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1571年4月 長島一向一揆<後>



康徳五年(1571年)四月 伊勢国(いせのくに)長島(ながしま)




 翌四月二十七日、高輝高(こうのてるたか)を総大将とする長島一向一揆ながしまいっこういっき鎮圧軍は九鬼嘉隆(くきよしたか)を大将とする高家水軍の援護のもと、二方向から渡河して長島輪中に分散して上陸した。伊勢側の桑名(くわな)に集結していた伊勢路(いせじ)の軍勢は、長島城(ながしまじょう)南方に構築された一揆衆の小田御崎砦(おだみさきとりで)長野藤定(ながのふじさだ)軍、大島砦(おおしまとりで)前田利久(まえだとしひさ)軍の総勢九千人の将兵が、砦に立てこもる一揆勢に襲い掛かった。


「よし、何とか上陸出来たな。」


 そして尾張(おわり)側の鯏浦(うぐいうら)より渡河してきた尾張路(おわりじ)の軍勢は、織田信澄(おだのぶずみ)軍が願証寺(がんしょうじ)にほど近い松ノ木砦(まつのきとりで)へ、佐治為景(さじためかげ)軍が長島城解放の為に長島城東方にある押付(おしつけ)殿名(とのな)両砦に向かい、本軍である高輝高勢は篠塚砦(しのづかとりで)に拠る一揆勢攻撃に来ていたのである。


義秀(よしひで)叔父、あれが篠塚砦か?」


「あぁそうだ。元々は一益(かずます)が願証寺監視の為に築いた砦なんだが、今はこうして一揆勢の拠点になっている。」


 その篠塚砦攻撃の前に、篠塚砦の様子を上陸してから一目見た輝高に対して大高義秀(だいこうよしひで)は砦を指差しながら詳細を語った。すると輝高は昨夜に鉢屋弥之三郎(はちややのさぶろう)より報告を受けた内容を踏まえた発言を義秀にした。


「…義秀叔父、聞けば一揆勢に破門宣告をしに行った下間頼旦(しもつまらいたん)殿があえなく命を落とされたとか。」


「あぁ。だが頼旦に手を掛けた北畠具親(きたばたけともちか)は弥之三郎が暗殺し、破門宣告も一夜のうちに一揆勢に伝播しているみたいで、士気はかなり低いぜ。」


 義秀が輝高に語った通り、昨夜来にもたらされた石山本願寺(いしやまほんがんじ)門主・顕如(けんにょ)からの破門宣告は、檄文の内容を信じて一揆を起こした一揆衆の士気をどん底に叩き落とした。それどころか中には逃げ出す者も出始め徐々にその兵力を減らしつつあったのである。この状況を既に知っている義秀は、目の前の篠塚砦をやや物悲しそうに見つめる輝高に向けて言葉をかけた。


「輝高、これから起こる事は決して正当な戦とは言えねぇが、綺麗事ばかりじゃ世の中は渡れねぇ。それを肝に銘じて見ておくんだ。」


「承知しました。」


 義秀の言葉を受けて気を取り直すように一息入れた輝高は、手にしていた軍配を掲げると一気に振り下ろして下知を飛ばした。


「良いか!これより一揆を起こした不逞(ふてい)の輩を成敗する!かかれ!!」


「おぉーっ!!」


 この下知を受けて輝高配下の将兵は一斉に喊声を上げ、目の前の篠塚砦に攻め始めた。対する篠塚砦の一揆勢は抵抗の姿勢を示したものの多勢に無勢。ものの僅かな間で攻め落とされて一揆勢は皆(ことごと)く討死した。この他の砦も同様な様子であり高家の軍団が分散して長島輪中の各地に上陸してから僅かの間に、各地の一揆勢の砦は次々と陥落していったのだった。この様子を長島城(ながしまじょう)の本丸にある天守閣より見つめていた一人の武将がいた。長島城主・滝川一益(たきがわかずます)である。


「父上!お味方が救援に参りましたぞ!!」


「おぉ…ようやく来られたか!」


 一益のもとに報告に来た一益の嫡子・滝川一忠(たきがわかずただ)が味方である輝高勢の動向を伝えに来ると、それを聞いた一益は待ち侘びていた援軍の到着に喜びを隠しきれないでいた。そんな一益のもとに天守閣の階段を駆け上がって滝川家臣の木全忠澄(きまたただずみ)が報告に来た。


「殿!既に城内のお味方は打って出る覚悟を固めておりまする!ご決断を!」


「うむ!」


 一益が忠澄の言葉を聞いて意気込むように頷くと、その忠澄に同行して天守閣の階段を上がってきた幕臣・細川藤賢(ほそかわふじかた)が意気込んでいる一益の姿を見て会釈をした。


「おぉ、藤賢殿。」


「一益殿、最早大義を無くした一揆勢など烏合の衆。思う存分蹴散らし鬱憤(うっぷん)を晴らされるが良かろう。」


「ははっ!」


 自身に言葉をかけて来た一益に向けて藤賢が鼓舞するような言葉を送ると、一益はこれを大きく頷いた後にその場にいた一忠や忠澄に向けて下知を飛ばした。


「よし!これより我らも打って出る!わしに続けぇ!」


「おぉーっ!!」


 そう言うと一益は先頭に立つばかりに階段を勢いよく駆け下りていき、一気に城外に打って出て行った。その後姿を藤賢が見つめる中で一益は軍勢を纏めて長島城より打って出ると、救援に来た味方の軍勢と挟み撃ちするような態勢を敷いて一揆勢の殲滅を開始。最早こうなってしまっては大勢は既に決し、一刻も経たないうちに一揆勢は完膚なきまでに殲滅され尽くしたのであった。




「ほれ、さっさと歩け!」


 一向一揆が完全に鎮圧された後、長島城に入城した輝高や義秀の目の前に、縄について捕縛された首謀者の証意(しょうい)日根野吉就(ひねのよしなり)大島親崇(おおしまちかたか)らが輝高側近・土方高久(ひじかたたかひさ)に引かれる形で引きずり出された。やがて高久は縄目につく証意らを地面に(ひざまず)かせると、目の前にて床几(しょうぎ)に座す輝高に向けて言葉を発した。


「若殿、こちらが一揆の首謀者どもにございまする。」


「そうか。」


 輝高は高久より言葉を受けると、高久が一歩下がった後に縄目の証意に向け、優しい口調で尋ねた。


「ご住持に尋ねる。何故此度(なにゆえこたび)一揆を起こされたのか?率直な意見を承りたい。」


「…話すことなど何もない。さっさと斬るが良い。」


 この証意の強情な様子を、輝高の隣に座す義秀や正室の(はな)はやや(にら)みつけるような視線を送った。その中で輝高は何も答えずに意地を張った証意の姿勢を呆れるように溜息(ためいき)を吐いた後、冷ややかな視線を証意や一列にならぶ吉就らに送りながら言葉を発した。


「…人を諭す役目を持つ僧侶が問いかけに答えず、あろうことか死を願うとは愚かな極み。義秀叔父、どうなさる?」


「首を斬る。それしかねぇな。」


「華の叔母上も同じで?」


 輝高より問いかけられた華はただ一言、「そうね。」と言葉に発して輝高に返した。この両名の返答を聞いた輝高はこくりと頷くと、すぐに視線を証意らに向けてから毅然とした態度で処分を下し始めた。


「ではまず、一揆に乗じて己が武名を誇ろうとした武士どもには斬首を申しつける。引っ立てよ!」


「ははっ!!」


 この下知を受けると高久や滝川家臣の忠澄らは証意の側にいた吉就や親崇らを陣幕の外へと引っ立てていき、やがて城の一角において首を()ねた。この際に斬首されたのは二人を含めた十数名の浪人たちであり、彼らは長島城北門の外において晒し首にされたという。そしてその場に取り残された証意に対し、輝高は証意に側近の高久を介して一本の短刀を差し出すと、簡潔にこう告げた。


「証意殿。どうかこの場にて神妙に腹を召されよ。」


「…父親に似て、どこまでもいけ好かぬ奴!」


 輝高の言葉を受けてようやく感情をあらわにした証意は、父・高秀高(こうのひでたか)への嫌悪を含めて輝高を睨みつけながら負け惜しみを吐くと、短刀を手に取って刀身を抜くとそれをかざして輝高に(おど)りかかろうとした。するとその凶行を目にした真田信綱(さなだのぶつな)が素早く太刀を鞘より抜くと、一太刀で証意を斬り捨てた。


「ぐうっ…き、貴様らをあの世で呪い殺して…」


 信綱の一太刀を受けた証意は憎しみを込めた言葉を吐き捨てると、やがて地面に倒れ込んでそのまま息絶えた。それを見た信綱が太刀を鞘に納めると同時に、義秀はその凶行をじっと見つめていた輝高に向けて言葉をかけた。


「…輝高?大丈夫か?」


「いや。ただこの目の前の、憎しみしかなかった御坊を憐れんでいるだけです。」


 そう言うと輝高は床几よりスッと立ち上がると、証意の遺体が片付けられる中で城内の風景を見つめながら、今回の一揆の自身の感想を込めた言葉をその場で発した。


「…この私も父同様、僧侶が民衆を扇動して寺社の力を示すなど愚の骨頂と思っている。自国の民衆を傷づけるような戦など、二度としたくはない。」


「それが出来るかどうかは、お前にかかってるぜ。輝高。」


 その輝高の言葉を聞いた義秀が輝高を鼓舞するように言葉を返すと、それを聞いた輝高は背後の義秀の方を振り向くと、その場にいた諸将を視界に収めながら言葉を発した。


「分かっています。皆、この戦いで戦火を被った長島城周辺の領民を宣撫し、補償などを出して民心の確保に努めるとしよう。」


「ははっ!」


 ここに尾張統一続いた願証寺との因縁は、証意による一向一揆の鎮圧という形で終焉した。その後、破門された願証寺の伽藍は全て破却されて更地にかえり、同時に長島領において戦火を被った農村部の復興に輝高らは尽力する事となった。これによって尾張・伊勢両国における不穏分子は全て無くなったものの、この一向一揆を裏で煽動した織田信隆(おだのぶたか)の謀略は他の秀高領国に向けられていたのである…。





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