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1569年3月 鉄砲鍛冶招聘



康徳三年(1569年)三月 尾張国(おわりのくに)名古屋(なごや)城下




 数日後の三月八日、高秀高(こうのひでたか)は名古屋に御用商人の津田宗及(つだそうぎゅう)伊藤惣十郎(いとうそうじゅうろう)、それに綿屋六兵衛(めんやろくべえ)を招いて名古屋城下の南西部に新たに建設されている区画に赴いていた。その地にて秀高は建設の普請に当たっている村井貞勝(むらいさだかつ)より説明を受けていた。


「…殿のお申し出の通り、既にこの地に何軒かの工房を建築しておりまする。数は十数件ほどにございまするが、やがてその数も大いに増えていく事でしょう。」


「うん。ようやく俺の願望の一つが成就できるんだな…。」


 秀高が貞勝の説明を受けながら普請されている工房の風景を見つめていた。秀高の願望の一つ…それは自身の領内に鉄砲鍛冶を招聘し自家で鉄砲を生産するという事であった。その第一号として選ばれたのがこの名古屋城の城下の南西部であり、招かれていた宗及や惣十郎、六兵衛などの商人たちは鉄砲鍛冶の招聘や鉄砲生産に必要な素材生産を受け持つ第一人者だったのである。


「しかし秀高殿、自分の領地に鉄砲鍛冶を招いて生産を行う事になれば、高家の鉄砲隊はより強固な物と相成るでしょう。」


「あぁ。現状(さかい)を除いて鉄砲鍛冶を抱えているのは、鉄砲伝来の発祥地となった種子島(たねがしま)を領する島津家(しまづけ)を始め、浅井(あざい)領国の国友(くにとも)根来寺(ねごろじ)の寺内町のみ。言わば限られたところにしか鉄砲鍛冶は存在しないので、それによって鉄砲の値段は値上がりしている。」


「それを生産できれば、鉄砲補給に悩まされる心配が軽減されるという事ですな。」


 この頃、鉄砲鍛冶がある地域というのは限定的であり、その鉄砲鍛冶を有する地域を領する大名家は他の大名家に比べ鉄砲武装の点において抜きん出ているのは確かであった。事実、島津家は種子島から献上される鉄砲を用い戦にて優位に立っていた。その事実を知っていたからこそ秀高はこの鉄砲鍛冶誘致によって他の大名家より抜きん出た存在になろうとしていた。


「今まで軍馬や槍・弓などは自前で生産出来ていたんだが、高度な製造技術を擁する鉄砲だけは生産できないでいたんだ。それがいよいよ生産できるとなれば他国との軍事力の差を大きく空けることが出来るだろう。」


 秀高は目の前で大工たちが組み立てている鍜治場の遠景を見つめながら今後の展望に思いを馳せたあと、背後に立っていた宗及の方を振り向いて尋ねた。


「宗及、鉄砲鍛冶の職人を回す算段はどうなってる?」


「はい、既に知り合いの鉄砲鍛冶に話は通してあります。工房が完成されるのと同時期にこの名古屋へとやってくる手はずになっています。」


「そうか。」


 堺にて鉄砲鍛冶の職人たちにも顔が広かった宗及の返答を聞いた秀高は満足そうに頷いた。この宗及の発言に続いてその場にいた六兵衛や惣十郎が秀高に向けて自信満々にこう言った。


「火縄銃に使う縄ならこの六兵衛にお任せを。この日のために栽培してまいった綿を用いて丈夫な火縄を拵えて見せまする。」


「それに加えて素材もしっかりと鉄砲鍛冶に供給いたすゆえ、ここのかまどの火が絶えることは無くなるでしょう。」


 これから出来る鉄砲鍛冶村に携わる者達の連携が詰まっている返答を聞いた秀高は、惣十郎や宗及、そして六兵衛の顔を見回した後に首を縦に振って頷いた。


「うん、皆の協力に感謝する。是非ともこの鉄砲鍛冶を成功させ、自家での生産を確立させるぞ!」


「ははっ!」


 秀高の言葉を受けた面々は一斉に声を上げて返事した。ここにいよいよ秀高が念願の一つとなっていた領国での鉄砲生産が始まる事となり、後にこの区画は「鍛冶町」という名で後世にその名を残すことになるのであった。そんな鍛冶町の建設風景を再度振り向いて見つめていた秀高に向けて、宗及がある事を思い出して懐から一枚の紙を取り出し、それを秀高に差し出しながら話しかけた。


「…それと秀高殿、南蛮商人よりこのような兵器の情報を入手致しました。」


「これは…!」


 宗及から指し出された一枚の紙を受け取った秀高は大いに驚いた。というのもその紙というのはいわば設計図のようなものではあったが、そこに書かれていた絵を見て秀高はその兵器の事を既に知っていたのである。この秀高にとっては既知の兵器というべきこの兵器の情報を、まるで答え合わせするかのように宗及は秀高に説明を始めた。


「それは南蛮人の国で生産されている「大砲(たいほう)」という物にて、南蛮人の商船に十門も取り付けられている強力な兵器にございます。先ごろ南蛮商人より設計図を入手する事が叶い、ここの鉄砲鍛冶がうまく行けば、いずれはこの大砲の生産も可能になりましょう。」


「確かに…のみならず今は試験段階中の軍団編成に組み込めればより強力になる事は間違いない。」


 この時代、のちに知られる大砲…「大筒(おおづつ)」とも呼ばれる攻城砲の技術はまだ日本に存在しなかった。その大砲の技術が近いうちに実現されるかもしれないという事にとてつもない興奮を抱いた秀高は、その(はや)る気持ちを抑えながら話しかけてきた宗及に向けてこう尋ねた。


「宗及、ここに来る鉄砲鍛冶の元締めがいるだろう?そいつの名前は分かるか?」


「確か…与兵衛(よへえ)と申す者にございます。」


 宗及からここに来る元締め・与兵衛の名前を聞いた秀高は首を縦に振って頷き、宗及に向けてこう指示した。


「よし、その与兵衛にここでの鉄砲鍛冶の取りまとめを命ずると同時に、与兵衛にその大砲の試作、並びに研究を任せると伝えてくれ。」


「はい。承知いたしました。」


 宗及に向けて与兵衛への伝言を伝えた秀高は、鍜治場が建設されている方角を向いて腕組みをしながらその風景を再び見つめた。こうして名古屋城下にて鉄砲生産が始まると同時に、今後の戦国時代を大きく変化させるかもしれない大砲の研究がこの鍛冶町で進み始めたのである。




「へぇ…鉄砲鍛冶がいよいよ始まるのねぇ。」


「あぁ。お前たちにも見て欲しかったくらいだよ。」


 その日の夜、名古屋城の本丸奥御殿の居間にて秀高は(れい)静姫(しずひめ)、それに秀高と共に名古屋へ下向していた詩姫(うたひめ)の三人や名古屋に留まっている秀高の子供たちを呼び寄せて一家団欒(だんらん)の一時を過ごしていた。その中で静姫が秀高が手に持つ盃に酒を注ぎながら、鍛冶町の事について触れているとそれを脇で聞いていた詩姫が秀高に向けて言葉をかけた。


「鉄砲鍛冶が始まれば殿の領国で軍備に悩まされることは無く、軍馬・兵糧・鉄砲の自給自足が完成するというわけですわね。」


「その通り。これで他の諸大名に俺たちの力を大いに示すことになるだろう。」


 詩姫に向けて言葉を返した後に秀高は盃に口を付けて一口に(あお)った。その後に今度は玲が秀高の盃に酒を注ぎながら、数刻前に春姫(はるひめ)から聞いた情報を秀高に向けて尋ねた。


「…そう言えば秀高くん、さっき春様から聞いたんだけど三河(みかわ)大樹寺(だいじゅじ)氏真(うじざね)さんがいるって本当なの?」


「あぁ、そうだ。そして俺はその氏真に会う事になっている。」


 先の駿河(するが)接収の後、元駿河国主であった今川氏真(いまがわうじざね)は身柄を岡崎(おかざき)城下の大樹寺に移されてそこで監視下に置かれていた。秀高はそんな氏真と面会する予定であり、その情報を聞いていた静姫は秀高の傍らでぼそっと呟いた。


「氏真はきっと、私たちの事が恨めしいでしょうね。」


「どうだろうな。」


 静姫のつぶやきに反応した秀高は即座に返答をすると、玲から注いでもらった盃を片手に持ちながら言葉を発した。


「全ては会ってみないとわからないもんだよ。玲、静。それに春にも声を掛けて一緒に氏真に会ってみるか?」


「えぇ。氏真の今の様子を見てみたいわ。」


「うん。私も秀高くんに同行するよ。」


 その二人の返答を聞いた秀高は深く頷き、そして手に持っていた盃に口を付けて呷った。秀高の挙兵以降、今川家と高家は互いに敵対していた関係であり尚且つ氏真にとっては父・今川義元(いまがわよしもと)の仇敵でもあった。そんな両者の面会がどのようになるのか、秀高は一家団欒の雰囲気の中でそれを気に掛けるように考えていた…。





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