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1571年5月 幕府問注所 処分の決定



康徳五年(1571年)五月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 伊達(だて)相馬(そうま)の代表、並びに島津(しまづ)伊東(いとう)肝付(きもつき)三家の代表より聞き取りを終えた幕府問注所の評定員たちは、それぞれの代表を控えの間に戻させると上座に座す管領(かんれい)畠山輝長(はたけやまてるなが)政所執事(まんどころしつじ)摂津晴門(せっつはるかど)、そして侍所所司(さむらいどころしょじ)高秀高(こうのひでたか)が主導して裁定を練り始めた。


「さて、まずは伊達・相馬間の処分であるがこれについて何か意見ある者はおるか?」


「然らば言上(つかまつ)る。伊達・相馬間に関しては相馬側の稙宗(たねむね)公遺言状に従い、伊具(いぐ)宇多(うだ)両郡内にある隠居領を相馬に引き渡しては如何か?」


 管領である輝長の意見に反応して意見を申し述べたのは、この裁定に評定員として加わっていた諸侯衆(しょこうしゅう)松永久秀(まつながひさひで)であった。するとこの久秀の意見を聞いた吉川元春(きっかわもとはる)は口を開いて久秀の意見に反論した。


「しかしそれを聞けば伊達は文句を申そうぞ。」


「この一件は稙宗公の遺言状を偽造してまで相馬に抗った伊達に落ち度があるかと。ならば幕府としては相馬の言い分に正統性があると判断し、相馬の主張通りにするが宜しかろう。」


「ふむ…久秀殿のご意見に賛同する面々は如何程か?」


 この久秀の元春に対する反論を聞いた後、晴門は久秀の意見に賛同する者達を尋ねた。それに答えて幕臣の京極高吉(きょうごくたかよし)が挙手すると、それを見た元春は上座の輝長や秀高らに向けて己が意見を主張した。


「ならばあえて発言させて頂く。相馬領に近い宇多郡はともかく、丸森城(まるもりじょう)を抱える伊具郡の隠居領割譲を伊達は飲むとは思えませぬ。」


「ではどのようになさるので?」


 この元春の弁論を受けて秀高が対案を尋ねると、元春はその場にいた評定員たちに向けてその処分案を発表した。


「ここは遺言状の正統性はともかく、隠居領の内宇多郡を相馬、伊具郡を伊達にするが宜しいかと。」


「元春殿、それでは今度は相馬が納得しません。そのような双方の顔色を窺うような内容では何も解決はしないかと。」


 この元春の案を聞いて秀高が即座に反論すると、秀高はその場に集まっていた評定員の面々や上座の輝長・晴門の顔をぐるりと見つめながらこう言った。


「そもそもこうして集まって裁定する理由は全て、こうした領土紛争を解決するがためのはず。その様などっちつかずの裁定を下せば幕府の威信に傷が付きましょう。それは避けるべきと思います。」


「…では所司殿のご所存は?」


 秀高の弁論を受けた元春は逆に秀高に処分案を尋ねた。すると秀高は下座にいた久秀の方を見つめながら意見を述べた。


「私は久秀殿の意見通り、遺言状偽造を行った伊達家に過失ありと見なし、遺言状に従い稙宗公の隠居領全てを相馬に引き渡すべきと思います。」


「某も所司殿に従いまする。」


「同じく!」


 この秀高の意見に評定員であった柳沢元政(やなぎさわもとまさ)長野藤定(ながのふじさだ)が相次いで賛同するように声を上げると、その状況を見た元春は渋々納得するように頷くとその場で秀高の意見に賛同する意を示した。これを見た輝長は下座にいる評定員の面々をぐるりと見回すと、首を縦に振って頷いた。


「では、相馬に稙宗公の隠居領全土を割譲するという裁定を下すこととする。続いて島津の一件であるが…」


「輝長殿、それに関してはこの私に考えがあります。」


 輝長によって次の島津などの領土紛争の一件に話が代わると、徐に秀高は輝長に向けて発言して自身の意見を申し述べた。


「ここは先ほどの晴門殿の御考え通り、島津に日向(ひゅうが)大隅(おおすみ)二ヶ国の守護職を与えて肝付・伊東をその傘下に組み込ませるべきかと。」


「しかし所司殿、それでは先程の言葉ではないが両家は納得せんぞ。」


 この秀高の意見に真っ向から反論したのは他でもない元春であった。秀高は元春からの反論を受けると元春の方を振り向いて言葉を元春に返した。


「そこでです。これと同時に島津には裏で、もし双方が再び小競り合いを島津に行った際には幕府の名においてこれを征伐すべしとの密書を与えます。そうすれば島津は大手を振って両家の討伐が可能になります。」


「幕府が戦を(けしかけ)けると申すか!」


 この元春が声を上げて反論したのも無理はない。秀高の申した処分案というのは島津に大隅・日向守護職を与えると同時に、伊東・肝付が反抗するようならばこれを討てという密命を与えるという物であった。いわば戦を助長させるように見えるこの処分案を聞いて元春が反駁すると、秀高はその言葉を受けた後にその場の一同に向けて処分案の理由を語った。


「先の法令が施行されたと言えど、野心を拭いきれぬ各地の大名…特に九州の諸大名は幕府の法令に逆らい小競り合いを始めているとか。ここは島津に大義名分を与えてこれを討たせ、九州の諸大名に思い知らせる必要があるかと。」


「そのような事をすれば、それこそ幕府の威信に傷が付こうぞ!」


「では元春殿はどのようになさるお積もりで?」


 なおも食って掛かってくるように反論する元春に対し、秀高が対案を尋ねると元春は一歩前に出て秀高に対して自身の対案を申し述べた。


「島津への両守護職補任は反対せぬ。だが伊東も肝付も一介の大名ならば同格の島津の傘下に入れと言われて納得する訳が無かろう。ならばここは肝付・伊東に幕府奉公衆(ほうこうしゅう)の役職を与え、その領地を保全させると同時に島津の与力大名として扱えば、さしもの肝付や伊東両家も表立って反発は出来ぬであろう。」


「なるほど…摂津(せっつ)荒木村重(あらきむらしげ)の様な統治体制を取るという訳か。」


 元春が申し述べた対案は、摂津国内にて自身の所領と幕府奉公衆が混在する荒木村重のように、島津義久が肝付・伊東を与力として取り纏めて形式上の国主に扱うという物であった。その対案を聞いた秀高は、意見を述べた元春に対して厳しい視線を向けながら真っ向から反論した。


「元春殿、その考えこそ幕府の基盤を揺るがしかねません。これから先、幕府が全国の諸大名を統制していくには、伊東や肝付の様な野心旺盛な大名は邪魔な存在となります。その様な大名達に釘を刺すような事をする事こそ、幕府が全国に影響力を持つ証となるでしょう。」


「…ならばもし、今後伊東や肝付に不審な動きがあった時には、お主が申す様に島津に両家討伐の密命を実行させるが良かろう。」


「そのお言葉に、偽りはありませんね?」


 秀高に対して元春が密命の事を持ち出して発言すると、秀高はその意見を聞いて釘を刺すように問い返した。その問いかけに対して元春が黙して首を縦に振ると、この返答を見た秀高はぁ、と一つため息を吐いた後に輝長の方を振り返った後に発言して自身の処分案の中の表現を少し変えた。


「…ならば輝長殿、ここは島津の傘下というのではなく、島津の「与力」という表現にしましょう。与力ならば少しは両家の反発を和らげることが出来るかと。」


「うむ、秀高の言葉はよく分かった。ならば我らとしては小競り合いを起こした肝付・伊東に非があるものとし、島津に両守護職を与えてこれらの統制に当たらせるものとする。方々、異存はあるか?」


 秀高の言葉を聞いた輝長は評定員の面々に向けて取り纏めた処分案について口にすると、それを聞いた久秀や元春ら評定員は頭を下げて賛同の意を示した。こうして京で開かれた幕府問注所は議題に上がった二つの事案に対して以下の様な処分を下した。


・伊達家は遺言状偽造という不首尾につき、伊具・宇多両郡内の稙宗隠居領を全て相馬に引き渡す事。


島津義久(しまづよしひさ)を大隅・日向守護職に補し、小競り合いを仕掛けた肝付・伊東などの諸勢力を与力として管轄する事。


 これらの裁定によって双方にて浮き上がった領土紛争は一応の解決を見せ、各大名達はその裁定に従って行動することになる。しかしこの裁定を下した後、主導した秀高のもとに驚きの報告が入った。その火の手が上がったのは本国・尾張(おわり)の隣にある美濃(みの)郡上郡(ぐじょうぐん)からであった…。





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