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1569年2月 越後に漂う暗雲



康徳三年(1569年)二月 越後国(えちごのくに)松代城(まつだいじょう)




 (みやこ)で起きた顛末はそれから数日後の二月十二日には松代城に逗留する織田信隆(おだのぶたか)の元に届けられた。信隆の下に辛くも逃げおおせた斎藤利三(さいとうとしみつ)からの密書を携えてやって来た虚無僧より密書を受け取った信隆は、松代城の本丸館内にてその書状の封を解いてそこで初めて京での出来事を知ったのである。


「…京にて上野清信(うえのきよのぶ)殿の屋敷が秀高(ひでたか)に襲撃され、清信殿は斬首。藤田行政(ふじたゆきまさ)石谷頼辰(いしがいよりとき)殿は斬り死にしたとの事です。」


伝五(でんご)…。」


 虚無僧から届けられた密書の内容を、本丸館内の囲炉裏の間にて信隆が読み上げると、行政の主君であった明智光秀(あけちみつひで)が股肱の臣というべき行政の死を(いた)むように悲しんだ。そんな反応を傍目(はため)で見ながら信隆はその場にいる前田利家(まえだとしいえ)丹羽隆秀(にわたかひで)に向けて密書の続きを述べた。


「なお、何とか秀高配下の忍びの網を掻い潜った利三は遠回りでこちらに帰還する一方、京を追われた石谷光政(いしがいみつまさ)殿は剃髪して空然(くうねん)と名を変えた上で、娘が嫁ぐ四国(しこく)長宗我部(ちょうそかべ)家へと向かったとの事です。」


「やはり、秀高めはわざと泳がせていたという訳ですか。」


 密書の内容をすべて読み終えた信隆に対し、利家が(うつむ)きながらそう(つぶや)くと信隆は密書を丁寧に折りたたみながら利家の言葉に反応しこう発言した。


「えぇ。先の比叡山(ひえいざん)の一件といい擾乱(じょうらん)の件といい、秀高は(おのれ)で情報を事前に察知しておきながら、それを未然に防がずに引き起こさせた上で大義名分を得て敵を徹底的に弾圧する、今までよりも(したた)かな武将となりましたね。」


「感心しておる場合ではありませぬ。未だ輝虎(てるとら)殿が戻られぬ今では、これで幕政改革阻止の目標を添い遂げられませぬ。」


 信隆の言葉を受けてその場に居合わせる北畠具親(きたばたけともちか)がそう発言すると、信隆は発言した具親の方を振り向きながら言葉を返した。


「いえ、清信殿が死したと言っても保守派自体は生き残っています。こちらからの指示がなくとも保守派は勝手に幕政改革に口を挟む事でしょう。問題は…」


「秀高の反撃、ですか。」


 信隆の発言の続きを先読みするように堀直政(ほりなおまさ)が反応すると、この発言を聞いた信隆が直政の方を振り向きながら、首を縦に振って頷いた。


「その通りです。元旦の徳川家康(とくがわいえやす)による今川(いまがわ)領接収も、思い返せばこちらへの手出しと考えるのが妥当でしょう。秀高は輝虎殿がいかに強大といえど、そこに欠点がある事を知っている。ならば今川領接収のような手をこちらに打ってくるでしょう。」


「そう言えば…この越後国内に不穏な噂がありまする。」


「不穏な噂?」


 この信隆の言葉を受けて思い出したように、隆秀が越後国内にて蔓延しているある一つの噂について語り始めた。


「何でも長引く輝虎(てるとら)殿の東北(とうほく)遠征に越後国内の農民たちが不満をいだいており、それを聞いた春日山城(かすがやまじょう)の留守居・長尾政景(ながおまさかげ)殿が、輝虎殿が帰国されない状況に不満を抱き上杉家中の同志たちと共に行動を起こすと。」


「行動とは?」


 隆秀の発言を聞いた信隆がその行動について尋ねると、隆秀は囲炉裏を囲うように座っている家臣たちに聞こえるように小声でその内容を伝えた。


「政景殿は輝虎殿に内緒で幕府に接触を図り、輝虎殿の断りもなしに幕府から越後守護職を拝命し、その威光の下で決起をする手はずであると噂されているのです。」


「決起?そんなはずはありません。政景殿の妻は輝虎殿の姉君です。それを知っているからこそ、輝虎殿は政景殿を留守居としたのではありませんか。」


 輝虎不在の越後本国の留守居役を務めている政景の妻は輝虎の姉であり、輝虎は政景を思いのほか信任するように越後留守居を命じていた。そんな政景にまつわる不穏な噂を聞いて信隆が一笑に付すように否定すると、隆秀はそんな信隆に向けてなおも噂の続きを述べた。


「されど、同じ留守居役でもある河田長親(かわだながちか)山吉政久(やまよしまさひさ)殿は政景殿の不穏な噂を信じ、度々政景殿と衝突しているとか。」


「…春日山でもめ事が起きているというのか!?」


 隆秀より輝虎の居城でもある春日山城の動きを知った利家が大きく反応する(かたわ)ら、信隆はただ黙って囲炉裏を見つめていたが、ふとある事を察するとすぐさまその場からスッと立ち上がってその場に居並ぶ家臣たちに向けて言葉をかけた。


「…皆、急いで春日山城に向かいましょう。このままでは取り返しのつかない事になります!」


「取り返しのつかない事とは…?」


 その言葉を受けて具親が信隆に問い返すと、信隆はその場で立ち上がりながら着座している家臣たちに向けて自身の考えを伝えた。


「もしかすれば長親殿は不穏な噂がある政景殿に危害を加える可能性があります!そうなってしまっては全てが遅いのです!行きますよ!」


「は、ははっ!!」


 そう言った信隆の言葉を受けた家臣たちはすぐさま返事を返すと、その場から去っていった信隆の後を追うように去っていった。信隆たちは春日山城で不測の事態が起きかねないと予測しそれを阻止するために春日山城へと独断で向かって行った。




 しかしこの噂にはあるからくり(・・・・)が潜んでいた。というのもこれらの噂や状況は全て、秀高が越後に潜む伊助(いすけ)稲生衆(いのうしゅう)に命じ時間をかけて種を蒔くように仕掛けた計略だった。秀高はまず、越後国内で遠征が長引く農民たちに不安を与えるような噂をまき散らすと同時に、政景や数名の上杉家臣たちに輝虎との間を裂くような偽情報を流した。それを真に受けた政景たちが同志を募ると、今度は同じ留守居役の長親や政久に「政景が守護職を所望している」などの流言を流し両者の対立を煽ったのである。


 この二重三重と重なった謀略の果てが現在の越後国内の不穏な情勢そのものであり、信隆はこの状況を受けて僅かな供周りと共に、政景や長親たちがいる春日山城へと飛んでいったのである。





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