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1572年7月 戦乱の兆し



康徳六年(1572年)七月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 康徳(こうとく)六年七月四日。さる三月より続いていた鎌倉府(かまくらふ)の従属諸大名並びに鎌倉公方(かまくらくぼう)足利藤氏(あしかがふじうじ)関東管領(かんとうかんれい)上杉輝虎(うえすぎてるとら)の間における不穏な動きに対処すべく、幕府は幕政会議においてこれを議題に挙げた。将軍御所において足利義輝(あしかがよしてる)は居並ぶ諸侯衆(しょこうしゅう)や幕臣たちに対して開口一番に発言をした。


「昨年末の関東管領蟄居以降、関東より不穏な噂がこの京にまで届けられている。藤賢(ふじかた)、その噂を諸侯衆の面々に伝えるが良い。」


「ははっ。」


 将軍御所の大広間。上段の義輝より話を振られた幕臣・細川藤賢(ほそかわふじかた)は義輝からの呼び掛けに返事をすると、そのまま姿勢を下段に居並ぶ諸侯衆や幕臣たちの方に向けると、関東より聞こえてくる不穏な噂を詳細に語った。


「関東より聞こえてくる噂は大きく分けて三つ。まず一つは鎌倉府のある鎌倉(かまくら)と関東管領が居城の春日山(かすがやま)、及び鎌倉府傘下の諸大名との間に早馬の往来が盛んになっているとの噂。」


「早馬か…。」


 幕政会議に列していた近江小谷(おうみおだに)城主・浅井高政(あざいたかまさ)が藤賢から伝えられた情報の内容を復唱するように発言した。この隆元の発言を聞いた藤賢は隆元の方に顔を向けると、こくりと頷いた後に言葉を続けて二つ目の内容を伝えた。


「二つ目はこの早馬の動きに連動し、鎌倉府傘下の諸大名の領地において徴兵令や武具の徴収・生産が三月末よりしきりに行われている事。そして三つ目は…」


 そう言うと藤賢は視線をその場に居並ぶ一同に向け、参列する一人一人をぐるりと見回した後に三つの噂の中で最も重要な内容でもある事実を一同へと伝えた。


「鎌倉府に対し、傘下の諸大名が血判を()した誓詞(せいし)を提出したとの事。」


「血判の誓詞とな!?それは尋常な事ではあるまい!」


 藤賢から伝えられた三つ目の噂の内容を聞いて、いの一番に声を上げたのは摂津池田(せっついけだ)城主・荒木村重(あらきむらしげ)であった。その村重の言葉の後に居並ぶ一同の中からざわざわとした私語が聞こえ始めた。それが聞こえ始めると政所執事(まんどころしつじ)でもある摂津晴門(せっつはるかど)は咳払いをしてそれを鎮めさせると、姿勢を上段の上座にいる義輝の方に向けて発言した。


「これらの動きを(かんが)み、管領(かんれい)畠山輝長(はたけやまてるなが))殿や侍所所司(さむらいどころしょじ)高秀高(こうのひでたか))殿は鎌倉府に謀反の動きありと見られておりまする。」


「…管領、並びに侍所所司は思う所を存分に述べよ。」


「ははっ!」


 晴門からの進言を聞いた義輝は、その場にいた管領・畠山輝長と侍所所司を務める高秀高に向けてこれらの噂を受けてそれぞれの対処法を尋ねた。すると声を高らかに上げて返事をした輝長は秀高に先んじて姿勢を義輝の方に向けると、頭を下げてから今回の対処法を簡潔に語った。


「三月末より聞こえてくる噂を鑑みれば、これは関東管領が幕府内での影響力を取り戻そうとする愚行とも呼ぶに等しき所業!ここはすぐにでも幕府軍の出陣に舵を切るべきかと存ずる!」


「私も管領殿の意見と同じです。ですが…」


 輝長の意見に賛同するような発言を秀高がした後、これら関東からの不穏な噂と時を同じくして、幕府のお膝元でもある京において聞こえて来たある噂に触れて言葉を続けた。


「その関東の噂と時を同じくして、この京でも関白(かんぱく)近衛前久(このえさきひさ))殿下が京の公家と頻繁に面会し、何やら工作を施しているとの噂もあります。おそらく輝虎は畏れ多いことをしようとしているのではないかと。」


「…そういえば、輝虎は上様と面会したが意見が食い違い、蟄居を申し渡されたと聞く。もしかすればその際、輝虎の心の中に(よこしま)な気持ちが芽生えたとしてもおかしくはなかろう。」


「邪な気持ち、か。」


 秀高の言葉を受けて思い返す様に西国探題(さいごくたんだい)毛利隆元(もうりたかもと)が発言すると、義輝は隆元の言葉の中から出たその単語を復唱した後に手にしていた扇でもう片方の手をパチンと叩いた。その仕草を見た後に秀高は姿勢を下座に居並ぶ一同の方に向けると改めて己の対処法を口にして語った。


「兎にも角にも、鎌倉府の情勢不穏なれば万が一に備え、幕府軍の動員をかけるべきだと私は思いますが、これに反論はありますか?」


「異議あり!」


 この秀高の言葉を受けていの一番に反論の意思を示したのは、保守派幕臣の一人である武田信実(たけだのぶざね)であった。信実は秀高の対処法を聞いて青筋を立てんばかりに怒りを見せて反論した。


「噂だけで判断して幕府が世情を乱すは(よろ)しからず!ここは先に同じくまずは関東管領、並びに鎌倉府に詰問使を派遣して事の真偽を問いただすが上策かと!」


「信実殿、残念がらもはやそのような時期ではなかろう。」


 この信実の言葉を受けて即座に否定したのは、幕臣でありながら丹後弓木(たんごゆみき)城主を務める細川藤孝(ほそかわふじたか)であった。藤孝は先の詰問使派遣に対する輝虎の反応を踏まえながら信実に反対の意見を述べた。


「例え詰問使を派遣したとしても輝虎殿や鎌倉公方はのらりくらりと言い訳を述べてかわすに決まっておる。時には断固とした判断も必要であろう。」


「されど藤孝殿!もし万が一に誤報であった時には何となさる!?」


 藤孝の反論になおも信実が食い下がるように言葉を返すと、それを諸侯衆の中で聞いていた遠江浜松(とおとうみはままつ)城主・徳川家康(とくがわいえやす)が食い下がった信実に対して自身が当主を務める徳川家の周囲の状況を踏まえながら言葉をかけた。


「信実殿、関東の情勢はこの某が領地も近い(ゆえ)よく存じておりまする。先ほどの噂の裏付けは我らが家臣が取っており、現に伊豆(いず)相模(さがみ)では農村部にて徴兵や兵糧米の供出が始まっておるとの事。お疑いならばこれをご覧くだされ。」


 そう言って家康は懐からある書状を取り出した。これこそ家康の命を受けて独自に伊豆・相模を探っていた服部半三保長はっとりはんぞうやすなが配下の伊賀忍(いがしのび)が掴んできた一つの命令書であった。


「それは相模大森家(おおもりけ)当主・大森勝頼(おおもりかつより)の名が記されたとある農村への徴兵の御触れにござる。そこにはその農村への足軽・人足などの提出人数並びにその刻限、そしてその目標が書かれておりまする。」


「…駿河(するが)への出陣ですと!?」


 その場に出された命令書を家康から受け取って驚きを見せたのは幕臣・柳沢元政(やなぎさわもとまさ)であった。元政は徴兵の命令書であるそれに一回目を通した後、それを人を介して晴門へと届けさせた。元政から人伝いに受け取った命令書を見た晴門は次第に表情を険しくさせて上座の義輝に言葉をかけた。


「もはや鎌倉府の反意は疑いなきかと。」


「そうか…もはや已むを得まい。ならばここにいる諸侯衆に命ずる!鎌倉府の謀反明らかなり!諸侯は直ちに領地に戻って戦支度を——」


「も、申し上げまするっ!!」


 義輝が晴門の言葉を受け、意を決して諸侯衆に命令を伝えようとしたその時に一人の近習が血相を変えて大広間の敷居を跨いで中に入ってきた。この言葉を聞いてその場の一同がぐるっと近習の方を振り向くと、近習は手にしていた一通の書状を上座の義輝に見えるように見せながら用件を語った。


「先ほど、関東管領よりの使者がこの書状を持参し、直ちに上様へのお目通しをと!」


「何っ!?してその使者は?」


 近習は駆け寄ってきた小姓に書状を手渡しすると、使者の事を尋ねてきた輝長に対して自身に手渡ししてきた上杉家の使者について語った。


「それが、その使者は馬上よりこれを手渡しするや、手綱を引いて馬首を返して去っていき申した!」


「…上様!これは弾劾状にございまする!」


「何と!?」


 将軍・義輝に手渡す前に小姓から受け取った晴門が声を上げると、それに藤賢が驚き入る様に声を上げた。やがて晴門は弾劾状と外の包み紙に書かれた書状を義輝に進呈し、それを受け取った義輝は弾劾状と書かれた書状の包み紙を外し、中に入っていた書状を広げてその内容に目を通したのであった…。





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