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1572年9月 虜囚・前田利家



康徳六年(1572年)九月 山城国(やましろのくに)伏見城(ふしみじょう)




 康徳(こうとく)六年九月。山科(やましな)の戦いでの勝利を経て織田信隆(おだのぶたか)足利義秋(あしかがよしあき)ら反乱分子を一掃した高秀高(こうのひでたか)は、一掃した直後から自身が足利義輝(あしかがよしてる)の後継者であることを天下に示すべく、義輝の葬儀を行うべく準備と方策に追われていた。即ち葬儀に関しては義輝の埋葬地選定や葬儀場となる寺院への折衝、のみならず葬儀の行列の服装の調達や義輝の棺桶に入れる香木の木像彫刻といった細かな差配から、片やこの葬儀に幕府従属の諸大名参列を乞うために、戦争状態となっている鎌倉府(かまくらふ)との休戦依頼を朝廷に頼み込むなど、戦が終わった後も秀高やその家臣たちは奔走するように働いていた。


「…ここにいるのか。」


「ははっ。」


 その葬儀の準備等に追われている最中の九月十日。秀高は伏見城代である三浦継意(みうらつぐおき)案内の下、伏見城内にある地下牢に赴いていた。ここを秀高が訪れたのにはある理由がある。それは秀高にとって因縁の相手となっていた一人の捕虜と面会して会話を交わす為であった。


「お前が前田又左衛門利家まえだまたざえもんとしいえか?」


「高秀高…お主がわざわざここに来るとはな。」


 秀高が地下牢に足を運んでまで会いたかった人物とは、尾張(おわり)織田家(おだけ)滅亡後に信隆と共に幼い織田信忠(おだのぶただ)らを連れて落ち延びた前田利家(まえだとしいえ)その人であった。秀高は地下牢の木製の格子(こうし)を隔てて利家と相対し、側に控える継意が用意した床几(しょうぎ)に腰を下ろすと、座り込んでから牢の中にいる利家に向かって言葉を発した。


「尾張を平定して以降、信長(のぶなが)母衣衆(ほろしゅう)の中で名のあるお前が数十年に渡り、信隆を支えて俺に立ち向かってきた。そこまでしてこの俺を倒したいというのは感じたが…利家、それに偽りは無いな?」


「あろうはずもない。」


 宿敵でもある秀高から言葉をかけられた利家は、話しかけてきた秀高と格子を挟んで真正面で向き合い、目の前の秀高へ毅然とした態度で返答した。


「そもそも、わしは信長さまこそ天下人に相応しいと今でも思っておる!そなたに天下人の座は不相応(ぶそうおう)であろう!」


「…不相応、か。」


 この秀高と利家の会話を聞いて脇に控えていた継意が不服そうな顔を見せると、それを察した秀高は目線で継意を宥めつつ、目の前の利家の更なる返答を再び視線を利家に向けた上で受け止めた。


「おう!この前田又左は信長さま第一の家臣!そして信長さま亡き後の覇業を継ぐは、信長さまが信任を置いていた信隆様しかおるまい!」


「…流石は前田又左衛門。織田家への忠節は誰よりも抜きん出ているな。」


 秀高は自身が元居た世界において、前田利家こと前田又左衛門は信長への忠義が厚い人物であることを小高信頼(しょうこうのぶより)から耳にし、尚且つテレビで放映されていた時代劇などでそれを肌で感じていた。これを踏まえていたからこそ目の前の利家の返答を聞いて何一つ変わらない利家の思想にどこか感嘆するような感情を抱いた秀高は、忠義を示した利家に対してそれ相応の言葉を返した。


「安心しろ利家…いや、ここではあえて利家殿と呼ばせて貰おう。俺はお前を家臣に加えたいと思ってここに来たわけじゃない。織田家の、信長や信隆に忠義を尽くす武士にその様な事を言うのは無粋だろう?」


「ならば、このわしの首を取るのか?今となってはこの命、惜しくもなんともないわ!」


 秀高の言葉を聞いた利家が鼻で笑いながら言葉を返すと、秀高は柔和な表情を一切崩さずに強気な態度を示した利家に対して即答するように言葉を返した。


「いずれはその首を()ねる。だがそれはしばらく後の事だ。京や畿内(きない)に潜伏している信隆やその家臣たちの掃討が済めば、捕縛した者達を集めて一斉に処刑する。それまではこの地下牢で我慢してもらう。」


「…信隆様は、必ず逃げおおせるぞ。」


「分かっている。今まで散々逃げられてきたあの女、そう簡単に捕まるとは思っていないさ。それよりも…」


 利家より信隆のしぶとさを示すような言葉を聞いた秀高は、ニヤリとほくそ笑みながら利家に向けて返すと、床几からスッと立ち上がって外の方角を向き、その場に控えていたある武将を利家の視界に収まるように招き入れてから利家に向けて話しかけた。


「今は残り少ない時間を、懐かしい者と話してみたらどうだ?」


「何…!?」


 秀高がこの場に招き入れた武将の姿を見た利家は大いに驚いた。何を隠そうその武将こそ利家が尾張にいた頃より親しくしていた木下藤吉郎秀吉きのしたとうきちろうひでよしこと高浦秀吉(たかうらひでよし)その人であり、利家はサルと呼んでいた秀吉が立派な身なりをしている事に感動する表情を見せてから秀吉に話しかけた。


「サル…秀吉!」


「又左…久しぶりじゃのう!」


 利家から話しかけられた秀吉は、格子を挟んで相対する利家の変わらぬ風貌に瞳を潤ませながら感動すると、秀高より利家の目の前を譲り受けて利家と格子を挟んで相対し、格子の隙間から差し出された利家の両手を取って握手を交わした。すると利家は握手を交わしたとたんに昔の関係に戻ったのか、砕けた口調で秀吉と会話を交わし始めた。


「何だお前…そんなに立派な姿になりやがって…。」


「又左も、相変わらずじゃのう…。」


 尾張が織田家の支配下から秀高の支配下に移行してから13年余りが過ぎ、共に織田家の家臣であった両者の立場は長い年月を経て変化していた。片や信長やその姉の信隆に忠義を尽くし、ただ一途に秀高打倒に執念を燃やした利家と、片や帰蝶(きちょう)の推薦で織田信長の元から、高秀高に仕官して重臣の立場に昇りつめた秀吉。共に古くからの付き合いがあった両者は今、互いの立場を度外視した感動を覚えていた。その光景を見た秀高は継意と共にその場から去り、あえて秀吉と利家の二人きりにして会話を思う存分させた。


「又左、そなたの妻のまつは利久(としひさ)殿が世話をしてくれておる。何事も案ずることはないぞ。」


「そうか…まつには不自由ばかりをさせた。このわしはまつに合す顔が無い。」


「何を申すか!」


 秀吉から正室である「まつ」の事について触れられた利家はそれまでの泰然とした表情を崩し、どこかばつの悪い表情を浮かべながら秀吉に言葉を返した。尾張陥落以降、利家は妻であるまつと離れ離れになっており、その間まつは利家の実兄である前田利久(まえだとしひさ)の元で丁重に保護されていた。利家は秀吉からの反論を聞くや格子から差し出して握手している秀吉の手を強く握り、目の前の秀吉に向けて願いを託すように頼み込んだ。


「秀吉、まつに伝えてくれぬか?「わしの分まで生きて、この先の行く末を見届けてくれ」と。」


「又左…うむ、うむ!承知したぞ!!」


 この利家の言葉を聞いた秀吉は、利家の手を握りながらも瞳に涙を浮かべつつ自身も握手を交わしてその想いを受け取った。秀吉はこの利家の態度から利家本人は既に死ぬ覚悟を決めていると悟り、どこか物悲しく思いながらも気丈に振る舞って利家との会話をこの後も繰り広げていった。一方、その言葉を少し離れた地下牢の出入り口付近で耳を傾けていた秀高は、継意を連れて地下牢から去る途中で継意から言葉をかけられた。


「殿…宜しいのですか?敵に情けをかけるなど。」


「武士の情けって言うだろ?聞いた通り、利家は死ぬ覚悟を固めてる。」


 秀高は先ほどの両者の会話を聞いた上で継意の言葉に返答を返し、足を進めて地下牢から遠ざかりながらそれを踏まえた上で自身の思いを語った。


「だが、せめて最期ぐらいは敵味方を忘れて、懐かしい者達との別れをさせる時間も必要だろう。あれでも一廉(ひとかど)の武士だからな。」


「なるほど…。武士の情け、ですか。」


 秀高の言葉を受けた継意は納得するように深く頷き、そして秀高は継意の言葉を聞いた後に同じように首を縦に振った。織田信隆配下として長きにわたり秀高と交戦した前田又左衛門利家であったが、今、虜囚として伏見城の地下牢で人生の幕を下ろそうとしていた。秀高は憎い敵でありながら一廉の武士として利家の身柄を丁重に扱い、来る最期の時まで利家を伏見城の地下牢に拘束したのであった。





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