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1558年6月 桶狭間前哨戦<二>



永禄元年(1558年)六月 尾張(おわり)国内




「殿!申し上げます!これより先の山道の入り口付近に軍勢を発見!旗印は…高秀高(こうのひでたか)との事!」


 永禄(えいろく)元年六月九日午前。攻撃目標の大野城(おおのじょう)へと向かう葛山氏元(かつらやまうじもと)率いる総勢九千の軍勢の前に、高秀高率いる軍勢が、大野城(おおのじょう)へと続く山道の入り口を塞ぐように待ち構えていた。


「何、秀高めが打って出て来たか!して、敵の数は!」


 総大将の氏元に報告に来た物見に対し、氏元は物見が確認した軍勢の数を報告させた。


「敵、秀高が軍勢、その数二千五百余りかと!」


「馬鹿な!太守は秀高が軍勢の総数が二千五百と言うておったぞ!まさか全軍をこの部隊に当ててきたとでも言うのか!」


 氏元はその軍勢の数を聞いて驚き、その真偽を掴みかねていた。しかし、これにはある裏事情があったのだ…。




————————————————————————




 話は、この日の未明、大野城に戻る。ここに布陣していた秀高は先手を打ち、城の守備兵合わせて千余りを連れて出陣しようとしていた。


「いよいよ出陣だな。」


 簡素に用意された朝飯を摂ったあと、付いてきていた大高義秀(だいこうよしひで)が秀高に話しかけた。


「あぁ。今回の戦は(はた)から見れば無謀そのもの。しかし、昨日の未明の伊助(いすけ)からの報告を聞いて、少しは光が見えた気分だ。」


「でも、それも戦況次第では無効になる…あまりその事は、当てにしない方がいいわね…」


 秀高の言葉を聞いた上で(はな)がお椀を見つめながらこう言うと、そこに大野城主の佐治為景(さじためかげ)が駆け込んできた。


「殿、殿!吉報にござる!」


「為景、どうした?」


 秀高が駆け込んできた為景にこう尋ねると、為景は息を切らしながらも、笑みを浮かべてこう報告した。


知多半島(ちたはんとう)南端の半田(はんだ)河和(こうわ)岡部(おかべ)幡頭崎はずさきの四ヵ所の豪族を纏めた者が、謁見に罷り越しておりますぞ!」


「何…よし、会おう!」


 為景の言葉を聞いた秀高は義秀らを連れ、城内の評定の間へと向かった。そこには豪族たちと思しき武士たちを従えた一人の武将が、既に室内の下座で座って待っていた。


「殿のおなりである!」


 為景が言葉を室内に投げかけると、室内の一同はこぞって頭を下げた。それを見ながら秀高は上座に座り、義秀らもその傍に座った。


「…面を上げよ。」


 そう言われたその武将は、ははっ。と返事をすると静かに頭を上げた。それは秀高よりも年上の中年の武将で、僅かながらに口ひげを蓄えていた。


「秀高殿、お初にお目にかかります。それがし、尾張(おわり)河和(こうわ)の豪族、安西文四郎景康あんざいぶんしろうかげやすと申しまする。」


「景康殿、か。このような朝早くに何用で?」


 すると景康は後ろに控える豪族たちを目で見た後、秀高にこう進言した。


「それがし、此度今川義元(いまがわよしもと)の尾張侵攻を聞きつけていてもたってもいられず、座して死を待つよりかはと決起し、ここに控える豪族たちをまとめ上げ、秀高殿にご加勢したく罷り越した次第です。」


 その景康の言葉を聞いた秀高にとっては、誠に喜ぶべき申し出であった。だが次に思ったのは、これが義元の埋伏の毒であった場合の事だった。もしこれが偽りであったなら、それこそ自分たちの命運が尽きたと思ったのである。


「ついては手土産として、これらの首をお納めしたく思いまする。」


 と、景康は(おもむろ)にそう言うと、景康の後ろに用意されていた首桶を二つ取り出し、それをそのまま秀高の前に差し出した。


「…景康殿、これは?」


「それは水野信元(みずののぶもと)戦死後、今川家に恭順した常滑(とこなめ)城主の水野守隆(みずのもりたか)と、河和城主の戸田守光(とだもりみつ)にございまする。」


 秀高はその言葉を受け取ると、静かに首桶の蓋を開けた。そこには確かに首と、「水野守隆」と書かれた木札が中に入っていた。それを確認した秀高は為景にもこれを見せ、それが本当の首であると確認すると、その蓋を閉じた。


「なぜ、景康殿は彼らを討ち取ったので?」


 秀高の問いを聞いた景康は手を付いて軽く頭を下げると、その理由を話した。


(おそ)れながら、知多半島は長き間、水野・織田(おだ)や今川の騒乱の舞台となり、それに従う小大名達が小競り合いをつづけ、荒れ果てておりました。あまつさえ小大名たちは我ら小さな豪族にも圧力を強め、我らは存亡の機に立たされていました。そこに諸悪の根源たる信元を討ち、更には尾張全土を守ろうと立ち上がった秀高殿の志を受け、是非味方したく思い、馳せ参じた次第にございます!」


 そう言った景康の目は闘志に燃え滾り、秀高もそれを見てこの行動が嘘偽りのない本心からくるものだと感じた。そう感じた秀高は、頭を下げている景康にこう言葉をかけた。


「…確かに本物のようだ。これはありがたく頂戴しよう。」


「かたじけなく思いまする。ついてはどうか…この景康を家来に召し抱えてはくださいませぬか?」


 その景康の申し出を聞いた秀高は、言葉には出さなかったが顔を義秀らに尋ねるように向けた。それを見た義秀は賛同するように頷き、華も同じように頷いた。


「分かった。その言葉を聞き入れよう。それに伴い、この働き大なるを賞し、お前を評定衆の一人に加え、更には俺の一字を与える。今後は「安西高景あんざいたかかげ」と名乗ってくれ。」


「安西高景…ありがたき名にございまする!このお力、喜んで秀高殿に捧げましょうぞ!」


 その言葉を聞いて喜んだ秀高は頷いた。それと同時に、すぐ後の出陣に弾みがついたこの出来事を受け、より勝機が見えたと感じたのだった。こうして秀高は高景ら総勢千五百の軍勢を加えた約二千五百余りの軍勢と共に別動隊迎撃に向けて出陣していったのである…




————————————————————————




「秀高、敵が見えたようだぜ。」


 そして話は別動隊と遭遇した時に戻る。ここ秀高の本隊にて、目視で確認した義秀が馬で報告に来て、同じく馬に跨る秀高に報告するように言った。


「あぁ。全軍配置に付いたか?」


「もう配置についてるぜ。俺が指揮する中軍八百は中央。それに為景殿が指揮する左翼八百。そして高景が指揮する右翼八百。皆々準備は万端だぜ。」


 それを確認した秀高は軍配を高く掲げると、義秀と近くにいた法螺貝を持つ足軽にこう言った。


「よし、一気に攻め掛かるぞ。まずは先陣の鵜殿(うどの)勢を叩く!法螺貝を鳴らせ!かかれ!」


 秀高が軍配を振り下ろすと同時に、足軽は法螺貝を鳴らして開戦の合図を告げた。これを聞いた秀高勢全軍は義秀隊を先鋒に据え、一丸となって別動隊先陣の鵜殿氏長(うどのうじなが)勢に攻め掛かった。


「て、敵じゃ!怯むな、迎え撃て!」


 先鋒の義秀隊に猛烈に攻め掛かられた氏長は慌てふためき、また氏長の部隊は瞬く間に混乱した。氏長は亡き鵜殿長照(うどのながてる)の嫡子ではあったが、父や祖父の鵜殿長持(うどのながもち)が討たれた影響で、軍勢の士気は振るわなかった。


「殿!敵勢の士気高く、次々と討死する者増えていきまする!」


 その混戦のさなか、物見は氏長に味方の劣勢を伝えた。これを馬上で聞いた氏長は唇を噛んで悔しがり、手にしていた指揮杖(しきじょう)を地面に叩きつけるとこう言い放った。


「く、くそっ、我が隊はこれまでじゃ!太守に背くわけではないが、やむを得ん!撤退じゃ!」


 氏長は恐れ(おのの)いたようにそう言うと、一目散に戦線を離脱していった。それを見た氏長隊の足軽たちは更に士気を落とし、あろうことか、中には秀高に降伏する者まで現れた。


「殿、鵜殿勢は瞬く間に総崩れ。…あろうことか、鵜殿勢の足軽が降伏を願い出ております。」


 その報告を秀高にしてきたのは、軍目付(いくさめつけ)滝川一益(たきがわかずます)であった。


「そうか。一益。降伏する者の命は取るな。直ちに収容し、受け入れさせてくれ。」


「ははっ!」


 一益はそう言うと、直ちに馬首を返して、降伏してきた足軽たちを受け入れ始めた。それを見た秀高はさらに軍勢を前進させて一気に敵本陣へと迫っていた。




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