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1569年8月 模擬戦の実施



康徳三年(1569年)八月 尾張国(おわりのくに)名古屋城(なごやじょう)




「そうだ。お前たちが疑念に思っている軍団制の実力を、模擬戦という形で実証しようと思っているんだ。」


 高秀高(こうのひでたか)が評定の席に列していた尾張・美濃(みの)の各城主に伝えた事。それ即ち軍団制の実力を疑問視している城主たちに対し、実戦形式の模擬戦でその実力を実感してもらおうという事であった。この秀高の発言にいの一番に問いかけたのは、軍団制の制度に一番に疑問符を付けた森可成(もりよしなり)その人であった。


「殿、その模擬戦なる物は一体なんでございまするか?」


「まぁ簡単に言えば実戦形式の戦だな。先ほど声を上げてもらった良通(よしみち)守就(もりしゅう)などの西美濃四人衆(にしみのよにんしゅう)に可成、それに遠山(とおやま)両家の軍勢とこちらが用意した師団編成の軍勢。この領内で戦場を定めて戦ってもらう。」


「実戦形式にございまするか。」


 この秀高の返答を聞いて可成が言葉を返すと、秀高はそれに頷いて答えながら顎に手を添えて考える仕草を見せた。


「そうだ。戦場はそうだな…。平地で軍勢の力が顕著に表れる場所が良いな。信頼(のぶより)、何かいい場所は無いか?」


「そうだね…あそこはどうかな?犬山城(いぬやまじょう)から元小牧山城(こまきやまじょう)一帯までの平野部。あそこなら模擬戦の実施にもってこいだと思うよ。」




 兵馬奉行(へいばぶぎょう)小高信頼(しょうこうのぶより)が秀高に示した旧小牧山城から犬山城の間に広がる平野部…そこは秀高らのいた元の世界では、羽柴秀吉(はしばひでよし)徳川家康(とくがわいえやす)が激突した「小牧長久手の戦いこまきながくてのたたかい」の合戦場であった。この一帯は平野部の中を五条川(ごじょうがわ)が東から西に流れ、またその五条川を(また)いで南北に縦断するように、秀高が築造した木津用水(こっつようすい)が通っており、用水の西側には水田地帯が広がっていた。その反面、用水の東側は未だ手つかずの原野が残っており、秀高が提示する模擬戦を行うには不都合の無い土地であった。




「なるほど…もしその模擬戦を羽黒(はぐろ)のあたりで行うのであれば、以前殿が築造なされた水路の東側で戦う分には不都合はないと心得まする。」


 信頼の発言を受けて模擬戦の戦場候補として挙げられた犬山城主でもある丹羽氏勝(にわうじかつ)が城主としての見解を秀高に伝えると、秀高は氏勝の見解を聞いて首を縦に振って頷いた。


「その通りだ。それとこの際尾張・美濃だけじゃなく各地の城主を集めて、師団編成された軍勢の力を見せようと思う。あと、出来るのならば徳川(とくがわ)殿も招いてみたい。」


「徳川殿を?」


 秀高がこの模擬戦に三河(みかわ)徳川家康(とくがわいえやす)を招聘したい旨を述べると、それに坂部(さかべ)城主の久松高俊(ひさまつたかとし)が反応をした。そんな高俊の言葉を聞いた秀高はそのまま言葉を続けて理由を述べた。


「この師団編成を行う一因には、上杉輝虎(うえすぎてるとら)への対策もある。上杉軍が東海(とうかい)から進軍するとして一番にぶつかる徳川殿に是非、俺たちの軍勢の力を見せて実力を証明しておきたいんだ。」


「そこまで仰られるとは…殿は余程その軍団が強いと思っておるのですな?」


 この秀高の言葉を聞いて安西高景(あんざいたかかげ)が言葉を発して反応すると、それを聞いた秀高が高景の方に視線を向けた後に頷いて答えた。


「そうだ。今回の模擬戦はその試金石(しきんせき)となる。義秀(よしひで)、その模擬戦について以前、中村貫堂(なかむらかんどう)と話し合った事があったそうだな?」


「あぁ、その貫堂も師団制を広めるには家中にその実力を証明する必要がある、って言ってた。だから俺と(はな)でその模擬戦の準備を行ってたんだよ。ちょうどいい、その道具も持ってきているからここで説明するか。」


 そう言うと軍奉行(いくさぶぎょう)大高義秀(だいこうよしひで)は背後にいた家臣の桑山重晴(くわやましげはる)に目配せをした。すると重晴はその目配せを受けて会釈をすると、この場に持参して来た模擬戦用の武具ともいうべき道具の数々を義秀の前に置き、それを見た義秀はその中の一つを手に取ってそれを各城主に見せつけながら説明を始めた。


「例えば、足軽が使う槍や刀は、こうした竹を用いた袋竹刀(ふくろしない)やたんぽ槍を使う。また弓兵が放つ矢も鏑矢(かぶらや)の先端を取り除いたものを用いて模擬戦で使用する。」


 義秀が手にしていた竹刀状の刀。これは袋竹刀という用具で剣聖(けんせい)と称された上泉伊勢守秀綱かみいずみいせのかみひでつなが考案した物である。これは剣術の稽古の際に木刀に代わって考案されたもので、これを使う事で重傷を防ぐことが出来ていた。義秀はその存在を知ると模擬戦に導入したいと考え、秀綱の弟子である柳生宗厳(やぎゅうむねよし)を通じてその技術を貰い受けていた。この袋竹刀の他に用意してきた用具の数々を見て、反対側にいた可成が用具に視線を向けながら感嘆するように言葉を発した。


「なんと…そこまで用意周到にしておるとは、さては義秀。そなたここで殿と同じような内容を進言しようとしておったな?」


「まぁな。貫堂とその話で一致したからには、それの準備を行ってたんだよ。だが鉄砲については弾の用意が間に合わなくて、模擬戦では鉄砲を撃つことは出来ないんだがな…。」


「いや、その模擬戦で実力を図るのであれば鉄砲が無くて良いくらいでしょう。殿、(それがし)は模擬戦の実施、賛同いたしまする。」


 義秀の返答を聞いて意気込むように遠山綱景(とおやまつなかげ)が、秀高に対して模擬戦の実施に賛同する意見を述べると、これに稲葉良通(いなばよしみち)安藤守就(あんどうもりなり)ら軍団制の思考に否定的な考えを持つ者達が一斉に頷くと、それを見た秀高は縦に振って頷いた後に下座にいた各城主に向けてこう号令した。


「よし、ならば可成ら異議のある者と義秀指揮する軍勢で模擬戦を行うとしよう。実施はこれより一週間後!戦場は先ほどの五条川流域とする!割り振りや戦の備えなどはこの義秀の指示に従うように!」


「ははっ!!」


 その号令を受けた各城主たちは一斉に言葉を発し、ここに軍団制導入をめぐって模擬戦が実施される運びとなった。軍奉行でもある義秀の采配で模擬戦での取り決めやそれぞれの陣振りが決められていき、森可成ら反対派の諸将は各々模擬戦への準備を進めていったのである。





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