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1569年9月 大名栄転



康徳三年(1569年)九月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 康徳(こうとく)三年九月三日。京の勘解由小路町(かげゆこうじちょう)にある将軍御所において第四回目となる幕政改革評議が行われた。先月に領国の尾張(おわり)にて模擬戦を行った高秀高(こうのひでたか)もこれに合わせて先月末に上洛して評議に参加。更に安芸(あき)より上洛して来ていた毛利隆元(もうりたかもと)西国探題(さいごくたんだい)として評議の席に加わり、それまで八人の定員であった評議の席は隆元とその弟である小早川隆景(こばやかわたかかげ)を合わせた十人の定員で評議の幕が開かれたのである。


「上様、御成りにございます。」


 その四回目となった評議の席では今までと違う始まり方をしていた。というのもこの評議にて取り上げられる最初の議題を提示したのは、今大広間の上に姿を現した将軍・足利義輝(あしかがよしてる)その人であった。下座の席に下がった秀高や管領(かんれい)畠山輝長(はたけやまてるなが)政所執事(まんどころしつじ)摂津晴門(せっつはるかど)は他の参加者と共に義輝に頭を下げ、その一礼を上座から見ていた義輝は頭を上げさせると口を開いて言葉を発した。


「管領、並びに政所執事・侍所所司(さむらいどころしょじ)両名の尽力により、幕権は徐々に回復しつつある。そこで今回の評議においてはまず、このわしより発案がある。」


「ははっ。」


 義輝はこのように発言すると、下座に控えていた秀高ら評議の面々に対してここで取り上げられる議題を発案した。


「先の擾乱(じょうらん)において叛乱軍に付いた一色義道(いっしきよしみち)は所領を全て没収の上、京に一族郎党を引き連れて移り住む処分を下した。それによって空白となった丹後(たんご)一国、並びに赤井忠家(あかいただいえ)荻野直正(おぎのなおまさ)奥丹波(おくたんば)の豪族たちの所領は幕府の直轄地となっている。」


 先の康徳播但擾乱こうとくばんたんじょうらんの際、山名棟豊(やまなむねとよ)や赤井忠家と共に決起した一色義道は細川藤孝(ほそかわふじたか)率いる幕府軍の前に敗れて所領没収の上、(みやこ)へと一族郎党と共に幽閉されていた。その一色の領地と攻め滅ぼした赤井など奥丹波の豪族たちの所領は、義輝の言う通り幕府の直轄地として収公されていたのである。


「そこでこれらからの税収を効率よく取りたて、並びに円滑な統治を実現するために丹後・奥丹波代官を兼ねた国持大名をこの地に封じようと思う。その人選を評議の者達で(はか)ってくれ。」


「ははーっ!!」


 つまるところ義輝から発案された議題というのは、この幕府直轄地となった丹後・奥丹波を統治する大名を幕臣の中から選定し、同時に幕府の財政源として活用させてほしいという物であった。この発案を述べた後に義輝は上座から立ち上がって大広間から去っていき、それにかわって秀高や晴門、輝長の三名が上段の上座に昇って腰を下ろすと、下座に残っていた評議に参加する面々と改めて会合を始めた。


「…さて、先程の上様のお言葉通り、最初の議題はこの地を治める大名の選定である。幕府の代官という役職の関係上、幕臣から選任するが宜しいかと思うが、方々の忌憚(きたん)のない意見を聞きたい。」


(しか)らば申し上げます。」


 と、晴門の言葉に即座に答えるように発言したのは、幕臣としてこの席に列していた進士晴舎(しんじはるいえ)である。晴舎は晴門の方に姿勢を向けると頭を下げながらその役目に相応しい人物の事に触れた。


「その地の大名には、かつて武田光和(たけだみつかず)公のご養子として安芸武田家(あきたけだけ)の家督をお継ぎになられた武田信実(たけだのぶざね)公が相応しいと思いまする。一色家改易となった今、その家格に勝るのは若狭武田家(わかさたけだけ)の流れを汲む安芸武田家かと思われまする。」


「武田信実、か…」


 武田信実…簡単な経緯は晴舎の述べた通りではあったが、その名前を聞いた晴門はやや苦い顔をした。というのも名前が上がった信実も、そして信実を推挙した晴舎も幕府内部で保守派として知られていたからである。言わば晴舎は劣勢になっていた保守派の勢力を、この大名人選で吹き返させようとしたのである。しかしその人選に晴舎の反対側に座していた諸侯衆(しょこうしゅう)を務める滝川一益(たきがわかずます)が公然と反論した。


(おそ)れながら、武田信実殿はここにおられる隆元殿の御父君、毛利元就(もうりもとなり)殿に敗れて京へと参られたお方。家格だけで統治を任せるには疑問符を付けざるを得ないかと。」


「何を仰せになられる!かつて若狭武田家は丹後守護を任せられていたこともある家。それを疑問符というは失礼ではありませぬか!」


 この一益の意見に晴舎の隣に座していた息子の進士藤延(しんじふじのぶ)が畳みかけるように反論した。するとその口論にて名前が上がった隆元がスッと上座の秀高の方に姿勢を向けると、秀高に向けて簡潔に言葉を発した。


「ならばここは、侍所所司殿のご意見を(うかが)いたい。」


「…俺の?」


 隆元からの促しを受けた秀高は一瞬面食らったかのように驚いたが、すぐに気を取り直すとその場にいる一同に向けて己が胸中に秘める腹案を述べた。


「…では申し上げる。この地を治めるに相応しいのは、ここにおられる細川藤孝殿を置いて他にいないかと。」


「な、なんと…」


 秀高から名前が上げられた当の本人、藤孝は大いに驚いた。これに怒ったのはこの場に同席していた幕臣の大舘晴光(おおだちはるみつ)である。晴光は秀高から藤孝の名前が上がったのを耳にすると即座にその場で声を上げた。


「これは異なことを!細川藤孝殿は細川刑部家(ほそかわぎょうぶけ)の流れ。国持大名を任せるには不相応にござるかと!」


「しかしその細川刑部家はかつて和泉(いずみ)の上守護として領地の内政に当たっていました。家格も細川家の庶家ではありますが、武田信実殿の家格と見劣りしないかと思いますが?」


 この晴光の反論に北条氏規(ほうじょううじのり)が理論整然と言葉を返した。すると晴光は反論してきた氏規になおも言葉を発しようとしたが、その前に上座に座して流れを見守っていた輝長が口を開いた。


「皆、ここは藤孝本人の意見を聞いてみたいと思う。この秀高の提案を受けて如何であるか、藤孝?」


 輝長から話を振られた藤孝は黙したまま一礼して答えると、その場で口を開いて己の所存を語った。


「…秀高殿より名前が出た時に驚きはしましたが、もしこの(それがし)にお任せいただけるのであれば、身命を賭して役目を(まっと)うしたいと思っておりまする。」


 藤孝は秀高からの推挙を受けて大名就任に乗り気の姿勢を見せた。するとそんな藤孝の意気込みを聞いた晴門は頷きながら言葉を発した。


「なるほど…では名前が出た藤孝本人を除き、藤孝と武田信実のどちらかで採決を取りたいと思う。まず、藤孝が相応しいと思う者は?」


 この晴門の言葉を受けて、下座では各々が相応しい人物を挙手によって示した。その結果、細川藤孝を推したのは氏規に一益、それに別所安治(べっしょやすはる)波多野元秀(はたのもとひで)ら諸侯衆の面々であり、反対に武田信実を推したのは進士父子に晴光、そして小早川隆景の四名。この時点で双方とも四名ずつに別れたのである。


「ほう、見事に二つに分かれたか…では最後に毛利殿は?」


 この結果を受けて晴門は最後に残った隆元に話を振った。すると隆元は反対側に座していた隆景と視線を交わした後、姿勢を上座の方に向けて推挙する人物の名を発表した。


「…細川兵部大輔(ひょうぶのだいほ)殿が相応しいと心得る。」


 隆元が藤孝を推挙した事で五対四、つまり細川藤孝に軍配が上がる結果となった。この隆元の言葉を受けて進士父子や晴光は大いに驚いて隆元を見つめ、反対に上座にいた輝長は隆元の言葉を受けて頷きながら晴門の方を振り向いて言葉を発した。


「なるほど…では決まりだな。」


「如何にも。それではこの丹後・奥丹波の地を治める大名として、幕府は細川藤孝にその禄を封じる事とする。」


「異議なし!」


 この晴門の言葉に一益が大きな声を上げて反応した。こうしてここに細川藤孝が丹後・奥丹波を領する大名として封じられることが決まり、細川藤孝も後に幕臣でありながら諸侯衆の一人に加わることになる。そしてこの差配を見守っていた秀高は上座から、藤孝の大名取り立ての決定打になった隆元の姿を見つめながら、その思惑を心の内で測っていたのである。





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