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1555年5月 思わぬ出会い



天文(てんぶん)二十四年(1555年)五月 尾張国内(おわりこくない)




 一泊した蟹江(かにえ)城外の宿屋を発ち、再び制服に着替えていた秀人(しゅうと)一行は、昼頃には那古野(なごや)付近を越えて尾張南部の古渡(ふるわたり)付近まで歩いて来ていた。


「皆、ちょっといったんあの木陰で休もう。」


 秀人(しゅうと)は目の前にある一本の木が伸びている小高い丘を指で指しつつ、背後から付いて来ている義樹(よしき)たちに向けて休憩を促し、自ら先導するように歩いて小高い丘を登って一本の木の元に腰を下ろした。そして義樹たちもそれに続いて腰を下ろし、朝の内に宿屋の主人から貰った僅かな昼飯を摂ることになった。


「信吾、今はどの辺りなんだ?」


 おにぎりを片手に聞いてきた秀人(しゅうと)の問いに答えるべく、信吾は懐から、これも宿屋から貰った古地図を広げた。


「宿屋の主人の情報だと、6時間ぐらい歩けば那古野(なごや)を越えて熱田(あつた)の辺りにつくみたいなんだけど…。」


 そう言いながら、信吾は古地図と格闘するように睨みあっていた。




 現代人であった秀人たちにとって、地図の正確さが定かではない戦国時代では、一本の道の間違えが違う方向へと向かうことになるとは、信吾を除き、そこまで把握しきれていなかった。


 その為先行する人物によっては、違う方向に向かってしまうことになりかねない。この時代で移動するという事は、地図を見るよりも、その道筋や周りの風景すべてを覚えることが求められるのである。




「もしかして、道を間違えたの?」


 地図を見る信吾の焦り具合を感じ取った有華(ゆか)はおにぎりを一つ食べ終えると、信吾にこう尋ねた。


「い、いや。僕の地図では熱田の辺りいるはずなんですけど…」


 そう言うと信吾は、ちょうどその付近を通りかかった百姓の農民に尋ねた。


「すいません、ちょっと聞きたいんですけど、熱田は近いでしょうか?」


「熱田だって?熱田は正反対の位置だで。ここは少し先行くと古渡(ふるわたり)の古城があるでよ。熱田に行くんだったら那古野まで戻ることだで。」


 農民からその話を聞いた時、信吾、そしてその様子を見ていた秀人(しゅうと)たちは道を間違えたのだとすぐに判断できた。信吾は農民に礼を述べると、すぐさま秀人(しゅうと)たちの所に戻って頭を抱えた。


「どうして…どこで間違えたんだ。」


「ま、まぁ、そういうこともあるさ。落ち込むなよ。」


 落ち込む信吾を(なだ)めるように秀人(しゅうと)が肩をたたくと、信吾はそれをうけたのか、一息落ち着いて納得し、秀人(しゅうと)の言葉にこう返した。。


「…そうだね。ここで落ち込んでもしょうがない。戻って熱田に向かおう。」


 その言葉を聞いて秀人(しゅうと)たちは一安心し、昼食を終えてすぐさま来た道を引き返そうとすると、街路樹の裏の草むらの方から野太い声がした。



「おい、てめぇら見ねぇ面してんなぁ?」



 そう話しかけられた方を秀人(しゅうと)たちが振り向くと、そこには5~6名の山賊の群れが、それぞれ得物を片手に立ちはだかっていた。


「ひひっ、こっから先は俺らの根城だぜ?命が惜しかったら、身ぐるみ置いて消え失せな!」


 その山賊の口上を聞いた次の瞬間、秀人の脇から凄まじい勢いで山賊の前に飛び出した物があった。よく見ると、槍を片手に街路樹の根っこを踏み台に、天高く飛んだ義樹であった。


 義樹は天高く飛んだ後、山賊の不意を突くように、口上を述べた山賊の胸元を槍で一突きにした。


「ぐあっ!」


 山賊は喚声を上げると、そのまま地面に倒れこんだ。それを見た山賊は仲間が討たれたことにいきり立った。


「て、てめぇふざけやがって!」


 そういって山賊の一人が義樹に切りかかろうとすると、秀人(しゅうと)は矢を弓に(つが)え、すぐに矢を放った。その矢は山賊の頭に命中し、山賊は得物を落としてどうっと倒れこんだ。


「な、なんなんだてめぇら!」


 残った山賊がその光景を見せつけられてたじろいでいると、薙刀を片手に持った有華(ゆか)が義樹の隣に立った。


「名乗るほどのものじゃないですが、そちらから売られたものは買いませんと、ね?」


 有華(ゆか)はそう言って義樹を見ると、義樹は頷いて二人で山賊に切りかかった。山賊も応戦するが、一人は有華(ゆか)の薙刀を一太刀に受け、もう一人は義樹の槍によって得物の刀を払われた後、胸元の辺りを一突きされ、それぞれ仰向けに倒れた。


「て、てめぇらふざけやがって…これでもくらえ!」


 そういって怒った山賊の頭目らしき男が弓を構えると、その次の瞬間にバァン!という轟音が鳴り響くと同時に、その頭目は弓矢を落として倒れた。秀人(しゅうと)が振りかえってその音の方を見ると、火縄銃を構えた信吾が、その場にいた。


「信吾、お前その銃の仕組みがわかるのか?」


「…歴史の教科書の中に、火縄銃の打ち方が書いてあるんだよ?分かってるに決まってるでしょ。」


 秀人(しゅうと)がその説明を聞いて納得すると、残った一人の山賊が秀人(しゅうと)たちを見て怯え切っていた。


「な、なんなんだてめぇら!こ、こんな馬鹿げた事があんのか!?」


「どうする、まだやるか?あぁ!?」


 義樹の威圧を受けた山賊は得物を放り出して逃げ出そうとした。


「あっ!待ちやがれ!!」


 義樹がそう言って追おうとしたその時、その山賊はどこかから飛んできた一本の矢を受け、声にもならない悲鳴を上げてその場に倒れこんだ。その後に義樹が得物である槍の切っ先を天に上げ、倒れた山賊のもとに近づくと、山賊が逃げようとした方向から、三騎の騎馬武者がやってきた。


「その方ら!この山賊を退治しておったのか!」


 胴具足で頭に鉢巻を巻き、馬上槍を携えた一騎の武将が義樹に尋ねると、その武将にこう言った。


「あぁ!こいつら俺たちに喧嘩を売ってきたからな!」


 やがてそこに秀人(しゅうと)たちが近づくと、その武将は馬を降り、馬を引く従者に槍を託すと、秀人(しゅうと)たちに近づいた。


「そうか…それはかたじけない。しかし、そなたらの服装…もしや?」


 その武将が秀人(しゅうと)たちの服装を見て何かを悟ると、そこにもう二騎の武士たちがやってきた。その武士たちは武装しておらず、どちらかと言えば素襖直垂(すおうひたたれ)を身に纏う平装をしていた。


勝家(かついえ)!山賊討伐は如何であるか!」


「おぉ、(はやし)殿!古渡の古城に巣食う山賊は退治しましたが、噂の者らを見つけましたぞ。」


 その会話を聞いていた信吾と真愛(まい)は、その名前にピンと来ていた。すると、もう一人の武士が馬を降りて秀人(しゅうと)たちに近づき、こう言った。


「勝家、ではこの者らは、信光(のぶみつ)叔父の申していた…。」


 その言葉を言った武士は勝家と呼ばれた武将に確認する。するとその武将はこくりと頷き、それを見た武士は納得して自身の名を名乗った。


「やはりか。私は尾張国末森城おわりのくにすえもりじょう主、織田信勝(おだのぶかつ)と申す。ここに控えるのは柴田勝家(しばたかついえ)。そしてこちらが林秀貞(はやしひでさだ)である。」


 その自己紹介を受けた勝家と初老の武士、秀貞はそれぞれ名を名乗った。


「柴田権六(ごんろく)勝家と申す。」


「林佐渡守(さどのかみ)秀貞にござる。」


 その自己紹介を受けた秀人(しゅうと)は驚き、自身の名前を名乗った。


「俺は本田秀人と言います。でこっちは俺の友達たちです。」


 その紹介を受けた義樹たちは信勝たちに対して一礼した。その礼を受けた信勝は秀人(しゅうと)にこう言った。


「そなたらのことは信光叔父から聞いている。怪僧(かいそう)高山幻道(たかやまげんどう)によって図らずもこの世界に呼び出されたと聞く。まずは、同じ織田に連なる者として、詫びをさせてくれ。この通りだ。」


 そういうと信勝は深くお辞儀をして謝った。それを受けた秀人(しゅうと)は信勝に頭を上げるように促した。


「お顔をお上げください。信勝さま。確かに最初は戸惑いましたけど、今はそんなこと、気にもしていませんよ。」


 その言葉を受けた信勝は頭を上げると、何かを決意してこう言った。




「いや、ここは私がどうにかしたいと思う。どうであろうか。行く当てがないのならこの私の末森城に来てそこで住まわぬか?」




 その申し出を受けた秀人(しゅうと)たちは驚いたが、義樹たちを見て頷きあうと信勝にこう言った。


「ありがたい申し出ですが、私は信隆(のぶたか)さんの誘いを断りました。そこで織田家を頼るのは、(いささ)か虫が良すぎるかと思いますが…」


 すると、信勝は首を横に振り、その言を否定して言った。


「いや、そなたらのことはこちらで(かくま)う。兄にも、信隆にも報告はしない。(しばら)くの間でもよい。この私の願いを聞き届けてくれぬであろうか。」


 その言葉を受けた秀人(しゅうと)は、その思いを受け止めてこう返答した。


「分かりました。そこまで言われるならば、(しばら)くの間、お世話になりましょう。」


「おお、ありがたい。では(しばら)くの間、我が城下に留まられるが良かろう。勝家、城下の屋敷の手配を頼む。」


「ははっ。では秀人(しゅうと)、それに者ども、我らが後についてくるが良い。」


 そう言われた秀人(しゅうと)たちは荷物を纏めると末森城に帰城する信勝らの後に付いて行った。




「ねぇ、本当に信勝さんは信長に報告しないのかな?」


 その道中、信吾は自身の懸念を秀人(しゅうと)に耳打ちで伝えた。


「分からない。だが今は、信勝さんを信用するしかないだろ。」


「…そうだね。」


 信吾は秀人(しゅうと)の意見に、一拍置いて賛同した。


 こうして、秀人(しゅうと)たちは織田信勝に迎えられ、そのまま信勝の居城である末森城へと向かって行ったのである…





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