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1558年4月 義元怒る



永禄元年(1558年)四月 駿河国(するがのくに)今川館いまがわやかた




「…泰朝(やすとも)、なんだこれは?」


 大高城(おおだかじょう)での高秀高(こうのひでたか)による奇襲から数日後、ここ今川館にある物が届けられた。差出人は他でもない秀高からであり、その物というのは、首桶が二つであった。


「…太守、これなるは秀高より贈られた品物にございます。」


「首桶二つがか?」


 今川館の評定の間。上座(かみざ)に座る今川義元(いまがわよしもと)が不機嫌な表情を浮かべながら、下座(しもざ)で進物の内容を言上した朝比奈泰朝(あさひなやすとも)に尋ねた。そう聞かれた泰朝は額に汗を流しながら、恐縮しつつ言葉を返した。


「はっ…畏れながら太守に対し、代替わりの報告と共に、忠誠を誓う品物として贈ってまいりました。」


「これを届けた使者は?」


 義元の返答が、だんだん怒気が込められてきているのを感じた泰朝は、それに負けじと言葉を返した。


「畏れながら、使者はこれを届けた後に、すぐに帰ってしまいました…。」


「…逃したとは、怠慢よな?泰朝。」


 義元が言い放った言葉を聞いて、泰朝はただ詫びるように頭を下げた。それを下座の脇で見ていた松平元康(まつだいらもとやす)は、義元が静かにではあるが、怒りを露わにしている事を感じた。


「…畏れながら太守、これなるはその使者が太守に対し、秀高よりの親書だと申し、献上してきた物にございます。」


「…読んで見せよ。」


 義元の言葉を受けた泰朝は、それを受けると書状を開封し、その内容を音読し始めた。


「…今川治部大輔(じぶだいふ)義元公、謹んで書をお贈り申し上げます。」


 泰朝が緊張しながらも、音読して読み上げるその書状の内容を、義元は目を瞑り、黙って内容を聞いていた。


「この度、先君・山口教継(やまぐちのりつぐ)の死去に伴い、諸般の事情に(かんが)み、畏れ多くも鳴海城(なるみじょう)城主を拝命した、山口教継重臣、高秀高にございます。」


 泰朝はその評定の間の重い雰囲気に負けず、ひたすらに書状の音読を続けた。その書状の内容の続きは、以下の通りであった。



【太守様には、突然の事で報告が遅れ、誠に申し訳なく思います。此度の城主の就任は教継さまのご一門、並びに重臣の同意を得た継承であり、改めてではありますが、鳴海城主の継承の許可を得たく、ここに書を(したため)めました。同時に、大高(おおだか)城代の鵜殿長照(うどのながてる)、並びにその父の鵜殿長持(うどのながもち)を私の一存で討ち取りました。この二人は太守に内緒で共謀し、畏れ多くも独断で我らの命を奪おうと画策しました。このまま命を取られるのは武士として恥ずべきと思い、不忠者を討ち果たした次第です。太守のご譜代であることは重々承知ではありますが、何卒この独断、お許しいただきたいと思います。 永禄(えいろく)元年吉日 高秀高】




「…止めよ。」


 しかし義元は、泰朝が書状にある「鵜殿父子を討ち取った原因を述べた」あたりで、書状の音読を止めさせた。それを受けた泰朝はすぐに音読を止め、書状を畳の上に置いた。


「…ふん、一連の事がわしの命令である事など、知ってての書状か。随分とコケにされたものだな。」


「太守、これは明らかな挑発の書状です。相手にしては今川家の沽券(こけん)に関わりますぞ!」


 そう言ったのは、下座の中で義元の近くにいた一門衆の瀬名氏俊(せなうじとし)であった。すると義元は、その氏俊の諫言(かんげん)を鼻で笑ってこう言った。


「氏俊、今川の面目など、既に(はずかし)められておる。現にその書状がそうではないか。」


「しかし太守!」


 氏俊がなおも食い下がって諫言を続けようとすると、義元は手にしていた扇を氏俊に投げつけてこう言った。


「黙れ氏俊!秀高めは、わしが鵜殿父子に命じて、山口一門や己に手を下すことを知っており、尚且(なおか)つ今川からの独立を図って事に及んだのだ!この書状は挑発などではない!明らかな宣戦布告である!」


 義元はそう言うといきなり立ち上がり、上座から下座へと降り、届けられた首桶の蓋を開けた。その中には長照の首と共に、「鵜殿長照」と書かれた木札(きふだ)が入っていた。


「氏俊、そなたはこの首を見てもなお、これを単なる挑発とでもいうのか?わしの家臣が討たれたのだぞ!」


 その首桶の中身を確認し、激高しながら尋ねてきた義元の問いに、氏俊は答えられずに沈黙してしまった。そして義元は、その真向かいにいた嫡男の今川氏真(いまがわうじざね)に尋ねた。


「氏真はどうか?わしの気持ちが分からんとでも言うか!」


「…いえ、父上の御心のままに…」


 氏真は感情をあらわにした父・義元の気迫に押され、ただ手短な言葉で同意を示した。義元はその言葉を受け取ると、首桶の蓋を閉じ、泰朝の前に置かれていた書状を取ると、その場で破いて捨ててしまった。


「…良いか、心しておけ。今度の尾張出陣の際、秀高の一族郎党のみならず、領民の赤子や親族に至るまで(ことごと)く根絶やしとする。今川に楯突いた愚行、徹底的に知らしめてやれ。」


 その義元の命令を聞いた元康は、言葉には出さなかったがあまりの指示に驚いた。だがその場では反論せず、命令を承諾して頭を下げた。


「…命令に従うのは、元康だけか。」


 その言葉を聞いた氏真ら一門衆や、泰朝ら譜代一同は、すぐさま頭を下げて命令に従うことを示した。


「ならばよい。出陣は二ヵ月後だ。各々戦支度をぬかりなくしておけ。」


 義元はそう言うと、そのまま評定の間を出ていった。その場に残された一門衆や譜代の面々は、義元の今まで見た事が無い一面を見て、どこか不安に感じていた。


(この書状が、秀高殿の狙いならば…あるいは…)


 一方、その場所の一同とは違い、元康は破り捨てられた書状を見つつ、秀高がこの書状を義元に送ってきた真意を探っていた。同時に元康の中では、秀高が狙う標的のことをある程度感じ取ることが出来たのである。




————————————————————————




 それから数日たった四月下旬。尾張の鳴海城郊外にある一つの寺にて、葬儀が行われていた。他でもない、山口教継・教吉(のりよし)父子の葬儀であった。


 この葬儀の喪主は名目上、唯一の血縁である静姫(しずひめ)とされていたが、一切の手配を行ったのは秀高であった。その為、位牌を持つ静姫の後ろを、秀高が三浦継意(みうらつぐおき)山口盛政(やまぐちもりまさ)ら一門と共に棺を持って続いた。


「秀高、葬儀の事、ありがとね。」


 葬儀が終わり、墓所に二人の亡骸を埋葬した後、寺の本堂の縁側で静姫が秀高に話しかけた。秀高は静姫の言葉を聞くと、振り返って静姫にこう言った。


「…ようやく、教継さまや教吉さまの葬儀を無事に終えることが出来た…これも、皆のお陰だ。」


「そうね。これでじい様も、無事に冥土に旅立てたと思うわ。」


 静姫が青く澄み渡る空を見つめながらこう言うと、そこに(れい)が現れた。


「秀高くん、さっき信頼(のぶより)くんが探してたよ。本堂の辺りで待ってるって。」


「そうか。分かった。じゃあ静、またあとで。」


 秀高はそう言うと、信頼が待つ本堂の中へと向かって行った。それを見送った静姫は、その場に残った玲にむかって話しかけた。


「…それにしても、不思議な男よね。」


「どういうことです?」


 静姫の言葉を聞いた玲は、静姫に尋ね返した。


「じい様たちが亡くなってたった数日で、重臣たちの信用を得て、尚且つ大高城代を討ち取って今川に喧嘩を売るなんて、並の人間じゃ出来ないわよ。」


「…そうですね。」


 静姫の意見を聞いた玲は頷くようにそう言うと、静姫の方を向いてこう言った。


「でも、秀高くんの内面は何も変わっていません。まだ元の世界にいた頃のままです。だからこそ、私たちで支えないといけないんです。」


「そうね。私たちが力を合わせて、あいつを裏で支えてやらないとね。」


 静姫が頷いてそう言うと、玲は頷き返してお互い微笑みあった。この二人には(まい)を通じて友情が芽生えており、それは二人が共通して愛する人の背中を、共に守りたいという思いで一致していたのだ。


「…だけど、ここからが大変ね。」


 静姫は急に、話題を変えて表情を曇らせると、玲は静姫が言おうとしていることが分かり、すぐにそれに答えた。


「今川家の事、ですか?」


「ええ。あんなことをされて義元が黙っているなんて思えないわ。風の噂じゃ、六月には尾張への大規模な侵攻があるっていうじゃない。」


 静姫が領内で噂されていることを言うと、玲は静姫の不安を取り払うようにこう言った。


「大丈夫です。まだあと二ヶ月あります。二ヶ月あればきっといい策が思いつきます。…諦めなければ、きっと道は見えてきます。」


「…そうね。」


 静姫は玲の言葉を聞くと、納得して今後の動向に思いをはせながら、ただ外の空に広がる青空を見つめていたのだった。





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