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1558年3月 秀高と元康



永禄元年(1558年)三月 三河国(みかわのくに)寺部城てらべじょう




 永禄(えいろく)元年三月五日、今川義元(いまがわよしもと)の指示を受けた松平元康(まつだいらもとやす)は、自身の軍勢千五百余りを率い、三河の織田(おだ)方の城・寺部城攻めに向かっていた。


 その寺部城内では、城将・鈴木重辰(すずきしげたつ)が籠城の準備を進めていた。


「殿!兵糧の運び込みを終えましたぞ!」


「よし、各々飛び道具の矢弾はしっかりと備えておけと伝えよ!」


「ははっ!」


 重辰は足軽にそう伝えていると、その場に一人の虚無僧がどこからともなく現れた。


「そなた…信隆(のぶたか)殿の…」


「如何にも。我が主より火急の書状にございます。」


 その虚無僧は主である高山幻道(たかやまげんどう)の主筋である織田信隆(おだのぶたか)からの書状を、重辰に手渡した。


「…なるほど、我らは捨て駒、と言う訳でござるか。」


 その書状を見て悲観的に受け取った重辰は、虚無僧に自虐を込めて告げた。すると虚無僧はその懸念を払拭させようと重辰を説得し始めた。


「いえ…我が主は今川の目がこの寺部に向いている隙に、迅速に犬山城(いぬやまじょう)を攻め落とし、尾張(おわり)統一を成し遂げるつもりにございます。重辰殿、既に織田信長(おだのぶなが)殿は三河鈴木氏(みかわすずきし)の家名を守ると宣言なされておりまする。」


 その虚無僧の言葉を聞いていた重辰は、どこか不安な感情を抱いていたが、虚無僧の手前悟られるわけにもいかず、すぐに虚無僧にこう告げた。


「…あい分かった。では主にお伝えられよ。「我らが意地にかけて、一日でも多く持ちこたえる。」とな。」


「そのお言葉、しかとお伝えします。では…」


 そう言うと虚無僧はどことなく姿を消し、その場から気配すら完全に消していた。それを見ていた重辰は、こう思った。


(もはや賽は投げられた…か。)


 ここに至り重辰は徹底抗戦の意思を固め、元康率いる松平勢を待ち受ける態勢を整えたのだった。




————————————————————————




「殿、山口教継(やまぐちのりつぐ)殿より援軍が到着なさいました。」


 その頃、城外の松平勢本陣に鳴海城(なるみじょう)から進軍してきた高秀高(こうのひでたか)指揮する千人の軍勢が到着した。


「うむ。連れて参れ。」


 その本陣の中央、真ん中に置かれた床几(しょうぎ)に座る元康が、報告してきた石川数正(いしわかかずまさ)にそう言うと、数正は直ちに、その援軍を率いてきた秀高らを本陣に案内してきた。


「おぉ、待っておったぞ。座られよ。」


「はっ…」


 松平の本陣に到着した秀高ら一行は、元康に促され、用意された床几に腰を下ろした。




 この時、秀高とその一行は初めて、松平元康とその家臣たちと顔を合わせた。特に元の世界から来た秀高や大高義秀(だいこうよしひで)らの面々は、後の天下人である徳川家康(とくがわいえやす)の生身の姿を見て、どこか不思議なオーラを第一印象で感じていた。


 一方の元康もその援軍を引き連れてきた秀高の姿を見て、この者はただ者ではないことを感じ取っていた。そしてその後ろに控える秀高の家臣たちも、元康譜代の家臣である数正たちに引けを取らない家臣であるとも感じていたのである。




「お初にお目にかかります。鳴海城城主・山口教継が家老、高秀高にございます。」


「丁寧な挨拶、痛み入る。わしが松平元康だ。」


 元康と秀高。この二人は互いにあいさつを交わした後、それぞれ対面している者の姿を見つめていた。


「…ところで、秀高殿はおいくつになられたかな?」


「はっ…もうすぐ二十歳になります。」


 その秀高の年齢を聞いた元康は感心したように頷くと、秀高にこう告げてきた。


「そうか。ではそなたはわしより年上という事か。実はな、わしは十五になったばかりじゃ。」


 元康の年齢を聞いて、秀高は元の世界で家康と呼ばれた、目の前の青年が秀高たちより年下という事に驚いていた。するとその言葉を受けて、秀高は元康に対して言葉を返した。


「そうですか…では、これが初陣になるのでしょうか。」


「うむ。この戦いで我が働きを御所様(今川義元)に示したいものだ。」


 その元康がこう言った後、秀高の後ろに控えている小高信頼(しょうこうのぶより)が元康に向かってこう尋ねた。


(おそ)れながら、寺部城攻めの方策は決まっているでしょうか?」


「おう、そのことだが、わしに一案がある。数正、絵図を。」


 元康の言葉を聞いた数正は、懐から寺部城周辺の絵図を取り出し、元康と秀高との間の地面にそれを広げた。


「我が手勢は城の東門に攻め込む。秀高殿の手勢は西門より攻め掛かってもらいたい。」


「我らは西門からですか?」


 秀高の問いに、元康は頷いて答えた。


「この戦、当日中に終わらせたいと思う。そこでどうであろうか?寺部城に火を放ち、城兵たちを困惑させるというのは?」


「火をですか…」


 元康の城攻めの策を聞いた秀高は、絵図を見ながらその策の事を考えていた。折しもこの日は城に向かって風が吹いており、風下にあたる城に対する火攻めは有効打であった。


「…分かりました。では元康殿、我らが火矢を用いて城に火を放ち、その間に両方の門を破って城内に突入しましょう。」


「うむ。ではそれで参ろう。」


 その元康の言葉を聞いた後、側に控えていた本多重次(ほんだしげつぐ)が秀高にある事を聞いてきた。


「ところで秀高殿、ぶしつけながら御尋ね申すが、飛び道具の類はどの程度ござり申すか?」


「はっ…我が手勢には弓を五百(ちょう)、鉄砲を五十丁揃えてあります。」


「なんじゃと、鉄砲を五十!?今川殿の軍勢でも二百がやっとでござるぞ!?」


 その秀高の鉄砲の数に、重次は驚きのあまり声を荒げた。




 秀高は桶狭間(おけはざま)の領主となって以降、当主である教継の許可を受け、余った作物を討って銭を稼ぎ、それを元手に鉄砲を買い揃えていた。折しも豊作であった前年の影響で、秀高の館の蔵にも多くの作物があったおかげで、より多くの銭を稼ぎ、鉄砲五十丁の購入出来ていたのである。




「はい。これほどの鉄砲が一斉に火を噴けば、城壁に隠れる敵兵を一掃できるかと。」


 この秀高の言葉を聞き、元康は改めて秀高という人物が、並々ならぬ人物であると確信した。戦において優位に立てる物を揃え、それを有効に使う秀高の姿を、元康は感心しきっていたのである。


「うむ。誠に心強い。では秀高殿、これより一刻後に攻め掛かる。そのように用意なされよ。」


「ははっ!ではこれにて。」


 秀高はそう言って元康に向かって一礼すると、席を立って信頼らと共にその陣から出ていった。


「…殿、殿はあの方をどう見られた?」


 秀高らが本陣を去っていった後、重次は言葉を開いて元康に問うた。


「作左、わしは長いこと駿府に居て、他の人物をこの目で見てはこなかったが、それでもあのような傑物に()うたのは信長公以来だ。」


「…なるほど、確かにあの先見性、信長公に引けは取りますまい。」


 元康の言葉を受けて数正がこう答えると、重次はふんと鼻で笑ってこう言った。


「殿!いかに援軍とはいえ、あやつらに敵の大将の首を取られば、それこそ面目はのうなるわ!」


「わかっておる。それゆえこちらも、ある程度は手を打つ。…半三。」


 元康は重次を宥めるようにこう言うと、ある人物の名を呼んだ。この呼んだ人物こそ、後の世で「服部半蔵(はっとりはんぞう)」の名で知られる服部半蔵正成はっとりはんぞうまさしげの父・服部半三保長はっとりはんぞうやすながである。


「お呼びでございましょうか?」


「これより先の城攻めにおいて、忍びを先に城内に忍び込ませ、城に火の手が上がれば、門の(かんぬき)を壊し、城内へ味方を引き込ませるのだ。」


「はっ。されば配下の伊賀者にそう命じまする。」


 この半三保長は、松平家に仕える一人の武士ではあったが、その裏の顔は松平家召し抱えの伊賀者の頭目であり、元康の祖父・松平清康(まつだいらきよやす)の頃より仕えていた古参の家臣であった。


「…これで、万事討ち漏らしはあるまい。」


 半三保長が主命を帯びてその場を去っていった後、元康は家臣の石川家成(いしかわいえなり)に向かってこう告げた。


「家成!そなたは此度の戦の先陣!見事戦果を挙げて参れ!」


「ははっ!お任せあれ!」


「二番手は大久保一党だ。忠俊(ただとし)、家成を助けてやるのだ。」


「お任せくだされ。家成殿の補佐をしましょうぞ。」


 元康の声掛けに大久保忠俊(おおくぼただとし)がこう言葉を発すると、元康は立ち上がって本陣に控える家臣一同にこう宣言した。


「良いか、此度の戦は単なる初陣の戦ではない。我ら松平の命運をかけた戦いだ。各々それを心に留めおき、三河武士の底力を示してやれ!」


「おぉーっ!!」


 その元康の言葉を受けた家臣一同は奮い立ち、この一線での大戦果を心に誓った。そして元康もこう号令した後、自身の初陣の成功を心の中で祈っていたのだった。




————————————————————————




「おぉ、殿!戦の方針は決まり申したか?」


 一方、松平本陣から帰還し、自身の手勢の元に帰ってきた秀高は、その手勢を纏めていた滝川一益(たきがわかずます)より声をかけられた。


「あぁ。俺たちは城の西から攻め掛かる。…が、」


 秀高はその場にいた家臣たちに城攻めの方針を伝えたが、途中で言葉を止め、家臣たちに次の事を伝えた。


「今回の戦、俺たちは城内に攻め込まない。」


「なんだと!?そりゃあどういうことだ!」


 その秀高の考えを聞いて驚いた義秀は、秀高に詰め寄るようにこう言い放った。


「この戦、あくまで援軍という名の手伝いの戦。俺たちが大将討ち取りの戦功を握ったら、これが初陣の松平勢の面目が無くなるだろう。」


「…確かに、ここは元康殿に花を持たせるのが良いかもね。」


 秀高の思案を聞いて信頼が賛同するようにこう言うと、秀高は一益に向かってこう言った。


「一益、一刻の後に城攻めを始める。お前は鉄砲隊五十を率いて一番最初に構えさせ、鉄砲を撃ったら竹束(たけたば)に身を隠させろ。」


「ははっ!お任せくだされ。」


「鉄砲を撃った後の弾込めの間、俺たちは火矢を用いて城に火を放つ。義秀、その指揮は任せるぞ。」


「…分かったぜ。確かに今回は事情が違うようだ。弓の指揮で我慢してやるさ。」


 義秀がそれまでの感情を割り切って受け入れると、秀高は頷いて次に伊助(いすけ)を呼んだ。


「伊助、おそらく元康殿は忍びを使って門の閂を外すだろう。そこでお前は配下たちと城に忍び込み、(やぐら)に爆薬を仕込め。」


「…爆薬を?」


 その秀高の指示を聞いた伊助は驚き、その内容を反復して秀高に真意を問うた。


「あぁ。城の閂が外れたと同時に爆薬を破裂させろ。そうすれば敵は櫓を失い、城はより無防備になるだろう。」


「承りました。では早速にも。」


 伊助はその指示を聞くとすぐに姿を消し、その場を去っていった。


「…これでよし。あとは戦が始まるのを待つだけだ。」


 秀高はそう言うと、馬上から城の方向を見つめ、戦の開始を待っていた。そして戦が始まったのはそれから一刻後、火蓋が切られたのは、松平勢が布陣する東の方角からであった…。





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