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1558年3月 尾張と駿河



永禄元年(1558年)三月 尾張国(おわりのくに)犬山城いぬやまじょう




 話は高秀高(こうのひでたか)らが松平元康(まつだいらもとやす)の援軍として、寺部城(てらべじょう)攻めに加勢していた当日、尾張と美濃(みの)の国境付近にある犬山城周辺の出来事に(さかのぼ)る。




「姉上、重辰(しげたつ)はなんと?」


 犬山城を包囲する軍勢。それは織田木瓜(おだもっこう)の旗と、永楽通宝(えいらくつうほう)の黄色の旗を掲げる織田信長(おだのぶなが)の軍勢であった。その本陣の中、信長は姉の織田信隆(おだのぶたか)に尋ねていた。


「一日でも多く持ちこたえるそうよ。今、今川(いまがわ)の目が寺部に向いている隙に、私たちは犬山城を攻め落として尾張統一を為すのよ。」


「今がその与えられた機、でありますからな。」


 信長はそう言うと、包囲されている犬山城をその本陣から眺めた。


「殿!各隊配置が終わりましたぞ!」


 その報告をしに本陣に入ってきたのは、馬廻として従軍していた前田利家(まえだとしいえ)であった。利家の報告を聞くと、信長は振り返ってこう言った。


「よし、直ちに攻め掛かる。河尻秀隆(かわじりひでたか)を先鋒に、三方向から攻め掛かれ!」


「はっ!」


 利家はその指示を受けると、勢い良く返事してその場を去っていった。こうして指示を下された信長軍は、三方向より犬山城へと攻め掛かっていった。


「…これで尾張は統一されますね。」


 三方向から攻める信長軍によって、徐々に犬山城に火が付いて行く様を見つつ、本陣内で信隆が信長に話しかけていた。


「えぇ。これで父上の悲願が成就できます。」


 信長はそう言って、これまでの苦労を噛みしめていた。そもそも、この尾張統一の悲願というのは、父・織田信秀(おだのぶひで)の頃から掲げられた、織田家の眼目の一つであったのだ。


「…ですが、この過程で多くの血が流れました…。」


 信隆がこう呟くように言うと、信長は信隆の方を振り向いてこう言った。


「姉上らしくもない。そのような事を気になされるとは。」


「ですが…」


 信隆がそう言って言葉を続けようとすると、信長はそれを遮ってこう言った。


「…それを気にしていては、信勝(のぶかつ)に笑われるでしょう。」


 信長はそう、ただ一言呟くように言った。それを聞いた信隆には、信長の心中にはやはり、弟である織田信勝(おだのぶかつ)を自害に追い込んだことが、唯一の心残りであったのだ。


「…申し上げます!お味方、本丸に突入しました!」


 その最中に、本陣に駆け込んできた蜂屋頼隆(はちやよりたか)が信長に報告した。


「よし。このまま一気に攻め落とすように告げよ。」


「ははっ!」


 それを聞いた頼隆がその本陣から去っていくと、信長は信隆にこう告げた。


「…姉上。わしはこの悲しみを引き受け、天下布武(てんかふぶ)を世に敷きます。それが、生き残った者の定めです。」


「信長…」


 その言葉を言った信長を、どこか憐れむように信隆は見つめていた。すると、徐々に燃え盛り始めた犬山城を眺めながら、信長はそれまでの表情を改め、信隆にこう告げた。


「ところで姉上…これで国内は片付きました。例の計画を行うよう、禅師に指示を出してくだされ。」


「…分かったわ。直ちに禅師に言っておきましょう。」


 この信長と信隆の二人があらかじめ決めていた計画の執行を、信長は淡々と信隆に命じた。この計画が尾張を、そして東海道一帯を巻き込む事件に発展することになるのであった。


 その後、元より城兵が少なかった犬山城は、順当に落城。当主の織田信清(おだのぶきよ)はそのまま信長の御前に引き出され、そのまま重臣一同共々斬首と相成った。ここに、織田信長は尾張統一を成し遂げ、いよいよ標的を今川家に定めたのであった。




————————————————————————




「元康、良くぞ戻った。」


 それから数日後、駿河国(するがのくに)今川館(いまがわやかた)では、寺部城での戦後処理を終え、駿府(すんぷ)に帰還してきた松平元康が、今川家当主の今川義元(いまがわよしもと)の謁見を受けていた。


太守(たいしゅ)様には、ご機嫌麗しゅう…。」


「うむ。此度の働き、既に聞き及んでおるぞ。」


元康の挨拶を聞き入れた義元は、元康の働きを労うように言葉をかけた。


「はっ。此度見事、寺部城攻めを成功させて参りました。」


「そうかそうか…泰朝(やすとも)。」


 そう言うと義元は、下座に控えていた家臣の朝比奈泰朝(あさひなやすとも)に話を振った。すると泰朝は頭を下げてそれを受け入れると、懐から一通の書状を広げ、その内容を読み上げた。


「ついては元康、ここに太守のご意向を代読申し上げる。」


「ははっ。」


 泰朝の言葉を聞いた元康は、頭を下げてその内容を拝聴した。


「…「此度の働き神妙につき、旧松平広忠(まつだいらひろただ)の所領のうち、五百貫文の地を返上する物(なり)。」…分かったかな?」


「ありがたき幸せ。恐悦至極に存じ奉ります。」


 義元の意向を耳にした元康は、再び頭を深く下げて感謝の意を義元に示した。


「…うむ。それとな、もう一つ下賜する物がある。」


 義元はそう言うと、再び泰朝に目配せをした。それを受け入れた泰朝は、近くに用意されていた一振りの太刀を自身の前に持ってきて、元康にこう告げた。


「元康、この太刀は太守様がご愛用の一振りである。これを此度の初陣を祝し、そなたに下げ渡すとの事だ。」


「ははっ。身に余る光栄に存じまする…。」


 元康は義元に頭を下げながら、感謝の意を述べた後、泰朝からその太刀を両手で受け取り、再び義元の方を向いて頭を下げた。


「うむ。そなたには我が姪を娶らせ、既に今川の一門。そして此度の初陣を終えれば、いよいよ一人前の武将となる。それに五百貫文もあれば、松平譜代の家臣を養えるであろう…。」


「ははっ。これからも誠心誠意を尽くし、太守様のお力になりましょう。」


 こうして元康はそう言って頭を下げて一礼し、義元はその拝礼を受け取ったのだった。




————————————————————————




「義元…元康にあれだけの所領で良かったのですか?」


 その元康がその場を去っていった後、謁見の間から居室に下がっていた義元は、そこで母の寿桂尼(じゅけいに)が義元にその真意を問うた。


「構いません。まだ元康には働いてもらわねばならぬゆえ、岡崎(おかざき)全領の回復は段階的に行いませんとな。それに…」


 義元は自身の考えを口にしながら、ある事を思い出して懸念を示した。


「此度の寺部城攻め、元康に付けた軍目付(いくさめつけ)によれば、ほとんどの戦の趨勢を決めたのは、鳴海(なるみ)から来た高秀高らの軍勢であると。」


「…また、あの者らですか…」


 寿桂尼が怪訝な表情を受かべてこう言うと、その近くに控えていた泰朝が義元に言う。


「聞けば、城の大将・鈴木重辰を討ったのは松平勢ですが、それに劣らず秀高勢も働きを示したとの事…」


「以外であったな。」


 その泰朝の報告を聞いていた秀高は、そう自身の意見を呟くように漏らした。


「彼奴らの事であれば、そのまま敵の大将を討ち取ってもよさそうなものを、わざわざ初陣の元康に遠慮して戦功を譲るとは…その実力に謙虚さまで合わさると…これはいよいよ警戒せねばなるまい。」


 義元はそう言うと、その隣にいた大高(おおだか)城代・鵜殿長照(うどのながてる)の父・鵜殿長持(うどのながもち)にある事を伝えた。


「長持、そなたの息子に早馬を飛ばせ。いよいよ山口などの尾張国衆への圧力を強めるように動け。とな。」


「はっ。直ちに我が息子に使者を送りましょう。」


 長持が義元に返事するようにそう言うと、そこに一人の早馬が駆け込んできた。


「申し上げます!品野(しなの)城主・松平家次(まつだいらいえつぐ)様より急使!尾張犬山城、さる三月五日、織田信長が軍勢の猛攻を受け、遂に落城いたしました!」


「なにっ!?して、信清殿はどうなされた?」


 その急使の報告を聞き、驚いた泰朝は早馬に信清の安否を問うた。


「はっ…城主・織田信清様以下、重臣一同悉く、織田信長の手によって、首を斬られました!」


「…そうか、分かった。下がって休むが良い。」


 その報告の内容をすべて聞き入れた義元は、早馬を労うように言葉をかけ、その場から下がらせた。そして手に持っていた扇をパチンと閉じると、その場にいた一堂にこう告げた。


「…いよいよ、尾張のうつけを退治せねば、な。」


「ははっ、如何にも…」


 義元の発言を聞いた泰朝は、すぐさま相槌を打って賛同した。その義元の発言は明らかに、尾張をほぼ統一して一国の大名となった信長に対し、明確な敵意を示すものに他ならなかったのである。





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