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1571年9月 もたらされた報告



康徳五年(1571年)九月 尾張国(おわりのくに)名古屋城(なごやじょう)




 康徳(こうとく)五年九月中旬。去る八月より(みやこ)での在京任期を終えた高秀高(こうのひでたか)は家族たちや僅かな側近を連れて本国・尾張へと帰還。翌年二月の上洛まで領国で羽を休めていた。そんな秀高の元に、昨月に越後(えちご)へと幕府の詰問使として下向した大高義秀(だいこうよしひで)が正室・(はな)と共に来訪。昨月の来訪時の顛末を秀高に語っていた。


「…輝虎(てるとら)が?」


「あぁ。奴は遅くとも年末までには上洛してくるってよ。」


 義秀が語った事。それは即ち再三にわたり諸国への工作嫌疑や揚北衆(あがきたしゅう)一揆の際の不始末を重ねた関東管領(かんとうかんれい)上杉輝虎(うえすぎてるとら)が遂に重い腰を上げ、上洛の要請に応じたというのだ。この「越後の龍(えちごのりゅう)」上洛の報を名古屋城本丸表御殿の中にある書斎にて受けた秀高は、上座に据えられている木製の長机に両肘をかけると考え込むように顎を手においてから言葉を発した。


「そうか…輝虎め、さては俺が尾張に引き下がったのを好機と取ったか。」


「恐らくはな。あの輝虎の事だ。幕府にて俺たちの事をある事ない事、嘘をまき散らすだろうよ。」


「殿、そうなっては我ら高家の沽券に関わるかと。」


 秀高の予測を聞いてその書斎にいた山口重勝(やまぐちしげかつ)が主君である秀高に向けて意見を述べた。すると秀高は重勝の懸念を聞いた後にそれを払拭させるような言葉を重勝に送った。


「重勝、心配するな。既にその事は事前に管領(かんれい)畠山輝長(はたけやまてるなが))殿と話は通してある。輝虎の言うこと全て、疑ってかかるようにとな。」


「なるほど…(はな)から輝虎の言う事を信じ切るのは保守派の幕臣のみ。管領殿がそのつもりならそれに同心する諸侯衆(しょこうしゅう)や改革派の幕臣たちは輝虎の言葉をうのみにする事は無いでしょう。」


 高輝高(こうのてるたか)付きの側近となり、この場にも輝高と共に参加していた竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはるは、秀高の意見を聞いた後にそれを踏まえた自身の考えを述べた。これに対し、名古屋在留の重臣である山口盛政(やまぐちもりまさ)は秀高に対してまた別の懸念を口にして発言した。


「されど殿、その輝虎は何でも上様(足利義輝(あしかがよしてる))の信任厚き人物と聞き及んでおりまする。幕府重臣たちが同心して輝虎に疑念を持ってかかったとしても、上様が輝虎の意見に納得しては水泡に帰す(おそれ)もありまするぞ。」


「盛政、おそらくだがその懸念はないとは思う。」


「何故にございまするか?」


 この盛政の意見に即答して否定した秀高は、盛政からの尋ねに対して自身お抱えの忍び衆である稲生衆(いのうしゅう)が掴んできた情報を参考にしてその見通しを語った。


「上様は先の詰問使の一件以降、現状に反抗するように我を通す輝虎に、少なからぬ不満を抱いている。おそらくだが輝虎の意見を受けて翻意する事はそうそうないだろう。」


「その通りにございます。ここはこれ以上幕府重臣たちには念を押さず、会えて事の成り行きに任せて静観するのが宜しいかと。」


 父・秀高の意見に賛同するように輝高がそう発言すると、秀高は輝高の方を振り向いてニヤリと笑った後に視線を重臣たちの方に向けなおして言葉を発した。


「輝高の言う通りだ。俺たちは京から離れて領国に帰還している。そこから幕府に色々と口出しすれば輝虎は警戒して上洛を取り止める恐れがある。それだけは何としても防がなくちゃならない。」


「ならここは、輝高の言うように成り行きを見守るしかないわねぇ…。」


 秀高の考えを聞いた華がその場で反応をすると、それを聞いた秀高は華の方を振り向いて首を縦に振った。


「そういうことです。ま、その上洛の辺りには俺たちの代わりに信頼(のぶより)が諸侯衆の任で上洛しているだろう。その場での事は信頼から情報を待つとするか。」


「あぁ。じゃあその事を信頼に伝えておくぜ。」


 義秀は秀高の言葉を聞いて相づちを打って答えた。後にこの場で語られた内容は密かに小高信頼(しょうこうのぶより)に伝えられ、それを受け取った信頼は来る上杉上洛に向けて備えたのであった。この輝虎についての話題を終えた後、話題を切り替えるように輝高が秀高に向けて言葉をかけた。


「そう言えば父上、来年はいよいよ熊千代(くまちよ)が元服するのでしょう?」


「あぁ。義秀の所の力丸(りきまる)と同じにな。で、その際に義秀夫妻と決めたことなんだが、力丸と俺の長女でもある蓮華(れんか)(めあわ)せて夫婦にしようと思っている。」


「なんと…。」


 来たる来年の正月、義秀の嫡子である力丸と秀高の次子である熊千代はそろって元服の儀を済ませる事が決まっており、それに続いて元服した力丸と姫として髪結いした蓮華姫との縁談が取り決められていた。この事を重臣たちに改めて告げた秀高は、その場で驚いている重臣たちに向けて言葉を続けた。


「これ自体は事前に義秀たちと決めていたことでな。それに本人たちもまんざらではないらしい。」


「父上、それはあくまで仲が良い幼馴染というだけでしょう?」


 秀高の言葉に対して輝高が二人の関係性を表現して答えると、それを聞いた秀高は輝高の言葉を聞いてふふっと微笑んだ後に言葉を返した。


「そうか?でもお前の父と母も、その幼馴染の縁で結婚したんだ。これこそ読んで字のごとく「縁組」というにふさわしいと思うけどな?」


「まぁ、父上がそう仰せになるのでしたら…。」


 この秀高の言葉を受けて輝高が納得すると、秀高は再び重臣たちの方を振り向いて今後の方針を語った。


「とりあえず、京の事は成り行きに任せて俺たちは次の上洛までゆっくりと過ごせばいい。それに…」


 そう言うと秀高は視線を脇に逸らした後、義秀夫妻や重臣たちの視線を一身に受ける中で逸らした先を真っ直ぐに見つめながら、含みを持たせるような言葉を発した。


「…どちらに転んでも、俺たちに損はないのだからな。」





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