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1568年12月 康徳播但擾乱・後編 垣屋一族捕縛と思わぬ情報



康徳二年(1568年)十二月 但馬国(たじまのくに)豊岡(とよおか)




 山名棟豊(やまなむねとよ)が自身を担ぎ上げてくれた反乱軍を見捨てる形で、父・山名祐豊(やまなすけとよ)へ降伏し虜囚となったその後、反乱軍の首魁として棟豊を担ぎ上げた垣屋続成(かきやつぐなり)垣屋豊続(かきやとよつぐ)らは自らの軍勢を率いて此隅山城(このすみやまじょう)の包囲を解き、急ぎ足で豊続の所領である轟城(とどろきじょう)へと向かい撤退。その道中に豊続らの軍勢は円山川(まるやまがわ)を渡河し豊岡の地に差し掛かっていた。


「豊続よ、棟豊殿の事はこれ以上悪く思うでないぞ。」


「ええい…ああも容易く折れてしまうとは!」


 豊続が所領である轟城へと撤退する垣屋勢二千余りの軍勢の先頭で、馬上の豊続が自分たちを見放して勝手に降伏した棟豊の事を思い返し、はらわたが煮えくり返るように鞍を拳で強く叩きながら怒りを露わにしていた。そんな怒りを見て続成が豊続を宥めるように隣の馬上から声を掛けた。


「そういきり立っても仕方があるまい。こちらも光成(みつなり)が手負いである以上は、早々に轟城へと退却せねばならんのだ。」


「くそっ!」


 この宥めを受けて豊続が怒りを見せていると、その時ふと左方向を仰ぎ見た続成がある光景を見つけた。それは豊岡の中央にある小高い丘の亀山(かめやま)の山影から足利将軍家(あしかがしょうぐんけ)の家紋である「足利二つ引(あしかがふたつひき)」を施した旗指物を掲げる軍勢が姿を現した光景であった。


「…ん?あ、あれは!!」


 この軍勢を見て声を上げた続成に続いて、顔を挙げて続成の視線の先を見た豊続も大いに驚いていた。この軍勢こそ豊続の所領である轟城の攻撃に向かっていた神余高政(かなまりたかまさ)率いる神余家軍(かなまりかぐん)一万であった。


「幕府軍の旗印…よもやここまで進軍していたと申すのか!?」


「ええい怯むな!奴らはここまでの進軍で疲れておるはず!急ぎ応戦の体制を整えよ!」


「何を申す!敵がどの程度の兵力なのか分からんのだぞ!?」


 そんな神余軍が自身の目の前に現れて直ちに臨戦態勢を取ろうとした豊続に向けて、続成が制止するように口を挟むと、豊続はそんな続成の言葉を背に受けながらもすぐさま腰の太刀を鞘から抜いて声を上げた。


「ここで我らが意地を見せねば腹の虫が収まらん!槍隊構えよ!一気に攻め掛かれ!!」


 この下知を受けた垣屋勢は慌てふためきながらも、大将の豊続の命令に従って槍を目の前に現れた神余勢に向けると、そのまま足を進めて神余勢に襲い掛かっていった。一方、亀山の山影から姿を現していた神余軍の陣中では、円山川を渡河してきた垣屋勢の姿を軍勢の中央にて馬上の高政が目視で視界に収めていた。すると隣の馬上にいた高政の弟・神余高晃(かなまりたかあきら)が垣屋勢に視線を向けながら、兄の高政へ言葉をかけていた。


「…兄上、あれは恐らく旗印から見るに山名四天王(やまなしてんのう)が一家、垣屋家の旗印にございまするな。」


「垣屋…恐らく先日取り逃がした垣屋光成の父、垣屋続成の軍勢に相違あるまい。」


「敵勢、攻め掛かって参りましたぞ!」


 と、そんな高政に向けて侍大将が垣屋勢の襲撃を告げに来ると、高政は手綱(たづな)を引きながらその場に馬の脚を止めさせ、矢継ぎ早に応戦の下知を下し始めた。


「怯むな。直ぐにも応戦の態勢を取るぞ。歩兵隊は直ちに次第布陣を整えよ。槍隊は攻め掛かる敵と槍衾(やりぶすま)を交わしながら敵の攻勢を跳ね除けるのだ。」


「ははっ!」


 この高政の下知を受けた歩兵隊指揮官・長狭格兵衛政景ながさかくべえまさかげは相槌を打って命令を受けると、続けて高政は騎兵隊の指揮を執る神余家臣・木川又兵衛政勝きかわまたべえまさかつの方を向いて指示を飛ばした。


「騎兵隊!ここならば迂回して敵の側面を突くことも可能であろう。直ちに行動を開始し敵の脇腹を突け!」


「御意!」


 この命を受けて政勝が返事を返すと、それを聞いた高政は背後の馬上にいた砲兵隊の指揮官、丸儀太夫政久(まるぎだゆうまさひさ)に向けて下知を伝えた。


「砲兵隊は直ちに鉄砲に弾を込めよ。頃合いを見計らい敵前衛を打ち抜け。」


「ははっ。」


 歩兵・騎兵・砲兵の三隊の指揮官に素早く下知を告げ終えた高政は政尚の返事を聞くと、その場にいた将兵らに向けてある命令を伝えた。


「良いか!垣屋の軍勢ならば首魁の続成や豊続がおるはずだ。この者らの首は取るな!生け捕らえて我らが面前に引き出せ!」


「おぉっ!!」


 この命を受けた神余軍の将兵は返事を発し、そのまま各々の命令に従うように応戦態勢を取り始めた。こうして神余軍一万と垣屋勢二千は西日が差し始めた豊岡の地にて戦いを繰り広げ始めた。垣屋勢の足軽が神余軍の槍足軽たちと槍衾を交わして戦い始め、互いに一進一退の戦いを繰り広げる中で、木川政勝指揮の騎兵隊が垣屋勢の側面に回り込んで突撃の機会を見計らっていた。


「よしここだ!一気に突っ込め!」


 政勝は馬上から突撃の機会を見定めると馬上から突撃の号令を下し、自ら先頭に立って垣屋勢の中央に斬り込んでいった。この突撃を受けると小勢の垣屋勢はたちまち混乱をきたし、やがて混戦状態となって敵味方が入り乱れる状況に陥ったのである。


「ええい怯むな!武士の心意気を敵に見せつけるのだ!」


「そこに見ゆるは敵将と見える!我が槍を受けてみよ!」


 馬上から刀を片手に督戦をする豊続の姿を馬上から見つけた政勝は、槍をかざして豊続に一騎打ちを申し込むように名乗りを上げた。するとその声を聞いた豊続は政勝の方を振り返ると、その身なりを見た後に嘲笑うように言葉を返した。


「おのれ下郎が!」


 そう言うと豊続は馬を駆けさせて政勝に襲い掛かったが、政勝は高政からの下知を思い出しながら攻め掛かってきた豊続の一太刀を交わし、その後に槍の石突(いしづき)で豊続を馬上から叩き落とすように鳩尾(みぞおち)を突いた。


「ぐわっ!!」


「殺すな!そ奴は身なりからして敵の大将であろう。縄で縛って引っ立てよ!」


「ははっ!!」


「お、おのれ何をする!!」


 馬上から叩き落とされた豊続を捕らえるように下知された政勝配下の足軽たちは、乱戦の最中に素早い手つきで豊続に縄をかけた。それを見た垣屋勢の足軽たちは大将の豊続が捕縛された様子を見て次第に戦う様子を無くしていき、やがてその情報は別の所で戦っていた続成に届けられた。


「続成様!豊続様が敵に捕えられたと!!」


「な、なんじゃと…」


 その報告を受けて続成が大いに驚いていると、はっと気が付いた続成は自身の回りを敵の神余軍の兵たちが取り囲んでいる事に気が付いた。その輪の中から歩兵隊の指揮を執っている神余家臣の原田団兵衛晃直はらだだんべえあきなおが馬上の上にいるのを見た続成は観念するように言葉を発した。


「くっ、多勢に無勢か…」


「そこに見えるは垣屋続成殿とお見受けする。我ら幕命によって反乱の鎮圧に参った神余高政が軍勢にござる!既に大勢も決した今、神妙に縛に付かれよ!」


「もはや、我が命運もここまでか…。」


 晃直から降伏するように促された続成は、多勢に無勢を感じたのかその地面に太刀を投げ捨て、降伏する意思を表明した。それを見た晃直は部下に馬上から降りた続成へ縄をかけ、手傷を負っていた続成の子・垣屋光成(かきやみつなり)にも縄をかけて捕縛した。ここに垣屋勢の残る足軽たちも抵抗の意思を無くし、戦いは次第に収まっていったのである。




「垣屋続成殿、それに垣屋豊続殿ですな?」


「…如何にも。」


 やがて戦いが終わり神余軍の中央に捕縛された垣屋続成らが連れられてくると、急遽用意された床几(しょうぎ)に腰を掛けている高政が地面に膝を下ろしている続成らに声を掛けた。それに代表して続成本人が返答すると高政は続成らに向けて改めて自己紹介を告げた。


(それがし)は幕府より当地の反乱鎮圧の命を受けた高左近衛権中将秀高こうさこのえごんちゅうじょうひでたかが家臣、神余甚四郎高政かなまりじんしろうたかまさにござる。我らは我が主より貴殿らの捕縛を仰せつかって参った次第にて、これより貴殿らの身柄は京へと送られることに相成り申す。」


「…そうか。」


 高政の言葉を受けて続成が言葉少なに返答すると、続成とは対照的に黙っていた豊続が徐々に怒りを沸き立ち始め、歯ぎしりをしながら心の底から悔しがった。


「おのれ…こうも幕府軍が強いとはあの者は言っておらなんだぞ!」


「あの者?」


 その言葉を聞いて高政が視線を豊続に向けながら、言葉の意味を尋ねると豊続は尋ねてきた高政の顔を睨みつけながら自身に告げてきた驚くべき人物の名前を発した。


石谷頼辰(いしがいよりとき)じゃ!あの者この地に来る幕府軍は大した強さではないゆえ、容易に立ち向かえると密かに告げて参ったのだぞ!?」


「石谷頼辰…!?」


「…幕臣・石谷光政(いしがいみつまさ)が嫡子ですな。」


 豊続から発せられた人物の名前を受けて高政は大いに驚き、そして弟の高晃は兄に向けてその名前の人物の事について語った。この場にて話題に出た石谷頼辰こそ、何を隠そう今回の内乱鎮圧において細川藤孝(ほそかわふじたか)の軍勢に同行している軍監の一人であったのである。その頼辰が反乱軍の首魁である豊続に接触していた事実を知った高政らは互いに顔を見合って驚いていた。その中で豊続の思いもよらない発言を聞いた続成は豊続を叱りつけるように怒鳴った。


「…豊続!何を申しておる!血迷うたか!?」


「わしは正気じゃ!貴様らよく聞いておけ!貴様らが従う幕府の中には、獅子身中の虫がいる事を忘れるでないぞ!はっはっはっ…」


「おのれ…気でも触れたのか!?」


 続成の言葉を受けてもなお更に発言する豊続の様子を見て、高晃が若干引き気味に言葉をつぶやくとそれらの発言を冷静に受け止めていた高政が、高晃の発言に首を横に振って否定した。


「…いや、そうと決まった訳でもなさそうだ。ともかく貴殿らの身柄は京へと護送させて貰う。連れて行け!」


「ははっ!」


 高政の指示を受けた侍たちは縄に縛られている続成父子やなおも高らかに笑い続ける豊続の両脇を持ち上げ、どこへなりと引き立てていった。その場から続成らが連れられて行った後、高晃が兄の高政の耳元に口を近づけて小声で尋ねた。


「兄上…今の言葉は?」


「…あれは密かに我が主へ報告しておいた方が良さそうだな。」


 弟の高晃の問いかけに対して高政は豊続が去っていった方向を見つめながら直ぐに返答した。その後、豊続らは降伏した棟豊と共に(みやこ)へと護送されていき、神余軍はその後主が捕縛された轟城への進軍を再開した。その一方で豊続の発言は稲生衆(いのうしゅう)中村一政(なかむらかずまさ)を通じて京の高秀高(こうのひでたか)へと伝えられることとなったのである。





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