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1571年4月 長島一向一揆<前>



康徳五年(1571年)四月 尾張国(おわりのくに)蟹江(かにえ)




 康徳(こうとく)五年四月二十六日。伊勢長島(いせながしま)にて勃発した願証寺(がんしょうじ)主導による一向一揆に対し、願証寺の本山である石山本願寺(いしやまほんがんじ)門跡(もんせき)顕如(けんにょ)は願証寺とその呼びかけに賛同した門徒たちを一斉に破門処分にし、それを確認した尾張名古屋城(なごやじょう)にいた高秀高(こうのひでたか)が嫡子・高輝高(こうのてるたか)大高義秀(だいこうよしひで)らの補佐のもと、鎮圧軍を起こして一路伊勢長島へと出陣。この日には蟹江近郊に着陣しそこに本営を置いた上で一揆鎮圧の軍議を開いた。


「…皆、この度我が父より一揆鎮圧の命を受け、若輩ながらこの私が一揆鎮圧の総大将を務める事となった。至らぬ点もあるとは思うが、皆の力を借りてこの難局を収めたいと思う。」


「若殿、初陣ながら総大将とはかなりの重圧もあるかとは思われまするが、ここは何卒我ら老臣を御頼りくだされ。」


 輝高の言葉を受けて鳴海城(なるみじょう)の城主でもある家老・佐治為景(さじためかげ)が緊張の面持ちを見せている輝高に対し、緊張をほぐすように声を掛けるとそれを聞いた輝高は若干表情を柔らかくしてから答えた。


「為景、その言葉有難く思う。では早速だが軍議を始めようと思う。義秀叔父。」


「あぁ、分かった。」


 この輝高からの言葉を聞いた義秀は自身の妻である(はな)を傍らに置きながら、床几(しょうぎ)よりスッと立ち上がると陣幕の中にて諸将の輪の中に置かれていた机の上にある、長島城(ながしまじょう)周辺の絵図を指示棒(さしぼう)で指し示しながら滝川一益(たきがわかずます)からの報告を踏まえつつ言葉を発した。


「一益からの報告によれば、一揆勢は本願寺からの破門の報せを全く知らずに城の包囲を行っているとのことだ。ここはまずその情報が渡る前に木曽川(きそがわ)の辺りまで進み、そこからは既に長島輪中を川より包囲する九鬼嘉隆(くきよしたか)指揮する高家水軍の援護を受けながら、一気に長島に渡る。」


「なるほど。その速戦即決を志すためにそれぞれの師団(しだん)の兵数をわざと少なくさせたのですな?」


 この高家の軍勢は先年、義秀らが推し進めた軍制改革による兵制が敷かれており、最大で一万二千人ほどの軍勢を抱えるほどその戦力は増大されていた。しかし今回の一揆鎮圧においてはあえて兵数を制限したことにより、各師団の立ち回りを向上させて素早い一揆鎮圧を行おうとしていたのである。その事を同じ輝高の補佐役である竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはるより尋ねられた義秀は、首を縦に振って頷いた。


「そうだ。本来ならば一師団最大で一万二千人ほどの編成だが今回は騎兵隊を編成から外し、兵数も半数の六千人までに抑えている。だがそんなに減らしても一揆勢一万を相手には十分すぎるほどの戦力だ。この兵力差で一揆勢を完膚なきまでに鎮圧する。」


「えぇ。後はこちらが慢心せずに戦いに専念するだけよ。」


 義秀の言葉に続いて華が口を開き、目の前の半兵衛を見つめながら言葉を発するとその内容を耳にした半兵衛は得心がいったように頷いた。それを見た義秀はその後に口を開いて軍議を続けた。


「一応布陣としては、伊勢路(いせじ)より長野(ながの)軍四千五百に前田(まえだ)軍の五千、合わせて九千五百が長島輪中(ながしまわじゅう)より揖斐川(いびがわ)沿いにある桑名(くわな)の地に向かって進軍している。俺たちはこのまま鯏浦(うぐいうら)の辺りまで進んでそこで渡河の頃合いを見計らう。」


「しかし義秀叔父、一揆勢は長島の中だけとは限りません。長島の周囲にある木曽・揖斐両川にも一揆勢が現れる恐れもあります。その場合はどうするので?」


 輝高が懸念を示したのは長島輪中の外、即ち尾張・伊勢国境地帯沿いの木曽三川(きそさんせん)流域にすむ中立の一向宗徒が決起する事だった。それを聞いた義秀は輝高の懸念を解消させるように自信たっぷりと答えた。


「心配するな輝高。それに備えての短期鎮圧だ。まぁこれ以上一揆勢が増えても奴らの優位は本願寺からの破門宣告で一気に崩れる。そうなれば鎮圧にそれほどの苦労はかからねぇだろうな。」


「なるほど…破門宣告一つで状況が変わると?」


 義秀の回答を聞いて軍議の席に列する清洲(きよす)城主の織田信澄(おだのぶずみ)が言葉を発すると、義秀は信澄の言葉に対して黙しながら頷いて答えた。するとその時に陣幕を潜って輝高の側近を務める土方高久(ひじかたたかひさ)が現れて総大将の輝高にある事を報告した。


「若殿、申し上げます。本願寺からの使僧・下間頼旦(しもつまらいたん)殿が対岸の桑名に到着し、我らに長島への渡航を求めておりまする。」


「…来たようだな。」


 高久の言葉を受けて義秀が輝高の方を振り向きながら言葉を発すると、そんな義秀に対して輝高は頭の中に思い浮かんだ、ある一つの懸念を義秀にぶつけた。


「…義秀叔父。もし万が一、その僧侶が一揆勢にお墨付きを与えるような事になったらどうするので?」


「何だと?」


 この輝高の言葉を聞いて軍議の席にいた諸将たちにどよめきが走った。すでにこの軍議に参列する諸将の中には、願証寺が発行した一揆発生の檄文が偽物であるという情報は共有されていたが、輝高が提示した頼旦によるもう一つの可能性を聞くとそれ次第では大きく戦況が揺れ動くことに、少なからず不安を覚えたのであった。


「もしその本願寺からの使者である頼旦殿が、顕如上人の親筆で一揆勢にお墨付きを与える事態になれば、尾張・伊勢国内にいる中立の一向宗は皆立ち上がって大きな騒動に発展するかと。そうなれば高家の威信は大きく地に落ちます。」


「…そこまで言うなら弥之三郎(やのさぶろう)に監視させとくか?」


 と、そんな輝高の懸念を聞いた義秀が数ヶ月前に稲生衆(いのうしゅう)に加わった元鉢屋衆(はちやしゅう)鉢屋弥之三郎(はちややのさぶろう)の名前を出し、渡河しようとしている頼旦の動向を監視させるか尋ねると、輝高は義秀よりその提案を受けると首を縦に振って頷いた。


「お願いします。いずれにしろどうなるのか分からないと思った方が対応しやすいかと。」


「分かったぜ。まぁともかく、今日はこのまま鯏浦の辺りまで進むとするぜ。」


 義秀が今日の予定を輝高に向けて言うと、それを聞いた輝高は首を縦に振って頷いた。こうして輝高率いる尾張路の軍勢は蟹江での軍議を済ますと、明日に決まった長島輪中への渡河に備えて渡河地点である鯏浦へと進軍。その一方で輝高の命を受けた九鬼嘉隆は、その日の夜半に桑名に待機していた使僧・下間頼旦を長島輪中へと渡し、その足で頼旦は包囲する一揆勢の中へと単身向かって行ったのである。





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