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1572年9月 髷を切る



康徳六年(1572年)九月 近江国(おうみのくに)石部城(いしべじょう)




「ひ、秀高(ひでたか)殿!?何を!?」


「秀高!!」


 石部城の本丸館内で開かれていた軍議の中で、上座に座す高秀高(こうのひでたか)の行動に列していた諸将たちは大いに驚いていた。秀高は結っていた総髪(そうはつ)の髷を切り落として断髪し、髪を下に落とした姿をその場で見せた後に細川藤孝(ほそかわふじたか)や家臣の小高信頼(しょうこうのぶより)らが声を上げて大きな反応を示すと、秀高は目の前の机に切り取った髷を置いた後に脇差を鞘に納めてからこの行動をした所以(ゆえん)を諸将に向けて語った。


「これよりの戦は、不慮の死を遂げた上様(足利義輝(あしかがよしてる))の弔い合戦だ!!こうして(もとどり)を切り取ったのは俺の命を懸けてまで上様の仇を討つという意思である!そして、この敵討ちは諸将の心を一つにして行ってこそ泉下の上様も浮かばれるという物であるだろう!」


「心を一つに…」


 秀高が諸将の目の前で髷を切り落とした理由。それは即ちこれから始まるであろう将軍・義輝殺害の実行犯たる織田信隆(おだのぶたか)との一戦に、自身の生死を賭けるという意思表示でもあったのだ。髷を切り落とすとは武家にとっては大きな恥辱でもある。しかしもう一つの見方としては髷を切るというのは「喪に服す」意味もあった。主君として敬意を示していた義輝の菩提を弔うために、そしてそれを果せなかった時の恥辱を受けずに自死を選ぶ意思表示をこの行為に込めたのである。秀高はその説明を聞いて落ち着きつつある諸将に向けて言葉を続けた。


「諸将は各地の諸大名ではあるが同時に幕臣でもある!幕臣として上様の敵討ちを成せば幕府からの厚恩を存分に返す好機となるだろう!どうか諸将一同、この俺と共に髻を落とし、生死をかけて敵討ちを成して欲しい。頼む。」


「…相分かり申した。」


 この秀高の頭を下げてまで頼み込んだ言葉を聞き、義輝第一の側近でもあった藤孝が言葉を発して承諾すると、秀高同様に脇差を抜いて総髪髷(そうはつまげ)元結(もとゆい)部分を切り取り、その場で髪を落としたざんばら髪の姿になると髷を同じく机の上に置いた上で自身の決意を語った。


「この細川藤孝、上様の股肱の臣としてこの敵討ちに生死をかけ申す!」


「全く、幕府に忠義を尽くし過ぎるのも、考えものですなぁ…。」


 藤孝の意気込みを聞いた松永久秀(まつながひさひで)は、少し(あき)れ気味になりながら言葉を発した。この場にいる諸将の中では将軍・義輝に対し、少なからぬ因縁があった久秀ではあったが藤孝同様、脇差を抜いて自身も髷を切り取るやそれを机の上に置いた後に言葉を続けた。


「が、今は共に死闘を繰り広げた好敵手に、最後の手向けをするのも悪くは無かろう。」


「久秀殿、(かたじけな)い。」


 かつての好敵手でもあった義輝の敵討ちに乗った久秀の行動を見て、秀高は深々と頭を下げて感謝の意を述べた。するとこの久秀の後に続き、その場にいた諸将皆々脇差を抜いてそれぞれに髷を切り取った。無論、信頼や大高義秀(だいこうよしひで)ら秀高配下の家臣たちも同様に髷を切り落とし、そして義秀正室の(はな)に至っては結っていた垂髪(すいはつ)の元結を切り落とし、それを机の前に置いたのを見た信頼は、皆一様に秀高の行動に従ったことを秀高の方を振り向いて発言した。


「…これで、皆の心は一つになったよ。」


「あぁ。」


 秀高は信頼からの言葉を受けると返事を素早く返し、スッと自身の床几(しょうぎ)から立ち上がると自身に賛同してざんばら髪の姿となった諸将に向けて感謝の念を込めた言葉を発した。


「皆、決してその想いは無駄にはしないとここに誓おう!必ずや明日からの戦に勝ち、上様の敵討ちを成してやるぞ!」


「おぉーっ!!」


 秀高が力強く前に出した握り拳の後に発した言葉を聞き、諸将たちは意気込むような力強い返事を秀高に返した。ここに諸将たちの心は将軍・義輝の敵討ちに纏まり、明けた翌三日より各軍勢は所定の行動を取り始めた。即ち強行軍で疲弊した秀高勢に先行して疲労の度合いが浅い長野藤定(ながのふじさだ)勢が一足先に瀬田(せた)の唐橋を渡って大津に進軍。そこで秀高本隊の着到まで防備を固めたのである。その間、秀高勢は付き従って来た諸大名の軍勢と共に石部城に逗留。来る戦に備えて英気を存分に養ったのであった。




「…そうですか、諸将の心は纏まったんですね。」


 その軍議が終わった後、石部城の居間にて秀高は伊賀(いが)からこの城に赴いて急遽の差配を行った信頼正室・(まい)と顔を合わせ、ざんばら髪の姿になっている自身に向けた舞の言葉に耳を傾けていた。その脇には義秀夫妻や舞の夫である信頼の姿もあり、秀高は自身が切り落とした髪を手で触りながら自嘲気味に語った。


「まさか上手く纏められるとは思わなかったよ。これはあくまで、俺が見たことのある時代劇の受け売りだったんだけどな…。」


「でも、諸将たちは将軍の敵討ちで纏まった。決して無意味にはならなかっただけ良かったんじゃないかな?」


 髪を触っている秀高に対して信頼が答えると、秀高はその場にいた義秀夫妻や信頼らに視線を送りながら言葉を発した。


「そうか…。まぁ、俺や義秀たちは良いんだが、華さんまで髪を切るなんて…。」


「あら、私が切らないのは不自然だと思うわ。」


 短い垂髪…言わばセミショートに近い髪型になった華は秀高からの言葉を受けると、自身が髪を切った覚悟を秀高ら男性陣、そして妹でもある舞の顔をぐるりと見回しながら語った。


「それに戦に従軍している以上は、諸将たちを同じ覚悟であることを示さないといけないわ。伸ばした髪は少し惜しいとは思うけれど、そこで足踏みして諸将の足並みを崩すのは避けたいと思ったのよ。」


「姉様…。」


 姉でもある華の覚悟を聞いた舞はその姿に感心するように見つめ、同時に秀高はその決意を込めて自身の行動に従ってくれた華の心意気に改めて感謝の意を述べた。


「そうですか。いや、そこまでの覚悟はきっと諸将に伝わっているはずです。ありがとうございます。華さん。」


「ふふっ。伏見(ふしみ)では(れい)たちも籠城の支援に当たっていたと聞くし、戦に立っている私が後れを取る訳にはいかないもの。ね?」


 華は伏見城(ふしみじょう)の籠城戦で矢玉を恐れずに後方支援に当たった次妹・玲の事を踏まえて言葉を発しながら、義秀の方に視線を向けると義秀はへっとほくそ笑んで答えた。その後、舞は秀高の方を振り向いて敵でもある信隆らの予測進路を尋ねた。


「それで秀高さん、やはり信隆は山科に出てくるんですか?」


「十中八九そうだとは思う。なにしろ京は守備には向かないから、信隆が迎撃策を取るとなると必然的に山科一択になると思う。」


「でももし、山科じゃなくて挙兵した地に近い船岡山(ふなおかやま)というのもあり得る話だと思うよ?そこで迎え撃たれたら少し厳しい見通しになるかも…。」


 かつての古戦場でもある京の北部にある小高い山・船岡山は上京(かみぎょう)の北にあり、そこで合戦ともなれば要害化されていた船岡山の攻略戦となり野戦より厳しい見通しになるのは必定であった。しかし秀高は、そんな信頼の懸念に首を横に振って自身の見通しを語った。


「…いや、船岡山に陣を張るという事は京を捨てるという事だ。信隆はともかく担ぎ出された義秋(よしあき)や幕府保守派の幕臣たちが首を縦に振らないだろう。」


 もし、船岡山に信隆勢が陣を張るとなれば、それ即ち京に戦火が広がるのを嫌う町衆たちの反発を避けるために、京の将軍御所といった重要拠点をすべて捨てるという事に繋がり、それによって将軍宣下の機運の低下を嫌う幕府保守派や足利義秋(あしかがよしあき)らの反発は大きくなるのは必定であった。その様な見通しを秀高が語ると、義秀はその場で背伸びをしながら秀高に向けて言葉を返した。


「まぁ、どっちにしろやる事は変わらねぇ。上様を殺した信隆とその一味を討つ!だろ?」


「そうだ。そしてそれを成した後に俺は天下統一に名乗りを上げる。皆、俺たちの真の天下統一がようやく始まるんだ。絶対に次の戦、勝つぞ!」


「おう!!」


「うん!」


 秀高の呼びかけに義秀と信頼は言葉を発して返答し、そして華と舞の両名は言葉を黙したまま首を縦に振って頷いた。秀高らは従軍してくれた諸大名や高家の家臣、そして大事な仲間たちと共に心を一つにし、将軍・義輝の敵討ちを標榜して信隆との一大決戦に臨もうとしていたのだった…。





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