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1571年11月 運命の会談



康徳五年(1571年)十一月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 康徳(こうとく)五年十一月三十日。遂に関東管領(かんとうかんれい)である上杉輝虎(うえすぎてるとら)が数千の兵を率いて上洛。この物々しい上洛に進路の途上にあった周辺諸国は色めき立ったが、将軍・足利義輝(あしかがよしてる)の命を受けた浅井高政(あざいたかまさ)、そして高秀高(こうのひでたか)支配下の領国はこの上杉軍上洛を素通りさせ、それによって上杉軍は何ら損害を受ける事なく上洛に成功したのである。


「良くぞ参ったな。輝虎。」


 そしてこの日、上洛した輝虎はその足で勘解由小路町(かげゆこうじちょう)の将軍御所を来訪すると、大広間にて遂に義輝との面会に臨んだ。この面会を大広間の両脇に居並ぶ幕臣・諸侯衆(しょこうしゅう)の中にいた小高信頼(しょうこうのぶより)は、ただ黙してこの面会の成り行きを見守っていた。その視線の先にいる輝虎は、義輝の言葉を受けて頭を上げると、改めて自身の名を義輝に名乗った。


「ははっ、関東管領・上杉弾正大弼輝虎うえすぎだんじょうだいひつてるとらにございまする。上様、此度こうしてお目通りが叶い、この輝虎光栄の限りに存じまする。」


「そうか。そなたも長き間、東北(とうほく)鎮撫に全身全霊を尽くしたと聞く。その忠節、忘れぬぞ。」


「はっ、しかしどうやら上様とお会いしてから数十年経ちましたが、この幕府には何やらよからぬ空気がはびこっておるようで…」


 そう言うと輝虎は厳しい視線を両脇に居並ぶ松永久秀(まつながひさひで)浅井高政(あざいたかまさ)などの諸侯衆や管領(かんれい)畠山輝長(はたけやまてるなが)政所執事(まんどころしつじ)である摂津晴門(せっつはるかど)ら幕閣・幕臣たちを見回す様に向けながらため息を吐くような言葉を発した。


等持院(とうじいん)足利尊氏(あしかがたかうじ))殿が築いた伝統と格式ある幕府が良からぬ者達の政策に毒され、見るも無残な姿になっておるは耐えられませぬ。」


「なっ…!」


「…輝長殿。」


 この言葉を受けて輝長が輝虎に向けて発言しようとすると、それを脇にいた信頼が輝長の腕を掴んで制止した。その輝長の行動を見て輝虎が輝長の方に視線を向けて火花を散らす様に睨み合うと、この睨み合いを解くように上段の上座にいた義輝が輝虎に向けて言葉をかけた。


「…輝虎よ、その様な物言いをするでない。時代は変わりゆく物なのだ。」


「何を仰せになられます!そもそもこの日ノ本の戦乱の発端は、応仁(おうにん)の大乱以降に各地の国人土豪共が己が野心を発露させ、守護達の領国を(かす)め取ったが原因ではありませぬか!このような悪しき循環を断つには、その野心を根絶し元の姿に戻せば宜しいのでございまする!」




 この言葉には、輝虎自身の幕府のあるべき理想像が存分に含まれていた。事実、上杉憲政(うえすぎのりまさ)を奉じて北条氏康(ほうじょううじやす)を攻めたのも、北信(ほくしん)の諸将たちの願いを聞いて武田信玄(たけだしんげん)と戦ったのも、助けを求めてきた者達を救援する事も少なからずあったがその根底には、こうした旧来の伝統と秩序を正義とする輝虎の考えがあったのである。その輝虎から見れば、今の幕府の現状は目を覆いたくなるような有様であるのは確かな事であり、次に輝虎の口から発せられたのは、諸侯衆の中にいて先の詰問使としても来訪した小高信頼を逆になじる言葉であった。




「小高信頼!そなたの主(高秀高)の助長こそ見るに堪えぬ!もし本当に幕府への忠節があるのならば、即刻全ての領国を元の守護達に返すが良かろう!」


「…輝虎殿の意見には、身をつまされる思いです。」


 その輝虎の詰問を信頼は一身に受けるようなそぶりを見せて一礼すると、次には輝虎に向けて下げていた頭を上げ、静かな口調で輝虎に反論した。


「ですが、我らが主が挙兵した尾張(おわり)で言うのならば、元々の守護である斯波(しば)から領国を奪ったのは織田(おだ)家であります。その様な文句は、あなたの元に(かくま)われている信隆(のぶたか)殿にその旨を言うべきでは?」


「屁理屈を申すな!」


 この信頼の反論を屁理屈の言葉で一喝した輝虎は、その場の両脇に居並ぶ諸将を見回しながら、この場にいない者達を含めてさも(あげつら)うように言葉を発した。


「貴様だけはない。徳川(とくがわ)浅井(あざい)波多野(はたの)松永(まつなが)も!皆元々の守護から国を奪った悪逆の者達ばかりである!この様な者がはびこる幕府など、わしは見たくもないわ!」


「…輝虎、人が作った物などいずれ滅びるのだ。」


「何を仰せになられる!」


 輝虎の弁論を聞いた義輝が静かな口調で言葉を発すると、それを耳にした輝虎は驚きのあまり大きな声を上げて反応した。義輝は輝虎の反応を見ると言葉を続けて輝虎に対して反論するように語った。


「それに先に上げた者達でいえば、細川(ほそかわ)はそれこそ応仁の大乱の発端を作り、それに斯波や京極(きょうごく)は首を突っ込み皆自滅の道をたどった。それによって領民たちは塗炭の苦しみにあえぎ、国内は荒れていったのだ。その領民たちを救おうとしたものも少なからずおろう。お主の様に邪険に扱えばそれこそ幕府は自壊するであろう。」


「上様!!」


 この義輝の言葉を脇で聞いていた信頼は、この時点で義輝と輝虎の考えは全くかみ合っていない事を悟っていた。そんな信頼をよそに輝虎の言葉に苦悩の表情を義輝は見せ、数十年前に初めて面会したときの事を思い出しながら輝虎を(さと)すように語った。


「…輝虎よ、お主と初めて会った時は、そこまで己が理念をわしに押し付けてくるような人物ではなかった。それが数十年経ってそうなってしまうとは、わしは悲しいぞ。」


「上様、どうか目をお覚まし下され!どうかこの悪臣どもを誅殺せよとこの輝虎にご命令を!」


「輝虎!」


 なおもその場で己が考えに固執して義輝に迫った輝虎を義輝はついに一喝し、義輝は頭を抱えるようなしぐさを見せると共に輝虎に対してこう言い放った。


「…もう良い。お主は少し疲れておるのであろう。改めてではあるが当分の間、越後国(えちごのくに)に蟄居を申しつける。」


「上様っ!」


 義輝が輝虎に言った内容は、先の詰問使が告げた内容と同じ領国・越後での蟄居であった。この内容を聞いた輝虎が身を乗り出して義輝に言葉を返すと、その反応を見た義輝はまるで愚図(ぐず)る子供をあやす様な口調で諭した。


「もし、蟄居して己の考えを改め、改心して幕政に携わるというのであれば喜んで受け入れよう。しかし、逆にこれ以上我を通すのであれば、わしは非常の措置を下さねばならぬ。」


「非常の措置…」


 この義輝の言葉を聞いてさすがの輝虎もそれが何を指すのか分かった。つまりこの非常の措置とは上杉家に謀反ありとして幕府軍が上杉征伐に動くという暗示であった。これを聞いた輝虎がようやく腰を下ろしてその場に座り直すと、義輝は上座から輝虎に向けて念を押すような言葉を送った。


「分かるな輝虎よ、それを努々(ゆめゆめ)間違えるでないぞ?」


「…」


 その義輝の言葉を受けた輝虎はもはや反論する言葉を失い、ただ黙してその場で一礼して答えた。こうして輝虎は義輝から正式に越後での蟄居を命じられると、まるでなしのつぶても無いように上杉軍と共に京を後にしていった。しかしこの時、越後への帰路についた輝虎の胸中には、義輝への失望から良からぬ感情が芽生え始めたのであった。




「…上杉輝虎、蟄居を申し渡されたそうよ。」


「そうなんだ…。」


 この義輝・輝虎の会談の内容は、同席していた信頼によって翌十二月には名古屋(なごや)にいる秀高の元に届けられた。秀高はこの報を名古屋城(なごやじょう)本丸裏御殿の居間にて正室の静姫(しずひめ)(れい)たちと共に接していた。書状を手にしていた静姫と玲が先ほどの言葉を述べた後、静姫から書状を受け取った詩姫(うたひめ)春姫(はるひめ)、それに小少将(こしょうしょう)が三人で固まって書状の内容に目を通し、その後に詩姫が言葉を発して反応した。


「この書状によれば、輝虎は兄の言葉に耳を貸していたものの、その意見を怒りがこみ上げるような感情で聞いた後、何も言葉を発さずに受け入れたとか。」


「…もしそれが本当なのでしたら、輝虎は幕府に対し少なからぬ遺恨を抱えたことになりますね。」


 詩姫に続いて発言した春姫の言葉に、背後にいた小少将が首を縦に振って頷いた。その中で輝虎が夕食の御膳と共に用意されていた盃を手にしながら一点を見つめていると、その様子を見た静姫が秀高に向けて言葉をかけた。


「どうしたのよ。これがあんたが望んだ結果じゃないの?」


「…そうなんだがな。」


 静姫の言葉を受けた秀高は我に帰るように顔を上げると、盃を御膳の上に置いてから静姫の問いかけに答えた。


「恐らく輝虎はこれを受けて強硬手段も辞さなくなるだろう。そうなればいよいよ、対上杉の事を考えていかなきゃならなくなる。苦しい戦いになるだろうな。」


「…でも私は、秀高くんなら上杉と互角に戦えると信じてるよ。」


 秀高の考えを聞いた玲がそのように発言すると、秀高は玲の方を振り向いてからにこやかに微笑んで相槌を打った。


「あぁ、ありがとう玲。」


 そう言うと秀高は再び盃を手に取り、玲から酒を酌んでもらったのであった。秀高は先の義輝・輝虎の会談の結果によってどのようになるか思案していたが、実際破談に近いような終わりをしたことを受け、今後の見通しとして対上杉を考慮するような事態となった事にどこか我が意を得たような喜びを抱いていたが、それとは別に幕府の将来は決して明るくない事をどこか感じ取っていた。秀高がこのような考えを抱いたまま年は明けて康徳六年。幕府と、そして秀高たちにとって正に一番長い一年が始まるのであった…。





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