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1569年2月 上野清信粛清



康徳三年(1569年)二月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 康徳(こうとく)三年二月八日。数日前に行われた第三回幕政改革評議において高秀高(こうのひでたか)ら幕府重臣たち賛成の下、幕府が初めて日本全国に「康徳法令(こうとくほうれい)」発令を行ってから数日が経ったこの日、京の中にある上野清信(うえのきよのぶ)の屋敷には織田信隆(おだのぶたか)の密使である斎藤利三(さいとうとしみつ)藤田伝五行政(ふじたでんごゆきまさ)、それに先の康徳播但擾乱こうとくばんたんじょうらんに際し監軍として従軍した石谷頼辰(いしがいよりとき)と養父の石谷光政(いしがいみつまさ)が勢揃いしていた。


「ええい、かかる法令が施行されてはこちらは身動きがとれぬぞ!」


「如何にも…下手をすれば東北(とうほく)輝虎(てるとら)殿に大きな足かせになるやもしれぬ。」


 四方の襖が閉じられた一室の中で利三と行政が先の幕政改革評議で制定された法令の内容について怒っていた。言わば京にて上杉(うえすぎ)・織田派の間者として行動する利三らにとってこの法令はその首を絞めるに等しい内容であったのだ。その事を重々理解していた石谷父子が利三らに続き声を上げて発言した。


「かくなる上は一刻も早く、輝虎殿には東北の戦を終わらせて頂き、早急に京への上洛を求めるべし!」


「左様!このままでは幕政は完全に秀高らの思うがままになりかねぬ!」


「皆、慌てるな。」


 この石谷父子や利三らの憤慨を黙って聞いていた館の主・清信はようやく口を開き怒りを和らげるように宥めると、石谷父子や利三らに向けて一縷の望みがあると言わんばかりにこう発言した。


「聞けば毛利隆元(もうりたかもと)殿が早ければ数ヶ月の内に京へと上洛して参るという。隆元殿が幕政に加わればより幕政改革阻止に希望が見えるであろう。」


「であれば良いが…」


「殿っ!!」


 清信に向けて光政が相槌を打ったその直後、清信の屋敷に詰める一人の侍大将が血相を変えるように襖を開け、勢い良くその場に入ってくるとそれを見た清信が侍大将に用件を問うた。


「何事だ。」


「この屋敷の回りを軍勢が包囲しておりまする!旗指物は「丸に違い鷹の羽(まるにちがいたかのは)」!


「何っ!?」


 その侍大将の報告を聞いて利三がいの一番に驚くと、清信はスッと立ち上がるや襖を開けて外の様子を窺った。すると屋敷の兵の向こうに数十もの旗指物が靡くように立てられており、旗指物には先の報告にあったように丸に違い鷹の羽が書かれていた。これ即ち屋敷を包囲しているのは他でもない、秀高配下の軍勢に他ならなかったのである。


「しまった…あの旗指物は高秀高!!」


「ええい、直ぐに応戦せよ!」


「ははっ!」


 旗指物を見た清信は侍大将に向けて臨戦態勢を取るように下知し、それを受けた侍大将が相槌を打ってその場から去っていくと、清信は背後にて立っていた利三らの方を振り返ってこう言った。


「…利三殿、行政殿。それに皆は早く用意した地下道から逃げられよ!」


「地下道?」


 この清信の言葉を受けて利三がすぐさま問い返すと、清信は首を縦に振った後に言葉を続けた。


「こんなこともあろうかと極秘裏に地下道を掘っておった。そこを進めば昔の大内裏(だいだいり)の跡地に出られる。そこから何処なりへと落ち延びるのだ。さあ早く!」


「…相分かった!」


 清信のその言葉を聞いて言葉の裏を感じ取った利三らは相槌を打つと、館の主でもある清信を残して地下道の方へと向かって行った。清信配下の側近に案内されて利三たちが館の一角へと赴くと、そこには地下へと続く一本の細長い坑道のようなものが掘られていた。清信の側近の案内の元で利三らがその地下道に入ろうとした時、どこからともなく一本の矢が飛んできて清信の側近の胸を射抜いた。


「いたぞ!かの者らを討ち取れ!」


「ぐうっ!もうここまで雪崩れ込んで来たか!」


 清信の側近が倒れ込んだ後に行政が矢が飛んできた方向を見ると、その方角から鎧に身を包んだ武者たちが利三たちを見つけるや直ぐに襲い掛かってきた。それを見た行政は腰から刀を抜くと一足先に地下道へ入っていた利三に向けて呼び掛けた。


「利三行け!ここはわしが食い止める!」


「伝五殿!」


 呼び掛けられた利三は行政に向けて言葉をかけたが、武者たちは時を置かずに地下道の外にいた行政に襲い掛かった。それを援護するべく頼辰も刀を抜いて応戦するが、運悪く襲い掛かってきた武者の一太刀を胴体に浴びてしまった。


「ぐわっ!!」


「よ、頼辰!」


「兄上!」


 武者の一太刀を受けどうっと地面に倒れ込んだ頼辰は、地下道の中に入っていた利三や養父の行政に視線を向け、最期の力を振り絞って逃げるよう促した。


「み、光政殿…一刻も早く…」


「頼辰!」


「くっ!さぁ光政殿!!」


 言葉を発した後に力尽きた頼辰の姿を見てなおも光政が立ち止まろうとすると、実兄でもあった頼辰の最期の言葉を聞いた利三の促しを受けて一足先に地下道の奥へと進んでいった。それを見た武者たちが地下道へと入ろうとするが、足止めしている光政が武者の一人を切り伏せて武器の槍を奪うと、槍を大きく振り回した後に見得を切る様に言い放った。


「よく聞け!我こそは明智十兵衛光秀あけちじゅうべえみつひでが家臣、藤田伝五行政なり!ここから先は一歩も通さんぞ!!」


 そう言うと行政は地下道への入り口を塞ぐように仁王立ちし、正に獅子奮迅ともいうべき奮戦を見せて武者たち十数人を薙ぎ倒した。しかし結局は多勢に無勢であり、行政は胴体に何本もの槍を受けるとなおも戦おうとしたが、ついには力尽きて果ててしまった。だがこの獅子奮迅の間、利三は光政を伴い所々分岐するように掘られた地下道の奥へと進んでいき、清信の屋敷からの脱出に成功したのである…。




「殿、捕縛致し申した。」


「そうか。」


 利三らが行政らの足止めを受けて脱出した後、清信の館に乗り込んだ秀高配下の軍勢は清信配下の者達をすべて討ち果たし、館の主である清信を捕縛した竹中久作重矩たけなかきゅうさくしげのりが武者たちを引き連れて清信を秀高の元へ連行してくると、捕縛された清信は自身の館を攻め立てた秀高に向けて(なじ)るように発言した。


「…高秀高!その方何故この屋敷を襲ったのか!」


「おかしなことを聞くもんだな。清信、お前には何かやましい事は無いのか?」


「無い!」


 秀高の言葉を受けて清信が毅然と反論すると、秀高はふっとほくそ笑んだ後に懐から一通の書状を取り出した。


「…ならば、ここで上様からの御教書(みぎょうしょ)を伝える。」


「み、御教書!?」


 秀高から御教書という単語を聞き、大いに驚いている清信に秀高は御教書…即ち将軍・足利義輝(あしかがよしてる)からの命令として、捕縛されている清信に向けて内容を声に出して伝えた。


「上野清信!その方、己が屋敷にて叡山の強訴(ごうそ)を誘った織田信隆の密使と内通し、更には先の擾乱にて反逆者と内通した石谷父子と密通を重ねる段、(はなは)だ不都合に着き、屋敷差し押さえの上打ち首を申しつける物也!」


「う、打ち首!?」


 秀高から伝えられた自身の処遇を聞いて清信があまりにも信じられないような反応を見せると、秀高は御教書を丁寧に折りたたみながら清信に向けて発言した。


「…先ほどこの書状に書いてある信隆の密使でもある藤田行政を、そして反逆者と内通した石谷父子の子・石谷頼辰を討ち取ったとの事だ。この屋敷から逃げおおせた者達もいずれ網にかかるだろう。」


「ひ、秀高…。このわしを殺して終わると思うなよ…。」


 秀高から伝えられた行政と頼辰の死を聞きながら、清信が捨て台詞を吐くように反論した。すると秀高はそんな清信の事を冷ややかな目線で見つめながら言葉を清信へ返した。


「そんな恨みつらみなど元より覚悟の上だ。まぁどっちにせよ、お前の命はここで終わる。誰か、この庭先で上野清信の首を討て!」


「ははっ!」


 この秀高の下知を受けると武者たちは縄に捕縛されている清信を屋敷の片隅へと連行していき、そこに膝を付かせると首を撥ねる態勢を取った。自身の上に刀をかざされている清信は背後にいる秀高に向けて恨み言を発した。


「ひ、秀高!貴様を呪って…ぎえっ!!」


「…。」


 その言葉の最中に清信の首が撥ねられた様子を、秀高はただ黙って見つめていた。やがて清信の首が首桶に収められた後、この場に加わっていた竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはるが秀高の側にやってきて声を掛けた。


「…殿、これで一応は保守派に釘を刺すことが出来ましたね。」


「あぁ…だがこれで終わる俺じゃない。そろそろ越後(えちご)で騒ぎを起こす頃合いだろう。」


「…やるのですな?」


 半兵衛が秀高の下知を受けて確認するように問い返すと、秀高はその問い返しに首を縦に振った後に越後…即ち上杉輝虎(うえすぎてるとら)の本国で騒ぎを起こす事をこの場で命じた。


「いずれ輝虎と相対すのなら、力は出来るだけ削いだ方が良い。だがこちらの仕業と悟らせず、そして確実な標的を仕留める。半兵衛、伊助(いすけ)たちにそれを心掛けて策を実行しろと伝えろ。」


「ははっ。」


 この秀高の指示を受けた半兵衛は越後にて工作に当たる伊助らに越後での計略を実行するように伝えた。この日を境に秀高は来たる輝虎との対決に向けて密かに動き始め、その嚆矢(こうし)ともなる事件が越後で勃発したのはその数日後の事であった。





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