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1569年8月 模擬戦当日



康徳三年(1569年)八月 尾張国(おわりのくに)楽田城(がくでんじょう)




 それから一週間後の八月十日。名古屋城(なごやじょう)から北に離れた犬山城(いぬやまじょう)と旧小牧山城(こまきやまじょう)の中間、五条川(ごじょうがわ)上流部の羽黒(はぐろ)の地において模擬戦が実施される運びとなった。この模擬戦では東軍・西軍に別れて戦い、西軍の総大将は師団編成に異議を示した高秀高(こうのひでたか)の次席家老である烏峰(うほう)城主・森可成(もりよしなり)。そして東軍の総大将は師団編成された名古屋城直轄軍団を指揮する軍奉行(いくさぶぎょう)大高義秀(だいこうよしひで)であった。


三河(みかわ)殿、急なお呼びかけに関わらず、こうして来訪してくれて感謝する。」


 その模擬戦を東軍の本陣でもあり秀高ら観戦する者達の場所ともなっていた、楽田城跡地に造営された陣屋の中にて秀高は来訪した徳川家康(とくがわいえやす)に向けて謝意を述べた。すると家康は柔和(にゅうわ)な表情を浮かべながら秀高に言葉を返した。


「いえ、何やら面白そうなものが見れると思い、こうして(まか)り越しただけにございまする。それよりも驚いたのは、まさか藤孝(ふじたか)殿もお越しになられるとは…。」


「いや、こちらもいきなりの呼び掛けに今でも驚いておりまする…。」


 家康同様に反応したのは(みやこ)より幕府の名代として、この模擬戦の観戦にやって来た細川藤孝(ほそかわふじたか)である。藤孝の言葉を聞いた秀高は藤孝に来訪の感謝を伝えるべく口を開いた。


「藤孝殿、こうしてお越し下さるだけでもありがたい。上洛した輝長(てるなが)殿や晴門(はるかど)殿はこの件について何と?」


管領(かんれい)殿や晴門殿はこの話を三浦継意(みうらつぐおき)殿から事前に知らされていた為、この戦いが法令に抵触しないと幕府として判断しておりまする。されど未だ残る幕府内の保守派はこの事を引き合いに秀高殿をゆすってくるでしょうな…。」


 事前に秀高より模擬戦を行う旨を伏見(ふしみ)城代でもあった継意より伝えられていた幕府重鎮たちは、秀高の要請を受け入れて藤孝を派遣していた。その藤孝より上野清信(うえのきよのぶ)粛清後、未だ細々と命脈を保っている幕府保守派の事について聞いた秀高は、陣屋の中から外の庭先を見つめると背後にいた藤孝に向けて言葉を返した。


「保守派はともかくとしても、これを毛利隆元(もうりたかもと)がどう捉えるか…。」


「京を出立する前までは、毛利屋敷に何の動きも見受けられませんでしたが…もしかすればこの戦場に忍びを放っておるやもしれませぬな。」


 秀高と藤孝が話し合っていた内容。それ即ち数ヶ月前に京に上洛して来た西国探題(さいごくたんだい)・毛利隆元の動向であった。幕府重鎮の一角として、そして幕府内部の新たな勢力として台頭した毛利隆元がこの模擬戦の事についてどう考えているかを二人が会話すると、それを聞いていた家康が藤孝に向けて自身の忍びである服部半三保長はっとりはんぞうやすながらが掴んできた情報を伝えた。


「藤孝殿、それについては我が配下が毛利配下の忍びを見つけたと報せて来ておりまする。」


「左様ですか…ならばこの戦いは毛利に見られている、と思った方が良いですな。」


 家康より毛利の忍びである世鬼衆(せきしゅう)の姿をこの近くで発見したという情報を聞き、藤孝がそれを含めて秀高にこう言うと秀高はそれに首を縦に振って頷いた。そんな話をしている三人の元に総大将でありながらこの陣屋にて説明役に徹している義秀が訪れ、秀高に向けて簡潔に言葉をかけた。


「秀高、そろそろ模擬戦を始めるぜ。」


「あぁ。じゃあ三河殿、藤孝殿。物見櫓に昇るとしましょう。」


「うむ。」


 この秀高の言葉を聞いた家康は相槌を打つと、藤孝と共に楽田城跡地に建てられた大きな物見櫓に昇り、そこから望遠鏡を片手に模擬戦の様子を観戦した。その一方で陣屋の一角より一筋の黒い狼煙(のろし)が上げられた。これ即ち犬山城に待機している西軍に進軍を開始せよという狼煙でもあった…




「殿、小牧山城の方角より黒い狼煙が上がりましたぞ。」


 その西軍の待機場所となっている犬山城にて、狼煙が上がった事を家臣の各務清右衛門元正かがみせいえもんもとまさより告げられると、言葉を発さずに頷いた可成は床几(しょうぎより)立ち上がってその場にいた味方に号令を飛ばした。


「よし、これより用水の東側を沿って羽黒(はぐろ)へ進軍し、五条川北岸に布陣する。出陣!」


「おぉーっ!」


 この可成の号令が告げられた後、犬山城内に出陣を告げる法螺貝が鳴り響き、その中を可成は自身の馬に(またが)って乗馬した。するとそんな可成の後姿を見つめていた曽根(そね)城主の稲葉良通(いなばよしみち)が可成の雰囲気の変化を察して話しかけた。


「…可成殿、如何なされた?」


 すると可成は右手を手綱(たづな)から話ながら背後の良通の方を振り返ると、震えている右手を見つめながら話しかけてきた良通に言葉を返した。


「いや、こうして今一度、我が殿の軍勢と戦える事が出来ると思うと、武者震いがするわ。」


「ほう、武者震いを?」


 その言葉を聞いた良通が可成の側に馬を近づけて隣に並ぶと、可成はその良通に対して首を縦に振った後に言葉を続けた。


「かつて敵として稲生原(いのうばら)で戦ってから約十年…殿や義秀らがどれほど成長なされたか、この戦いで肌に実感できる事が嬉しくて仕方がないのよ。」


「なるほど…この戦いは可成殿にとっては大事な戦いなのですな。」


 元織田(おだ)家臣であった可成としては、秀高家臣となって以降味方の視点で秀高の成長を目で見てきたが、今回の模擬戦で間接的に秀高お墨付きの軍団と戦う事で、秀高の成長を肌で実感できる事を喜ばしく思っていた。そんな様子を聞いた良通が言葉を可成へ返すと、可成は首を縦に振った後に言葉を良通に返した。


「うむ。ここで我らの武勇を小牧山にいる殿に見せつけてやろうぞ!」


「おう!」


 それを受けた良通は意気込むように返事を返した。可成はその意気込みを聞くと手綱を引いて馬を進めさせ、軍勢を率いて一路秀高らが待つ羽黒方面へと南下していったのである。




「殿!西軍が五条川北岸に布陣を完了しました!」


「よし。戦を始める合図は白い狼煙だ。いつでも上げられるように準備しておけ。」


「ははっ!」


 可成率いる西軍が五条川北岸に布陣したことを報告された東軍総大将の義秀は家臣である桑山重晴(くわやましげはる)に狼煙を挙げさせる準備をさせると、正室の(はな)を側に立たせながらこの模擬戦を楽田城跡地の物見櫓にて観戦している秀高や家康、それに佐治為景(さじためかげ)丹羽氏勝(にわうじかつ)三浦継高(みうらつぐたか)ら各地の城主たちに向けて説明を始めた。


「じゃあこれより模擬戦について大まかな説明をする。想定としては五条川の北岸、羽黒付近に布陣した敵軍と相対する場面だ。北岸に布陣したのは森可成率いる西軍一万二千。六つの部隊に別れて魚鱗(ぎょりん)陣形を敷いている。」


「ありきたりな布陣ですな。」


 義秀の説明を聞いた宇佐山(うさやま)城主の坂井政尚(さかいまさひさ)が望遠鏡を覗き込みながら言葉を発した。それを聞いた義秀は望遠鏡で覗きこんでいる一同に向けて説明を続けた。


「一方、この物見櫓の目の前に布陣する俺たち東軍の軍勢は一隊でその兵数は一万だ。まぁ、兵数は西軍に劣るが現地で指揮するのは神余高政(かなまりたかまさ)とその家臣団。陣形は横に伸びる二列横陣の隊形を取っている。」


「…まるで長蛇(ちょうだ)陣形を横にしたような形ですな。」


 目の前に布陣する東軍の陣容を望遠鏡を用いて見た安西高景(あんざいたかかげ)の言葉通り、この時の東軍は八陣図で言う所の横陣(おうじん)に近い隊形を取っていた。この布陣は中村貫堂(なかむらかんどう)の助言を得て採用した陣形であり、前面一段目には槍を構えた槍隊、そして二段目には弓を構えた弓隊が布陣していた。言わば歩兵隊を主体とした編成であり、その布陣を物見櫓から見ていた義秀は東軍の布陣について一同語った。


「あの東軍の布陣の利点は前面への攻撃面が広く取れ、弓や鉄砲などの射撃を有効的に浴びせることが出来る。ま、今回は鉄砲を使えないが弓の一斉射撃でもその威力を発揮できるだろう。突破力に優れる魚鱗の陣形にどれほど優位を保てるかを見て欲しい。よし、重晴!狼煙を上げろ!開戦だ!」


「ははっ!!」


 義秀は物見櫓の真下にて待機していた重晴に向けてそう叫ぶと、それを物見櫓の真下で聞いていた重晴は声を上げて反応し、すぐさま足軽たちに命じて一本の白い狼煙を上げさせた。これ即ち開戦の合図でありここに五条川を挟んで布陣していた東軍と西軍は秀高たちの目の前で模擬戦を始めたのである。





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