1569年1月 新年に飛び込む急報
康徳三年(1569年)一月 山城国伏見城
年が明けて康徳三年一月三日、高秀高は伏見城に老いて配下諸将の年賀拝礼を受けた。北条氏規や滝川一益などの諸将たちも一同に伏見城に参集し、秀高は伏見城本丸表御殿の中にある大広間において拝礼に赴いた家臣一同と顔を合わせた。
「新年、明けましておめでとうございまする!」
「おめでとうございまする!!」
伏見城大広間に勢揃いした家臣一同は、久々に秀高と顔を合わせる者も中にはおり、その者達はより一層たくましくなった殊勲の姿を見て感慨深くなっていた。特に美濃国境にて上杉方豪族の警戒に当たっていた森可成・遠山綱景らにとっては久々の面会に喜ばしく思っていた。
「…皆、昨年は幕府に対する謀反を鎮圧する傍ら、幕政においては並々ならぬ存在感を示すことが出来た。それも全ては国元である尾張・美濃などの諸国にて民政に当たっているお前たちのお陰だ。心より礼を言う、ありがとう。」
秀高はそんな家臣一同に対して言葉をかけて礼を述べると、それを受けた家臣一同は一斉に一礼して答えた。それを見た秀高は用意されていた御膳の中にあった盃を取ると、諸将に向けて乾杯の音頭を取った。
「そこで新年を迎えて早々だが、皆の働きを労う意味合いも込めてここでおのおの無礼講に歓談してほしい。」
「ははっ!!」
この秀高の言葉の後に家臣たちは返事を返すと、皆一斉に手にしていた盃に口を付けて一気に飲み干した。秀高も家臣たちと同様に盃の中の酒を一気に飲み干し、その後は家臣たちも交えて歓談を繰り広げる事となった。その中で秀高の御前に進んできたのは、秀高と久々に顔を合わせた可成に綱景、そして岸和田城代を務めている高浦秀吉の三人であった。
「殿、つい先ほど側近の者よりお聞きしましたぞ。静姫様、詩姫様に続き、玲様もご懐妊の兆しとか。」
「あぁ…それについてはこの俺も驚いているよ。」
秀吉から盃に酒を注いでもらいつつ語り掛けられた内容を聞き、秀高は少し驚くような反応を見せた。この数日前である元旦早々、秀高の正室である三人にめでたい事があった。というのも静姫・玲・詩姫の三人が揃って懐妊の兆しありと典医が報告してきたのである。それについて触れた秀高に対して、秀高の隣に座っていた当事者の一人である静姫は秀高をからかう様にこう言った。
「まったく…あんたと寝たら確実に子供が出来るなんて、百発百中とはこのことね。」
「か、返す言葉もない…。」
静姫の言葉を受けて秀高がたじたじになりながら答えると、それを聞いた静姫はふふっと微笑んだ後に秀高へ言葉を返した。
「まぁ、良いんじゃないかしら。昨年末に私とこの詩姫が事前に夜伽について話していた時、玲がどこか寂しそうにしていたから一緒に来たらどうって誘ったのよ。」
「そうだったのか…。」
この静姫の言葉を聞き、相槌を打った秀高は首を反対側の席に座していた玲と詩姫の方に向けた。するとその視線を感じた玲はお腹をさすりながら秀高に向けて言葉を発した。
「でも秀高くん、私はこの新しい子の事が楽しみになってるよ。」
「そうか…今度はどんな子が産まれてくるんだろうな。」
そのやり取りを見ていた秀吉や綱景は和やかな雰囲気に微笑ましくなり、いつしか自然と笑みがこぼれていた。するとそんな秀高に向けて可成が銚子を手にして酒を注ぐ素振りを見せながら言葉をかけた。
「…そう言えば殿、今年は遅ればせながら我が嫡子・可隆が元服を済ませましてございます。」
「そうか…聞けば一益の所も嫡子の一忠が元服したらしい。元服の後は一忠同様、可隆も俺の近習として仕えさせたいと思う。」
「ははっ。必ずやお役に立てるものかと存じまする。」
可成から酒を盃に注いでもらいながらの動作の中で、秀高と可成が会話を交わしていると、その内容を聞いて感慨深くなった玲が盃を手にしている秀高に向けて言葉をかけた。
「可成さんの子供に続いて、一益さんの所の子供まで元服を…なんだか時が経つのは早いね。」
「あぁ。あと二~三年すれば徳玲丸も元服を迎える。そうすればこの高家もようやく跡取りを得る事になる。」
「その通りですぞ殿。」
と、そんな席に割って入ってきたのは筆頭家老の三浦継意である。継意は言葉を発しながら可成の隣に座して手に持っていた銚子をかざすと、それを見た秀高が盃を一気に飲み干した後に継意へ盃を差し出し、それに継意が酒を注ぎながら発言した。
「ご嫡男たる徳玲丸様がすくすくと育つ中でも、我らが重臣の子息たちもまた育っていておりまする。いずれこれらの者達は徳玲丸様の代に股肱の臣下となりましょう。」
「そうだな…。そうすれば、俺も継意も隠居して息子たちに一切を任せられる時が来る。それまではお互い一生懸命頑張るとしよう。」
「ははっ。」
継意から酒を注いでもらった後に秀高が継意に返答すると、それを受けて継意は銚子を脇に置いて返事した。その後、綱景や秀吉からも酒を注いでもらい、対する秀高も継意たちや玲などと交互に酒を酌み交わし、飲みの席を満喫していると暫くして一人の側近が秀高の側にやって来た。
「殿!ご無礼仕ります!」
「あぁ通政。どうしたんだ?」
秀高の側にやって来たのは側近の一人・林通政である。通政は秀高の側に傅くと継意や可成ら重臣たちに加え大広間の中の一同にも聞こえる声で用件を伝えた。
「三河の徳川家康殿より火急の使者有之!駿府の今川館を初め駿河国の今川方諸城を平定!今川氏真様以下今川家の一族郎党、悉く召し捕えたとの由!」
「何…?」
その報告を受けて徐に声を発したのは継意であった。通政から告げられた報告…それこそ即ち家康が事前に幕府や秀高に要請していた今川領の駿河への侵攻の報告であった。これを聞いてその場に列席していた元氏真の正室であった春姫はやや俯きながら呟いた。
「氏真様…」
「…ならばその駿河国の一件は、東北の輝虎の耳にも近いうちに届くでしょうね。」
報告を受けて俯いている春姫の姿をチラ見した後、静姫は顔を盃を手に持つ秀高へ向けて言葉をかけた。秀高はその言葉を聞いた後に盃の中の酒を飲み干し、この駿河制圧が及ぼす今後の影響について思考を巡らすのであった。