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1572年10月 天下の主へ



康徳六年(1572年)十月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 二十七日の正午、京の等持院(とうじいん)の周りに立っている京の町衆が見守る中、室町幕府(むろまちばくふ)十三代将軍・足利義輝(あしかがよしてる)の葬儀がしめやかに執り行われた。この葬儀には朝廷より勅使が派遣され、朝廷も皆一様に将軍の死を悼んだ。葬儀は本堂にて導師・希庵玄密(きあんげんみつ)による読経と戒名の授与がなされ、極楽浄土への引導を渡した。この時授けられた戒名は「光源院融山道圓こうげんいんゆうざんどうえん」。やがて本堂での儀式が終わると喪主である高秀高(こうのひでたか)と参列者一行はそのまま埋葬の場所となる相国寺(しょうこくじ)へと向かい行列を組んで徒歩で進行。その道中、戒名が書かれた位牌を秀高が両手で持ち、脇には詩姫(うたひめ)が白の喪服を身に纏って亡き兄の事を悼むように悲哀の表情を見せていた。そして相国寺境内の墓地へと付いた秀高一行は玄密が読経を上げる中で棺桶を土の中に埋葬した。この時、京の町衆たちは埋葬の際に棺桶から香木由来の甘い香りが漂い、葬儀を目にする事は出来なくとも義輝が埋葬された事をその匂いで知ったのであった。


 その葬儀の間、喪主である秀高は詩姫たちと共に、墓地に義輝の棺桶が埋葬される様子をじっと見つめていた。それは自身が天下を一身に背負い、亡き義輝が果たせなかった遺志を継ぐという覚悟をその場で改めて決めていた。やがて相国寺から葬儀場である等持院へ行列が帰還した所で葬儀は全て滞りなく終わり、秀高は等持院の山門で参列した諸大名の見送りに立った。




「秀高殿、喪主の御務め、見事にござった。」


「これは久秀殿、それに宗勝殿。」


 義輝の葬儀が行われた等持院の山門前で、秀高は久秀と宗勝からの挨拶を受けていた。秀高の背後に詩姫や(れい)静姫(しずひめ)小少将(こしょうしょう)春姫(はるひめ)といった正室たちや大高義秀(だいこうよしひで)(はな)夫妻、小高信頼(しょうこうのぶより)(まい)夫妻が立っている中で、久秀は宗勝と共に秀高に挨拶を述べた。


「秀高殿、この久秀は貴殿に従った身である。必ずや貴殿の天下統一をお支え致す。」


「この宗勝も兄同様の意見じゃ。宜しく頼み申すぞ、秀高殿。」


「はい、お二方とも、ありがとうございました。」


 久秀は宗勝と共に秀高からの挨拶を受けた後、そのまま山門を潜って去って行った。その後、別所安治(べっしょやすはる)荒木村重(あらきむらしげ)に小少将の叔父である細川真之(ほそかわさねゆき)、それに小寺政職(こでらまさもと)の名代である小寺官兵衛孝高こでらかんべえよしたか、そして波多野元秀(はたのもとひで)の代理として来訪している波多野秀治(はたのひではる)等の諸大名達とあいさつを交わし、そのまま山門にて見送った。それら諸大名の後に現れたのは秀高と血縁関係になっている徳川家康(とくがわいえやす)浅井高政(あざいたかまさ)の両名であった。


「徳川殿、浅井殿。今日は参列してくれてありがとう。」


「いえ、我らと秀高殿の縁なれば、参列するのが筋という物。」


「如何にも。秀高殿の天下統一、我らもお力をお貸しいたしますぞ。」


 秀高の挨拶を受けた家康と高政は交互に挨拶を述べた後、秀高は挨拶をくれた高政の方を振り向いてあることについて触れた。


「高政、聞けば数日前に景隆(かげたか)殿が亡くなったと聞くが?」


「はっ、その折には義父上(ちちうえ)からも弔問の使者を下さり(かたじけな)く思いまする。」


 この葬儀より去る数日前の十月二十三日、浅井家の京留守居役で伏見城(ふしみじょう)攻防戦に病身を押して参陣した安居景隆(あぐいかげたか)が薬石効なく病没した。これを聞いた秀高は伏見城の守将であった三浦継意(みうらつぐおき)を弔問の使者として送りその菩提を弔った。高政はこの気遣いに対して改めて秀高に感謝を述べると、言葉を続けて秀高に自身の意気込みを語った。


「義父上、景隆の子である安居景健(あぐいかげたけ)は先の伏見城攻防戦で戦功を立てた将にて、どうか景健や亡き景隆の奮戦に報いるよう、義父上には浅井家の事をお頼み申し上げます。」


「あぁ。きっと浅井家、それに徳川家の事は末代まで大事にするぞ。」


 秀高に頼み込んできた高政の情熱に胸打たれたように、秀高は高政とその場にいた家康に向けて言葉を返した。これを聞いた家康はその言葉に黙したまま返事を返し、高政は秀高の言葉に首を縦に振った。その後に家康と高政が去った後に続いて来たのは幕臣たちであり、難を逃れた蜷川親長(にながわちかなが)三淵藤英(みつぶちふじひで)京極高吉(きょうごくたかよし)和田惟政(わだこれまさ)とった面々が秀高に挨拶をして去った後、その場に来たのは細川藤孝(ほそかわふじたか)管領(かんれい)畠山輝長(はたけやまてるなが)であった。


「秀高…此度の葬儀、見事な物であった。」


「輝長殿、それに藤孝殿…。」


 この葬儀において誰よりも将軍・義輝の死を悔いていたのは、自身を管領に取り立ててくれて幕府の中枢に復帰する事の出来た畠山輝長と、幕臣の中でも義輝への忠誠が厚かった藤孝の二人であった。輝長は亡き義輝の事を思って憔悴していたが、目の前にいる秀高に向けて心の中で決めていたことを告げた。


「秀高、上様が亡くなったとなれば最早幕府は崩壊したも同然。今の管領職も何の権威も無い飾りになるであろう。わしは今この場で、管領職と三ヶ国の守護を辞する。」


「輝長殿、何を仰せに!?」


 輝長の申し出を受けて誰よりも驚いたのは、隣でそれを聞いていた藤孝その人だった。もはや室町幕府が形骸化した今では管領職に何の効力も無く、これから発足するであろう秀高が将軍の幕府にその様な役職は必要ないと感じ取った輝長は、目の前で驚いている秀高に対して自身の思いを語った。


「秀高よ、そなたの頭の中にはこれからの世を統べる効率的な方策があるのであろう?古き世に馴染む者はこれからの新しい世に必要ない。わしはただ一介の畠山家当主としてそなたの指示に従おう。」


「…承知しました。輝長殿。」


 秀高は輝長の覚悟とも言うべき言葉を聞くと、言葉をかけてきた輝長の方を振り向いて自身の決意を語った。


「必ずや貴方の思いを無碍(むげ)にはしません。必ずや天下泰平を成し遂げてみせましょう!」


「うむ。期待しておるぞ。秀高。」


「秀高殿、このわしも管領…輝長殿と同様じゃ。」


 輝長の後に言葉を発した藤孝は、秀高の手を取って握手を交わすと秀高の顔をまっすぐ見つめながら、これからの天下の事を秀高に託す言葉を送った。


「上様亡き今、天下を導くは貴殿を置いて他にはない。どうか、上様に成り代わり天下をお頼み申し上げる。」


「ははっ、お任せください。藤孝殿。」


 藤孝からの言葉を受けた秀高は藤孝の手を握りつつ返事を返し、その後に去って行く二人の後姿を玲や義秀たちとともに見送った。その後、葬儀に参列した諸大名からの使者にも挨拶を述べ、それらが全て山門から出た後、導師を務めた玄密が最後に秀高がいる山門の元に現れた。


「玄密殿、読経の方ありがとうございました。」


「いえ、これで亡き上様が浮かばれるのであれば何よりです。」


 秀高より挨拶を受けた玄密は脇導師を務めた玄以(げんい)と共に秀高に挨拶を返した。秀高の背後に詩姫や玲などの女房衆や義秀夫妻に信頼夫妻が、秀高と共に玄密に視線を送っている中で、導師を務めた玄密は秀高に向けて別れ際の言葉を送った。


「秀高殿、これから貴殿が歩まれる道は途方もない苦難の道でありましょう。されど、秀高殿は最早天下の主。何の引け目も無く苦難を乗り越え、この日ノ本に泰平を招来してくださいませ。」


「玄密殿…お言葉、ありがたく思います。」


 秀高は玄密からの言葉を受けて深々と頭を下げると、玄密は玄以と共に扇を持ちながら秀高に向けて手を合わせ、そのまま何も発さずに山門を潜って後にしていった。これら参列した人々や葬儀の導師を務めた玄密を山門で見送った秀高は、最後の玄密が発してきた言葉の単語をその場でつぶやいた。


「天下の主、か。」


「うん。この葬儀を見れば京の町衆は秀高が次の天下人に相応しいと思うに違いないよ。そうすれば将軍宣下も夢じゃないね。」


「あぁ。」


 信頼からその言葉を聞いた秀高は、義秀らを連れて山門を潜って外に出た。そして山門より上の空に広がる青空を義秀たちと共に見つめながら、秀高は心の中で言葉を発した。


(天下…ようやくここまで着いたぞ。信長(のぶなが)。)


 秀高はかつて、織田信長(おだのぶなが)と相対した時に言われた事を思い出しつつ、天空の先にいる信長の御霊(みたま)に向けて呼び掛けるような言葉を送った。この時、秀高と同様に義秀夫妻、そして信頼夫妻もまた青空を見つめており、その背後にいた玲たち正室の面々も秀高の背後にて青空をじっと見つめていた。この時、京の空は雲一つない青空が広がっており、それはまるで秀高らの今後の将来が明るいのを示しているようであった。時に康徳(こうとく)十月二十七日。実にこの世界に飛ばされてから十七年もの歳月を経て、秀高たちの手に天下が転がり込んできたのである…。





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