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1568年12月 伏見城の盛宴



康徳二年(1568年)十二月 山城国(やましろのくに)伏見城(ふしみじょう)




 同じ日の夜、高秀高(こうのひでたか)の居城である伏見城では先の康徳播但擾乱こうとくばんたんじょうらんにて戦功を得た神余高政(かなまりたかまさ)深川高則(ふかがわたかのり)山内高豊(やまうちたかとよ)ら三名とその家臣団、そして全軍の代理の指揮を執った大高義秀(だいこうよしひで)(はな)夫妻を招いて労をねぎらう宴を開いた。秀高の正室・(れい)静姫(しずひめ)などが高政や義秀らが持つ盃に酒を注ぐ中で義秀が将軍・足利義輝(あしかがよしてる)から拝領した大典太光世(おおてんたみつよ)の刀身を鞘から半分抜いてその刃をじっと見つめながら言葉を発した。


「こんなに立派な太刀が、俺にものになるなんてな…。」


「なんだ?鬼大高(おにだいこう)と呼ばれた男が、名刀を前にただ感じ入るばかりか?」


 大広間の上段からこの言葉を義秀にかけた秀高は少し微笑むようにはにかんでいた。それを受けた義輝は大典太光世を鞘にピシャリをしまった後に少し照れくさそうに答えた。


「そんなんじゃねぇけどよ。だが、今までの働きから考えたら余りある褒美だと思ってな。」


「良いじゃないの。秀高が貰った鬼丸国綱(おにまるくにつな)もそれも、「天下五剣(てんかごけん)」の一つに数えられる名刀よ。褒美としては格別な物だと私は思うわ。」


 そんな義秀に向けて秀高の隣に座る静姫が、秀高が拝領した鬼丸国綱を上げて、義秀に優しい口調で語り掛けると、義秀は視線を対面にいた神余高政(かなまりたかまさ)深川高則(ふかがわたかのり)山内高豊(やまうちたかとよ)ら実際に前線で戦った武将たちに向けると、申し訳なさそうに話しかけた。


「高政、高則。それに高豊。お前たちの軍勢が前線で頑張ったのに俺がこんな名刀を将軍家から下賜されて少し申し訳なく思うぜ。」


「何を仰せになられる。我らは義秀殿の采配で戦ったまでのこと。その総大将が将軍家より褒賞を得るに何ら不都合はござらぬ。」


「如何にも。むしろ総大将である義秀殿や我が殿がそれぞれ名刀を下賜された事こそ、我らにとってはかけがえのない(ほま)れにござり申す。」


 以外ともいうべき義秀の気弱な問いかけに対し、気丈に返した高政に続いて高則も同じように回答を述べると、それを聞いた華は箸を置いた後に義秀に言葉をかけた。


「ほらヨシくん、皆もこう言ってるのだから、余り気にしすぎるのも良くないわよ。」


「…そうだな。これからこの名刀に負けない働きぶりを見せればいいか。」


 妻でもある華の言葉を受けて気を取り直した義秀は、ふっとほくそ笑んだ後に盃の中の酒を飲み干した。それを見た華は深く頷いた後に空になった義秀の盃に銚子(ちょうし)で酒を注いだ。すると高則の隣で相伴に預かっていた高豊がふと上座にいる秀高に向けて発言した。


「…そう言えば殿、我ら先に施行された軍制の下で此度の戦いを経験しましたが、いろいろと改善点を何個か見つけた次第にございまする。」


「ほう、例えば?」


 高豊の言葉を受けて盃の中の酒を飲み干した後に秀高は高豊に問いかけた。すると高豊は姿勢を秀高に向けた上で先の戦にて感じた改善点を提示した。


「我らは此度播磨(はりま)から但馬(たじま)へ山道を経由しての転戦を経験しましたが、やはり課題となるは行軍に関する事かと。草鞋(わらじ)を履いているとは申せ日に最大六里(約24km)の行軍は兵に疲労を与えるばかりにございまする。」


「なるほどな…どうだろうか義秀、こちらで運用している馬車にそろそろ兵員を乗せること考えないといけないな。」


 高豊の改善点を受けた秀高は、軍奉行(いくさぶぎょう)でもある義秀に導入し始めた馬車に兵員を搭載する案を提示した。するとその案に義秀は盃を御膳の上に置いた後に思慮しつつ秀高の問いかけに答えた。


「そうだな…全員は無理にしても行軍で疲労が大きい足軽だけでも乗せれば、それが改善されるだけで行軍の距離は増える。そろそろそれの目途を付けるべきだろうな。」


「うん。その事については信頼(のぶより)と協議して取り計らってくれ。」


 秀高の言葉を受けた義秀は黙して頷いた。後日義秀は兵馬奉行(へいばぶぎょう)でもあった信頼と協議。物資輸送用に使っていた馬車を兵員輸送にも使えるよう改善案を提示・施行していくことになるのである…。そんな話をした後に秀高の側にいた玲が銚子を持ちながら秀高に言葉をかけた。


「さぁ秀高くん、折角の宴なんだから固い話は後日にしよう?」


「…そうだな。よし、ここから先は無礼講だ。みな存分に飲んでくれ!」


「ははっ!!」


 その秀高の号令ともいうべき言葉を受けた家臣たちは、返事を上げた後に楽しく歓談しながら酒盛りを始めた。最初の内は互いの席を行き来し酒を酌み交わしていたが、次第に盛り上がり始めると家臣たちが自発的に田楽踊りや能などを舞うようになり、それを珍しく秀高は上座にて玲や静姫のお酌を受けながらにこやかに見つめていた。この日の夜から始まった酒盛りは夜遅くまで続き、やがてお開きとなると家臣たちの中には千鳥足になりながらも、皆楽しそうに城から帰っていった。




「ちょっと秀高、あんた飲み過ぎじゃない?」


「うーん、そ、そんなに飲んでないと思うが…」


 そして秀高はというと酒盛りの最後まで付き合い、珍しく深酒をして少し目をうつろにしながらウトウトとしていた。そんな秀高を静姫が肩で抱きながら介抱し、表御殿から奥御殿の秀高の寝室へと運んでいった。やがて静姫は自身で襖を開けて秀高を中に入れると、襖を閉じた後にウトウトする秀高に言葉をかけた。


「さ、あんたの寝室に着いたわよ。ほら、布団の上に座りなさい。」


「ま、待ってくれ。それくらいは一人で…」


 やや酔っ払いのように酩酊していた秀高は、自分でやると静姫に言うが静姫はそれに取り合わずに秀高を敷かれていた布団の上に腰かけさせた。やがて襖を開けて侍女の一人が水を持ってくると、それを受け取った静姫は秀高にお椀の中に入る水を差し出した。


「はい、お水。これを飲んでから一息つきなさい。」


「あぁ…あれ?玲はどこだ?」


 静姫から指し出された水を飲んで一息ついた秀高は、ふと今さっきまでいたと思っていた玲の事について尋ねた。すると静姫は秀高の問いかけに着物の紐を(ほど)きながら答えた。


「玲なら小少将(こしょうしょう)や侍女たちと共に宴の後片付けを行っているわ。ここには私と後で詩姫(うたひめ)も来るわよ。」


「そうか…ん?詩もここに来るのか?」


 と、静姫の発した言葉の中にあった内容を聞いて、酔いが回りながらも不審な点に気が付いた秀高が静姫に問いかけると、既に打掛(うちかけ)を脱いでいた静姫が腰紐に手を掛けながら簡潔に答えた。


「えぇそうよ。あんたとの相手をするためにね。」


「相手…って!?」


 その静姫の回答と同時に静姫が丈の長い小袖を脱いで白の薄い小袖一枚になると、静姫の白肌を見て酔いが醒めたように慌てる秀高に静姫は覗き込むように一歩近づいた。


「今更何を驚いているの?今日は私と詩で夜伽(よとぎ)をするって言っているのよ。」


「い、いやいや…今日は酒に酔ってるしその状態で相手するのは忍びなくてさ…。」


 秀高は静姫の言葉から出た夜伽という言葉を聞くと、自身は酔っているという事を引き合いに出してやんわりと断ろうとしたが、静姫はそんな事を歯牙にもかけぬように即答した。


「あら?私は一向に構わないわよ?」


「お前が構わなくとも俺が構うんだよ!」


「…失礼致します。」


 静姫と秀高が流暢(りゅうちょう)な掛け合いをしていると、ふと襖を開けて詩姫がこれまた静姫と同じように薄い小袖一枚で部屋の中に入ってきた。そして自身の目の前に正座した詩姫の姿を見て秀高はしどろもどろに語りかけた。


「う、詩…」


「殿、お疲れのところ申し訳ありませんが、今宵の夜伽をしに参りました。」


「もちろん、私もそこに加わらせて貰うわ。」


 詩姫の言葉の後に間髪入れず、静姫が秀高にこう言うとその状況になってようやく踏ん切りがついた秀高は、目の前にいる二人の顔を見つめながら呟いた。


「はぁ…今更首を横に振ったら男が(すた)る、か。」


「あら、ようやく乗り気になったわね。」


 その言葉を受けて静姫が詩姫と共に秀高の前に進むと、静姫は小袖の襟元に手を掛けながら秀高に言葉をかけた。


「言っておくけど、私も詩も新しい子供を成すつもりよ。秀高、そこのところよろしくね?」


「殿、何卒良しなに…」


「…分かった。」


 静姫と詩姫の言葉を受けた秀高は酔いなどを一切感じさせないように二人を布団の上へと招くと、そこから互いに身体を合わせ始めた。するとその襖の向こうに諸々の片づけを終えた玲が現れると、襖越しに中の様子を感じ取ったのか少し寂しそうにつぶやいた。


「…もう、静ったら抜け目がないんだから。」


 そういうと玲はその襖を開けて中に入ると、なんと秀高との一夜を静姫たちと共に過ごしたのだった。しかしその一夜はかなり激しい物だったらしく、翌朝になると朝食の席に同席した秀高の嫡子・徳玲丸(とくれいまる)から少し自制するようにとの旨の言葉を秀高夫妻は受けてしまったという…。





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