1568年12月 康徳播但擾乱・後編 割れる反乱軍陣中
康徳二年(1568年)十二月 但馬国此隅山城
時が過ぎて十二月七日。山名祐豊が籠城する此隅山城を包囲する山名棟豊と垣屋続成・垣屋豊続の反乱軍一万の陣中にある噂が広まり始めた。この前日の六日、続成の居城である楽々前城が落城。周辺にあった垣屋家の城砦も降伏、若しくは陥落したという噂であった。この噂は反乱軍の本陣にも届き陣幕の中にいた棟豊ら首脳陣はどよめき立っていた。
「続成、そなたの楽々前城が陥落したというは真か!」
「はっ、既に陣中にその様な噂が広まっておりまする。されど楽々前城には子息の光成がおり、守兵もある程度は残しておりまする。そうそう落城するはずがありませぬ。」
反乱軍の陣中にて慌てふためきながら大将の棟豊が続成に問いただすと、それに毅然と続成は反論し、続いて同じ垣屋一族である豊続が棟豊に向けて進言した。
「殿、このような噂に動揺せぬように陣中を今一度引き締めまする故ご安心を。」
「うむ…。ならばそのように——」
「殿!垣屋光成さまが全身に矢傷を負って参られましたぞ!」
「何っ!?」
と、先程まで噂の事を楽観視していた反乱軍の陣中に、続成の息子である垣屋光成が手ひどい矢傷や刀傷を受け重傷の容態で、両脇を侍大将たちに抱えられながら陣幕を潜って姿を現して棟豊に仔細を報告した。
「殿…面目次第もありませぬ…楽々前城並びに我が垣屋惣領家の城砦、二万もの幕府軍によっていとも容易く落とされましてございまする…!」
「何、それは真か!?」
「と、ともかく傷の手当てを致せ。だれか!」
「ははっ!!」
光成の報告を脇で聞いていた父の続成は、近侍の武士たちに重傷の光成を手当てするように促して光成を陣幕から下がらせた。その陣幕の中では光成からもたらされた幕府軍の信じられない程の戦果を受けて、今の今まで幕府軍の事を歯牙にもかけていなかった豊続が青ざめるように衝撃を受けていた。
「信じられぬ…幕府軍は播磨に向かったはず。それがなぜこうも早く但馬に参っておるのだ!」
「どういう事か豊続。なぜこうも早く落とされたのだ!」
「そ、それは…」
「も、申し上げます!」
反乱軍の大将に擁立された棟豊が、担ぎ上げた豊続に向けて厳しく問いただしているとそこにまた新たな早馬が陣幕を潜り、中にいた棟豊らに向けて更に驚くべき報告を告げた。
「八木豊信殿が拠る八木城、さる十二月五日に落城し豊信殿はあえなく討死されたとの事!」
「…八木豊信までもが!?」
これより二日前…八木城を攻撃した深川高則率いる深川家軍一万は城兵の抵抗を物ともせず、兵力の差を活かしたった半日で陥落。城将・八木豊信の首級をいとも簡単に上げたのである。この豊信もまた棟豊を擁立した重臣の一人であったため、その豊信の死を受けて棟豊は更に豊続を詰問した。
「…豊続、どうやら此度の幕府軍はただ者ではないのではないか?」
「そ、そんなはずはない!あの死に体の幕府が何ゆえここまで強力な軍勢を保持し得るのだ!?」
「豊続、そなたの見立てはもう崩れ去ったようだな。」
と、慌てふためく豊続とは対照的に冷静に事の次第を聞き入っていた続成は、豊続へ厳しい意見を投げかけるとさすがの豊続も大勢を理解したのか、大将の棟豊へ顔を引きつらせながら進言した。
「と、ともかくは一刻も早く陣を解き、我が轟城へと参りましょうぞ!」
「うむ、そうするしかあるまい…。」
この豊続の進言を受けて棟豊は陣払いを下知しようとしたその時、また別の早馬が陣幕を潜って駆け込み、退却を決断していた棟豊らに向けてさらに絶望へと追い込む報告を告げた。
「殿ぉーっ!!城方に動きあり!打って出てくる模様にございます!」
「何じゃと!?」
その報告を受けて豊続や棟豊らが陣幕の外から此隅山城方向を仰ぎ見ると、山頂の上にある此隅山城の方角から城兵の喊声が聞こえてくると同時に城門が開かれる様子を確認することが出来た。それをみた棟豊は万策尽きたとばかりにボソッと呟いた。
「…もう、終いだな。」
「何を仰せになられます!?」
諦観した様子の棟豊の発言を聞き、尚も抗戦の意思を露わにする豊続は棟豊に反駁する様子を見せた。しかし棟豊はそんな豊続の言葉を歯牙にもかけず、側にいた側近の侍大将に向けて下知を下した。
「その方、此隅山の父上の元へ軍使として赴け。我々は降参するとな。」
「何を弱気な!!」
「左様!今少し耐えれば勝機はきっとありまする!」
棟豊の下知を聞いた豊続は諫言した続成の言葉に続けて、棟豊を鼓舞するように勇ましい発言をした。しかし、この頃既に二方郡の塩冶高清が七美郡の田公豊高と図って幕府軍へ恭順の意を示す使者を送り、城崎に根を張る海賊・奈佐日本助もまた幕府への恭順の使者を送って反乱軍に攻撃を仕掛けようとしていることを、此隅山包囲の陣中にいた豊続は知る由も無かった。
「…。」
「さぁ、一刻も早くここは退却の下知を!」
「殿!」
そんな豊続や続成の発言を受けてもなお、棟豊は陣幕から喚声が上がり続ける山頂の此隅山城を見つめながらじっと黙っていた。そして後方にいた豊続らの方を振り返ると首を横に振ってから観念するように言葉を発した。
「いや、もう万策尽きたと言っても過言ではない。これ以上同族が血を流すのを見るのは忍びない。ならばここは潔く恥を忍んで軍門に降ろうぞ。」
「殿っ!!」
その棟豊の発言を受けてもなお反抗の意思を示す豊続の言葉を聞いた棟豊は、再び城の方角を振り返って豊続らに背中を向けながら冷たい言葉を投げかけた。
「…そこまで父に反抗するのであれば、そなたらだけでもこの陣を離脱すれば良い。私はここに残って潔く降伏する。」
「…ええい!!」
この棟豊の言葉を聞いて意思の固さを思い知った豊続らは、地団駄を踏むように棟豊に一礼もせずにその場から去っていった。そして一人陣幕の中に残った棟豊はその場に残っていた侍大将へ言葉をかけた。
「さぁ、一刻も早く軍使を父上の元に送れ!」
「ははっ!」
棟豊の催促を受けた侍大将は、ようやく立ち上がってその陣幕から去り城へと向かい、山頂の此隅山城へ到着すると城方へ降伏の意思を告げた。これを聞いた城将であり父の祐豊は棟豊の神妙な意思を受け取って降伏を受諾。ここに反乱軍の大将として担ぎ上げられた山名棟豊は自ら降伏して大人しく縄についたのであった。