表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/537

1558年6月 秀高の決意



永禄元年(1558年)六月 尾張国(おわりのくに)鳴海城なるみじょう




 軍議が始まってしばらくした後、いったん休憩を挟むことになって、高秀高(こうのひでたか)は評定の間から居室に下がっていた。


「…なかなか、みんなの不安は強いみたいだね。」


 こう言ってきたのは、すくすく成長をしている徳玲丸(とくれいまる)を抱える正室の(れい)であった。


「…無理もないわよ。敵はおよそ四万弱。こっちは全部で三千にも満たないのよ?不安を持つのも仕方がないわ。」


 玲にそう言ったのは、居室から評定の間の方角を見つめていた静姫(しずひめ)であった。


「ねぇ、秀高。あんたにはもう、今川を討つ手立ては決まっているんでしょう?」


 静姫はそう言うと、丁度用意されていた昼食を取っていた秀高にこう尋ねた。秀高はこの言葉を聞くと、箸を膳の上に置いてこう言った。


「もちろん。策は既に決まっている。だが…」


 秀高はこう言うと、目の前の膳を横にどかし、立ち上がると縁側の方に歩き、庭先を見つめながらこう言った。


「まだ、不確定要素が多すぎる。もう少し、確かなものがつかめれば…」


「秀高、景春(かげはる)殿が目通りを願ってるよ。」


 秀高に取次の小高信頼(しょうこうのぶより)が、沓掛城(くつかけじょう)の城主を務めている近藤景春(こんどうかげはる)が面会を求めている事を告げると、秀高は信頼の方を向いてこう言った。


「…景春が。分かった。すぐにここに通してくれ。」


 その言葉を受けた信頼は一礼すると、すぐに控えている景春に居室の中へ入るように促した。やがて景春が居室の中に入ると、上座にいる秀高に着座して頭を下げた。


「どうした景春。何かあったのか?」


「いえ、実は此度の戦の事に付き、いくつか申し述べたき儀があって罷り越しました。」


 秀高の傍に信頼が着座したと同時に、景春は秀高にこう言った。


「申し述べたい儀…とは?」


 すると、景春は頭を上げて一つ目の事を尋ねた。


「殿のご心中には、既に策が決まっているご様子。…宜しければ某だけに、大まかでも構いませぬゆえお教えいただけませぬか?」


「…わかった。信頼、地図を。」


 信頼が秀高の言葉を受け、秀高と景春の中間に絵図を広げると、秀高の両隣りで話を聞いていた玲と静姫もその秀高の話を聞き始めた。


「…まず、大野城(おおのじょう)に向かってきている今川(いまがわ)勢を蹴散らし、こちらの気勢を高める。同時にこれを受けて義元(よしもと)は必ず、大野城には向かわずに沓掛に殺到するだろう。落城は免れない。」


「…」


 その秀高の言葉の一つ一つを、景春は神妙な面持ちで聞いていた。秀高はそれに気づかずに、自身の考えの続きを述べた。


「もし、沓掛が落城したら、次に来るのはこの鳴海だ。伊助(いすけ)の報告によれば、義元は大高城址(おおだかじょうし)に陣城を築き、そこから鳴海落城を眺めるつもりだという。…となれば、勝機は大高に入る前にしかない。」


「…奇襲ですか。義元本陣を…。」


 景春が秀高の言葉の内容をくみ取ってこう言うと、秀高はそれに同意するように頷いた。


「そうだ。だが陽動は随時行う。もし城前に軍勢が押し寄せた時は、それを蹴散らして余勢を駆って義元本陣を突く。臨機応変な行動はしていくが、目標は変わりはしない。」


「そうですか…それを聞けて安心いたしました。それならば、今川の鼻を明かすことが出来ましょう。」


 景春は秀高の考えを聞いて安堵すると、こう言って納得し、次の二つ目に尋ねたいことを聞いた。


「そこで…殿、沓掛城の城兵についてはどのように思われておるのです?」


「…そう。それが引っ掛かっているんだ景春。」


 秀高はそう言うと、景春に向かって沓掛城についての私見を述べた。


「…俺としては、義元を更に慢心させ、侮りと驕りを深めておきたい。だからこそ、沓掛城にはいざ落城となった時、城を開けて降伏してほしい。」


「な、何を言い出すんだ秀高!」


「そうよ!景春はじい様の代からの忠臣なのよ!それに降伏しなさいって、正気じゃないわ!」


 秀高の言葉に信頼と静姫が反論すると、秀高は二人を抑えるようにこう言った。


「聞いてくれ!…何も本心で降伏するわけじゃない。もし義元が討たれれば、そのまま沓掛で反旗ののろしを上げ、今川に反攻してくれ。…もし俺たちが負ければ、そのまま今川の配下となれ。俺たちの意地に、付き合わせてしまったせめてもの詫びとして…」


「殿…昔の拙者なれば、この期になればすぐにでも降伏しておったでしょう。」


 秀高の言葉を遮るように、景春が断りを入れた上で話すと、秀高は景春の言葉を聞いて驚いた。


「景春…お前…」


「ですが、今は殿の才知と仁徳を信じ、冥土の果てまで付き従う覚悟。それは、城兵たちとて同じでしょう。降伏など、その申し出は(はなは)だ心外でありまする。」


 そう言うと景春は再び秀高に頭を下げ、きっぱりとこう言い放った。


「この近藤景春。喜んで沓掛城を死守し、その忠義のほどを今川に見せつけてやりましょうぞ。」



 この景春の言葉は、正に城ごと玉砕の意味を成していた。秀高としては、城兵や景春の命を考えて降伏を薦めたが、景春は逆に秀高への恩を返すべく、武士としての誇り高い死を選んだのである。



「景春…今お前をここで失う訳には…」


「殿、それは余りにも優しすぎまする。配下は主君に忠をささげ、主君は配下に恩を施すもの。配下が主君の御為に忠を為すのであれば、主君はそれを受け止めねばなりませぬ。」


 景春の言葉を聞いて、静姫はその忠義を思いながら瞳を閉じて聞き、信頼は景春の壮絶な覚悟を受け止めていた。


「せめて某の死が、殿の飛翔のきっかけとなるならば、喜んで捧げましょうぞ。」


 景春の言葉を聞き、遂に秀高も心の決心がつき、景春の前に進んで手を取ると目を見つめながらこう言った。


「…分かった。お前の覚悟、しっかり受け取った。見ていてくれ景春。俺は必ず、お前の死を無駄にはしない。」


「殿、そのお言葉、誠にありがたく存じまする。それを聞けたなら、この拙者もより奮戦して時を稼げましょう。」


 景春の言葉を聞いて、秀高はその忠義をありがたく受け取ると同時に、懸案事項として残っていたことが解決されたように、安堵の表情も浮かべていた。




————————————————————————




「皆、俺の話を聞いて欲しい。」


 それから後、再び評定の間に戻った秀高は、その場で重臣たちに対し、自身の考えを告げた。


「俺としては、座して死を待つわけにはいかない。よって、臨機応変に迎撃を行い、義元を誘い込む。そして、懐深くに来た時こそ好機。そこで弓取りを…義元を討つ。」


「…殿、よくぞ仰せになられました。我ら一同、その言葉を待っておりましたぞ。」


「そうだ!秀高がそのつもりなら、俺たちは地獄の果てまで付き合うぜ!」


 筆頭家老・三浦継意(みうらつぐおき)の言葉に続いて、大高義秀(だいこうよしひで)が立ち上がってその場の家臣たちにこう言うと、残る家臣たちもそれに賛同するように頷いた。と、ここで景春が改めて秀高にこう言った。


「殿、是非とも心置きなく戦われませ!沓掛城の事はこの景春にお任せを。わが命に代えても…城を死守(つかまつ)る!」


「…景春。よく言ってくれた!沓掛城の一切、お前に任せるぞ!」


「ははっ!!」


 その景春の意気を買うように、秀高が景春にこう言うと、景春はそれをありがたく受け取り、深々と頭を下げた。そのやり取りを見ていた継意ら重臣たち一同は、景春の悲壮なまでの決意を受け、その覚悟をしみじみと受け取った。


「…では為景(ためかげ)!これよりお前の領地に向かう敵を撃退する!俺と義秀、一益はこれより五百の兵を率いて大野城(おおのじょう)へと向かう!」


「おう!任せとけ!」


 秀高の指示を受け取って義秀が威勢良く返事をすると、秀高はそれに頷き、今度は継意の方を向いてこう言った。


「継意は城の守備を頼む。ここに信頼を置いておくから、何かあればすぐに早馬をよこしてくれ。」


「はっ。お任せくだされ。」


 その言葉を受け取った秀高は突然立ち上がり、一同にある事を伝えた。


「みんな、これより先の戦で、俺たちの家紋をあしらった旗を用意させた。今後はこの家紋が、俺たち高家の旗となる!」


 秀高が一同にこう言うと、秀高は(おもむろ)に庭先に出て、そこにいた足軽たちに旗を上げさせた。


「…おぉ、これが殿の家紋でござるか。」


 足軽たちが掲げた白旗の上に絵が描かれている家紋。それは「丸に違い鷹の羽」である。この家紋は後の世で、赤穂事件(あこうじけん)で有名な浅野家(あさのけ)の家紋として有名だが、秀高が元の世界で過ごしていた時、秀高の生家で使われていた家紋であったのだ。


「あぁ。これは俺の実家の家紋だが、これで良いだろうか?」


「いえ、なかなか宜しゅうございます。…この旗の下で、我ら力を示しましょうぞ。」


 その旗を見つめた重臣たちを代表し、継意がこう言うと、その場に居並ぶ家臣たちも秀高に同意を示した。それを受けるように太陽に照らされたその旗は、秀高たちの今後に希望を与えるように光り輝いていた。




————————————————————————




 その後、秀高は新調された新しい鎧を着用し、先程の家紋が前立てに施された兜をかぶると、義秀と共に出陣しようとしていた。


「へっ、なかなかかっこいいじゃねぇか。」


「まぁ、総大将だからな。…でもお前も、その鎧兜の姿、様になってるぞ。」


 秀高の鎧とは対照的に、鎧の紐の色を赤に染め、胴の部分を黒に染めた武骨な印象を与える義秀の鎧姿を見て、秀高はその姿を褒め称えた。


「へっ、そんなお世辞はいらねぇぜ。…だが、これからの戦は負けるわけにはいかねぇからな。」


「あぁ。…だが、こちらはただでさえ武将が足りない。せめてもう少し家臣がいれば…」


「あら、それなら私が出ましょうか?」


 その声に反応して秀高がその方向を振り向くと、そこには秀高と同じ鎧だが、紐の部分を紫にしていてより洗練された姿を見せていた(はな)であった。


「華さん、もう大丈夫なんですか?体調は…」


「大丈夫よ。力丸(りきまる)(とく)さんに預けたし、それに玲たちもいるから心配いらないわ。」


 その話をした華は、手にしていた薙刀を持つと、秀高に向かって言う。


「それとも、私では不足かしら?」


 華の言葉を聞いた秀高は、立ち上がって華の手を取るとこう言った。


「華さん、ありがとうございます。その力、貸してください。」


「えぇ。この私に任せなさい。」


 華の言葉を聞いて秀高は微笑み、義秀は照れくさそうに同じく微笑んでいた。こうして華を加えた秀高たちは当日中に鳴海城を出て、大野城に向かって行く今川勢の迎撃に向かった。ここに、今川義元との戦いの前哨戦の幕が開かれたのである…





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ