にいる秀高の縁者たちへの挨拶を促された大高三姉妹は、春香を先頭に丁寧な所作で頭を下げた後に、詩姫を始めとする秀高の正室たちや幼い子供たちに向けて順々に自己紹介をした。
「大高義秀が長女にして輝高さまの正室になりました、春香にございます。」
「秀利さまの正室になりました、美香にございます。」
「和香と申します。友千代さま元服の後に正式な正室としてお支え致す覚悟にございます。」
「これはまぁ…お三方、おめでとうございます。」
「おめでとうございます。」
春香ら大高三姉妹の丁寧な挨拶を受けた詩姫は三姉妹に対して祝賀の言葉を述べ、その後に同じ秀高正室の小少将や春姫が口をそろえて詩姫同様に祝いの言葉を三姉妹へ返した。するとそのやり取りを見た後に秀高は脇に控えていた玲や静姫と一回視線を合わせた後に、表情をキリっと引き締めてからその場の皆に向けて宣言するような口調で語った。
「大高義秀の三姉妹と輝高ら三人の婚姻は単なる親戚同士の繋ぎ合いではない。これから生まれる幕府において特にこの三人には重要な役目が課せられることになる。」
「重要な役目、ですか?」
小少将が秀高の発した発言にオウム返しをして聞き返すと、事情を知っている玲や静姫が黙してその場の会話に耳を傾けている中で、上座に座している秀高は詩姫や小少将、それに春姫に向けて、改めて秀高の上の子供たち三人に課せられた役目を発表した。
「今後、将軍職の跡目を継ぐのはここにいる輝高とその血筋であるが、もし万が一に輝高の血筋…いわば将軍家直系の血筋が絶えた時、将軍職の後釜を継ぐのはこの秀利の血筋、並びに友千代の血筋から生まれた男子が跡を継ぐ物とする。」
「それは…。」
秀高がその場にいる自身の妻や子供たちに告げた内容。それは将軍家の跡継ぎに関する内容であり、輝高・秀利・友千代の三人の血を継ぐ者のみに将軍家相続の権利が与えられ、同時にそれはそれ以外の秀高の子供たちに相続の権利が消滅したという事だった。これを受けて大きく驚いていたのは玲と静姫以外の詩姫ら三人の正室たちであり、秀高は詩姫同様に輝高・秀利・友千代の背後にいて中には驚き顔をしている幼い子供たちや詩姫ら三人の正室をぐるりと見回しながら、その意図を納得させるように説得した。
「これは、輝高や秀利、友千代以外の子供たちを阻害する意図はない。むしろ将軍家を継げるのはこの三家のみとし、他の子供たちには一切の野心を捨てて、親藩として幕府の屋台骨を支えて欲しいんだ。」
「良いかしら小少将、それに詩姫や春姫。これは非情な決断に聞こえるかもしれないけど幕府の為には致し方のない事なのよ?事実、私が産んだ静千代は元服後に父の家系…山口家の祭祀を継いで将軍職候補からは外れる手はずになっているわ。」
「静千代さまが…。」
事実、第二正室である静姫が産んだ静千代は産んだ時から亡き山口教継・山口教吉父子の跡を継ぐ事が決まっており、それは第一正室・静姫が産み落とした三人の子供たちに相続権が与えられていることの証左でもあった。その事を聞いてまだ動揺を隠しきれていない様子の三人に対して、静姫は自身の感情を吐露しつつ更なる説得を重ねた。
「私だって子供に将軍職を継がせたいという野心が無いわけではないわ。でもね、そんな野心はこれからの未来には必要ないのよ。その為にも詩姫、それに小少将と春姫には秀高の決断を十分に理解して、子供たちに念を押すようにその事を諭すのよ。良いわね?」
「…はい、畏まりましたわ。静姫さま。」
「詩姫様…。」
静姫の吐露とも言うべき説得を聞いて、三人の中で早く納得したのは詩姫であった。前将軍・足利義輝の妹でもあり義輝の葬儀の喪主を務めた詩姫がいち早く納得した事に小少将が言葉を詩姫にかけると、詩姫は言葉をかけてきた小少将の方をちらっと見た後に、上座の秀高に向けて納得した事を示す言葉を発した。
「それが将軍家の…いや、日ノ本の為になるのであればこの詩姫、子供たちに言って聞かせましょう。」
「…この春姫も、詩姫様のご意向に従いましょう。」
詩姫に続いて春姫もその意向に従う事を玲・静姫や秀高に向けて表明すると、最後に残った小少将は自身の心に踏ん切りをつけた後、目の前にいる秀高に向けて私心を滅して天下の大義に従う旨を表明するように頭を下げた。
「分かりました。この私もこれ以上の強情を止め、謹んで殿の意向に従いまする。」
「そうか…ありがとう、三人共。」
ここに詩姫ら三人の同意を得た秀高は、背後にいた静千代以下子供たちに目をやると各々どこか納得したかのような表情をしているのを見て、安堵した秀高はそれまでの話題を切り替えるようにして輝高ら子供たちに向けて二ヵ月後に迫った将軍宣下の話を切り出した。
「さて、暗い話はここまでにして、いよいよ六月には朝廷より将軍宣下の使者が来る!それによっていよいよ幕府始動の狼煙が上がることになる訳だ。」
「いよいよだね。秀高くん。」
秀高に対して玲が賛同するような言葉を述べると、それに秀高は首を縦に振った後に視線を目の前に座している輝高ら子供たちの方を振り向き、次世代を担う子供たちに向けて鼓舞するような言葉をかけた。
「あぁ。輝高!秀利!友千代!それに静千代をはじめ子供たち皆も、これからの時代はやがてお前たちが創っていくことになる!その時には誠心誠意、二心を無くして将軍家や日ノ本のために働いてくれ!」
「ははっ!!この秀利、喜んで兄のために働いて見せましょう!!」
「この友千代も、お働き致します。」
子供たちの中で前の位置に座っている秀利、それに友千代が言葉を発して父・秀高や長兄・輝高に自負を語ると、それを受けた秀高は二人の弟の言葉に耳を傾けていた輝高に弟たちへの発言を促した。
「輝高…お前からも何か弟たちに言葉をかけてやれ。」
「はっ…皆、これからは兄弟合わせて天下のために働くことになる!父上や母上たちの意思に必ずや応え、日ノ本の安定と発展に尽力していこうぞ!」
「ははっ!!」
長兄・輝高からの言葉を受けた背後に並ぶ弟たちは、静千代を筆頭にして勇ましい返事を上座の秀高まで聞こえる声で発した。それを聞いた秀高は輝高同様に嬉しく思う言葉を脇に控えていた乳母の徳の方を振り向きつつ発した。
「うん。それを聞けてこの秀高も心が震えるようだ。なぁ徳?」
「はい…この私も養育してきた甲斐があるという物ですわ。」
高秀高への将軍宣下は、次なる世代に向けた足掛かりに過ぎなかった。秀高は次世代に平和になった日ノ本を託すべく、より一層の奮闘と不安要素の排除を心に誓った。それはこの後、秀高を宿敵と付け狙う上杉輝虎や織田信隆などに対する苛烈な戦いぶりがそれを証明するものとなったのである。