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1569年10月 生まれ来る新たな命たち



康徳三年(1569年)十月 山城国(やましろのくに)伏見城(ふしみじょう)




 康徳(こうとく)三年十月。この月は伏見城に逗留(とうりゅう)する高秀高(こうのひでたか)に次々と嬉しい出来事が起こった。まず十月三日、秀高の第一正室である(れい)が六人目となる第九子を出産。この健やかに生まれた男子は秀高によって松千代(まつちよ)と命名された。続いて十月十三日には第二正室・静姫(しずひめ)がこれまた元気な第十子を産み落とし、継千代(つぐちよ)の名を秀高より命名された。そして今日、十月二十三日には懐妊していた第三正室の詩姫(うたひめ)が産気づき、ここ伏見城において出産の時を迎えていた。


「しかし殿、よもや十日ごとに御子様達が御生まれになられるとは、何かしらの縁という物を感じまするな。」


「そうだな…。」


 ここ、伏見城の本丸裏御殿の中にある控えの間において城主の秀高はそわそわしながら出産の時を待っていた。茣蓙(ござ)の上に座りながらもそわそわした気持ちを見せている秀高は目の前にて話しかけられた筆頭家老・三浦継意(みうらつぐおき)に視線を向けてここ数週間の間にあった出産の事を踏まえて自身の気持ちを語った。


「玲も静も、今回の出産を無事に終えることが出来た。今は無事に詩の出産が終わるのを祈るだけだ。」


「そうですね。きっとこのお腹の子も喜んでいると思います。」


 そう言って自身のお腹をさすっていたのは、秀高と同じ控えの間にて側に座っていた第五正室の(はる)であった。この時すでに春姫は自身の胎内に秀高との子を宿しており、既にこの時妊娠から四ヶ月余りが経過していた。そんな春姫の様子に視線を向けた継意はにこやかな表情を見せながら言葉を発した。


「春姫さまもお腹が大きくなってまいりましたし、誠に静姫様が仰せになられた通りに百発百中とはこのことにございまするな。」


「やめてくれ…さすがに百発百中は恥ずかしすぎる…。」


 以前静姫から言われた「百発百中」という単語を継意から聞いて、秀高が肘掛けにもたれかかりながら頭を抱えるとその様子を一室の中で見ていた在留の重臣・蒲生賢秀(がもうかたひで)が秀高を励ます様に言葉をかけた。


「いやいや、大名にとっては喜ばしい事にございまする。御子はいわばその家の力その物。一門が増えればそれだけ大名家の力が大きくなる事に繋がりまするからな。」


「…確かに過去には、大名の実子がいない為に養子同士で家中争いが起こった事がある。そう思えば、百発百中も馬鹿には出来ないという事か。」


 賢秀の言葉を受けてようやく「百発百中」という単語に好印象を抱いた秀高は、言葉を発して微笑んだ。そんなところに襖を開けて一人の女性が入ってきた。詩姫のお産を手伝っていた秀高の第四正室・小少将(こしょうしょう)である。小袖の裾を紐で(まく)った格好で現れた小少将はその中にいた秀高に向けて報告した。


「殿!御生まれになりました!詩姫様、双子の姫君をお産みになられました!」


「おおっ!!祝着至極に存じ奉りまする!」


 この小少将から告げられた出産の報告を聞いた継意が祝いの言葉を秀高にかけると、言葉をかけられた秀高はその場にスッと立ち上がり、詩姫がいる部屋の方角を振り向いて言葉を発した。


「双子か。よくやったぞ詩姫。」


「さぁ殿、どうぞ詩姫様にお会いになられてください。」


 この言葉を受けた秀高はこくりと頷くと、小少将の案内の元詩姫がいる部屋へと向かって行った。継意や賢秀、それに春姫を引き連れてお産を行っていた一室に入ると、そこには布団の上に横になっている詩姫の横に双子の赤子が母親である詩姫に寄り添うように寝ていた。


「詩、よく頑張ってくれた。礼を言う。」


「ありがとうございますわ。殿。」


 詩姫の側に着座した秀高は横になっている詩姫に声を掛け、それに詩姫も言葉を秀高に返した。それを受けた秀高は詩姫の向こうに寝ていた双子の顔を見ると、その可愛さに見惚れて満足そうに頷いた。


「うん…とてもかわいい姫たちだ。」


「如何にも。これは器量良しの姫君と相成られましょうぞ。」


「秀高くん、産まれたんだって?」


 秀高に続いて継意も覗き込んで双子の赤子の顔を見ていると、そこに床上げを済ませた第一正室の玲が侍女の(らん)に伴われてこの部屋に現れた。秀高の側に玲が着座するとその姿を見た秀高が玲の問いかけに答えた。


「あぁそうだ。玲も休んでいる静姫の代わりに見てやってくれ。」


「…ほんとだ。二人とも可愛いね。」


 未だ床上げを済ませていない静姫の代わりに二人の顔を覗き込んだ玲は、父の秀高同様に赤子の可愛さに見惚れた。そんな様子を見つめていた秀高は微笑みながら言葉を発した。


「あぁ。これほどの姫を産んでくれた詩には感謝しかない。詩、床上げまでの間はゆっくりと身体を休めてくれ。」


「はい、そういたしますわ。」


 産後の身体を気遣う言葉をかけた秀高に詩姫は微笑みながら言葉を返した。すると秀高はある事を思い出したようにその場にいた継意らに向けて、双子の赤子を指しながらこう発言した。


「そうだ。肝心の二人の姫君の名前を思いついたぞ。詩姫の側にいる姫の名を友里(ゆり)姫、そしてもう一人の姫君を波留(はる)姫と名付けよう。」


「友里姫に波留姫…にございまするか。」


 この時に命名された友里姫と波留姫。二人の姫君は穏やかな寝顔を見せていた。そんな寝顔を見ていた玲が友里姫のある部分に気が付いてその場で声を上げた。


「あ、秀高くん。よく見ると友里姫には右の目尻の下に小さなほくろがあるよ。」


「へぇ、目尻にほくろか。」


 秀高が玲の指さすところを見てみると、確かに友里姫の右目の目尻の辺りに小さなほくろがあった。するとその会話を聞いた継意がその場である事を思い出して発言した。


「そう言えば人相学によれば、目尻にほくろがある者は恋多き者になると言われておりまする。それに従えばこの姫君は…」


「より魅力的な姫になる。という事か。」


「どんな姫になるのか、楽しみだね。」


 継意の言葉を聞いて玲が友里姫の将来に思いを馳せると、母の詩姫もまたこくりと頷いた後に顔を二人の姫君に向け、近くにいた友里姫の顔をじっと見つめた。そしてその父である秀高もまた友里姫や波留姫、二人の姫君の他に二人の男子を授かったことにより一層の喜びを覚え、誕生して来た子供たちの成長を祈る様に柔和な表情を浮かべたのだった。





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