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1572年5月 不穏な動き



康徳六年(1572年)五月 山城国(やましろのくに)伏見城(ふしみじょう)




 康徳(こうとく)六年五月二日、高秀高(こうのひでたか)の居城・伏見城に(みやこ)在留の重臣たちが招集された。その要件とは、去る先月に越後(えちご)にて情報収集に当たっていた伊助(いすけ)より越後国内において不穏な動きがあるとの事であった。


鎌倉(かまくら)春日山(かすがやま)の使者の往来が盛んになっていると?」


 その内容というのは二ヶ月前の三月ごろより越後と鎌倉公方(かまくらくぼう)足利藤氏(あしかがふじうじ)や隷属する諸大名との間で早馬が往来を盛んにしているという報告であった。この情報を大広間にて上段の秀高から聞いた筆頭家老の三浦継意(みうらつぐおき)が声を発して反応すると、その継意の言葉に秀高は首を縦に振って頷いた。


「あぁ。伊助によれば三月の中頃より鎌倉公方を初め鎌倉府(かまくらふ)に従属する諸大名と春日山の輝虎(てるとら)の間で互いに使者が行き来しているそうだ。その中で…」


 そう言って秀高は大広間に居並ぶ重臣たちに見えるように、脇に置いてあった一通の密書を前に置いてそれを指差しながら密書の事を語った。


「これは先に隠居させられた南部晴政(なんぶはるまさ)殿の使者が当主・南部信直(なんぶのぶなお)殿の許しを得て、浪岡顕範(なみおかあきのり)殿を介してこちらに送ってきた春日山からの密書の写しだが、ここには「万が一に鎌倉府が自存の行動を起こした暁には、是非ともご同道願いたい」と書かれている。」


「南部よりの密使がそれを?」


 秀高の眼の前に置いてあったのは先の上杉輝虎(うえすぎてるとら)による東北(とうほく)遠征の折、頑強に抵抗したことによって南部家の当主の座を追われた前当主・晴政からの密書であった。内容は秀高が重臣たちに語った通りの内容であり、それを聞いて柴田勝豊(しばたかつとよ)が声を発して反応すると、秀高は勝豊の方を振り向いてから言葉を続けた。


「南部だけじゃない。出羽(でわ)安東(あんどう)浅利(あさり)、それに蝦夷地(えぞち)蠣崎(かきざき)からも同様の密使がここに来ている。それらの密書は行商人に託されて届いているから、まず計略の可能性は低いだろう。」


「確か…送ってきたそれらの諸大名は、輝虎の東北遠征に最後まで頑強に抵抗した面々にございますな。」


 秀高の言う通りそれらの密書は東北からこの京まで行商人によって運ばれてきた。これを受け取った秀高も行商人の中の一人を稲生衆に命じて尾行させ、それが本当に東北から来たものだと確認した上で発言したのである。その秀高による予測を大広間の中で聞いていた前野長康(まえのながやす)が声を上げて反応すると、秀高はその長康の言葉に首を縦に振って頷いた。


「そうだ。そしてこの密書の内容を裏付けるように、三月頃には関白(かんぱく)殿(近衛前久(このえさきひさ))が上杉輝虎の元を訪れたと稲生衆(いのうしゅう)から報告があった。おそらくだが関白殿と輝虎、そして織田信隆(おだのぶたか)との間で何かしらの謀議があったと思われる。」


「何かしらの謀議?」


 秀高たちはこの時、春日山で行われた謀議について前久の監視を行っていた稲生衆によって察知はしていた。しかしこの時その内容までを掴むには至っておらず、その悔しさを秀高は言葉をかけて来た継意の方を振り向いて語った。


「あぁ。春日山城での謀議を察知しようと稲生衆も動いたようだが、信隆配下の虚無僧(こむそう)に加え上杉家のお抱え忍び衆である軒猿(のきざる)が厳重に警戒網を張っていたようで、その内容までは掴めなかったんだ。」


「となると、その謀議の内容如何によっては取るべき対処も変わると?」


 春日山で行われた将軍挿げ替えの謀議を知らぬこの場の秀高たちは、勝豊から言葉をかけられると秀高はそれに頷いて答えた。するとそのやり取りを見ていた小高信頼(しょうこうのぶより)が秀高の方を振り向いて言葉を発した。


「秀高、それを踏まえての僕の考えを言っても良いかな?」


「あぁ。忌憚なく言ってみてくれ。」


 信頼は秀高から発言の許可を得ると、今までの会話の流れから輝虎と信隆、そして前久が春日山で行った謀議の内容についての見通しを予測して語った。


「関白である前久公が春日山に下向し、そこで輝虎と謀議を行ったのならば尋常ではない内容だと思う。おそらくは将軍職の挿げ替えか、あるいは鎌倉公方への幕府将軍職任命…。」


「な、将軍職の挿げ替えですと!?いったい将軍職を誰に挿げ替えるというので!?」


 この時点で信頼は春日山での謀議の内容をその場の皆が全く知らない中で、予測として将軍挿げ替えの謀議を行ったのではないかと語ったのである。この予測を受けて長康が挿げ替えの候補を尋ねると、信頼は挿げ替え候補というべき人物の名前を挙げてみせた。


「予想としては、一乗院(いちじょういん)の門跡である覚慶(かくけい)殿か、鹿苑院(ろくおんいん)院主(いんしゅ)である周暠(しゅうこう)殿…いずれも上様(足利義輝(あしかがよしてる))の弟君で、その中でも覚慶殿は秀高に対して少なからず敵意を抱いている。輝虎がもし挿げ替えを考えるのであれば…」


「覚慶殿を擁立し挿げ替えを企む、という訳ですな?」


 覚慶が先年、一乗院から京の将軍御所に乗り込んで秀高ら幕府重臣たちと激しい舌戦を繰り広げたことは信頼を初め秀高配下の家臣たちは皆知っている事だった。それを踏まえた上で覚慶が挿げ替えの対象になっている事を信頼がその場にいる重臣たちに語ると、城代家老でもある継意がそれに関連する事を思い出して秀高の方を振り向いて尋ねた。


「そう言えば殿、畿内を見張る稲生衆より覚慶殿の下に数週間おきに同じ虚無僧が来訪しているとの旨がありましたな?」


「あぁ。俺はそれを聞いて単なる知己の僧侶が来訪したものと考えていたが…もしそれが信頼の言う挿げ替えの密使だとするなら監視する必要があるな。」


 秀高は信頼の発言を受けてこう言った。一乗院への僧侶来訪の情報自体は前から耳にはしていたが、その恰好が信隆配下の虚無僧の姿ではなく、地味な法衣(ほうえ)を纏った一介の僧侶の服装であると知った秀高は余り気に留めていなかったのだ。しかしこうして将軍挿げ替えの謀議が水面下で進行しているかもしれないとの予測に接して、秀高は改めて一乗院の監視を強める事を表明した。それを聞いた信頼も首を縦に振って頷いてから言葉を秀高に返した。


「うん。もし輝虎たちの思惑が将軍職の挿げ替え出なくても、前久殿が謀議に加わったのであればもう一つの鎌倉公方への将軍職拝命もあり得ると思うよ。何しろ鎌倉公方も元をたどれば等持院(とうじいん)殿(足利尊氏(あしかがたかうじ))の血を引く一族。将軍職に立てるには申し分ないからね。」


「…兎にも角にも、近衛公は敵に付いたと見るべきですな。」


 春日山での謀議が将軍挿げ替えではなくとも、前久が加わった以上は鎌倉公方・足利藤氏への将軍職拝命の可能性がまだ残っている以上、前久の動向にも気を配らねばならなくなった秀高は、勝豊からの言葉を受けると継意の方を振り向いてすぐさま対処を指示した。


「継意、京の高屋敷に人を遣わしてくれ。おそらく今後は近衛屋敷の出入りを見張る必要もあるだろう。それらの取りまとめる人物はいないか?」


「しからば、それを任せる良き人物が居りまする。長盛(ながもり)!」


「ははっ!」


 この継意の言葉を受け、一人の吏僚が継意の言葉をうけて大広間の中へと足を進めてきた。やがてその吏僚が秀高の前に腰を下ろして座すと継意は吏僚の素性(すじょう)を秀高に紹介した。


「殿、この者は尾張(おわり)増田村(ましたむら)の生まれである増田長盛(ましたながもり)と申す吏僚にて、先年信頼の推挙によって仕官した者にござる。京での監視の命ならば必ずや任せるに足る人材と心得まする。」


「殿!筆頭家老たる継意様より推挙を得た以上はこの長盛、粉骨砕身してこの任に当たる所存にございまする!」


 この増田長盛、継意が紹介したように数年前から信頼の推挙を受けて高家に仕官。それ以降は伏見にて各領国から上がってくる報告書を元に民政関連の公文書作成や直轄地からの年貢収納など内政面で活躍していた。そんな長盛が継意からの推挙を受けて意気込むように秀高に向けて言葉を発すると、秀高はその意気込みを受けて首を縦に振って頷いた。


「うん、その意気だ。ならば長盛に京の高屋敷詰めを命じる。近頃当家に仕官した長束正家(なつかまさいえ)と共に近衛屋敷を含めた京の公家屋敷の監視を任せるぞ。」


「ははっ!!」


 これ以降、長盛は同じ尾張は長束村(なつかむら)出身である同僚の正家と共に京の秀高屋敷詰めとなり、表面上は屋敷の管理や直轄地の統治を請け負いつつ、裏で近衛屋敷など不穏な動きを見せる公家屋敷などの監視の任を請け負った。そして秀高はその命令を伝えると同時にこの日以降、輝虎が水面下で進める謀議に対して最大限の警戒を向けるようになったのであった。





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