表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
474/598

1572年8月 東国戦役<東海道side> 小山城の戦い



康徳六年(1572年)八月 遠江国(とおとうみのくに)小山城(おやまじょう)




 康徳(こうとく)六年八月五日。一昨日の三日に徳川家康(とくがわいえやす)(しゅうと)である関口親永(せきぐちちかなが)駿河(するが)国内の徳川領を交換する形で一時の休戦が結ばれた後、鎌倉府(かまくらふ)傘下の扇谷上杉(おおぎがやつうえすぎ)の後詰として東海道に入った軍勢があった。その軍勢とは上総久留里(かずさくるり)城主・里見義弘(さとみよしひろ)と隠居の身となった里見義堯(さとみよしたか)父子、それに下総本佐倉(しもうさもとさくら)城主・千葉胤富(ちばたねとみ)結城(ゆうき)城主・結城晴朝(ゆうきはるとも)ら房総三ヶ国の軍勢合わせて二万余の軍勢である。この軍勢は駿府(すんぷ)に留まった扇谷上杉らの軍勢に代わって駿河・遠江国境である大井川(おおいがわ)を渡河。対岸にある徳川の最前線拠点・小山城の攻城に取り掛かっていたのである。


「父上、この様な小城、一息に踏み潰せば宜しかろう。」


 小山城を包囲する鎌倉府勢の陣中、その陣幕の中より声が上がった。声の主は他でもない義弘その人であり、話しかけた相手は床几(しょうぎ)に腰を下ろしながら片膝を組んでいる父・義堯であった。するとその義堯は義広の言葉を聞くと、はぁと深いため息を吐いてから短慮な義弘を諭すように言葉を返した。


「義弘、血気に逸る物ではないわ。そなたここ数週間で生じた味方の損害を知らぬのか?」


「畏れながら、扇谷上杉などの不甲斐ない連中とは格が違いまする。新田源氏(にったげんじ)の流れを汲む里見の恐ろしさを、奴らに見せつけてこそ武士の(ほま)れという物にござる。」


 この義弘、父の義堯とは対照的な人物であった。即ち武勇こそ誉れ高いものと確信しており、のみならず自身の祖先でもある新田源氏の流れを汲んでいる里見家に相当の自負を抱いていた。この言葉を里見家臣であり義堯の頃から仕える正木時忠(まさきときただ)秋元義久(あきもとよしひさ)らが黙って聞き入っていると、義堯はそれまで俯いていた顔を上げて義弘を見つめ、やや嘆息するような言葉を義弘へ返した。


「義弘、窮鼠(きゅうそ)猫を嚙むの格言を知らぬのか?城に籠る連中は正に死に物狂いで反抗してくるであろう。その様な奴らと真っ向から戦えばこちらとて無事では済まぬ。」


「父上!ここでの総大将はこの某にござる!ここでは某の考えに従って頂きたい!」


 父・義堯からの小言に義弘が叱りつけるように言葉を返した後、義弘はスッと床几から立ち上がると陣幕の中にいた里見家の家臣たちに向け、手にしていた軍配を一回揮った後に号令を発した。


「皆よく聞け!これより小山城へ総攻撃をかける!見事敵将の首を取れば褒美は思いのままぞ!」


「おぉーっ!!」


 この義弘に号令に義久やその場に居合わせた里見家臣・加藤信景(かとうのぶかげ)弘景(ひろかげ)父子が呼応するように喊声を上げ、そのまま陣幕の外へと足を進めていった義弘の背後を追いかけるようにして陣幕を出ていった。その義弘らの後姿をじっと見つめていた父・義堯は顔色一つ変えず、その様子を見ていた時忠が勇んで陣幕を出ていった義弘らを気遣うように言葉を義堯にかけた。


「大殿…。」


「時忠、義弘はまだまだ若い。総大将たるものが正面から挑む事しか考えぬのは危険すぎる。」


 義堯は声をかけてきた時忠に義弘の若さを危惧するような言葉を発すると、ようやく床几から立ち上がり陣幕の中に置かれていた机の上に広がる、小山城の大まかな縄張り図を見た後に側にいた時忠に密かな指示を伝えた。


「時忠よ。この城の構えを見るに、崖下の能満寺(のうまんじ)側の曲輪は搦手であろう。密かに土岐為頼(ときためより)殿や酒井胤治(さかいたねはる)らの軍勢に使いを出し、ここから逃げる将兵はあえて見逃せと伝えよ。」


「そのような事…宜しいのですか?」


 言わば味方にとって不都合な指示を下した義堯に時忠が心配そうな面持ちで尋ねると、義堯は時忠の方を振り返りふっとほくそ笑んでから言葉を続けた。


「我らはあくまで城を取れれば良い。浅はかな大義名分を妄信的に信じ、味方の将兵に犠牲を強いる行為など愚の骨頂よ。」


「…(うけたまわ)りました。(しか)らばすぐにでも。」


 義堯の言葉を聞いてその真意を悟った時忠は、義堯に会釈を返した後に一人陣幕を潜って外に出ていった。そして一人残った義堯は机の方を振り向いて上に広がる縄張り図をじっと見つめていたのだった。それから間もなくして里見・千葉らの軍勢による小山城攻撃は、里見の陣営から鳴らされた法螺貝によって始まったのである。




「申し上げますっ!大手門に里見・千葉らの軍勢が大挙して襲来!門を破ろうとしております!」


「おう、来たか!」


 小山城本丸にある本丸館。そこに外の様子を窺って来た侍大将が城主・松平甚太郎家忠まつだいらじんたろういえただや家老であり叔父の松井忠次(まついただつぐ)に寄せ手の里見勢来襲を伝えると、城主の家忠に代わって忠次は小躍りするように勇むと、侍大将の背後にいた味方の足軽たちに聞こえるように鼓舞する言葉を投げかけた。


「この城では長くは持ちこたえられぬが、功名に(はや)って無策で挑んでくるとは愚かなり!奴らに矢玉を浴びせ、(しかばね)の山を築いてやれ!」


「おぉーっ!!」


 この号令を受けた足軽たちは一斉に喊声を上げた。その喊声に負けぬほど小山城に籠る徳川勢は決死の抵抗を見せた。寄せ手である里見勢は破城槌を持ち出して城門の破壊に乗り出したが、城方は火矢を用いて兵器を燃やし尽くし、更には弓矢や鉄砲によってそれに付随する寄せ手の将兵を次々と狙い打っていった。


「怯むな!柵を乗り越えて雪崩れ込め!」


 味方の劣勢を前線の辺りで目の当たりにしていた義弘は地団駄を踏まんばかりに悔しがり、その場で采配を振るって督戦を行った。するとその時、側にいた里見家臣の信景が城方からこちらを狙う一人の鉄砲足軽の存在に気付き、その標準が義弘に向けられている事を悟ると義弘を庇うようにして前に出た。


「殿、御下がりを!ぐわっ!」


「信景!」


 信景が義弘を庇った直後、信景は鉄砲の鉛弾(なまりだま)を胴体に受けてその場に倒れ込んだ。自身を庇った信景の行動に義弘が声を上げ、その場にいた足軽たちが矢玉の飛び交う中で信景の胴体を後方に引きずっていき、その場に残された義弘は周囲の見方が倒されていく光景を見て益々悔しがる言葉を発した。


「くっ、この様な小城、何故落とせんのだ!」


 事実、開戦から半刻(1時間ほど)経とうとしていたが、依然大手門を破る事は出来ておらず、あたら無為に城の前に味方の亡骸を積ませていくだけであった。この攻勢を本丸にある物見櫓にて見物していた忠次は、背後にいた主君の家忠に向けて義弘の采配をあざ笑うような言葉を発した。


「はっはっはっ。里見義堯ならば攻め方も変わっていたが、正攻法しか知らぬ義弘ならば御しやすい物よ。」


「しかし叔父上、まだ敵には無傷の結城・千葉の軍勢もおりまするぞ。」


 と、忠次が別方向の搦手方面に陣取る結城・千葉の軍勢に視線を向けて忠次に言葉をかけると、忠次は家忠同様に搦手方面を一目見た後、その方面の軍勢を見て不安に思っている家忠に向けて安堵させるような言葉をかけた。


「ご案じめさるな。もし耐え切れなくなったときは城から落ち延びよと我が殿も仰せられておりまする。その際は敵の備えが薄い搦手から落ち延びると致しましょう。」


「そうか…。」


 忠次の言葉を聞いた家忠は不安を払拭させて気を取り直すと、忠次と共に梯子を使って物見櫓から降りた。やがてそれからしばらくすると、兵力で勝る鎌倉府勢は力押しで大手門を突破。一気に城内へと雪崩込み、その一方はすぐにも本丸館へ戻った家忠や忠次に届けられた。


「殿!敵が大手門を突破!城内に入って参りました!」


「うむ。叔父上、最早ここが潮時ではないかと。」


「如何にも。」


 城内に敵が雪崩れ込んだことを受け、叔父の忠次に家忠は撤退を暗に示すと忠次はこれに賛同する言葉を返し、そのまま(きびす)を返して報告に来た侍大将の前に立つと一つの号令を伝えた。


「よし、城内の者共に申し伝えよ!これより我らは搦手より城を落ち延びる!我に続きたいものはこれに続けと!」


「ははっ!!」


 この号令を受けた侍大将はすぐにも城内にその旨を伝播させ、その後に城主の家忠は忠次や付き従う将兵と共に搦手から城を抜け出ていった。この搦手の方角には有機・千葉の軍勢が陣取ってはいたが、事前に義堯からの密命を受けていた為に徹底した追い打ちをかけず、散発的な攻撃を仕掛けるのみで家忠ら城方の軍勢に大した損害はなかったのだった。




 結果的に小山城は鎌倉府の軍勢によって落城したが、寄せ手の軍勢の死傷者千数百に対し城方の死傷者数百。尚且つ城攻めを強攻した里見勢は弾を受けた信景や城攻めの際に弘景の死亡が確認され、里見ら鎌倉勢は死傷者以上の大きな損害を負ったのであった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ