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1558年3月 受け継がれた意志



永禄元年(1558年)三月 尾張国(おわりのくに)鳴海城なるみじょう




「おぉ…秀高よ、来たか。」


 鳴海城に居室の一室。二つ敷かれた布団の中に、重傷を負って止血を施された山口教継(やまぐちのりつぐ)山口教吉(やまぐちのりよし)の父子が横たわっていた。そこに招かれた高秀高(こうのひでたか)ら一同は、教継らに起こった大事を察していた。


「殿…如何なされましたか!」


「…やられた…長照(ながてる)に、先手を打たれた…」


 その言葉を聞いて、秀高は驚いた。つまり山口父子を瀕死の状況に追いやったのは、先刻教継が言い返して追い返した鵜殿長照(うどのながてる)の仕業だというのだ。


「それは…どういうことですか!」


「秀高殿…これを…」


 と、その山口父子に同行し、大事がなかった一人の側近があるものを手渡した。それは今川(いまがわ)の家紋である「赤鳥紋(あかとりもん)」が施された刺繍であった。


「これは、どこにあったのです?」


 秀高がその側近に尋ねると、側近はその時、山口父子に起こった凶事をつぶさに語りだした。




 それによるとあの時、茂みの方角から何発もの銃声が鳴り響き、次の瞬間には中央にいた山口父子が一斉にどうっと倒れ込んだというのだ。そして山口父子だけではなく、その場にいた何名かの家臣も、その場で犠牲になったという。


 その後この側近が、銃声が起きた方向に刀を構え、乗り込んでいくとその場にはだれ一人おらず、ただその場所には一つ、この赤鳥紋が施された刺繍のみが落ちていたというのだ。




「そうか…この刺繍だけが…」


 その報告をすべて聞いた小高信頼(しょうこうのぶより)と秀高は、その報告がどこかきな臭く感じた。それはこの山口父子を襲ったのが、あたかも今川家が襲ったかのよう見せる、どこか工作のように感じたからであった。


「…伊助(いすけ)!」


 信頼は咄嗟に、その場に忍びの伊助を呼び寄せて指示を下した。


「…この報告どこか怪しい。即刻領内をくまなく調べ上げ、不審者の出入りがないか調べ上げてくれ。」


「ははっ!」


 信頼の指示を聞いた伊助は、その場から消えるように去っていった。そして代わりにその場に流れたのは、危篤状態となっている父・教吉を心配する静姫(しずひめ)の声であった。


「父上…父上っ!起きてよ父上!」


「姫様…姫様っ!!もう教吉さまは最早…」


 教吉の傍にいた医者がその状態を見て、静姫を制止するように言葉をかけると、教吉は最期の力を振り絞るように言葉を静姫にかけた。


「静…静よ…」


「父上?どうしたのよ父上!」


「お前は…生きてくれ…生きて…」


 そう言った後、教吉の言葉は途切れた。それを見た医者が教吉の脈を図ると、申し訳なさそうに静姫に、神妙にある事を告げた。


「…ご臨終にございます。」


「嘘よ。そんな、父上が…っ!」


 静姫はそう言った後、感情が決壊したように教吉の亡骸に抱き着き、大粒の涙と共にすすり泣いた。その声を聴いてその場は悲しみに暮れ、つられて涙する者が出ていた。


「…申し上げます。ただ今、佐治(さじ)親子が罷り越しました。」


「そうか…この場に通してくれ。皆に話がある。」


 佐治親子の来訪を告げた小姓に対し、教継はそう言ってこの部屋に案内するように告げた。既に佐治親子と先導してきた三浦継意(みうらつぐおき)には事の状況が耳に入っており、継意はその場に来ると秀高の隣に座り、教継の手を取ってこう言う。


「殿…殿!しっかりなさいませ!」


「継意…思えばそなたが相模(さがみ)から落ち延びてこの方、そなたはこのわしの片腕としてよく仕えてくれたな…。」


「何を弱気な!これしきの傷など…」


 継意は教継を励ますように言葉を続けようと思ったが、その重傷を見て最早先がないと、継意も悟ったのである。




————————————————————————




「…皆、聞いてくれ。これより申すことはわしの遺言として聞いて欲しい。」


 その最中、教継は側近の腕を借りて座るように姿勢を上げると、その場にそろっていた一堂にこう言った。


「…本来であれば、今日この場に皆を集めたのは他でもない。わしは今川から独立し、山口の家名を天下に示そうと思ったのだ。」


 その言葉を聞いて、その場に居並ぶ一同は教継が抱いていた大望を知った。そして秀高には、やはりこの志であったかと納得できていたのである。


「…だが、正にそれを示そうとした今日、我ら親子はかくのごとき事態に陥った。佐治殿にも、ご迷惑をかけた…」


「なんの…それは申さないでくだされ。」


 教継の言葉を受けて、為景は教継を安堵させるように言葉をかけた。それを聞くと教継は、頷いて話を続けた。


「既にここにいる、佐治父子は我らと志を同じくし、決起の際には共に行動を起こす手はずであった。…だが、それも叶わぬ事となった。」


 教継は自身の身の不甲斐なさを悔いるように歯ぎしりするが、目をいったん閉じて落ち着かせ、再び前を向いて言葉を発した。


「しかし、だからといってこのまま死ぬわしではない。わしはその大望を、そしてこの山口の家を、残すべく手を打ちたいと思う。よく聞いてくれ。」


 そう言って次に放たれた教継の言葉は、周囲の人間を驚愕させるに十分であった。



「わしは今日この日をもって、ここにいる高秀高を後継者としたいと思う。」



 その言葉を受けた秀高一同は驚き、特に秀高は面食らったような表情を浮かべた。それを気にすることなく、教継は言葉を続けた。


「この秀高はこれまで、類稀(たぐいまれ)なる才を発揮し、我が山口家の威名を高めてくれた。この才こそ天下に示せるものであろう。…教吉亡き今、わしは、秀高にすべてを託したいと思う。」


 その教継の意見を聞いていた継意ら家臣の反応はそれぞれであった。継意や佐治親子ら、秀高の能力を認める一同はその意見を是としていたが、あまり付き合いのない家臣たちには、懐疑的な雰囲気が漂っていた。


「殿…畏れながらそれは余りにも身に余る申し出にて…」


「謙遜するでない。」


 その空気を察した秀高の言葉に、教継は釘をさすように諭し、そのまま話を続けた。


「この秀高の才は義元より、いや、下手すれば信長より上じゃ。その家臣に後を譲る事こそ、先駆者の務めである。」


 すると、その話を聞いていた静姫が決意をして、教継の傍に駆け寄った。


「じい様…もしその話が本当なら、私も、じい様に頼みがあるの。」


 その静姫の言葉を聞き、言おうとしていたことを理解した教継は、静姫を制し、改めて言葉を発した。


「そこで…秀高よ。ここで頼みがある。この静姫の夫となり、山口の家名を受け継いでくれぬか?」


 その頼みを聞いた秀高は驚いた。つまりそれによれば、秀高の側室に静姫が入るという訳である。


「しかし殿…私は側室は迎えないことにしてまして、いくら殿の申し出であっても…」


「案ずるな秀高。なにも側室としてではない。今いる正室と共に、一人の妻として娶って欲しいのじゃ。」


「しかし…」


「あんた、まだ勘違いしているようね。」


 静姫はそう言うと、秀高に向かってこう言う。


「良い?あんたが言う側室って言うのは、本来の意味は「使用人」みたいなものよ?じい様が言っているのは、新たな正室の一人として私を迎えてくれって言っているのよ。」


「姫様…」


「…じい様の申し出通り、あんたの家族に迎えてくれるなら、申し分はないわ。」


 その言葉を聞いていた秀高には、なおも受け止めきれなかった。だがその時、(れい)が秀高に話しかけた。


「秀高くん、言ったよね?私に遠慮しないでって。」


「だが…」


「…姫様も覚悟を決めていると思う。それを受け止めるのも、大事な事じゃないかな?」


 その(れい)の言葉を聞いて、秀高は静姫の想いを真っ正面から受け止める覚悟が出来た。そして秀高は、改めて教継に言った。


「…分かりました。その縁組、喜んで引き受けましょう。」


 その言葉を聞いて、秀高の後ろにいた(まい)も安堵した。そしてその表情を見ていた静姫も同じように安堵し、改めて教継に言う。


「じい様、仰せの通り、私は秀高に嫁ぎます。」


「…そうか。それで思い残すことはない。」


 教継はそう言うと、改めて秀高に向かってこう言った。


「秀高よ、もし、この静姫との間に子が出来れば、その一人に、どうか山口姓を継がせて家名を繋げてほしい。このわしの頼みじゃ。」


「…分かりました。その申し出、しかと引き受けましょう。」


 教継の遺言ともいうべき言いつけを受け取った秀高は、深々と頭を下げた。それをみた教継は、継意ら家臣にこう宣言した。


「…良いか、これよりは秀高が当主となる。もしこの時点で従えぬものがあらば無理にとは言わぬ。暇を与える故どことなりへと行くが良い。」


 その言葉を聞いた教継の家臣たちは思案するように黙り込んでしまった。しかしその中で、いの一番に声を上げたのは、他でもない継意であった。


「何を仰せになられる!このわしは、秀高殿の才をこの目で見て来た!秀高殿ならば、殿の後継者として申し分ない!」


 継意はそう言うと、秀高に向かってこう言った。


「この三浦継意、謹んで秀高殿の配下となりましょう!」


 この継意の言葉を聞いた後、一同は黙って周囲の空気を探っていた。その後に言葉を発したのは、他でもない為景であった。


「うむ。わしも説得に来た秀高の胆力を知っておる。奴ならば、きっと大名として成り立つであろう!秀高殿、この佐治為景、謹んで従いましょう!」


 為景の言葉に続き、共に鳴海城に来ていた息子の佐治為興(さじためおき)も賛同するように頭を下げた。だが、他の家臣たちの動きは鈍く、いまだ秀高への不信感はぬぐい切れないでいた。


「…分かった。従えぬものは致し方ない。今より暇を申しつける。下がるが良い。」


 その雰囲気を察した教継は、非情ともとれる命令を下した。それを聞いた家臣たちの大半は、教継に一礼してその場を去っていったが、その中でも二人の家臣が残った。


「そうか…お前らは残ったか。盛政(もりまさ)重俊(しげとし)よ。」


 その残った二人の家臣と言うのは、教継から見れば、山口家の嫡流でもある山口盛政(やまぐちもりまさ)と、秀高の城割によって破却された星崎城(ほしざきじょう)主の山口重俊(やまぐちしげとし)であった。


「はっ。我ら山口家の家名を託した秀高殿に、是非とも従いたく存じまする。」


「秀高殿の城割は、一見すれば権益を脅かすものかと思われましたが、その采配は無駄がなく、正に理に適ったものと知り、ここに改めて、忠節を誓いたく思います。」


「盛政殿…重俊殿…かたじけない。」


 秀高が残った二人にこう言葉をかけると、遂に教継の容態は悪化し、側近たちは教継を横にさせた。そしてついに教継は力尽きようとしていた。


「秀高よ…これが最期の頼みじゃ…」


 教継はそう言うと、秀高の手を取り、握りしめるように言った。


「これよりは…何者にも従うな…己の心のままに…天下を!!」


 そう言った直後、教継の意識は途絶え、力が抜けたように秀高の手から教継の手が零れ落ちた。それをみた静姫は再び涙を瞳に浮かべ、そして抱き付いてその別れを惜しんだ。そして秀高ら一同も改めて、亡くなった教継に向かって頭を下げて一礼したのだった。




 明けて永禄(えいろく)元年三月二十九日。尾張鳴海城主・山口教継は、その大望を果たすことなく、子の教吉と共に五十九年の生涯を閉じた。そして教継、引いては織田信勝(おだのぶかつ)の意思を受けた秀高が、遂に戦国乱世に名乗りを挙げようとしていた。





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